第一話 隠居……できたらいいな。
「父上、お呼びでしょうか?」
「よく来たな。フリードリヒ。少し話があってな……」
この世界で生活を始めて何年経ったであろう?
俺もとっくに三十を超えてしまった。
中身に至っては、もう五十をとうに超えたのか。
エリーゼが産んだ嫡男フリードリヒが、もうすぐ十五になる。
そうなれば、もう彼を成人として扱わなければならない。
そして俺は、ある決意を固めていた。
「そんなに大した事じゃないんだが、来週フリードリヒは成人するだろう?」
「はい」
「その時に、お前にバウマイスター辺境伯家の家督を譲るから」
「えっ? 父上、今何と?」
「だからね。フリードリヒにバウマイスター辺境伯家の家督を譲るから」
「父上、そんな、子供に何かお菓子をあげるみたいに言われても困ります」
「別に困らないだろう。いつかお前が継ぐ家と領地なんだから」
別に俺も、好き好んで成人したばかりの子供に家督と領地を譲るわけじゃない。
これには、一代で成り上がったバウマイスター辺境伯家が持つ、止むに止まれぬ事情があっての事だ。
「ローデリヒは何と?」
「賛成しているな。最初はローデリヒと相談しながらやってくれ」
「そんな急にやってくれと言われても……」
十五でいきなり辺境伯家の領地と家督は重いか。
それでも、これは受け入れてもらわないといけない。
「いいかい、フリードリヒ。よく聞きなさい」
俺はフリードリヒに対し、どうしてこんなに早く家督を譲るのか事情を説明し始める。
「このバウマイスター辺境伯家は、俺の代で誕生し、急速に勃興した家だ。当主である俺の影響力が大きすぎて、俺の死後に家督を譲ろうとすると混乱する可能性が高い」
子供も多いし、家臣にも仕官して間もない者が多い。
それぞれに俺の子供達を神輿として、バウマイスター辺境伯家家督継承問題に口を挟む輩が出てくるかもしれない。
歴史あるブロワ辺境伯家でも、タイミングが悪いと激しい家督争いが起こった。
新興であるバウマイスター辺境伯家では、余計にそうであろう。
それを防ぐためというわけだ。
「今の王家は、南にある新大陸の開発をしようとしている。こんな時に中継地となるバウマイスター辺境伯領で混乱が発生する事は許されない。よって、順当に嫡男であるお前に家督が譲られ、それを俺が暫く後見するというのが一番混乱が少なくていいのだ」
「なるほど。父上が暫く後見してくれるのですね」
「それはそうだ」
とは言いつつ、実はローデリヒに丸投げするに決まっている。
考えても見てほしい。
俺も十五から領地を得て苦労の連続だった。
ローデリヒからは鬼のように土木工事をさせられ、そのおかげでバウマイスター辺境伯領は大いに発展したが、俺は本当に大変だったんだ。
変な貴族への対応も面倒だし、正式に隠居した今、エリーゼ達と遊んだり魔の森で狩りをする冒険者に戻るに決まっている。
今のうちなら、まだ体も十分に動くのだから。
勿論、この計画は誰にも言っていない。
ローデリヒに知られると、色々と面倒だからな。
第一、俺は前世で会社の経営者とかではなかった。
跡を継いだ息子の後見って、物語やドラマとはではよく聞いたけど、実際何をするのかもわからない。
俺がフリードリヒの後見をしているから、『妙な事をしたら消すぞ!』的な雰囲気を出しておけば、何か企みそうな連中の悪事は排除できるであろう。
俺は飾りで十分なのだ。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫に決まっている。お前は、俺よりも優秀だからな」
フリードリヒは、俺の才能を受け継ぎ上級魔法使いであった。
エリーゼの子供なので頭もいいし、貴族に必要な教養も十分にある。
何をしてもすぐに習得できるのは母親からの遺伝だろうな。
背も高いし、イケメンだし、人格者でもある。
女にもモテるし……何か、自分の息子なのに微妙に腹が立ってきたな。
なぜ親子でここまで違うのか?
やはり、母親の血なのか?
