俺のイメージしていた異世界となんか違う
それは会社の飲み会が終わって、ほろ酔いのちょっといい気分で夜道を歩いていた時だった。
「助けてください勇者さま!」
突然エルフのコスプレをした超絶美少女に助けを求められた。
深夜1時を過ぎた、日本のありふれた閑静な住宅街での出来事だ。
「お!? おお、コスプレかぁ!? クオリティ高ぇなあお姉ちゃん!」
俺は酔っていた。
「ひゃああ! いきなり耳を触らないでください! こすぷれってなんですか!?」
「バッカおめえ! お姉ちゃんみたいな美人さんがこんな夜道にコスプレして一人歩きしてたらなぁ! 悪い酔っぱらいに絡まれたって文句言えねーよ! なあ!?」
俺は同意を求めたが周囲には誰もいなかった。
「び、美人……って、もう! あんまりおイタすると、異世界に連れ帰って魔王とか倒してもらっちゃいますよ!」
「アッハッハッハ! それで勇者さまってかァ!? 上等だァ! 世界でも何でも助けてやるから、お姉ちゃん、ちょっとそのおっぱい揉ませ」
俺の言葉は最後まで発せられることなく、辺りは光で包まれた。
「あれ? なんかお姉ちゃんめっちゃ光ってね? え? なに言ってんの? 日本語? おーい聞こえてる? え? なにこれ? え? あ、なんか意識が……」
そうして俺は異世界へ召喚された。
@
「はっ! ここは?」
「ようこそ勇者さま! 私たちの世界、『アナ・ディール』へ!」
ふと気がつくと、俺はかなりギリギリな名前の異世界へと降り立っていた。完全に酔いは醒めていた。
俺たちは小高い丘に立っていた。辺り一面草原だ。建築物なんてなんにもない。日本は深夜だったがこの世界も夜のようだ。夜空を見上げれば冗談のように煌めきまくってる星々と六つの月が辺りを照らしている。いや六つは多すぎだろ!
流石に酔っぱらっている場合ではなかった。
そして俺は一人ではなかった。隣にはエルフのコスプレをした超絶美少女がにこやかな顔をして立っている。俺をここに連れてきたであろう女の子だ。
「申し遅れました! 私はハイソサ王国の第一王女、エルフィンと申します!」
「ハワワワワ……! ガチだ……! これはガチの異世界召喚だァ……! そしてテンプレ王女だァ……!」
俺は手のひらを噛むようにして驚愕を露わにした。
説明しよう! 酔いが醒めた俺はただのヘタレた新卒社会人なのだ!
こんな驚天動地の事態に巻き込まれて、冷静になれる訳がねえ!
「親しみを込めて、略してエルフちゃんとお呼び下さい!」
「わかりやすい!」
エルフちゃんはエルフ耳をピクピクさせながら言った。俺はちょっと冷静になれた。
「それでエルフちゃん。確か魔王を倒すとか言ってたけどそれもガチなの?」
「ガチです! ですがまずはあれをご覧ください!」
エルフちゃんはぴっと指を向ける。その先には夜の闇を明るく照らす篝火があった。
高い壁にぐるり囲まれた円形の大きな町が、俺たちのいる丘から一望できた。
「あれがハイソサ王国の王都、ハイソサエシティです!」
「なんか上流階級っぽい響きがする!」
「ええ! 王都ですからね!」
「めっちゃ燃えてるけどね!」
その上流階級っぽい名前の町は燃えていた。
よく見ると地上の炎に照らされて、王都の空を飛び交う影が見える。
ドラゴンだ。火を吹くタイプのドラゴン。それもめっちゃたくさんいる。
「見ての通り、王都はいま魔族の襲撃を受けています! これまでにない規模の襲撃で、王都は陥落寸前です!」
「ああ、見れば分かるぜ! 流石は異世界だ! やっぱドラゴンはヤベぇな! エルフちゃん、今すぐ逃げよう!」
「いいえ勇者さま」
エルフちゃんはがっしりと俺の腕を掴んだ。ミシミシいっている。
「今から勇者さまには、王都を救っていただきたいのです!」
「はああ!? 無理無理無理! だってドラゴンでしょ!? 俺なんかに勝てる訳ないじゃん!」
