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Raven Puppy  作者: 有部花奈
第1章 スパロウ・ウィング
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第1章 第4話 『助けて』と叫んだから

おれはぐちゃぐちゃになった部屋の中で呆然と立ち尽くしていた。

昨日おれを襲った化物の仲間が・・・あの巨大な真っ黒い鳥のような恐ろしいやつが、この部屋に来たのだ。そうに違いない。

シショーは?どうなった?

少なくともこの部屋にはいない。あの皮肉屋の自称天才妖精のことだ。化物が暴れる中、うまくかいくぐって外に飛んで逃げたのかもしれない。

でも・・・。

嫌な寒気を感じた。動悸が激しくなる。

もし逃げられてなかったら・・?

その答えは簡単だ。

あのなんでも噛み砕いてしまいそうな鋭い歯がついた巨大な口で一気にクロワルを・・・


「・・い!・・おい!クロ!!無事か!?返事をしてくれよ!!!」


足元から声が響き沈黙を破った。おれはあまりにも突然の大声に飛び上がり、おそるおそる足元に目を落とした。


「誰かいるの・・?ってなにこれ」


白くて丸いお皿のようなが落ちていた。どうやら、声はこの物体から出ているようだ。

おれはそれを指でつまんで目の高さまで持ち上げた瞬間、


「やっとでた!ヨカッダァァァ!!クロぉぉお!!おれは本当にお前を心配して・・」


「うわぁぁぁぁ!!こっち来るなぁぁあ!!!」


白いお皿から、狼の姿をした中年の男が年甲斐もなく顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして何かを叫びながら、おれの目の前に飛び出した。

それだけならまだしも、そのまま顔面から突っ込んできたのだ。

おれはあまりにも驚いて、その物体ごと全力で窓から放り投げてしまった。

物体が地面に叩きつけられる音とともに、男のうめき声が聴こえた気がした。


「あ」


我に帰った。

自分が投げたあの物体がどうなったか気になって、ベランダから身を乗り出した。

あの男は消えていた。だが幸いにも、物体の形はそのままだ。


「壊れてなさそう・・よかったぁ・・」


おれは少し安心してため息をついた。

もし、部品が飛び散ってバラバラになっていたりしたらまたシショーにどやされると思ったからだ。

でも拾いに行こうとは思わなかった。またいきなり何か出てこられたらこっちの心臓がもたない。


「新型びっくり箱ってやつ?もうシショーったら、変なおもちゃ持って・・」


そう『シショー』。


さっきの変な狼男との絡みで吹っ飛んでいたことが一気に戻ってきた。


どくん。


大きく鼓動が響く。おさまりかけていた激しい動悸も、今の鼓動からすぐにおれを襲うだろう。


昨日の夜はキョーカ達が怪物をやっつけて、おれを助けてくれた。

でも今はキョーカ達は『ガッコー』とやらに行っていてここにはいない。

その『ガッコー』がいつ終わるのかもわからないし、おれが行って助けを求めようにも『ガッコー』がどこにあるのかもわからない。


おれだけにしかシショーを助けられない。


おれは顔を上げた。ふいに夕焼けにそまったオレンジ色の空が目に入る。


ーー綺麗だな


何を考えてるんだおれは。

嫌な汗がでてきた。

今はそんな悠長なことを考えてる暇なんてない筈なのに、のんきな思考が否応なく頭に割り込んでくる。

どうやら、こっちの事情も関係なしにいきなり訪れた理不尽な現実をおれはまだ受け入れきれてないらしい。


(ちなみに夕焼けは雲がある空の方が全く雲がない快晴の空よりも見応えがあるとおれは個人的に)


ーーいやちがうだろ今はシショーが


(夕焼けもいいけどどっちかっていうと星空が好きかな)


ーーシショーの命がかかってるかも


(そうだ、今日の夜に見に行)


「いいかげんにしろ!!!!!」


おれは大声で怒鳴った。その声に怯えたのか目の前にあった電線に止まっていた何羽かの雀が一斉に飛び立つ。


荒々しく深呼吸をした。

いきなり声をだしたものだから息が苦しかった。こんな自分が情けない。

肩で息をしながら、今度は落ち着いて顔を上げた。

ふと、オレンジ色の空に黒い点々が見えた。

ーーさっき空を見たときには見えていなかったものだ。


「烏」


そう、烏の群れだ。夕焼けに烏なんてどっかで見たことがあった気がする。すぐに今朝の悪夢で似たような光景を見たことを思い出した。何というか、縁起が悪い。


(クロワルが・・シショーがいる?)


