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三題噺~サンドリヨン~

 鈍色 靴 眩む


 これは失われるものへのレクイエム。

 世界の終りのレクイエム。

 そう遠くない、近い近くの恐ろしい昔。

 真なる争いの夜、世界は闇に包まれた。

灰色の雪が、降り注ぎ。

愚かな大人は死に絶えた。

 太陽は沈み切り、今では月だけが世界に熱を伝える。


 月は世界の番人となり。見渡す世界を無法で染める。

 耳元でささやく悪魔の香りが、正気と狂気を別つ境界線となった。

 今でも昔を恋しがる人間はいる。

 しかし昔を知る人間から先に死ぬ。

 この世界の法則がそうなっている以上。

 歴史も文化もすべてはそのうち灰をかぶるだろう。


 黒い雪が世界を包む。

 命の咲きどころを埋め尽くす。

 まるで悪夢の庭のように、世界は黒に包まれる。

 アッシュド・ガッシュ。

 世界は灰色に包まれる。


 少年はふと自分の唇に手を当てた。

 

 切れた唇をなめると、久しく口にしなかった「味」におどろきの声を上げる。

 

 世界は崩壊を続けた。少年の背後で。鉛に解かされたビルが倒壊を始める。


 これは終わってしまった世界の物語。

 終わり続けるこの世界に少年は命が尽きるまで歌を捧げた。


*  *



 夜が来た。

 ゼフィーはライフルを肩にかけ、ビルの階段を上る。

 夜は怖い。弱者がはびこるから、何も見えなくなるから。

 夜は怖い。暗く、臭く、乾いてる。けれど。

 世界は二十年前からずっと夜だった。

 明るくなったことが一度もない。

 地球の自転が止まったわけじゃない、太陽が砕かれたわけでもない。

 その証拠につきは今日も爛々と輝いている。

 銀色の光を世界に与えていた。

 ゼフィーは夜の方が温かいと感じる。

 なぜなら光が降り注ぐから、星の光も月の光も温かい。

 けれど昼間は、光が届かない。

 世界は変貌を遂げた。

 朝には空に鉄板のような雲がたかり、一切の光を遮断してしまう。

 その代り夜は必ず雲が晴れて世界に光を届ける。

 それがなぜだかわかるものはいない。ゼフィーにもわからない。

 大人がいてくれれば、教えてもらえたのかもしれないけど。

 バカであほで間抜けな大人は、自分が生まれる前にみんな死んでしまったと聞く。

 ゼフィーはその理由についても全く知らない。わからない。ノーリッスン。

 それが普通だと思ってしまえば、わからないことも気持ち悪くは思わなかった。

 ゼフィーは屋上にたどり着く。

 夜は怖い、眠たくなるから。

 月の光で眠るものは多い。それを襲う物も多い。

 みんなを守るためにゼフィーは今日も引き金を引くのだ。

「あれ、なんだ?」

 スコープを覗くゼフィーは遠くではためく何かを見た。

 機械じゃない、そこらへんに転がる朽ち果てた車や、バイク。そこらじゅうに飛び出しているアスファルトの塊に布が張り付いているわけでもない。

 ロボットでもない、シルエットが滑らかだ猛獣でもない、たぶん人だ。

 アスファルトやさびた鉄、街灯、看板と言った。暗い色に満たされた街中に、鮮やかな茶色い街灯を羽織った誰かが立っていた。

 ゼフィーはスコープの倍率を上げる

 茶色い街灯に身を包み、顔はフードに隠れていて見えない。

 不気味だ。死神か何かだろうか。

「なんだっていい」

 ゼフィーは決めた、有効射程の範囲内に入ったら仕留めよう。すべては仲間の安全のためだ。

 そうゼフィーは対象を観察していると不意に、そう不意にだ。

 手前のビルが傾き始めた。音は遠すぎて鮮明には聞こえない、けれど致命的なことにその人物とゼフィーの間のビルが倒れていく。

「くそ」

 そして地響き、次いで衝撃、音が遅れてやってくる、耳をふさいでゼフィーは絶えた。

 そしてその土煙が張れたとき、そこにその人物はいなかった。

 ビルが倒れた衝撃で道路が、街灯が、鉄橋が、ぐしゃぐしゃにひしゃげて瓦礫の山になっている。

 だが、これはまずい、この騒ぎで機会が目覚めだすだろう。乗せるための人間を探して彷徨うはずだ。

 至急周囲のリーダー格と連絡を取りシェルターへ逃げ込む算段を付けないといけない。

 そうゼフィーは覚り、ライフルを構えなおす。

 