「大丈夫大丈夫大丈夫! やればできる絶対できる! どうして諦めるんだそこで!」
「熱くなっても無理でしょおおおおお!?」
エルフちゃんは鬼畜なお姫様だった。腰を抜かして泣いて嫌がる俺を力づくで無理矢理抱きかかえ、信じられない勢いで燃える町へと走り出した。
俺はいやだいやだあと泣き喚きながらエルフちゃんのおっぱいを揉みしだいた。酔っていた俺はエルフちゃんにおっぱいを揉ませてもらうという条件で異世界転移したことを思い出したからだ。せめて死ぬ前におっぱいの一つも揉まなければやってられない。そういう気分だった。
エルフちゃんはアンとかウンとか悩ましげな声を出してくれたが、俺の拘束はいっさい緩めなかった。逃げ場はなかった。俺はこのまま火葬されてしまうのだろうか。
棺にはおっぱいマウスパッドを入れてほしい。
「王都につく前に、勇者さまにはこの世界について一つお話しておかなければならないことがあります」
「なんだいエルフちゃん」
俺はエルフちゃんのおっぱいに癒されるあまり、かなり冷静になっていた。賢者モードと言い換えてもよかった。
「この世界は一言でいうと、『イメージが強弱を左右する』世界なんです」
「んん? ちょっと言ってる意味がわかんないんだけど」
「つまり、『私は強い! 負けない! 絶対勝つ!』と強く思っているほうが勝つんです。ここはそういう世界なんです」
「へー」
なるほど。流石は異世界。いったいどういう理屈でそうなってんのかさっぱわかんねえ。
でも理屈はどうでもいい。
「つまりは俺に、ドラゴンなんて屁でもねえぜ! っていうイメージを持って戦えってこと?」
「そうです! 勇者さまの世界には『げえむ』という文化があって、そこではドラゴンだろうと魔王だろうと、心の中の悪しき自分的な何かだろうと苦戦どころか遊び感覚で倒しまくっているそうじゃないですか!」
「ああなるほど。なんで俺みたいな日本人を勇者にしようとしてるのかと思ったらそういうこと?」
「はい!」
要はこの世界にもとから住んでる人間と比べて、俺らみたいなゲーム慣れしてる日本人とかのほうがイメージ力が強いってことなんだろう。
確かに自慢じゃないけど俺、モン○ンとかゴッド○ーターとかドラ○ンズドグマとかああいう系好きだわ。どれもこれも超やり込んだ。でもな。
「いやあやっぱ無理だわ。だってこれリアルだもん。生身で火を吐くドラゴン相手にするとか無理無理無理! ゲームとリアルを一緒にするんじゃねえ!」
ゲームキャラはあくまでゲームキャラなの!
生身の俺は巨大な武器を背負って長時間マラソンなんてできないし、魔物の肉を食べてパワーアップとかしないし、右クリックひとつでステップなんて踏めないの!
「ご安心ください勇者さま! 勇者さまがお相手なさるのはドラゴンではありません!」
「えっ、マジ?」
「はい! 勇者さまにはとある魔族の相手をお願いしたいのです!」
おお、マジか。ドラゴンは君らでなんとかなるの?
魔族っていうのがどんなのかにもよるけど、過去にプレイしたゲームの雑魚敵なんかと似たビジュアルをしてたらワンチャン俺の妄想力でなんとかなるかもしれん! 少なくともビジュアルで既に怖すぎるドラゴンを相手にするよりはなんぼかマシだ!
よおし希望が出てきた!
「はい! 勇者さまに倒していただきたいのは、この世界のドラゴンたちを統べる一騎当千の古強者、世界最強の竜騎兵にして魔族を率いる六大将軍の一柱! 人呼んで『竜騎将軍』ただ一人です!」
「めっちゃ強そうじゃねーかあああああああ!」
その前情報要らねーよ!
なんだよ『竜騎将軍』って! 中二か!? ちょっとカッコいいじゃねーかあああああ!
クッソこの鬼畜エルフちゃんめ! 余計なこと言いやがって! 余計に勝てる気が失せたわ!
