三題噺~窓の外にあるけしきは~
お題 カラス 募 米
「最近、カラスが集まるんだよね」
「はぁ?」
輿竹がいつものように唐突につぶやいたのは、いつもとは違う茜色に染まる放課後だった。
「だからさ、帰りたくないんだ」
輿竹は普通、学校終了と共に家めがけ猛ダッシュする、だが今日はなぜかここにいた。
教室。しかも彼のクラスではない教室。その窓際の机。私が見つけたときからずっといて、空を眺めている。だから私はこいつを眺めてた、扉のあたりで。
すぐ帰るだろう、そう思っての行動。
だが時は過ぎて夕暮れ、正直帰るタイミングを逃してしまって、帰りずらいな~と思い始め、苦痛が限界のバーに触れ始めたころ。
輿竹は久しぶりに声をかけてきた。
「なにを唐突に、だいたいカラスがいると帰れない理由が分からないわ」
だいたい、何でそんなことを私に話したの?
だいたい私の机だしそれ。
わたしはそう口を開きかけた、でも。
言いたいことが山ほどあった。
今の今まで、つながりがぷっつり切れたようで。まるでお互いの間にガラスが一枚張られたみたいな距 離感になってしまって。とんでもなく話しづらくて
だから、こうやって話せる機会がめぐってきたのが嬉しくて、言いたいこと、全部言おうと思った
だけど、それを遮る輿竹の声。
「ライスシャワーが止まらないんだ」
「はぁ?」
私は本日二度目、めったに上げない小馬鹿な声を上げてしまった。
だって私の用件のほうが大事に思えたし、脈絡がまるでないし。
「ライスシャワーだよ、とりあえず米。あれがなぜか来る日も来る日も散布され続けて。カラスのいい餌場になってるんだ。このままじゃ芝生が白くなっちゃう、止めなきゃいけないんだけど止める方法がなくて。だから家に帰りたくない」
相変わらず、わけ分からない状況をつくりだす。相変わらず。
うん、元気なようだ。相変わらず
「輿竹、何でいまさら私に声をかけたのよ。高校に入ってから。あんたのあの『解散宣言』から一回も話しかけてこなかったくせに」
話したいことがいっぱいあった。今もある。けど言ってやりたいことのほうがやっぱり優先順位的には上で。気がおさまらない。
だってこいつの解散宣言のせいで、伝説の映写部はバラバラになったから。
「なぁ、『窓の外にあるけしき』っておぼえてるか?」
「覚えてる、私が感銘を受けて。そして私が映写部に入るきっかけになった作品」
それは映写部の中では有名な作品、その名前。
この輿竹が撮り、賞ももらった作品。
「それが…………、今めちゃくちゃになってるんだ、それを見たくないからここにいる」
『窓の外にあるけしき』はそのまま窓の外の景色だ。とある背の高いマンション、その一室から空と町とを写した一枚。
「そこにあるもの、大切なものが、荒らされてるそれを俺は見たくない、だからここにいる」
「どれだけあんたメンタル面弱いのよ」
それは輿竹の部屋からのけしきで、輿竹の好きな風景。
「だけど嫌だろ? だって…………、目の前にカラスの大群だぞ」
なぜ輿竹はそれほど『窓の外にあるけしき』に執着するのだろうか。確かに思い入れのある作品だろう、けど私はにはその執着心が理解できなかった。
「そんなの無視して別なものに視線を向ければ良いじゃない」
輿竹は好きなものがたくさんあったんだ。空も町も人も。輿竹の取る写真は全部、好きと言う感情があふれてて。だから映写部が解散になったときも思った。
私たち以上に好きなものができたんだなって。
「確かにそれは気持ち悪いかもね、でも私は思うの、たかがそれだけ? って」
そう、きっとたかが知れてるものだった。
「それに、分かってたはずでしょ、いつかその景色はなくなるだろうって」
何かが変わらずそこにあることなんて絶対にない、私が輿竹から一番最後に学んだこと。
「変わらないものなんてない」
私は、強くそういった。
けれど変わらないって少しだけ思ってた。
「だってそれがこの世界の真実でしょ?」
いや、変わらないでって願ってた。
「だからもう、それ。捨ててなくしていいと思うよ。輿竹ならもっと好きなもの見つけられると思うから」
沈黙が降りる、私たちはお互い見合ったまま動かない。
輿竹は相変わらずなに考えてるか分からない目で私を見てるし。私は……きっと感情の満ちたりた目をしてるんだろう。なんとなくそれはわかった。同時に大人気なかったかなって反省もした。感情的になりすぎたかなって。
だから私はとりあえずこの静けさを取り払おうと口を開こうとしたけど。
「変わらないものはあるさ」
……また遮られた、こいつわざとか。
「あるわけないと思うけど」
にしても煮え切らないやつ、もしかしたら嫌がらせなのか。
そう私は次第に不機嫌になって。
「だって、私たちですら変ったんだから」
とか、言ってしまう。いや口が滑って。
「俺は、それでも変って欲しくなかったんだ、それだけは。窓の外にあるけしきだけは。皆とつながっていられる。そんな気がしたから」
はぁ? まただ、また私は変な声を上げている。それもそのはず。理解できない。こいつなんで、そんな。
だってさ、めんどくさくなったから私たちをすてたはずでしょ。なのに私たちとのつながりって……意味が分からない。意味が……。
「…………ふふふっ」
そうか。
「何で笑った?」
私は思わず笑った。女々しいと思ってしまったから。
「だって、解散宣言した輿竹自身が一番未練持ってる」
映写部は楽しかった、青春って感じがしたから。でも映写部をそんな風に思ってるのは私だけかと思ってた。でも違った。私だけじゃなかった。
「なるほどね、大方自分がいると皆を縛るとか考えたんでしょ? 確かに高校生になったら行動範囲が格段に広くなるからね。映写部だけで過ごすにはもったいないよね。幸いみんな行動力あるし」
そう、だからあの景色がめちゃくちゃにされているところを見たくないんだ。いつまでもあのころのままでいたいから。
「…………。はぁ」
かなわないな、そう輿竹はつぶやくと一枚の写真を取り出した。
それは紛れもない『窓の外にあるけしき』
「なに? ずっと持ち歩いてるの?」
私は輿竹に歩み寄りその写真を受け取る。少し色あせてた。原本とも言うべき一番最初に現像されたものだろう。
「じゃあ、また立ちあげましょうか」
「うんお願いするよ」
「っていうか、最初からこうするつもりだったんでしょ?」
だいたい、こんな変なやつが持ってくるへんな事件を、私たち映写部以外の誰が解決できるんだろうか。
「じゃあ……」
輿竹は立ち上がるこの二年で私より大きくなっていた。
「手伝うし、皆を呼びを呼び戻しもするけど、覚悟はしておいたほうがいいわよ」
「ああ、全部話して謝って。また頭下げるよ」
「じゃあ決定ね」
まぁでも今日はもうお開きだろう。茜色がもう、藍色に成り代わってきたから。
翌日。
玄関前の掲示板に一枚ポスターが張り出された。
参加者募集中、新人歓迎。
あの写真と共に。
これは僕が高校生の時に書いた三題噺ですね。その頃書いていた小説で一人語りのシーンがあまりに長く続くものだから会話劇が書きたいと思い筆を執ったのを覚えています。
話の内容はラノベのワンシーンを意識したので、もう少しポップな感じにしたかったっていうのが今見たところの反省点でしょうか