確証なんてなかった。全くのカン。

そもそもクロワルが生きてる保証すらないのだ。もうあの怪物に食べられてしまったのかもしれない。


それにだ。

まだ生きていたとして、おれが行って何になる?

おれに何ができる?

あの怪物と戦うなんて考えられないし、立ち向かえたとしても簡単に殺される未来なんて目に見えてる。


でも。


おれは走りだした。

ぐちゃぐちゃのキョーカの部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。

廊下を走り抜け、玄関を見つける。

靴置き場の中に一つだけサイズの小さい黒いスニーカーが確認できた。たぶんおれの靴だろう。

その靴に足を押し込み玄関のドアを乱暴にこじ開けて外に出た。

それと同時に空を見上げ、烏の群れを確認する。

烏は一つのビルの屋上に群がっていた。


「クソったれ」


おれは無意識にそう呟き、夏独特のモアっとした空気を一気に吸い込むと、そのビルに向かって猛ダッシュをはじめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それでさぁ〜折鶴先生が言うわけ!

『日高ぁ!!まぁたお前は〈安土桃山幕府〉なんぞというとんちんかんな歴史用語をつくりおって!!

この間なんて、テストの答えにザビエルのことを〈頭がかわいそうな人〉と書いただろ!?

歴史を、偉人を愚弄するなぁ〜!!』ってさぁ。

人類1万年の歴史を2、3年で一通り覚えろって言う方が歴史を愚弄してるし、まず無理ゲーだよぉ!!!」


学校からの帰り道、いつもの三人で歩きながら菜月は一人大声で喚いていた。

かなり興奮しているのか『獣人アニマリアン』特有の獣耳がでている。

そう、5時間目の歴史の授業で小テストが返されたのだ。

香澄は文句なしの満点、杏花がギリギリの赤点回避にして、菜月はほぼ壊滅的であった。

ーー菜月は歴史が苦手なのである。


杏花だって危ないところだった。ちなみにこれでも杏花の苦手教科は歴史ではなく英語である。


「うん・・でもさ3日後全教科定期試験だよ・・??考えられない・・・」


杏花がこの世の終わりだとでもいうようにげんなりとした顔で呟いた。

その言葉に反応し先ほどまでうるさかった菜月も青い顔をして黙り込む。


「二人とも、諦めるのはまだ早いわ。それに菜月は国語、杏花は数学が得意なんだから自信持って・・・って、え?」


菜月と杏花を励まそうと声をかけた香澄は、いつの間にか二人の視線がまっすぐに自分に刺さっているのを感じた。


ーー二人同じく、目を潤ませて悲しく助けを乞うような顔をしている。


香澄はそんな二人を見て、しょうがないわねと呟いた。


「だから昨日、勉強会しようって言ったのよ。今日は『名前』のことで遅くなっちゃったからできないけど・・明日からやる?」


「ありがとうございます〜!!香澄様ぁ〜!」


菜月が感激しながら香澄に手を合わせる。

横では杏花が勢い良く首を縦に振っていた。


香澄は笑いながら思い出したように杏花に言った。


「ああ杏花、私に数学の教科書の182ページの4番の問題を教えてくれない?

たぶん、定理の当てはめでつまづいてると思うんだけど解き方がわからなくて」


杏花が快諾する前に、突然三人のかばんの中にある『キラルエッグ』が震えだした。

三人とも卵型の端末を取り出し、確認する。

キラルエッグからホログラムが飛び出し、イテテと腰を抑えた中年の男が映像で現れた。


「あれ、ガメラさんじゃん。クロワルかと思ったよ〜」


菜月がのんきに笑って手を振る。

ガメラはそれに応えようという素振りをみせたが、今はそんな場合ではないのか厳しい表情をしていた。

その表情を見た香澄が話しかける。


「えっと、何かあったんですか?」


ガメラは重苦しい顔で杏花の家で先ほど起こったことを話し始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