「さあ王都の側まで来ましたよ! このまま突撃します!」
「いやあああああ助けてええええええ!」
そしてエルフちゃんは俺を抱えて逃がさないまま燃える王都へ突っ込んだ。
俺は辺りにまき散らされた炎の熱にあぶられながら、せめて一時でも無駄にするものかとエルフちゃんのおっぱいを揉み続けた。
そのやわらかさはまさしく、俺を天の国へと誘う至福の安らぎだった。
@
「ほほう、貴様が勇者か」
「……」
俺は処刑台に立たされていた。
場所は王都中央にあるという広場だ。そこまで辿り着くやエルフちゃんは俺を下ろし、すぐさま俺の後ろに隠れた。
俺の前には還暦を迎えた年頃のオッサンが一人立っていた。くすんだ灰色の髪をした歴戦の戦士って感じのオッサンだ。立派な鎧に身を包み、背丈ほどもあるバカでかい剣を背負っている。ゲームの中からリアルなハンターが飛び出してきたような感じのオッサンだ。
パッと見人間に見えるのだが、明確に違うところもある。頭の横から対になるようにして二本、大きな巻き角が生えていた。
つまり一言で言うと、めちゃくちゃカッコよくて強そうなオッサンだ。
俺の処刑人だ。
「ククク、勇者を呼ぶなどと言って真っ先に逃げ出した王女が何を連れてきたかと思えば、この死んだ魚のような目をしている貧弱そうな男が勇者だと?」
「そうです! 勇者さまにかかればお前なんてワンパンです! 覚悟なさい!」
エルフちゃんは俺に隠れて好き放題言っている。妙に自身満々だ。その根拠はどこから湧いて出たものなんだ?
実際に覚悟してんのは俺のほうなんだけどな!
「ンフハハハハハ! いいだろう! その度胸に免じて我が最高の一撃にて葬ってやろう!」
オッサンこと『竜騎将軍』は楽しそうに笑うや俺に手のひらを向けた。
あ、ダメだこれ。なんか魔法的な何かが飛び出して俺が即死するパターンだ。
「フンヌ! 集え、我が魔力!」
魔力とか言ってるよ。ヤベー。なんか白っぽい光がオッサンの周りをぐるぐる回ってる。スゲー迫力だぜ。こんなん絶対強いやつやん。
「本来であれば貴様の名などに興味も湧かないのだが、仮にも貴様は勇者だったな。名を名乗る時間をやろう」
「デュクシです」
即答してやった。勿論偽名だ。だが今からまさにデュクシされる運命の俺にはお似合いの名前だと言えよう。
「デュクシよ。何か言い残すことはあるか」
自分で名乗っておいてなんだがなんかシュールだ。
「いや何も。……ああそうだ。オッサンの名前は?」
「フッ。いいだろう。冥土の土産に教えてやろう。今から貴様を殺す男の名は……」
その時オッサンの右手がカッと光った。いよいよこの世ともお別れのようだ。
儚い人生だったなぁ。でも最後にリアルエルフのおっぱい揉めてよかった。やわらかかったなー。
俺どころか背後に隠れるエルフちゃんをも消し飛ばすだろう白銀の魔力が奔流となって放たれる直前、オッサンは高らかに名乗りを上げた。
「俺の六大将軍の一柱にして『竜騎将軍』! その名も、ザメーンだ!」
そして白い光が放たれた。
光が俺たちを包む直前、これから死ぬと言う時に、その名乗りを聞いて最後に俺は思ったのだ。
イメージしたと言い換えてもいい。
その名前、ザメーンってなんか、卑猥なアレっぽいなって。
@
「なっ……ば、バカなッ……!?」
オッサンことザメーン将軍は狼狽えていた。
俺たちが無傷だったからだ。
いや、違う。厳密には違うのだ。俺は断じて無傷などではない。
なぜなら俺は全身くまなく、白くてねっとりとしてそれでいて独特な匂いを放つ謎の液体にまみれていたからだ。
具体的にどんな香りかと言うと、栗の花のような匂いだ。
ところで俺は栗の花の匂いを嗅いだことはない。ではなぜ栗の花のような匂いを知っているのかって? それはね、この世に生を受ける人間の半数近くが、やがて自然によく似た匂いに慣れ親しむことになるからだよ。
俺の心は空虚に乾きに包まれていた。
「うぇ……! 勇者さま、なんですかこれ、くさいです!」
その声に振り返ると、まったく無事なエルフちゃんが鼻をつまんでイヤイヤしている。どうやら俺の後ろに隠れていたので無事だったようだ。
勇者が盾となり、お姫様を守る。いま起こったことはつまりこういうことだ。何もおかしい点などない。
だが俺はそれでも思うのだ。これ、役割逆じゃない?
