第一話 南の大地
「見よ! この雄大な大地を! この地の開拓に成功すれば、我がレーガー侯爵家の功績は比類なきものとなろう! これほどの広さの土地だ! もしかしたら……」
「お館様が、この大陸に広大な領地を持てると?」
「そうよ。そうすれば、ブライヒレーダー辺境伯やエドガー侯爵ごときに負けはせぬ。帝国内乱時、父が運悪くニュルンベルク公爵に負けた程度で、我が家を軍務卿の持ち回りから外しおって! だが、俺は負けん! この地で大貴族となって、父や俺をバカにした連中を見返してやる!」
「お館様……」
「この新しい大地で、レーガー侯爵家は復活を果たすのだ!」
バウマイスター辺境伯領の最南端より、さらに南に数百キロ。
広大な無人の大地に、この俺レーガー侯爵は立っていた。
土地も豊かそうだし、なにより無人なのがいい。
南方のため気候も温暖だから、さぞや農作物もよく育つであろう。
王国政府の命により探索隊の隊長となった俺だが、ただ素直にこの大陸の情報を王宮にあげるつもりはなかった。
俺たちは先遣隊なので、王国の監視も届きにくい。
この大陸で得られるであろう、様々な産物。
これを得たら上手く隠匿し、横流しをして資金を蓄え、それで人を増やす。
ベースキャンプのある北端海岸付近は王国直轄地となることが決まっているが、その先にある広大な土地を我がレーガー侯爵家の領地とするのだ!
中央でうだつが上がらなくなったレーガー侯爵家だが、上手く辺境伯となって復活してみせよう。
「父上、俺の活躍を天より見守っていてください」
ベースキャンプ周辺は、他の探索隊に参加した貴族たちの目があるからな。
探索隊隊長としての面倒な仕事は、すべて副隊長のアッシュ男爵にでも押しつけ、俺とその諸侯軍は先に南の広大な土地を押さえてしまうとするか。
そこで得られる珍しい産物、鉱物、動植物、魔物などを貴族たちや教会に賄賂としてバラ撒き、土地の領有を陛下に認めさせてしまおう。
たとえ陛下とて、多くの貴族たちや、ましてや教会の進言があれば『レーガー辺境伯領』を認めないわけにはいくまい。
不公平にも、アームストロング導師やバウマイスター辺境伯ばかり優遇する困った陛下だからこそ、俺たちも独自に動いて自分の利益を確保しなければな。
これが、俺たちのような不遇な貴族たちの生存戦略というわけだ。
「もっと奥に向かおう」
「左様ですな」
「よし! これより、さらに南の地域の偵察を敢行する! レーガー侯爵家諸侯軍は……」
「待ってください!」
「なんだ? アッシュ男爵か……」
ちっ!
ここで余計な邪魔が入った。
せっかくもっと南の土地を掌握……偵察しようとしたのに、副隊長のアッシュ男爵が俺たちを止めに入ったのだ。
「なんだ? アッシュ男爵」
「いまだベースキャンプ周辺の安全が確認されておりません。もっと慎重に動くべきです」
「今のところ、ベースキャンプにも、その周辺にも、魔物が出現したという情報はないがな。心配し過ぎではないのか?」
これまで得た情報によれば、つまりここは魔物の領域ではないということだ。
もしバウマイスター辺境伯領にある『魔の森』のような場所であればさすがに慎重に行動するが、この辺はただの未開地なのであろう。
大きめのネズミくらいしか動物たちが見つからないのが気になるが、もっと奥に行けばリンガイア大陸で見られるような動物も見られるようになるであろう。
いるかどうかもわからぬ魔物に怯えているようでは、未知の大陸の探索など到底務まらん。
アッシュ男爵は俺のお目付けらしいが、いちいち大げさなのだ。
同じ軍閥貴族だが、臆病にもほどがある。
どうせこいつはエドガー侯爵の派閥だから、俺の足を引っ張るように言われているのであろう。
あの脳筋が……バウマイスター辺境伯、アームストロング伯爵と組んで好き勝手やりやがって!
だがな!
ここは中央の目も届きにくい南の果ての新大陸だ!