着いた。ビルに着いた。


全力で街を走ってきたおれは汗びっしょりだった。シャツは体に張り付き、息は切れて足はガタガタだ。

おれは上を見上げた。


おそらくは、シショーを連れ去っていった化物は屋上にいるのだろう。

あとはビルを上がるだけだ・・・


「嘘だろ?」


入り口のドアを押し開けて中に入ったおれを待っていたのは無情にも屋上へと続く長い長い階段だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夕焼けの空の下で俺は意識を取り戻した。

・・・痛い。


「おはよう、クロワル君。良い夢は見れたかい?」


男の声がきこえる。

目を開けるといきなり入ってきた光が眩しくて思わず目を細めた。

じきに俺は自分が鳥籠の中にいることがわかった。


「・・・」


目が慣れてまず最初に目に飛び込んできたのは、意外にも空だった。


ーーこいつは綺麗だ


もちろん、こんなことを感じてしまうなんて性に合わない。

でもいきなり襲ってきたこの不条理な『絶望』に俺のいつもの空虚な強がりは今は何の意味も持たなかった。

俺は茫然自失だった。


「えっ?何、無視?かなり久々の再会なのに、冷たいねぇ。僕は悲しいよ。」


男が、オルマンがねっとりと呟く。言葉とは裏腹にその表情は残酷に笑っていた。

さっきの体の痛みだってたぶんこいつが片手で遊んでいるステッキで殴られたのだろう。

おれはオルマンの隣に大人しく羽の手入れをしている1匹のプランターに気づいた。

相変わらず黒い巨体のそれは首の周りの羽毛だけ赤色に変色していた。

ーーこんなプランターは見たことがない。


「ああ、これね。最新型ってやつだよ。本部があるアッシュアルドの研究所が開発したの。

開発が始まったのは君が離反してからだから知らなかったでしょ?

もちろん従来型より戦闘力は上がってるし、何より使いやすくてね。型番で言ったら・・S型になるのかな?」


俺の視線に気づいたのか、オルマンは得意気に新型プランターの説明を始めた。

そうか。だからキョーカの部屋で俺はオルマンとプランターに気づかなかったのだ。従来のR型なら、俺の『エッグ』で察知できた筈だった。


「・・稼働前に調教する必要もなくなったってか」


俺は憎々しげに目の前に悠然と座るオルマンに言った。

R型は脳の発達が不十分で、基本凶暴なので扱いにくい。だから兵器として使うときは『調教』しなければならなかった。『調教』でいくぶんかはマシに働くようになるが元が獰猛なので小回りがきかない所が欠点だった。

しかし、このS型とやらはだいぶ大人しく・・まるでペットの小鳥のようにオルマンに付き従っている。


俺の問いに応えるようにオルマンはにっこりと微笑んだ。


「そう!とぉってもいい子なんだよ・・。君とは違ってね。

君ってばしばらく支部に戻ってこないなぁって思ってたら、勝手に僕らの『能力』で人間共を強化して僕らに対抗しだしちゃうんだからさぁ。

僕らのボスが・・君の『お兄さん』が相当にお怒りだったよ。」


オルマンはやれやれといった感じて首を振る。


「それにしてもやっぱり兄弟で全く似ていないね。ボスは神族なのに君は妖精族だし・・いやぁ、ハーフの家庭は闇が深くて恐いなぁ」


「俺も『あいつ』も自分達が兄弟だなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。」


俺は吐き捨てた。自分が組織『ヘン・クープ』に所属してたことも、兄貴と過ごした幼少期も思い出したくなかった。


「もっと仲良くしなよぉ。家族なんでしょぉ?この世は愛だよぉ?」


馬鹿にしたようにオルマンは嗤う。

相変わらずムカつく喋り方だ。何が愛だ。お前に飼われてる時、俺はお前のそのステッキで何度殴られたと思ってるんだ。

最初の怯えは消え、おれは怒りを感じて始めていた。


「それに君を攫ってきたのはさぁ、ボスの命令だし?」


耳を疑う。兄貴が?俺を?

てっきり裏切り者の俺を殺しに来たと思っていたが、よくよく考えれば、殺すつもりなら連れ去るなんて面倒なことはしない筈だ。

何か理由があるに違いない。


「目的は?」


「さぁ?