*  *

 

 夜の帳を引き裂いて、派手なエンジン音が唸った。

 案の定だ、機械が目覚め始めている。

 電気で動いている機械たちは一週間に一度程度、わずかな月の光で発電して一晩だけ動くことがある。

 基本的に彼らは人間に手を加えることがないけれど、センサーがいろいろと行かれているらしく、なんども同じビルにバックしてアタックを繰り返しては倒壊させてしまうことが、よくあるから注意が必要だ。

 だからこんな派手に音がなっている夜は誰も安心して寝られない、次回目覚めた時は宙を舞っている最中というのも十分あり得る話だからだ。

「にしても今日は一段とうるさい」

 無数のバイクが群をなし、同じ交差点をグルグルと回っているのが見えた。

 あれに群がられたら生きては帰れないことを肝に銘じつつ、鉄橋を上る。

 ライフルのスコープだけを取り外し遠くを見た。

 集会場のあるビル周辺は堀があり高い壁がある、昔は犯罪を犯した人間が入れられる施設だったらしい。今ではこの世界で一番安全な場所であり、なんて気の利いたジョークだろうとゼフィーは思う。

 そしてその収容所を眺めていると、その高い壁に誰かが昇っているのが目に入った。

 あの壁はざっと四メートルある、誰がそんな無茶をしているのだろう。そう思って倍率を上げると。

 なんと、登っているのは茶色い街灯を纏った人物。

 これは何かまずい雰囲気がする。

 そう感じたゼフィーは、銃を構えた。

「俺は自分への誓いは決して違えない男だ」

 そう、彼は射撃圏内に入ったその人物に狙いを定め、うった。

 直後耳を叩くような轟音、そして命中したのか、壁によじ登った外套の人物は地面に叩き落とされた。

 だがそれがいけなかった。次の瞬間鉄橋が揺れた。

「うわ! なんだ」

 見ればゼフィーが立っている鉄橋の支柱に大型トラックが頭をぶつけていた。支柱は無残に折れて千切れている。

 早く降りなくては。

 そんなゼフィーをバックしていったトラックのハイビームが照らし出す。

 どうやらゼフィーを完全に細くし「乗せる」までは引き下がらないようだ。

 厄介なことになった。

 そして追撃。今度は日本あった足の部分に亀裂が入った。

「滅ぶ前の人類はすごいな、コンクリートの塊に突っ込んでもびくともしない車に乗ってたのか」

 そして三度目の突撃、鉄橋が斜めに崩れ始める。

 それをゼフィーは崩れるのにうまくタイミングを合わせ飛び降りて、うまい具合に着地、トラックは瓦礫を挟んで向かい側で、追っては来れないだろう。

 そう、思っていたのは束の間。またトラックが突撃を開始した、ガンガンと鈍い音が夜にこだまする。

「なんかまずいよね、これ」

 ゼフィーは走る、道路のど真ん中を、そしてついに瓦礫が粉砕され、トラックが恐ろしいエンジン音を上げながらゼフィーに迫ると、追い抜かしていった。

 ゼフィーの前に出て、トラックが通せんぼする。

 ロウビームでフロントのライトが照射され、ゼフィーは眩み思わず立ち尽くす。

 割れたクラクションが鳴き声のように響く。低音が全身に叩きつけられるたびに鼓動が乱れるような錯覚、そしてそのトラックは両脇の扉をとりの羽のようにばたつかせた。

「これはなに……」

 後ろを振り返ると誰かが立っている、しかし同じように光が当てられていて輪郭すら見えない、それがゼフィーへ歩み寄る。

「車だよ」

「車?」

「乗せる相手を探してるんだ、特定の機能が暴走すると、こいつみたいに人間を無理やり乗せようとして来る」

「乗ったら収まる?」

「冗談、肉がこそげ落とされて、中に残るのはワイト婦人だろうさ」

 その瞬間。後輪だけ立ち上がった車が正面のライトをハイとローと切り替えながら狂ったように前進してきた。

 その速度は車と称するに値する加速力、そしてその面は広い。

「捕まって!」

 その人物がとっさに叫んだ。ゼフィーの手を引いて右へ走る。茶色の外套がスカートのように翻った。

「あんた、あの時の」

 そう、その人物は先ほどゼフィーが狙撃した人物と同じ格好をしていた。目がくらみ顔ははっきりと確認できないが、オレンジ色の鮮やかなブーツと白い太ももが露わになる。