「経験は積めば得られる。ローデリヒが引退するまでは、彼から色々と教わるのだ」
そして俺は、形だけ後見人となる。
これからの人生、あとは遊んで暮らすのだ。
「わかりました。二代目バウマイスター辺境伯として、粉骨砕身努力いたします」
「先は長いから、気張りすぎるなよ」
こうして俺は、無事フリードリヒにバウマイスター辺境伯家の家督を押しつけ……じゃなく、譲る事に成功するのであった。
「じゃあ、俺もレオンに若様の護衛をすべて任せるかな。ヴェルの専任に戻るよ」
無事に隠居できそうな事をエルに教えたら、彼も自分の嫡男レオンが成人したらフリードリヒの護衛をすべて任せてしまうつもりだと言う。
昔とは違って、今は当主と嫡男の護衛は複数の家臣が協力して行っている。
エルはその指揮を執っており、フリードリヒの護衛も常に傍にいるレオンに細かく指示を出していた。
それをやめてレオンに全面的に任せ、俺のみの護衛に戻る決意をしたようだ。
「なるほど。エルも上手く俺の隠居を利用したな」
昔のように、ほぼ冒険者としての生活に戻るというわけだ。
俺の護衛だと言っておけば、他の仕事はしないで済むからな。
いいアイデアだと思う。
「子供達も無事に成人し、俺達は再び自由な冒険者稼業に戻れるな」
「はあ? お前は何をわけのわからない事を言っているんだ?」
「いやだって、エルは俺の専任護衛に戻るんだろう?」
これからは魔の森などに行く用事も増えるから、エルは他の仕事をしている余裕がなくなる。
だから、レオンにフリードリヒの護衛役を譲ったんじゃないのか?
「王城は基本安全だが、大貴族であるヴェルが護衛もなしというのも格好がつかないからな。俺の他は、ルイーゼやヴィルマなら付いて来るか」
「王城? なんで俺がそんな所に行かないといけないんだよ」
何か用事でもあれば別だが、あんな堅苦しい場所、無理に行く必要もないじゃないか。
ようやくバウマイスター辺境伯の重責から脱する事に成功したんだ。
意味もなくそんな所に行くのは嫌だ。
俺は自由な冒険者に戻るんだ。
「お前、もしかして忘れているのか?」
「忘れて? 俺が何を?」
「やっぱり忘れていやがる……。今のお前が楽隠居なんてできるはずがないだろうが! お前が家督を譲った情報が王城に流れたら、あの人が飛んで来るぞ」
「あの人?」
果たしてエルの予言は当たり、俺が王国に対しフリードリヒに家督を譲る旨を伝えた数日後、エルの言うあの人が飛んできた。
「某! 遂に面倒な王宮筆頭魔導師を辞められるのである! これより始まる自由な第二の人生! 実に素晴らしいのである!」
あと二~三年で六十、前世では赤いチャンチャンコを着る年齢になるはずの導師であったが、彼は相変わらず元気だった。
ブランタークさんはさすがに寄る年波に勝てず頭が真っ白になったが、導師は初めて出会った頃から見た目があまり変わっていない。
ブランタークさんが『殺しても死なない』、『呪われて加齢が止まっているのかもしれない』と言っていたのに納得してしまうほどだ。
「導師、王宮筆頭魔導師を辞めるのですか?」
「当たり前である! 何しろ、バウマイスター辺境伯がいるのである! おっと、もう隠居するのであるな! これより、バウマイスター辺境伯が導師と呼ばれるようになるのである!」
「俺ですか?」
「当たり前なのである! 某も寄る年波には勝てないのである! 某よりも優れた後継者がいる以上、王宮筆頭魔導師の地位を譲って当然である!」
すっかり忘れていた。
導師の次の王宮筆頭魔導師、その最有力候補は俺だったんだ。
「というか、お前以外がなったらおかしいじゃないか」
「でもさぁ……」
クソっ!