ただ、ボスは君が望むなら『ヘン・クープ』に帰ってきてもいいって。

一言謝れば、今までのことチャラにしてやるって。

ボスは優しいねぇ。」


「なぜ今更・・」


「うーん。たぶんね、アッシュアルドのゴタゴタが一つ片付いたからじゃないかなぁ?」


アッシュアルド。5年前に『ヘン・クープ』が侵攻した、唯一の人間界、異世界どちらにも属さない『孤立世界』だ。

『ヘン・クープ』が攻める前は〈最後の楽園〉と比喩されるほどに澄み渡る空と地上を覆い尽くす花畑がとても美しい場所だったらしいが、侵攻後の内戦で今は見る影もないときいた。

俺が最後にアッシュアルドを見たのは、『ヘン・クープ』の一員として、次なる制圧地点オリジン界の制圧を目指して旅だった二年前だ。

今やアッシュアルドの『ヘン・クープ』本部はほぼ全土を支配下においたが、抵抗ゲリラや内戦が所々で続いているらしい。

それにおれがアッシュアルドを離れた時期と同じ二年前、かなり強力な第三勢力が突如現れたときいたが・・


「『ゴタゴタ』というのは・・?

まさか・・・『第三勢力レイヴン』か!?」


満足そうにオルマンはうなづく。


「そそ。先日の『鴉狩り』でね、本部の幹部達とプランターが総出で『殺した』って。

二年間大変だったらしいけど、これで一安心だねぇ。

だって『レイヴン』、あいつやばいもん。僕たちは支配にしか興味ないけど、あいつ殺すことにしか興味ないもん。

アッシュアルドの至る所で突然現れたと思ったら、そこの連中皆殺しにしちゃうし。

凶暴にして狡猾、それに『ヘン・クープ』じゃないくせに『能力』っぽいものも使ってたらしいし、よく仕留めたよねぇ」


俺は驚愕して目を見開いた。

ガメラが通信で最後に言おうとしてたことはこれだったのだ。

『レイヴン』が死んだ。

あの大鴉の化物の噂はオリジン界に渡った後でもよくきいた。

全てにおいてプランターのステータスを大きく上回る戦闘力、『地獄絵図製画機』と揶揄されるほどの残虐性、アッシュアルド伝説の悪神の名前からつけられた『レイヴン』の異名など、話題性には事欠かなかった。

噂によると『レイヴン』はアッシュアルドの民にも『ヘン・クープ』にも抵抗派の軍人達にも容赦なく襲いかかったらしい。

支配が第一の『ヘン・クープ』アッシュアルド本部が秩序を乱してまわる『レイヴン』討伐に躍起になっていたというのは理解できる話だった。


オルマンがこの話はもう終わりというように手をパチンと合わせて音を鳴らした。


「とにかく『レイヴン』は死んで、アッシュアルドも残りの抵抗派を潰せば完全制圧!