「バカな! デュクシ、貴様いったい何をした!?」
ザメーン将軍は取り乱して何かをわめいていたが、それは今どうでもいい。
俺は分かってしまった。
エルフちゃんの言っていた、『イメージが強弱を左右する』という言葉の意味が。
ザメーン将軍の放った必殺魔法を、恐らく異世界至上最低最悪な魔法へと変えてしまったのは間違いなく俺のイメージだ。
「ザメーン将軍。お前のミスはたった一つ。それはこの俺にお前の名前を教えたことだけだ」
「なんだと!? それはいったいどういうことだ!」
戦慄するザメーン将軍を放置し、俺はポケットからしわくちゃになったあるものを取り出す。
ポケットティッシュだ。
ハンケチとポケットティッシュは常に持ち歩く。これは日本人に限らない世界共通の紳士のマナーだ。
慎重かつ恭しく取り出されたポケットティッシュに、ザメーン将軍は恐れ戦いた。
「なんだそれは!? 見たこともない! 魔道具か何かか!」
「ほほう!? ザメーン将軍、あなたティッシュをご存知ない!?」
「ティッシュだと!? それは我が愛竜の名だ!」
もし勝利を確信した瞬間はいつだったかと聞かれれば、俺はこう答える。今だ。
「まあいい。教えようザメーン将軍。これはこう使うんですよ……」
俺は謎の液体にまみれた白い手でティッシュを一枚抜き取った。
ふんわりと花咲くように広がる柔らかな純白。それはこの場にいる誰もの目を魅了した。そして。
「バカな!」
「すごい!」
二人が驚くのも無理はない。
俺がティッシュで全身をひと撫でした瞬間、べっとりと付着していた謎の液体は綺麗さっぱり消えていたのだ。
体中を覆っていた汚れが拭い取られ、俺はこれ以上ない清涼な気分に包まれた。
「いったい何をしたというのだ!」
「匂いまで綺麗になくなっています!」
エルフちゃんが鼻を近づけてクンクンしている。よせやい。
「ザメーンの白はティッシュによって拭われる。これは俺の祖国に伝わる真理なんだ」
「バカな!」
信じられんとばかりにザメーン将軍の手が翻り、再び俺に向けられる。
「おっと!」
俺は素早くティッシュを抜き取った。瞬間。
びちゃびちゃああ!
ザメーン将軍の手から放たれた白い魔力の奔流は、全て俺の手の中のティッシュに包まれて消えた。
「すごーい! 流石は私が選んだ勇者さまです!」
しかしザメーン将軍はまだ諦めきれないようだ。単発では打ち消されると知ってか、次々と白い必殺の魔力を放って攻撃してくる。
だが俺も負けてはいない。次々とティッシュを抜き取っては正確に謎の液体を遮る位置に構えていく。こと着弾予測地点を割り出し、的確にティッシュを配置するテクニックに関しては俺の右に出るものはいない。誰にも誇ったことのない特技がいま、命を賭けた実戦で活かされていた。
一撃一撃が銭湯の風呂を満杯にして余りある量の液体だったが、俺のイメージによって強化されたティッシュの前には無力だ。ムー○ーマンや○ン○ースもびっくりの吸水量だった。俺の足下には次々と使用済みティッシュが落ちて山になっていく。
既に百を越える応酬が繰り返されたが、ポケットティッシュは尽きる気配がない。これも俺のイメージだ。いざという時にティッシュがない。それは男たちが何よりも恐れ、回避しなければならないイメージだったからだ。
やがて魔力が底をついたのか、ぜいぜいと荒く息を吐きながらザメーン将軍が膝をついた。
「クッ……どうやら貴様を少し見くびっていたようだ……」
ザメーン将軍が負けを認めるようなことを言っている。これは勝負あったか?
「だが俺はここで死ぬ訳にはいかぬ!」
その時、俺たちの頭上に大きな影が落ちた!
なんだあれはと見上げた瞬間、俺の目に映ったのは純白に輝く巨大なドラゴン!