「飛ぶから、ね!」

 そしてゼフィーはその言葉に反応し、ともに同じ方向へ飛ぶ、すると目標を失ったトラックはどこかのビルに突っ込みバランスを崩し横倒しになった。

 横倒しになった車は自力では起き上がれない。

 だから一難去ったとゼフィーは胸をなでおろす。

「これはなによ」

 そう茶色い外套の人物が倒れているゼフィーに手を差し伸べる。

「お姉ちゃん都会に住んだことがないんだね。あれを知らないなんて、ここらへんに住んでなかったとしか思えないよ。どこからきたの、僕はゼフィー、あなたの名前は?」

 強い光を受けて見えなくなっていた視力が完全に戻った。

 そしてゼフィーはその少女を両目に焼き付けることになる。

 透き通るように白い肌に、ほぼ銀に近い青い色の目、そして麻色の髪は長く、外套の中にしまわれている。

 相当な美人だ、ゼフィーは驚いた。

 そしてそれだけではない、彼女は靴を履いている。鮮やかな、オレンジ色のブーツ。

 こんな贅沢をできるのはおそらく、二十年前にまだ文明があった時の人間くらいだろう。

「なぜ、靴を履いているの?」

 ゼフィーは思わずそう尋ねた。

 女はそれにこたえる

「靴があれば世界を渡ることができる、傷つくことがない私の足は恐れない私を運ぶ、傷つくことを恐れなければ、汚れることを恐れなければ、私の刃は王に届く」

 ゼフィーは再び目を見開くことになる、王に刃をと言った。

 この少女はいったい、何者だ、そんな驚き方だった。

「私の名前はアーシェ、生き別れた兄を探しながら、この世界を雲で閉ざした王様を殺すたびを続けているの、よろしくね」



*  *



 ゼフィーはそのままアーシェをリーダー会へと導いた。

 もともとここいらの人間でないことは確定しているし、収容所の中に入ろうとしていたし、アーシェ自体もそれを希望していた。

 何より、彼女は王を倒すと公言して見せたのだ、リーダー会に引っ立てないわけにはいかない。

「それより君」

「ん?」

 夜中の町の移動中、余計な騒ぎを起こしてしまったから普段より警戒しての移動になった。まさに牛歩の歩みと言っていいほどに、収容所にたどり着けない。

「いい腕してるね」

 そうアーシェは前かがみになると、自分の胸元をはだけて見せた。

「うわ!」

 ゼフィーは思わず目をそらす、頬が真っ赤に染まっていた。

「違う、よく見てよ」

 ゼフィーが片方の瞼だけ器用に持ち上げて、それを見る。

 すると彼女の胸のあたりに灰色の塊が付着していた。鈍色に鈍く輝くそれはゼフィーがよく知っている病だった。

「ここにあたったの、腕がいいね」

「あんた、十八歳なのか」

「そうだよ、君は?」

 ゼフィーも腕をまくる、すると右腕の半分が鉛とかしていた。

「金属だよ」

「時間がないな」

 そう一人ごちる、アーシェ。

「ところで君の名前は?」

「ゼフィー」

「ゼフィーか、ありふれた名前だね」

 そんな話をしているうちに二人は収容所の門の前までたどり着いた。そしてゼフィーがインターフォンを鳴らすと、扉が重たい音を響かせ開く。

 そこには広い空間と、灰色にそまった草木の庭。そして数名の軍服を身にまとった男性が立っていた。

「くると思っていた、ゼフィー、こちらへ」

「うん、アダムスは?」

「奥で待っている、珍しく遅い君を心配していた」


*  *


 大人たちが死んだあと、この世界は無法地帯となった。

 少ない資源を奪い合う子供たち、抑制する大人たちがいなくなったために欲望に忠実になった子供たち。

 それが世界にあふれて殺し合いをできたのは、たった二週間程度のことだったと。アダムスは語った。

 世界に新たな法を敷く王が現れたのだ。

 だがこの世界は大人は生きられない、大人になると体が金属になってしまう病に侵されてしまっているため、大人になれないし、大人は生きられないのだ。

 だから王は大人ではありえない。

 だが、子供でもありえない、子供を支配するためには、子供をしのぐ知性と力が必要だからだ。