アッシュアルドの次はここ、オリジン界!ってことで本部の幹部達がアッシュアルドを制圧次第、この世界に来るから。

あと、我らが『主』もね。

この世界への『降臨』の準備は着々と整ってるんだよ」


そうか。

おれはそこでやっと気づいた。

『レイヴン』討伐に駆り出されてた奴らが、今度はこの世界への侵攻の兵力になるってことだ。それも、大軍で。


「だからクロワル君が人間を使って抵抗しても無駄ってわけ。

だーからっさっ!もう諦めよ?」


オルマンは笑顔でそう続ける。

諦める。俺の頭にその言葉は突き刺さった。

そうだ。『ヘン・クープ』の連中は支配にしか興味がない。支配されても抵抗しなければ、従順であれば危険はない。

ーー俺が諦めればキョーカ、カスミ、ナツキの3人は戦わなくていい。


「うんうん、いい顔だ、クロワル君。

さぁ、いっしょに行こうか」


俺の思考は停止していた。

オルマンが俺を鳥籠ごと連れて行こうと、籠に手をかけて、『ゲート』を開く。

空間が引き裂かれ、丸くて黒い穴が出現した。あれを通り抜けた先は『ヘン・クープ』の支部なのだろう。

そして俺はもう戻ってこれない。

おれの頭に1人の女の子の顔が浮かんだ。


ーーカスミ


なにもかもを諦めかけたその時。

屋上のドアが勢いよく開いた。


俺も、オルマンもそちらの方に顔を向ける。小さい人間の女の子が1人、息を荒げて立っていた。

女の子はしばらく周りを観察し、プランター、オルマン、そして最後に俺を見て自分なりに状況を理解したのか、仁王立ちをしてオルマンを指差した。


「シショーを放せ!!おれはシショーを助けに来た!!」


女の子は決まった、というように目を見開いてニヤッと笑う。


・・・そういう台詞は登場した瞬間に吐くもんだぜ、チビ。


俺の内心に浮かんだいつもの皮肉な台詞とは裏腹に俺の目には涙が浮かんでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シショーが、クロワルがいた。生きていた。

安堵すると共に、別の方向からの恐怖がおれを襲った。

クロワルの他にデカい烏の化物とーーー知らない長身の不気味な男がニヤニヤしておれを見ていたからだ。

シショーを放せ!とか叫びながら、内心おれは恐くて仕方がなかった。


「これはこれは。クロワル君の新しいお友達かい?

僕の名前は、ジャッキー・オルマン。お嬢さんの世界の次の支配者『ヘン・クープ』の一人さ。よろしくね」


男はおどけておれに挨拶をしたが、おれには男が何を言っているのか、男の名前以外全く理解できなかった。

『世界』?『支配者』?『ヘン・クープ』?


「・・・!!チビ!何やってんだ、逃げろ!!お前じゃ殺されるだけだぞ!!!」


おれがいきなり現れたせいで驚いてぼうっとしていたクロワルが、我を取り戻したのかそう叫ぶ。


シショーの言葉をおれは無視した。


(シショーは籠の中・・・ってことは、戦わないで逃げるにしてもあれを開けてシショーをださないとダメだな。籠担げないし・・・。

出口は、今おれが入ってきたこのドアだけか。・・・あの男と怪物の気をどうにか・・)


「ねぇ、なんで黙ってるの?君も無視かい?」


男はおれの目の前に移動していた。

一瞬のことで、早すぎて目が追いつかなかった。


パンッ


軽い、とても軽い音が屋上に響いた。

気がつくとおれは地面と顔をくっつけていた。要はおれは倒れているってことだ。


(・・は?地面・・・?何で?あの男は・・?)


おれは倒れたまま視線だけ上げる。

先ほどのニヤニヤ笑いもおどけた様子も一切聞けた男が、オルマンがおれを冷たい目で見下ろしていた。


「おい!オルマン!やめてくれよ!!そいつは関係ねぇんだ!!」


籠の中でクロワルが何か一生懸命叫んでいる。


・・・頰が痛い


そう感じた瞬間身体全体に痛みが走る。

どうやら、おれはオルマンに殴られて身体ごと地面に叩きつけられたらしい。

すぐに起き上がることなんてできなかった。


「がばっ、ごぼっ!なんだよ・・・!いてぇ・・」


鉄の味がした。おれはすぐにその味が血だとわかった。口の中を切ったのだろう。


「下等生物の分際で僕を無視なんてさ、礼儀ってものがなってないんじゃないかな?

やっぱり人間はこうやって地面に這いつくばってる姿がよく似合う」


男はフンと小さく笑うと、今度はにっこり大きく笑ってクロワルに向き合った。


「さっ!変な邪魔が入ったけど行こうか!僕らの家にーー」


「待てよ・・!!」


声を振り絞って叫ぶ。

オルマンが振り返っておれを睨んだ。おれの方に歩いてくる。


「シツコイなぁ。ねぇプランター、先にクロワル君と『向こう』行っててくれない?

僕はこの子と少し遊ぶことにするよ。

ああ、クロワル君大丈夫、殺しはしないよ。ただもう少し『ヘン・クープ』の『恐怖』を頭に刻みつけてやろうと思ってね」


オルマンがそう言うと、『プランター』と呼ばれた怪物はゆっくりとおれの横を歩いてクロワルの入っている籠へ歩き始めた。


(このままじゃやばい、シショーが連れていかれる・・!!

ーーそれにおれもーー!!!なにか、なにか手はないのか!!?何でもいい、使えるもの・・!)