王宮筆頭魔導師なんて、城に行く度にお偉いさんと会わなくちゃいけないじゃないか。
できればなりたくない。
となれば、そこそこ魔力があって書類仕事もできそうで無駄にプライドが高い魔法使いを煽てて、そいつを後継者にしてしまえばいい。
我ながらいいアイデアだな。
必ずしも、魔力量が一番多い俺が王宮筆頭魔導師にならなければいけないルールもないのだから。
会社でも、必ず一番優秀な人が社長になる保証がないのと同じだ。
うん、これこそ派閥、政治闘争の因果というわけだな。
俺のせいじゃない。
これは組織の定めというものなのだ。
「他の候補者に譲りまぁーーーす」
きっと、やりたくてたまらない人がいるはずだ。
そいつに譲ってしまおう。
「陛下にお尋ねしたところ、バウマイスター辺境伯以外に適任はいないと聞いたのである!」
「でも、やりたいという本人の意志は大切だと思うのですよ」
才能があるやる気がない人よりも、才能がイマイチなやる気のある人の方がいい結果が出る事もある。
ほら、その人の才能は地位が作るってお話もあるじゃないか。
「いないのである」
「いない?」
誰も他に、導師の後継者になりたい人がいないの?
「それはおかしい。一人くらいは……」
「本当にいないのである」
「当たり前だろうが……」
エルが『お前は何をわけのわからない事を……』という表情を俺に向けた。
「導師の後で、しかも候補者にお前がいるんだぞ。まっとうな精神をしていたら立候補なんてするか。もしなれたとしても、ずっと言われるんだぞ。どういう卑怯な手でヴェルを差し置いて王宮筆頭魔導師になったんだと」
「エルヴィンの言うとおりである! まず心が折れてしまうのである!」
クソっ!
一人くらい、そんな周囲からの非難が気にならない、厚顔無恥な奴はいないのか。
「いるか! いても、そんな奴に王宮筆頭魔導師なんてさせられるか!」
エルの奴、ズバズバと正論を言いやがる。
「まあ、仕方がないですね……」
この世界に来てから、いや前世から俺は長い物に巻かれて生きてきたんだ。
それに、導師の王宮筆頭魔導師としての働きぶりを見るに、週に一度くらい王城に顔を出せばいいはずだ。
導師以下の魔導師は残っているから、彼らに面倒な仕事は丸投げして、あとは毎日遊んで暮らしてやる。
思えば、導師ってあまり王城に顔を出さないからな。
俺も彼の方針を継承して、週に一度も顔を出せばいいか。
前世の東京都知事もそんなものだと聞いたし。
まあ、王宮筆頭魔導師なんて有事でもなければ、ほとんど用事なんてないものな。
大丈夫、俺は忙しくならない。
「思えば某も、長い間王宮筆頭魔導師として忙しい日々であったのである!」
「「ええっ!」」
「バウマイスター辺境伯、何か?」
「いえ、別に。なあ、エル?」
「何でもないですよ」
思わず、エルと二人で驚きの声をあげてしまった。
導師って、俺達にはよく付き合ってくれたけど、あれは王宮筆頭魔導師の仕事じゃないし、明らかに好きで俺達につき合っていたよな。
その分、王城にいる他の魔導師達に全部面倒な仕事を押しつけていたような印象があるんだが……。
何が凄いって、導師にその自覚がまったくない事だ。
俺も同じようにする予定だから、あえて強くツッコミは入れないけどね。
「とにかくである! 明日にでも王城に顔を出してほしいのである!」
「わかりました」
ようやく面倒な仕事から脱出できたと思ったんだが仕方がない。
翌日、俺はエルを連れて王城へと『瞬間移動』で飛んだ。
「クリムトもいい年なのでな。余としても、あとは自由にやらせてやりたいのだ」
早速陛下に謁見すると、導師って本当に陛下の親友なんだよな。
彼を王宮筆頭魔導師という重責から解放してあげたいだなんて。
導師が、その重責をプレッシャーだと思っていたかは知らないけど……。
その代わりに、俺がこれから王宮筆頭魔導師の重責を背負う事に……。
でも、導師ってそんなに忙しくなかったよな?