 そして王はその力を駆使して、世界から太陽を奪った、昼間は世界を闇に閉ざすなんて言うバカげた魔法のようなことを簡単にしてのけたのだ。

 それから子供たちは頭をひねった、太陽がないだけで世界は恐ろしいほど貧しくなった。これは争っている場合ではないとさすがに気が付いた。

 だから子供たちは協力を余儀なくされた。

 これが新しい王の敷いた方だった。

「私は王を倒す気でいるわ」

 そうアーシェは語る、語る先は、椅子に座る男。アダムス。

 この界隈では一番年齢が高い。二十二歳。

 ここまで存命できるのは奇跡というレベル、それは体の首から下がほとんど金属になっていることからもうかがい知れる。

 明日死んでもおかしくないレベルで金属化が進行している。

 そしてアダムスは語る。

「なぜ、王を倒す?」

「逆にきくけど、何で王を倒さないの?」

 アーシェはアダムスをせせら笑った。

「太陽がなければ、熱をこのまま失うばかりじゃない、あの鉛色の雲から降った灰が私たちの体を蝕んでるのは誰がどう見ても事実でしょ?」

「倒せるものがいる」

「私がやる」

 アーシェはたかだかとナイフを掲げて見せた。自前のナイフはよく磨かれており、銀の鏡のように刀身に周囲を写した。

「私なら倒せる」

「私が言っているのは、倒したところで意味がないということだ」

 アダムスは、かつて王に氾濫しようとしたすべての子供たちを止めたことがある、同じ理論をアーシェに話すのだろう。それがアーシェにどんな影響を及ぼすのかが、ゼフィーは気になった。

(どうせ、あきらめるに決まってる)

 自分にはどうしようもない事実を知って、どうせアーシェはあきらめここで暮らす、そんな未来がゼフィーには見えるのだ。

「もし、王を倒したとして太陽を手に入れたとして、世界が少し豊かになったとして、どうする? 世界は崩壊からの二週間のように、自由と争う自由を手に入れるだろう、そうなったら我々は滅亡してしまう、まだ生まれて幼い子供では争う無意味さを理解できないからな、それに王は倒すことなどできない、何人もの勇者が彼を討伐しに向かって、誰一人帰ってこなかった」

「アンタらのあきらめた理由はどうでもいいのよ、私が知りたいのは、ここからどの方角に歩けば、王に会えるかってことだけ」

 場がざわめいた。ありがたい忠告に耳を貸さなかったとして、アーシェはこの場の全ての人間に反感を買った。

 けれどアーシェはそれを覆していくことになる。

「私を見て」

 全員がアーシェに目を向ける。茶色い外套、オレンジ色のブーツ、朝色の髪。彼女はゼフィーたちと違い、とても豪奢な身なりをしている。

「かつて私たちはこうやって服を着る、靴を履く種族だったのよ。こうやって服を着ることによって個性をアピールするわ、それはすごく素敵なこと、それ以外にも世界が終った際に手放した者は多くある、それを取り戻したいとは思わないの?」

 それはこの場にいる全員が思っていた。

 かつて世界がどういうものであったか聞いたとき、発掘された本から知った時。なぜこの時代に生まれることができなかったのか自分たちを呪った。

 そして積み上げたバベルの塔を自ら倒してしまった大人たちに激しい怒りを覚えた。

「狭い世界に押し込められて、埃と鉛にまみれてすごし、朽ちに入れるのは得体のしれない味もないブロック状の食料だけ、夜寝るときは寒さと襲撃におびえ、朝目覚めてもやることも何もない、そんなの死んでいるのと一緒だわ。私たちは徐々にすべてを取り戻していくべきだ」

 だからゼフィーはいつしか聞き入っていた、少女のその言葉に。声に。

 今まで誰もが胸の内で思っていたことを、しかし状況が口にすることを許さなかった言葉を、たまりにたまった鬱憤を彼女が代弁してくれている、それだけで掬われる気がした

「私たちが争うのは、あなた方が言うように幼いから、子供だから。そう自覚できているのなら、私たちは大人になることもできるはずよ、もう太陽が昇ったからと言ってあの時の過ちを繰り返したりはしない、人間は学習する生き物ですもの。だから一緒に新しい時代を築こう」