カラン・・・


プランターがオルマンとすれ違った時、何かが、軽い物が地面に落ちた音がした。

オルマンは気づいていない。


おれは顔を上げた。地面に落ちたのは、おれが字を練習する時に使っていた『エンピツ』だった。

ーーシショーを連れ去った時にプランターの羽根に絡まってくっついたのだろう。


「・・・っっっ!!!!」


体中から力が出てくるのを感じた。

記憶喪失のおれを助けてくれたのはあの3人だけでは、キョーカ達だけではなかった。


「なぁーんで君はそんなにクロワル君にこだわるよ?てか、いつから知り合いなの?クロワル君はいつも3人の人間と一緒だったと思うんだけど。君のことは知らないよ?」


オルマンが倒れているおれの横に戻ってきていた。つま先がおれのお腹にちょんと触れる。


落ちているエンピツとの距離を目視で測った・・・・・いける!

あとはこいつの隙がつければ・・・!!


「シショーとは昨日会ったばっかだよ・・・」


拳を握った。殴られたからか目に溜まっていた涙がこぼれる。


「はっ!?シショー?なんじゃそりゃあ!?クロワル君のことかい!?とてもかわいい師匠じゃぁないかぁ!!?」


オルマンは意地悪く嘲笑した。

ちょうどプランターがシショーの目の前に移動したところだった。

籠をくちばしでつかもうと、顔を下げる。


おれはこの瞬間を待っていた。


「おれはな、シショー・・!

まだお前から・・・カタカナも計算も習ってないんだぁぁぁぁあ!!!!!!」


拳を立てて一気に起き上がる。痛みは感じない。いや、感じないだけで体は痛いと悲鳴をあげているんだろう。でも今はそんなことおかまいなしだ。

低姿勢のまま大股で2歩。それくらいの距離にエンピツがあった。


オルマンはおれのいきなりの絶叫と行動に呆気にとられたのか、反応が遅れていた。


エンピツを手にとる。新品の癖に短いと思ったらおれが字の練習を始めて早々折ってしまったエンピツだった。

要は、削りたてホヤホヤ、めっちゃ尖ってるってことだ。


おれは今にもクロワルを連れて行こうとする怪物を見据えた。

あの怪物の体表がどれだけ分厚いかはわからないが、例え薄かったとしてもおれの力で投げたエンピツが刺さるわけがない。

そんなことはおれだってわかっている。

でも、「目」なら?あの黒い「目」ならエンピツは刺さるかもしれない、刺さらなくても怪物はとても嫌がるだろう。

それならーーーー隙がつくれる。


「今更、何をどう足掻こうと言うんだねぇ!?」


オルマンが手を大きく広げて迫ってくる。

だからゆっくり狙う暇なんてなかった。

怪物の黒くて大きい目に向かって、今自分が込められる最大の力を右腕に集中させた。

エンピツを人差し指と中指で挟み、体の右側に体重をかける。


《『お前』じゃ、無理だよ》


体の左側に体重を移す瞬間、エンピツを全力で投げる瞬間、何故か今日の夢にでてきた『声』を思い出した。

なんで。

なんで、今、この声がーーーー


「いっけえぇぇぇぇえええ!!!!!!」

「〔衝撃ウェーブ〕!」


エンピツがおれの指を離れるのと、オルマンがおれに攻撃を仕掛けるのとはほぼ同時だった。

オルマンはいつの間にか、おれの脇腹に手のひらをぴたっとつけていた。

そこから衝撃波が一瞬でおれの体の隅々まで行き渡った。

その場で崩れ落ちる。あまりのショックに呼吸ができず、体は痙攣していた。


「僕が子供ガキに『能力』を使うことになるなんてね・・!