俺はここを拠点に、レーガー家をヘルムート王国一の大貴族にするのだから。
将来は……独立してヘルムート王国を従わせるのも悪くない。
そんな大きな可能性が、この新大陸には眠っているのだから。
「今のところ魔物が出たという報告はないし、もし魔物の領域があっても、そこに入らなければ済む問題だ。俺は偵察を実行するぞ」
「しかし……ここは未知の新大陸。リンガイア大陸の常識が通用しないこともあり得ると、バウマイスター辺境伯が」
「バウマイスター辺境伯ねぇ……」
若造が!
ちょっと魔法が使えて、陛下に気に入られているからといっていい気になりやがって!
元は貧乏貴族の八男風情のくせに、この俺と爵位が並ぶとは……こんなおぞましいことはない。
我が先祖に対し、申し開きもできぬわ!
だがな!
俺も必ずやこの大陸で広大な領地を得て、レーガー辺境伯として成り上がってみせるさ。
「アッシュ男爵、これは探索隊隊長の命令である! ベースキャンプの安全を確保するように」
「……忠告はしましたぞ」
「忠告に感謝するよ。アッシュ男爵」
ふんっ!
男爵風情が、エドガー侯爵の後ろ盾があるからといって、俺に忠告とは片腹痛い。
みんな、俺の躍進を阻止しようと懸命だな。
ということは、王国はこの大陸は有望だと思っている。
ならば先に、美味しいケーキを大きく切り分けた方がいいに決まっている。
「行くぞ!」
「はっ!」
今、この場にいない貴族たちには『ざまあみろ!』としか言いようがないな!
だがもう遅い。
なにごともスピードが大切なのでね。
「あれは川だな。かなり幅があるから、橋なり船が用意できるまでは、南進は一時ここでストップだ」
「随分と綺麗な川ですね」
「そうだな。水が豊富なのはいいことだ。人が生活するには水が必要だからな。水源の確保はなによりも重要だ」
暫く南下を続けていたら、大きな川にぶつかった。
橋をかけるなり、船を用意しなければいけないので、ここで南下は一時中止だ。
「どうにか船を調達して南下したいものだ」
もっと多く土地の状態を知りたい。
情報を先に得てこそ、将来の土地の領有に繋がるのだから。
こんなものは、ようは早い者勝ちなのだから。
「お館様! 見てください!」
「どうした?」
「これ! 砂金ですよ!」
「なんだと!」
この川では砂金が採れるのか。
家臣たちが、次々と河原で拾った砂金を俺に見せてきた。
砂金は粒も大きく、しかもあちこちに落ちているようで、わずかな時間で手の平一杯になった。
「これを本格的に採取させれば、きっとレーガー侯爵家は……」
父の討ち死に以降、我が家は財政が苦しい。
砂金のことはアッシュ男爵たちにバレないよう密かに採取すれば、広大な領地を得る際に貴族たちに配る賄賂にも使えるではないか。
「(問題は、どうやって密かに人手を集めるかだな。王都のスラムで人を集め、移民扱いでここに連れてくるか? 問題はこの川で砂金が採れることをどうやって隠すか……探索を邪魔すれば……アッシュ男爵は臆病者、これを利用すればいいのか?)」
このチャンスをどうにか生かさねば。
王国主導の探索を妨害して足を引っ張りつつ、レーガー侯爵家のみがこの砂金を大量に得られるように画策しなければ。
父の討ち死に後、我がレーガー侯爵家を軍務卿の持ち回りから外した、陛下、エドガー侯爵、アームストロング伯爵に、その仲間であるバウマイスター辺境伯め!
必ずや俺は、レーガー侯爵家を再び栄光に導いてやる。
そのためなら……。
「ひぃーーーっ!」
「お館様ぁ!」
「なんだ? 急に?」
人がレーガー侯爵家千年の計を練っているというのに、いきなり大声など出して邪魔をしおって!