 なぜ彼女はこんなことを言えるのだろうか。彼女はいったい何を見て生きてきたのだろうか。

 この酷い世界に生まれて、一日ごとに生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて。

 それでも彼女はなぜ靴を履こうと思えたのか、着飾ろうと思えたのか。

 それがゼフィーには不思議でならなかった。

「私には取り戻したいものがある、歌や踊りをはじめとした文化、私はみんなを楽しませたいと思う心を持っている」

「じゃあ、楽しませてみろよ」

 ゼフィーが野次を飛ばす。

「いいわよ」

 そう言うとアーシェは大きく息を吸った。

 次に口をついて出たのは言葉ではなくメロディー。そのメロディに言葉を乗せ、歌にする。唄う彼女はまるで光を放っているかのように鮮やかに周囲の人間の目に映る。

 彼女の姿だけではない、彼女の歌には魂があった。

 世界が終ってしまう直前に書かれた詞なのだろう、それを止められない自分のふがいなさと、死にゆく仲間の思いをつづった詞。

 それを謳って聞かせるアーシェはまるで神に使わされた天使のようだった。

 やがて歌が終わった後、場はたっぷり一分静まり返った、余韻に浸る物、過去に思いをはせるもの、アーシェに熱い視線を送る者、反応は様々だった。

 やがてこの場の取り仕切り役アダムスが口を開く。

「この歌を聞いたことがある」

「本当に!」

 そのときゼフィーは初めてアーシェの余裕のない声を聴いた、何かを期待するようで、焦るようなそんな声、彼女には似つかわしくないと感じた。

「あれはお前のように王に会いに行くといい旅立った旅人、たしかバイオリンを持っていた」

「そうだ、それは私の兄。ああ、兄様やはり私と……」

「だがそれは一年も前のことだ、それ以来彼の姿を見たものはいない」

 アーシェは黙り込んでしまった。

「なぁ、アーシェ、なるほどわかったよ、お前の言ってることはただしい。僕らは長かった寿命を取り戻したいし、文化的な生活を取り戻したいよ。けど、王を倒すのはそもそも無理だよ」