君はちょっとおいたがすぎたようだ・・!!」


オルマンは息を荒げておれから目を外す。その目線の先にはーーープランターが身をよじって苦しんでいた。


「ガァァァァァァァア!!!!!」


どうやらおれが投げたエンピツはちょうど良い所にクリーンヒットしたらしい。


・・・でも、逃げられない。


おれがもうほとんど動けないからだ。

オルマンが放った『衝撃ウェーブ』とやらはとんでもない威力だった。

脇腹からの痛みが波打つように体中で反芻している。

痛みに耐えるのに汗が吹き出て、夏の真っ只中だっていうのに寒気を感じるくらいだった。


「さっきのさぁ、『カタカナ』?『計算』?だかなんだか知らないけど、よっぽどクロワル君のことが好きなんだねぇ。

うん、いいよ。気が変わった。なんか君ムカつくし、クロワル君の隣で死になよ」


オルマンがおれを蹴り上げた。

すでに半分意識がないおれは力無くシショーの籠の近くまで転がっていく。

おれの背中に籠があたった感触があった。


「チビ!!死ぬなよ、頼む!!オルマン、俺、『ヘン・クープ』に帰るよ!だからチビを見逃してやってくれ!」


シショーが籠の中でギャアギャア喚いた。

その目は大きく開き・・真っ黒なのにテカテカ光っている。

・・・泣いてるの、シショー?


痛みに耐えながら、頭には様々な思いが浮かんできた。


実はね、おれシショーの目つきが怖くて嫌だって思ってたんだごめんよ。


「いいや、この子供ガキはダメだ。おれの、新型プランターのエサにしてやる!!」


実はね、ここにくるまでにね、シショーを助けに行こうか迷っちゃったんだ。

おれの心の中で絶対に自分とシショーの命を天秤にかけた瞬間があったんだ。

最低だよね、本当にごめん・・・。


「ガァァァァア・・・!!!」


プランターは落ち着きを取り戻し始めていた。

怪物は身を起こし、怒りで燃えるような目をおれに向ける。


おれは今日死ぬ。ある意味で確信する。

本当は昨日の時点で死ぬ筈だったのだ。キョーカ達のおかげで1日延びただけなのだ。


プランターが口を開けた。昨日見たのと同じ鋭いギザギザの歯の他に・・喉の奥にマズルが見えた。


この歯と銃火器のコンボならなんの苦しみもなくこの世からグッバイできるだろう。

ーーー幸いにも記憶喪失。今日1日の記憶しかないおれは死の間際に悔やむのが24時間分もないことがある意味救いだと錯覚した。


・・これは、ある種の諦めだった。


記憶がありませんでした。

怪物に襲われました。

3人の少女に助けられました。

字の練習をしました。

怪物がシショーを攫っていきました。

おれはシショーを助けにいきました。

頑張って足掻いたけど、結局どうにもならずそのまま殺されました。


たったそれだけの物語じんせい

そしてそれは目の前の怪物プランターの次の一噛みで幕を閉じる。

そう、それだけのーーーー


《わたし達がかっこよくてかわいい名前を考えてあげる!!》


「なんだよ・・クソ・・・!!」


ここまで諦めたのに。

最後の最後で昨日の夜のキョーカの言葉がおれの頭の中で蘇った。

結局キョーカ達が考えてくれた自分の名前をまだきけてなかった。

残酷にもこのことはおれに生きる希望を与えてしまった。

この一言を、一瞬思い出してしまっただけで生きたいなんて願ってしまった。

要は、考えてあげると言った時のキョーカの笑顔を壊したくなかったのだ。


「・・・て」


おれの口から願いが漏れる。


「喰え、プランター」


オルマンはトドメとばかりにプランターに命令を下した。


「・・・けて・・!」


怪物が咆哮しながらおれに襲いかかる。

おれは恐くて目を閉じ・・やっと叫んだ。


「助けて!!!!!」


「ガァッガァァァァァァァァァァァァァァァァアッッッ!!!!!!」


轟音。何かが弾け飛んで床に叩きつけられたような、なんとも痛快な音が響いた。


おそるおそる目を開ける。

ーーおれはまだ喰われていなかった。


オルマンが焦りの表情を浮かべていてーーー目の前にいたはずのプランターは消えていた。

そして、プランターがさっきまでいた場所に代わりに3人の女の子が立っていた。

おれとシショーをかばうように、背を向けオルマンと対峙している。


夕陽がちょうど3人を前から照らし、おれは思わず魅入ってしまった。


ーー真ん中の女の子が振り返った。もう変身しているようだ。

ピンクの瞳がおれの黒い瞳を捉えた。一瞬の迷いが見える。

・・たぶんいろいろ言いたいことがあるのだろう。


でもキョーカは、スパロウ・ホープはにこっと微笑んだ。


「クロワルを守ってくれてありがとう。

・・もう大丈夫だよ!!!」

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