やっぱり王宮筆頭魔導師は、万が一の時のための最後の切り札なわけで。
俺は『瞬間移動』も使えるから、週に一度くらい顔を出せば……。
などと思っていたら、陛下が続けて俺にこう言った。
「余もクリムト同じく年を取った。見よ、バウマイスター辺境伯。余の髪も大分白髪が増えたであろう?」
確かに、今の陛下は白髪の方が多い状態だ。
幸いというか、抜け毛はないようだが。
「ヘルムート王国の国王は、死なねば退位できぬ。だが、人間は年を取れば衰えていくもの。ボケて正常な判断ができなくなる事も過去にはあった。そこで、徐々に王太子に仕事や権限を譲渡していくわけだ。王太子も、自分が王になった時に備えて経験も積めるからな」
ヘルムート王国の国王は退位できないが、後継者と一緒に政治を見るという方法で加齢による衰えを補完しているわけだ。
「よって、バウマイスター辺境伯はヴァルドと接する機会の方が多いであろうな。あやつは、バウマイスター辺境伯が気に入っているようだから、色々と支えてくれると嬉しい」
「はい」
これから徐々に王太子殿下の方の仕事が増えていき、俺も王宮筆頭魔導師としてその補佐を行うわけだ。
ただ、政治向きの仕事は各大臣や官僚達の担当だ。
俺の仕事はそれほどないはず。
「ヴァルドに挨拶をしておいてくれ。あれには言ってあるからな」
「わかりました」
俺は陛下に一礼してから、ヴァルド殿下の執務室へと向かった。
案内してくれた騎士によると、今の殿下は次第に仕事が増えて執務室に籠る事が多いそうだ。
謁見などの対外的な仕事の大半は陛下、内向きの仕事は殿下という割り振りができているのであろう。
「失礼します」
「おおっ! よく来てくれたな! ヴェンデリン!」
この人、相変わらず俺以外に友達がいないようで、執務室を訪ねたら大歓迎された。
「もうすぐアンナがアーサーに嫁ぐ。これからは親戚としても仲良くやっていこうではないか」
王宮筆頭魔導師もそうだが、もうすぐフリードリヒの妹アンナが殿下の嫡男アーサーに嫁ぐ予定だ。
勿論俺が望んだわけではないが、殿下はそれを心待ちにしていたらしい。
親戚同士になれば、もっと付き合いが深まると思っているのであろう。
新しい王宮筆頭魔導師に就任し、娘が次の次の陛下に嫁ぐ。
政治好きで野心がある貴族から見たら、俺は我が世の春を謳歌しているというわけだ。
陰では、色々とコソコソ言われているらしい。
噂では、陛下に俺の事を讒訴した者もいたそうだ。
俺としては、言ってくれればいつでも代わってやるのにという心境だ。
もっとも、王宮筆頭魔導師は実力で選ばれるので、俺以外に適任はいないのだが。
婚姻に関しては、魔法が使える王族が産まれるかの瀬戸際なので陛下がアンナの嫁入りを中止するはずがなかった。
俺への讒訴の類は、すべて聞き流しているそうだ。
讒訴なんて俺以外にもよく行われているそうで、いちいち相手にしているとキリがないそうだ。
「アーサーとアンナは仲もいいし、きっといい夫婦になれるさ」
殿下の意向で、子供の頃から一緒にいる機会が多かったからな。
遊び相手にしてご学友から、夫婦になるというわけだ。
でも、こうなると俺が王宮筆頭魔導師になってよかったのか。
定期的にアンナの様子を見にこれるからな。
イーナも心配しているから、たまに二人で様子を見に行く事にしよう。
「ヴェンデリンが王宮筆頭魔導師になってくれたから、これからは毎日顔を合わせられるな」
「はい?」
俺は思わず言葉を疑問形にしてしまった。
毎日?
いや、導師なんて週に一回か二回王城に顔を出せば上出来だったと聞いている。
それが俺になったら、急に毎日?
お休みは?
俺の脳裏には様々な疑問が浮かんできた。
「アームストロング導師はちょっと特殊な例でね。一見ほとんど仕事をしていないようにも見えるけど、実は父の私室に報告に行く事もあったし、その報告が大成果になる事もあったんだよ。ただ一緒に酒を飲んでる事も多かったけど。本来の王宮筆頭魔導師ってのは、基本毎日王城に顔を出すものなのだよ。部下の魔導師達に魔法の指導をする事もあるし、魔導師見習いの若い連中への教育もある。書類仕事も意外と多くてね。導師は全部配下に押しつけていたけど、通常は数を絞るけど、ある程度書類仕事もあるのだよ」
そうだったのか!