生まれが悪いバウマイスター辺境伯でもあるまいし……。
「なにがあったんだ? ひぃーーーっ!」
「助けてください! お館様!」
声の方を見ると、河原で砂金を拾っていた家臣や兵士たちが、川から出てきた小さな竜みたいな魔物たち…… 小さいとはいっても、全長が五メートル近くあるが……の大きな口で食べられているところであった。
その口は長く大きく、わずかな時間で十数名が犠牲となってしまった。
兵士たちを口でくわえ込んだ小さな竜たちは、そのまま川の中に沈んでしまう。
あれでは、たとえ食べられなくても窒息してしまうであろう。
「お館様……」
「助けようがないではないか! 逃げろ!」
クソッ!
砂金が沢山採れる川には、こんな危険もあったのか。
それにしても、なぜこの地は動物と魔物が混在しているのだ?
あれは、サーペントみたいに実は動物であるとか?
とにかくだ!
また多くの家臣と兵士たちを失ってしまったが、まずは逃げることが先決だ。
幸い、あの小さな竜に似た魔物は、川辺までしか上がって来なかった。
「助かった……ベースキャンプに戻るぞ」
「あの……アッシュ男爵にはどう説明しますか?」
「説明など必要ない!」
全員が俺が雇っていた連中なのでな。
王国軍の兵士が犠牲になればアッシュ男爵に嫌味を言われ、最悪王国軍による聴取があるが、俺の家臣が何人死んでも、アッシュ男爵になにか言う資格などないのだから。
「わかりました。すぐに撤収をします」
「それでいい」
「ぎゃぁーーー!」
「今度はなんだ?」
再び悲鳴がした方を見ると、今度は全高二メートルほどで二足で走る小さな竜の群れに、兵士たちが襲われていた。
まだ襲われていない者たちが剣を振るって追い返そうとするが、小さな二足歩行の竜たちは大分狡猾なようで、群れで徐々に兵士たちを追い詰めてから、手足に噛みついていた。
「お館様ぁーーー!」
「助けて!」
「ひぃーーー!」
「こんな魔物たちがいるなんて話は、俺は聞いていないぞ! アッシュ男爵はなにをしていた?」
俺は、他の連中を置いて馬でベースキャンプに向けて逃走を開始した。
臆病者のアッシュ男爵のせいで!
あとで必ず仕返しをしてやる!
「お館様! うわぁーー!」
俺以外全員が魔物の餌食になってしまったが、これも高貴な俺が生き残るためだ。
あの世で、このレーガー侯爵を助けたことを誇りに思うがいい。
今はベースキャンプに逃げ込み、王都から俺の命令のみを聞く人手を送ってもらわなければ。
「父の代から仕えている譜代の家臣たちがみんな食われてしまった。これは立て直しに時間が……っ!」
突然、足に焼けるような痛みが走った。
見ると、俺は追いかけて来た二足歩行の小さな竜により足を噛まれていたのだ。
「クソッ! 離せ! 俺を誰だと思って!」
次の瞬間、俺は二足歩行の小さな竜によりそのまま馬からひきずり下ろされてしまう。
勢いよく背中から地面に叩きつけられ、俺は一瞬呼吸が止まってしまった。
続けて両手足にも二足歩行の小さな竜たちが噛みつき、奴らは俺を分けて食べてしまうつもりのようだ。
「ひひぃーーん!」
どうやら、俺の馬も同じ運命らしい。
群れで狩りをする二足歩行の小さな竜は、とても獰猛であった。
「クソッ! 俺はこんなところで! レーガー侯爵家を再び!」
体中を食べられ始め、激痛が走るなか、俺はそれでもどうにか逃げ出そうと思案を巡らせていた。
この俺が、レーガー侯爵様が、こんなところで死んでいいわけがないのだから。
だが、すでに痛みが限界を超えて体がなにも感じなくなって……俺は死ぬのか?
「こんな、バカな話があるか!」
駄目だ……もう意識が保てない。
まさかこの大陸が、こんなに危険な場所だったとは……。
いくらあのバウマイスター辺境伯でもどうにもなるまい。
もし陛下に命じられてノコノコとやってきて、俺と同じく無様な最期を迎えたら、あの世で先輩として扱き使ってやろう。
それだけが楽しみだな。
駄目だ……意識が遠のいていく……。