「まさかあれはお前の竜か!?」
「ンフハハハハハ! そうだ! あれこそが我が愛竜ティッシュだ!」
白竜は速やかにザメーンの側に降り立つと、俺に向けて警戒を露わにする。威嚇するかのように開かれた口腔から放たれる咆哮は、「わひゃあああ!」と情けない声を上げるエルフちゃんを吹き飛ばすに相応しい気迫だ。かわいい。
しかし俺には通用しない。それどころか、
「ザメーン将軍よ。悪いが勝負は既についている」
「なにィ!?」
確かにザメーン将軍の白竜は迫力充分で、とても強そうだ。恐らくその戦力は未だ空を飛び交っている有象無象のドラゴン以上だろう。ひょっとするとザメーン将軍自身よりも強大であるかもしれない。
しかしザメーン将軍はまだ知らない。俺たちの勝負は、もうとっくに決着がついているということを。
「俺のこの詠唱を聞いた瞬間、お前は死ぬことになるだろう」
「戯れ言を!」
ザメーン将軍は背負った大剣を抜き放ち、分厚い切っ先を俺に向ける。
今すぐにでも斬り掛かってきそうな気配を感じる。魔力が尽きかけているとは言え、ザメーン将軍からは勝負への諦めは微塵も感じられない。気迫も精気も充分といったところだ。
しかしザメーン将軍は知らないのだ。
謎の白い液体を放出しまくった男たちが、俺の祖国でどういう結末を迎えることになるのか。
俺はその言葉をネットのニュース記事で読んで知っている。
その恐るべきイメージを。
そのイメージを伝える無二の言葉を。
俺は突きつけられた剣の切っ先に合わせるように、人差し指をまっすぐに突き出してザメーン将軍を指差した。
「ゆくぞ!」
ザメーン将軍が大地を蹴ろうと力を込め、白竜ティッシュが翼をしならせた次の瞬間、俺は叫んだ!
「テクノブレイク!」
「グワアアアアア!」
その瞬間、ザメーンはミイラのように干涸びて死んだ。
エルフちゃんも白竜ティッシュも「!?」という顔をしたまま動くことはなかった。
一方で俺は、こんな形でこの世を去ることになったザメーン将軍に深い哀悼の念を覚えた。
もっと別の決着があったのではないか。
探るべき他の道があったのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
むなしい勝利だった。
@
砂のように乾いたザメーンの亡骸を見て呆然としていた白竜ティッシュだったが、果敢にも主の仇を打とうと立ち上がった。美しい主従の絆を垣間見た気分だ。
だがしかし白竜ティッシュの目に映るのは、やわらかティッシュを両手でつまみ、手品ショーか何かのようにひらひらと揺らしている俺の姿だ。
白竜ティッシュは何事かを感じとったのか、ギョッとした表情を作って俺を見ている。だがもう遅い。
ピリピリピリピリ
「!?!?!?」
白竜ティッシュは目の前でいったい何が行われているのか、さっぱり分かるまい。
しかし何かとてつもなく恐ろしいことが行われているのだということは分かるようだ。
そう。俺は白竜ティッシュと同名のやわらかティッシュを、それこそティッシュみたいにぴりぴりと指で裂いているに過ぎない。
しかし俺のイメージは伝わったはずだ。
白竜ティッシュ。俺はおまえをこんな風にぴりぴりにしてやることができるぜ。
「GIYAAAAAAAAAA!!」
その瞬間、白竜ティッシュは仇を討つことを諦め、慌てて空へと引き返していく。俺も追ったりはしなかった。どう追いつけばいいのかさっぱ分からなかったしな。
逃亡する白竜を見て、他のドラゴンたちも動揺したようだ。一匹、また一匹と空の彼方へ消えていくドラゴンたち。気付けば町の火は殆ど消えていた。
「やりました! 勇者さま、やりましたよ! 私たちの大勝利です!!」
ほっとしたのもつかの間、エルフちゃんが力いっぱい抱きついてきた。エルフちゃんは大喜びだ。ぐいぐいと胸板に押し付けられるおっぱいのやわらかさに舌鼓を打ちながら、俺は考えた。
そうだ。勝った。勝ったんだ。
あの恐ろしいドラゴンたちを従え、六大将軍なんて呼ばれる魔族の将軍に俺は勝った。
それも、日本では冴えない新卒サラリーマンに過ぎなかったこの俺が。
世界の常識とルールに則った正々堂々の勝負だったことは間違いない。
だからこそ俺は思った。
「エルフちゃん」
「はい、なんですか?」
「この異世界チョロいわ」
俺は勇者になることを決意した。
@
そして今、俺は魔王城にいる。
思い返してみれば、ここに至るまでに色々なことがあった。
特筆すべきはやはりザメーン以外の六大将軍たちとの戦いだろう。
それは過酷で苛烈な激闘の日々だった。