「なぜ?」

「たくさんの人が王に挑み、そして帰ってこなかったからさ。アーシェもきっと倒せない」

「それはやってみないとわからない」

「強情な女だ。いいだろう、ゼフィー道案内をしてやれ」

「なぜ僕が……」

 今まで王に会うためにこの町に訪れた人間は何人かいた、だがそんな奴らには全員方角を教えるだけであとは好きにしろと、ほっぽり出していたはずだ、それがいまさら、なぜ。

「私も、王を倒してみたいという気持ちになった、アーシェが王に挑みその光景を私に報告しろ、対策を練って王を討伐する部隊を創る」

「俺も死ぬ可能性はあるだろ」

「その時はその時だ」

「俺はいつ鉛になるか分からない」

「それならそれでいい」

「起きてってのは残酷だな」

「ああ、その代り、食料を持たせてやる。まともに味のある奴だ」

 そういってアダムスはゼフィーに語りかける。

「頼む、お前しかいないんだ」

「わかったよ、にいさん」


*  *


「王の都は北極星に向けて真っ直ぐだ」

「ねぇ、ゼフィー、夜空の星々は位置を変えるのが普通なのに、なぜ北極星だけ場所を変えないかわかる?」

「そんなの簡単だ、北極星を中心に空が回ってるからだ」

「まぁ、そりゃ当たるか。文明があった時でさえ、相当昔から知られていた事実だものね」

「知ってればかなり便利だからな、夜でも道に迷わなくてすむ」

 そんな会話をしながら、アーシェとゼフィーは荒野を歩いていた、砂の道にアスファルト片が混じっているこの砂漠を北に向かって歩き続ける。

「一緒に来てくれてありがとう」

「いや、いいんだ。俺は掟に縛り殺される予定だったから、最後にみんなの役に立てることが増えて安心している」

 その瞬間前を歩くアーシェが振り返ってフードをとった。

「掟?」

 その美しい朝色の髪は右肩から前を通して外套の中に納まっている、いったいどれだけの長さがあるのだろうか、ゼフィーは少し気になった。

「食い扶持を減らすために、ある程度鉛化が進んだら、殺されるんだよ」

「ひどい街ね」

「どこも一緒だろ? どこ行ったって意思と砂しかない。食べ物はないし育たない。生き物はいない、生きられない、こんな環境どこ行っても変わらない」

「私のところはそうでもなかった」

「本当か!」

 ゼフィーは驚きの声を上げた、石と砂と死以外の何かがある場所なんて想像もつかなかったからだ。

「けど、ここと一緒になってしまった」

 ゼフィーはあからさまに落胆の意を見せる。

「あっという間だったわ、私の住んでいた村はわずかに土や植物があったから、保存食料なんかを駆使してほっそりとみんな生きていた。けどある日、光がさしたの」

「そんなばかな」

 でもそれが本当だとしたら、未来が見える。だって光があれば作物が育てられて食力が作れる、生きられる。

「私はその光を覚えているわ、白くて暑くて、直視できない、けど手をかざしてでも、私はそれを見続けていた。幸せだった、まるでその中に溶けていくような感覚だった」

 基本的にこの世界は寒い。雲がほとんどの熱を遮っているからだ、だから温かいということがうらやましくゼフィーは感じた。

「けれど、ああ、ごめんなさい。私その時のことはよく覚えていないの、その時のことというよりはその時期の前後なぜか記憶があいまいなの」

 アーシェは語った、その光が降り注ぐようになってから、皆髪の色があせはじめた。そして皆活動的になっていったが、全員が寒気を訴え始めた。

 光が降り注ぐ日は一週間続いたが。それからというものわずかに実っていた作物が、全く育たなくなった。

「そして、兄さんは何か気が付くことがあったみたい、そのあとすぐに村を出て、私もすぐに兄を追って村を出た。兄を探しているうちに私は年をとり、いつしか体が鈍りのように重たくなってしまった」

「そのひかりなんだったんだ」

「太陽光、だとは思う」

「じゃあ、お前がそんなにハイカラなのは村の影響か?」

「はいから? 私が分化的な格好をしているということについて? いえ違うわ、これは私が用意したの」

「なんのために」

「もう一度、あの光を浴びた時に、鮮やかでありたかったの。色は光を受けてこそその違いが判るものよ、その光を受けるに値する自分でいたかったの」

 そう言うとアーシェは荷をおろし、その場に座った。

「少し疲れたわ」

「僕が見張るから、だから眠りなよ」

「そうする」

 無防備に瞼を下した少女、ゼフィーのことなど警戒もしていない。

 それもそうか、そうゼフィーは自分の胸を見下ろす。シャツを引っ張ると自分の胸に鈍色の塊が付着しているのが見えた。

 鉛になっているのだ。

 そして外套の隙間から見えるアーシェの太もも、個々にもわずかに銀が混じっている。

 お互いに残された時間は少ない。

 そう思うと、なぜかゼフィーはアーシェのことが愛おしく思えるのだった。


*  *


 三日三晩歩き続けると、砂漠の中に一つの町をみつけることができた。

 巨大なアーチと、巨人がくぐるために作られたような門。石の階段、石造りの町並み、全てに生活感がなかった。

「ここに王がいるの?」

 そうアーシェたちはこの町の奥へ奥へと歩を進めていく

 そこでアーシェたちは衝撃的なものを見た。

 空へと続く螺旋階段を上り詰めると、大広間があり、そこに無数の人間が鉛とかして、彫像とかしてそこらじゅうに配置されていた。

 王に挑んだものの末路がここにあったのだ。

「ひどい」

 ゼフィーは荷物をおろし、中身からナイフを抜き取る。近くに王がいるかもしれない。

「兄さん!」

 そうアーシェが手放しで駆け寄る、その先にはアーシェと同じ外套を纏った青年が倒れていた、当然銀とかしている。わずかに降り注ぐ光を照り返す金属質に、その青年は変わっていた。

