第5話 ジョギング
訓練所に通うようになって数日が立ったが、未だにライラさんへ触れることは出来ていない。
今プレイヤーの中に彼女以上に強い人は居るのだろうか?
そんな事を考えながら日課になりつつある訓練費用を貯める為、簡単な依頼をクリアしてソレを持って受付に向かう。
「あんたも懲りないわね」
訓練所に入ると待ち構えているライラさんの第一声はいつもこれだ。
言葉とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべて、手加減の必要のない獲物が来たことを歓迎している気がする。
スキルレベルは訓練所の為、上がることは無いがプレイヤースキルは上がっていると思う。
こういうのは、スキルレベルが低く補正があまり掛かっていない時の方が実感しやすいと思うし鍛えるにも丁度いいと思うのだ。
そんな感じで過ごしていると、現実とゲームとの体に違和感を感じるようになった。
違和感と言っても大したことではないのだが、現実の方がスペック的に低いためかログアウト後の体が重いのだ。
30分ほど経てば治るのだが、何かいい改善する方法が無いか調べたところ体を運動を奨めるサイトがあった。
完全没入型と言うことで、どうしても肉体と精神の齟齬が起きてそう言った症状が出てしまう人が約10%の割合でいるらしく、総じて普段運動不足の人に多く見られる事から改善の為に現実の方の体にもある程度刺激を与える方法が一番と言う事らしい。
そんな事も有り益々、ゲーム内に引き籠るプレイヤーが問題視されつつあるそうだが、ゲームはあくまで楽しむものだ。
楽しむためにも、現実にも気を遣う必要があると言うことでジョギングを始めることにした。
仕事から帰るとジャージに着替えて準備運動を済ませ、家の周りの道の一周5kmほど走って、汗を流した後は食事などを済ませてログインすると言う生活習慣が出来上がった。
まさかゲームを快適にするために運動を始めることになるとは思わなかったが、ジョギングをするようになってからどちらの世界でも調子がいいのは事実なのだ。
それはさておき、今日もライラさんとの地獄の時間の始まりだ。
荒れ狂うように振るわれている様で、様々な角度から的確に急所を突いてくる攻撃を何とか掻い潜り接近出来るようになってきてはいるが、どうしてもライラさんへ触れることは出来ない。
掴んだと思ったらそれは残像で、動きの止まったところを滅多打ちにされる。
「ダメダメ、そんなんじゃ」
「はい!」
「いい!あなたの戦闘方法を実現するには確実に近寄れるだけの体捌きと近寄ってからの相手の動きを封じる為の攻撃が必要不可欠なの。
掴めたと思って動きを止めてたら今みたいに反撃に遭うよ」
「はい!」
もう一度立ち上がりライラさんと対峙する。
今回は武器を持っていないライラさんを不思議に思っていると
「今までのあんたの動きから大体目指してることが分かったから、あたいなりの解釈で攻撃してみるから、まぁ受けてみな。
ただし、これを真似るんじゃなくて最終的に自分に合ったモノを見つけるんだよ」
そう言い終わると一気に距離を詰めて顔に手が伸びてくる。
錯覚なのか分からないが、迫ってくる手の大きさが倍以上に見える思わず両手を顔の前でクロスする様にガードをしたが、その腕を掴まれて捻り上げられ投げ転ばされ無防備な背中を強打しうめき声と共に息が漏れる。
倒れたところを頭を掴まれて、メキメキと言う音がこめかみから聞こえて慌ててタップする。
「うん、中々悪くないね。これなら手加減無くやれそうだ。」
頭を放した後、手をグーパーしながらそう言って笑うライラさん。
あの、今までも手加減されてボコボコだったんですが。
心の声を表に出す暇もなく再度向かってくるライラさんの手を警戒しつつこちらも反撃する。
掴まれないように手の平ではなく腕を弾くように払いのけようとするが、勢いに押し負けて鍔迫り合いの様になり徐々に押し込まれる。
そちらにばかり集中してしまっていた為、反対から伸びてきた拳がアゴ先をかすめて脳を揺らす、押さえていた腕の力が抜けて両側から頭を抑え込まれたところでタップする。
その後、2時間の間に100回ぐらい転がされてその日の訓練は終わりを迎えた。
「明日からは来なくていいぞ」
「え、もう僕には教える価値が無いですか?」
「そんなんじゃねえよ、ただお前が相手するのはモンスターだろ。
あたいの相手ばっかしてたら対人戦の訓練にはなるがモンスター戦の訓練にはならないだろ」
「そうですね」
「だから、毎日ここに通うんじゃなくてもっと世界を見て回ってみろ。
でないとあたいに一生勝てないよ」
「わかりました。今日までありがとうございました」
「ああ、もっと強くなって楽しませておくれ」
そう言って笑うライラさんに思わず見惚れてしまっていたら、ちょっと顔を赤くしたライラさんに蹴りだされて訓練場を後にした。
その後は、アプルンジュースを飲んでログアウトした。
明日からはどこへ行こうかな?