「ザメーンを倒したそうだな。だがヤツは六大将軍の中でも最弱。人間ごときに負けるとは魔族の面汚しよ……」
「くらえええええ!」
「グアアアアアアア」
「あちしは六大将軍が一人、獣人族を率いる『野良猫将軍』のミケにゃ! 勇者め、覚悟するにゃ!」
「おいでおいでミケおいでおいで! おいでおいでおいで!(パンパンパン)」
「にゃにゃ!? なんだこれは!? 逆らえなごろにゃーん!!」
「わたしは六大将軍が一人にして有翼人族を率いる『天空将軍』ムスカーだ! 小僧、わたしの前に跪け!」
「バルス!」
「ギャアアアアア!! 目が! 目がああああああ!」
どれも涙なしには語れない激戦だったぜ。
仲間も増えた。一国の王女なのに当たり前のような顔をしてついてきたエルフちゃんをはじめ、大酒飲みなロリッ子ドワーフのカジャちゃんや黒髪ポニーテールのツンデレ侍ヤマトちゃん、どういう訳か人化した白竜ティッシュちゃん(メスだった)や旧六大将軍のミケまで付いてきた。
しかしこの中の誰か一人が欠けたとしても、俺はここまで辿り着くことはできなかっただろう。
この扉を抜ければ、その先には魔王がいる。
万感の思いで分厚い扉を見上げていると、隣に立っていたエルフちゃんが俺の腕を胸に抱いて言った。
「いよいよですね、勇者さま」
「ああ。いよいよだ」
長かった旅もここで終わる。
魔王を倒せばこの世界に平和が訪れる。
俺は扉に両手を当てて強くイメージする。
屈強な男たちが数十人がかりで開けるような重厚な扉がまるで酒場のバタ戸のような手応えで開いていく。そして。
「よく来たな、勇者デュクシよ」
魔王城の中心に位置する巨大な玉座に腰掛ける、巨大な魔王の姿を見た。
魔王の正体は軽く10メートルはありそうな大男だった。背だけではなく手足も分厚く太い。巨人族の中でもずば抜けた筋力を持っていることが伺える。
魔力も桁違いだ。全身から漂う濃密な魔力が闘気となって漲っている。ビジュアル的にはまんま巨大化した土建屋のおっちゃんなんだが、これで脳筋じゃなくて魔法まで使いこなしてきたら嫌だな。
全ての六大将軍は倒され、この魔王城にも生き残っている魔族は一人もいないというのに、なおも太々しく笑うことができるのは絶大な自信の裏返しか。
そのあまりにも強大なオーラを前に、仲間たちもたじろいでいるようだ。特に裏切り者となったティッシュとミケの怯え方がハンパない。股の間に挟まれた竜尻尾と、ぺたりと閉じてしまった猫耳が愛らしい。
だが俺には猫耳よりも遥かに優先すべき懸念事項があった。
「まずいな」
「勇者さま?」
「あの魔王、弱みになりそうなイメージがまったくない」
そう。
ここに至るまでの戦いの中で俺は幾度となく敵の本名を弄び、敵の外見的特徴をあげつらい、そして勝利を掴んできた。
敵から連想されるイメージと日本で得たイメージを繋げ合わせ、相手が大した敵ではないと思い込む。それが俺の勇者としての戦いだった。
しかし、流石に魔王ともなればケタが違う。
魔族の王は伊達ではない。
強靭。最強。無敵。そんな言葉こそが相応しい、最大の敵が目の前にいた。
俺は今、初めて目の前の敵に勝つイメージが持てないでいた。
あらゆる意味でギリギリなこの世界『アナ・ディール』では、このままでは勝つことは難しい。だが。
「いかにも俺は勇者デュクシだ! それが貴様を倒す勇者の名だ! 魔王よ、貴様も名乗りを上げるがいい!」
こう言えばだいたい解決できる。
驚くべきことにこの世界の住人たちは基本的に名乗れと言われて名乗らないという選択肢がない。
隙の見当たらない魔族でも名前さえ聞ければだいたい攻略の糸口が掴める。現にこうして魔王城まで乗り込んでる俺が言うんだから間違いない。
俺からすれば散々この手でやられてるんだから名乗らなきゃいいじゃんと思うのだが、彼らは一向に学習しないのだ。ま、俺にとっては都合がいいんだがね。
「グワハハハハハ! いいだろう、教えてやる! 余の名は……」
俺はゴクリと唾を飲んで続きを待った。この世界の連中は溜めが長い。
大丈夫。名前さえ聞けばきっと糸口が掴めるはずだ。これまでだってそうだったじゃないか!
俺は長い長いための中、心の中で万全の準備を済ませて、そして聞いた。
「ジーポ。魔王ジーポ・キンホー様だ!」
「ダメだ! 勝てねえ!!」
「「「「「ええええええっ!?」」」」」
俺は膝を着いた。
「勇者さま!? 待ってください、諦めが早すぎませんか!?」
「いいや、おまえらは何も分かってねえ! 児ポ禁法はなぁ、目を付けられたらそこで終わりなんだよお!」
チクショウ! なんてこった! 児ポ禁法に勝てるイメージなんて俺の中には存在しねーよ!