「兄さん、こんなところにいたんだね、みつけられてよかったよ」

 そう涙をぬぐい立ち上がったアーシェは、青年の隣におかれたヴァイオリンに手を伸ばす、さびて朽ち果てる寸前のそれに、アーシェは弦を当てる。

 ぎぎぃ、そう朽ち果てた調をヴァイオリンが奏でる、それがヴァイオリン最後の音となった、現は朽ち果て、材木は砂となり、砕けてもう音が出せなくなった。

 ヴァイオリンの悲しい断末魔をアーシェは目を閉じて聞いている。

 兄との思い出がるのだろう。ゼフィーはそれを見守った。

「いこう、王に会おう、私の兄の最後を聞かせてもらいに」

 大広間の向うには大きな両開きの扉があった、その向うにたぶん王がいる。

「うん」

 ゼフィーはそれにうなづいた。

 そして扉を押し開く。

 コココココガコ、コココココガコ。

 アーシェが扉を開けると真っ先に聞こえたのはその音。

 定期的なリズムを刻む、音。

 そして次に気が付いたのが、部屋の奥でピクリとも動かない人物。

 その人物は不思議な格好をしていた。

 体を白い布で覆っている、ただし、その布は後ろの壁も大きく覆う布であり、二つの布の交差している、その隙間からその人物は顔を出しているのだった。

「あなたがここの王?」

 そう問いかけてもその人物は反応を見せない。瞼は閉じられ、近寄れば顔に無数の皺が刻まれていることが分かった。

「あなたは大人?」

「違う」

 ゼフィーはそれを何者か一瞬で理解した。

「これは、ロボットだ」

 ゼフィーが住んでる都会にも、ロボットはいた、人間の姿を模したロボットは一瞬では人間と区別がつかないほど精巧だが、一つだけ見分ける方法がある。

 顔立ちだ。なぜかロボットに子供を模した者はない、ならば子供は人間で大人はロボット、この図式が成り立つ。

 そして目の間のそれは確実にロボットだった。なぜならこの部屋に入ってからする異音があのロボットの方から出ているし、さらに体を覆う布が小刻みにゆれているからだ。

 同じことにアーシェも思い至ったのだろう。

 素早く懐からナイフを抜き、そして風のように走った。布を固定する紐を切った、ばさりと床に落ちる布。

「歯車?」

 そして中央の特大の歯車に、こう文字が書かれていた。

『時の終わりが、世界の終り』

「これはいったい何を意味して」

 その時、鐘の音がなった。

 ゴーンゴーン。

 その音がなるにつれ、歯車の回るスピードが遅くなる。

「危ない!」

 その瞬間、天井から歯車がばらばらと降り注いだ。間一髪のところでアーシェをゼフィーはかばう。

「崩れた?」

「なぁ、アーシェこれはなに、何が起こっているの? これが王の正体だっていうのか?」

 ゼフィーが叫んでも崩壊は止まらない。次第にすべての歯車が崩れていき。そして建物自体も崩れていく。床が割れ、柱が手折れ。

 二人は脱出の機会を失った。

「私は、ずっと考えていた。お兄様の体に傷がないこと、そしてお兄様が町に戻ってこなかったことの理由」

「アーシェ、今はそんなことを言っている場合じゃ」

「兄様を殺したのは、王でも、鉛化でもない。絶望だったんじゃないかしら」

 その瞬間天井まで崩れた、そしてゼフィーは信じられないものを見ることになる。

「雲に切れ間が……」

 そう空を覆う鈍色の厚い雲、それが晴れていく。光が差し込む。

「やった、アーシェこれで……」

 じかしゼフィーは二の句が継げなかった。アーシェの張り詰めた顔、そして、外套を脱ぎ捨てたアーシェの姿を見て。

 アーシェはその外套の下に、白の薄手のワンピースを着こんでいた、そして麻色の髪は今解き放たれ、風になびき、金色に見える。

 オレンジ色のブーツは磨き上げられたように鮮やかで、ゼフィーは言葉を失った。

「これが、答えね」

 気が付けば崩壊が止んでいた、まるで瓦礫が階段のように積まれていて、白色に光太陽まで伸びている、そんな錯覚をゼフィーは覚えた。

 それをアーシェは上り始める。

「やめて! いかないでくれ、僕はもっと君と話が」

 アーシェは階段を上り詰めて、ゼフィーに微笑みを返す。

 その笑みが柔らかで、まるで天使のように見えた。

「ええゼフィー、私ももっと話がしたい、最後の時まで……」


 一緒にいましょう。



*  *



 そして世界はその日のうちに崩壊を迎えた。

 強すぎる光を受ければ、全てが白く見えるように。

 この世界は焼かれるように終末を迎える。

 これが、人類の未来とならないことを、ここに祈る。

                              END


 


 



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