実は王宮筆頭魔導師って、ちゃんと沢山仕事があったんだな。
でも俺は、導師と前例を踏襲しようと思う。
だって面倒だから。
「殿下、アームストロング導師のやり方で長くやってきたのですから、次の王宮筆頭魔導師である私もそのですね……」
殿下が俺に親しくしてくれるのはいいが、あまり親しすぎると他の貴族がうるさい。
王孫に正室を送り出したのをいい事に、殿下に取り入り、政治を壟断しようとしているなんて批判され、攻撃でもされたら面倒だからだ。
導師と同じように、週に一度くらい顔を出せば……と思ったのだが、なぜか殿下は異常にテンションが高かった。
「現在、王都の大規模再開発と拡張を進めているが、魔法使いが不足していてな。私が責任者なんだが、ヴェンデリンの協力があるとありがたいな」
「再開発ですか……」
これは、魔族との交易が増えて魔力で動く車両の輸入量が増えたせいでもある。
加えて、王国と帝国でも安価な車両の生産量が徐々に増えていた。
王都の大半の道が車両の通行に向かないため、これを機に王都を再開発、拡張する計画が行われていたのだ。
殿下はその責任者であり、子供が結婚した親戚同士、加えて数少ない友人である俺に目を輝かせながら期待しているのが誰にでもわかるくらいだ。
「ヴェンデリンは、バウマイスター辺境伯領の開発で大いに貢献したと聞く。王都を時代に合わせて作り替える事は、これからの王国発展に絶対に必要なのだ。前任者はこういう仕事が苦手なので頼みにくくてな」
導師は派手にぶち壊すのは得意だけど、残骸の後処理や整地のような作業は苦手だからな。
周囲への迷惑とかも、基本あまり考えない。
彼が王都で魔法を振るうと、多くの人が迷惑を蒙るであろう。
その前に、彼が殿下の頼みを聞く保障もない。
断っても、親友である陛下が庇ってしまうであろう。
「そうですよねぇ……」
「ヴェンデリンなら安心して頼めるよ。城にヴェンデリンが泊まる部屋も準備させるから。安心して、毎日職務にまい進してほしい」
「はい……」
ここで断るという選択肢もあったのだが、如何せん俺は一宮真吾の時の癖が抜けきっていない。
偉い人に頼まれると断れない、雇われ人体質が抜けきっていなかった。
「一緒に頑張ろう。これだけの大事業だ。きっと、私とヴェンデリンの名前が歴史に残る事になる」
きっと殿下は、歴史に名が残る方が嬉しいのであろう。
普段から目立たないから。
せっかく上手く隠居してローデリヒとフリードリヒに領地の事を押しつけたのに、それ以降の俺は王宮筆頭魔導師として忙しい日々をすごす事になるのであった。
出典『王国開発史』からの一文。
帝国との融和、魔族との交易の開始、魔物の領域の開放、南方新大陸への殖民。
拡大を続けるヘルムート王国では、王都スタッドブルクの再開発がヘルムート三十七世の発案で行われ、その責任者に王太子後のヘルムート三十八世が任命された。
地味ながらも堅実な王と呼ばれた彼は、婚姻関係を結んだバウマイスター辺境伯、嫡男フリードリヒに家督と領地を継承後は王宮筆頭魔導師として、その事業に大いに貢献した。
優れた魔法使いであり、功績著しく娘を王孫に嫁がせる事に成功した彼を妬む貴族は多かったが、彼は王都再開発で縦横無尽に魔法を駆使し、それらの批判を封じ込めるのに成功するのであった。
彼がヘルムート三十八世の親友であるからという理由も大きい。
なお彼は、アーカート神聖帝国皇帝ペーター一世の親友でもあると記録には残っている。
王宮筆頭魔導師に任じられた彼は、以後『バウマイスター導師』と呼ばれる事が多くなったのを記しておく。