「グワハハハハハ! さしもの勇者も絶望したようだな! 実に殊勝なことだ。そのまま踵を返し、二度と魔族に手出しをしないと誓うのであれば、特別に命と家宅捜索だけは見逃してやるぞ?」
「うおおおおおお! 貴様ぁ! 俺のハードディスクの中身を知っているのかぁ!!」
「落ち着いてください勇者さま! 何を言っているのかさっぱり分からないです!!」
エルフちゃんが俺の頬を叩いて正気を取り戻させようとしている。けど無駄だよ! 地味に超痛いけど、こればっかりは勝負にならねーよ!
チクショウ……反則だろ……。それはディ○ニーと並んで最強のヤツじゃねーかぁあ……!
「そんな……デュクシでも魔王には勝てないっていうのか……?」
「あ、あたしたちどうなっちゃうの?」
「(ぷるぷるぷるぷる)」
「いやにゃあ! いやにゃあ! 魔王さまのおしおきはいやにゃあ!」
仲間たちも思い思いに絶望している。申し訳ねえ。申し訳ねえ。俺が児ポ禁法に手出しできない汚い体であるばっかりに!
分かってるんだ! 俺の自宅にハードディスクはねえ! あの魔王はジーポ・キンホーという名前のただの巨人族だし、魔族連中に家宅捜索されたとしても衛兵に捕まったりはしねえ!
でも、それでもダメなんだ!
イメージが強弱を左右する、この『アナ・ディール』ではダメなんだよ!
俺は……魔王には……勝てない……。
「どうやら勝負あったようだな」
魔王は余裕に満ちた表情で玉座から立ち上がり、俺たちを見下ろした。
俺には既に戦意はなかった。勝てるイメージがまったく浮かばなかったし、抵抗は無意味だ。ジーポ・キンホーは目を付けた者に躊躇しない。考えられるどんな手段をも使って、無慈悲に無感情に敵を追いつめ、ありとあらゆる恥辱を与えた上で社会的に抹殺しようとするだろう。
「お願いです! 立ち上がってください! 勇者さま! 勇者さま!」
エルフちゃんの慟哭が俺の心と体を揺さぶる。床に落ちる涙の痕跡が胸を苦しくする。
エルフちゃん。君は最後まで、この俺に諦めるなって言うのか?
「ザメーン将軍の時のことを覚えていますか? あの時私は一度死んだと思いました。私も勇者さまも、あの白い光に包まれて死んだと思いました。でも違った。私は生きていました。それは勇者さま、あなたが最後の瞬間まで、考えることを止めなかったからです!」
そうだろうか?
そうかもしれない。
あの時も俺は今みたいに全てを諦めていた。
だけど、考える事だけは続けていたように思う。
勝てない勝てないと思いながらも、何かを考え続けていたからこそ、俺はザメーンという最低な名前からより一層最低な連想ができたのではないか。
考えることを諦めてはダメだ。
発想を逆転させるんだ。
そうだ! 俺は今まで戦う相手を俺以下の何かだとこき下ろして勝ち続けてきた。
その結果、児ポ禁法という今の自分ではどう足掻いても立ち向かうことのできない相手を前に、絶望してしまったんだ。
ならば。
この俺が、児ポ禁法などに負けない、お天道様に胸を張って生きていける人間に変わったとしたら?
「エルフちゃん!」
「っ! ……はいっ!」
突然の俺の声に、エルフちゃんは涙声で答えた。俺は心の中で詫びた。心配させてしまったな。
けど、もう大丈夫だ。俺は最後まで諦めない。
「エルフちゃんにこれから大事なことを質問する。他のみんなにもだ」
「はいっ! なんでも聞いてください!」
「デュクシ!」
「どんとこいだよおにーちゃん!」
「(こくこくこくこく)」
ティッシュはともかくミケの声が聞こえないなと思ったら、あいつは既に逃げていた。後でお仕置きだな。
「じゃあ聞くぞ。俺は、おっぱいが好きだな!?」
「えっ!?」
「おっぱいが好きだよな!?」
「は、はいっ! デュクシさんはおっぱいが好きです!」
「それも大きなおっぱいが好きだな!?」
「はい!! デュクシさんは大きなおっぱいが好きです!」
「カジャちゃん! だけど俺は小さなおっぱいはそれほど好きじゃない! そうだな!?」
「まことに遺憾ながらその通りでありますおにーちゃん! おにーちゃんはあたしの胸は揉んだりしなかったであります!」
「俺に幼女趣味はない! そうだな!?」
「はい、そうだと思います!」
「これが最後だ! 俺はいたってノーマルだな!?」
「「「「違います!!!(ぶんぶんぶんぶん)」」」」
充分だ。
「うおおおおおおおお!!」
俺は体の奥底から沸き上がるエネルギーを感じた。今までに感じたことのない力だ。
「なんだと!? 勇者から感じるプレッシャーが増しただと! いったい何が起こっているのだ!?」
「ククク。たった今俺は一つ上の男になった! 俺はこの世界に降り立って、ちょっぴり、かなり欲望のままに動き回ってきた! 俺がこの異世界を旅し、歩んできた記憶を走馬灯のように追体験したことで、俺は一つの気付きを得た!」
「何ィ!?」
「俺は、実は別にそこまで児童ポルノが好きじゃなかったってことさ!! 覚悟しろ魔王! ここからが俺たちの真の戦いだ!」
「ヌウ、訳の分からぬことを! 余に歯向かったことを後悔するがいい!」
そして俺たちの戦いは始まった。俺たちはと言うよりは、俺と魔王の一騎打ちだ。
覚醒した俺は魔王ジーポ・キンホーと対等に戦えていた。それはもし仮に家宅捜索の手が及んだとしても、全てのデータをハードディスクごと抹消することにためらいはない。そういう覚悟が俺に力を与えていたのだ。エルフちゃんたちの力を借りるまで、ついぞ持てなかった覚悟だ。まさしく愛の力だと言えよう。
しかしそれでも魔王とは互角。俺は俺のイメージを高めることで『負けるものか』という気迫を得たが、その気迫は魔王も持っているものだ。勇者などには決して負けられないという不倶戴天の意思が魔王に力を与えているのだ。
戦況は膠着していた。だがその膠着は長くは持たなかった。
「グワハハハハハ! やるな勇者! だが余の本来の力はこんなものではないぞ!」
「何ぃっ!?」
まさか、変身か!?
ラスボスと言えば少なくとも二度は変身するという。まさかあの噂は異世界においても真実だったというのか!?
「見るがいい、余の真の力を! ヌウウウウウウウン!」
なんということだ! ただでさえ超絶マッシヴだった魔王の体がみるみるパンプアップしていく!
やはり魔王は変身を隠し持っていたのだ! 増強されたのはぱっと見筋肉だけだが、その効果は絶大だ。パワーアップしたという無二の自信が、この魔王に力を与えてしまう!
「この形態を取るのは久しぶりだな……。この姿は余の始まりにして、あらゆる怨敵に終焉をもたらす姿だ。故に、今の余を人はジーポ・アルファ・キンホー・オメガと呼ぶ」
「なんだってぇ……!」
なんてこった! 名前にゴテゴテと仰々しいのがついたせいで、もはや児ポ禁法の面影が跡形もねえ!
魔王のやつ、自分をパワーアップすると同時に、児ポ禁法を克服した俺の覚醒をも無にするつもりだ! ふざけやがって!
くっ! ここに来て万事休すか!
「グワハハハハハ! 勇者のプレッシャーがみるみる弱まっていくのが分かるぞ! 貴様の命運もここで尽きたと言う訳だ! グワハハハハハ!」
「勇者さまっ!」
考えろ! 考えるんだ! まだ何か手はあるはずだ!
「貴様の健闘に敬意を評して、余の最大の一撃にて貴様を葬ってやろう」
「勇者さま! 勇者さまあ!」
まだだ! 諦めるな! 最後まで考え続けるんだ!
「これはあまりにも強大すぎる故に、この姿と同時に封じた余の最終奥義だ。余を象徴するあまり、唯一この技には余の真なる名前が与えられた」
何か手が……ん? 真なる名前だと?
「食らうがいい、至高にして究極の一撃を! 神聖なる余の名の頭文字から与えられたこの技を!」
真なる名前の、頭文字だと?
「食らえ! 我が必殺の……秘技!」
それってもしかしてさあ……。
「ザコ・ファイナル!!」
こうして世界に平和が訪れた。
投げっぱなしで完結!
思いつきで書きました。
残酷な描写は保険です。
もしよかったら連載している別作品のほうもご覧ください。