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三題噺~UFOにさらわれた女の子~

お題 UFO 茜色 学校

                        2012 8 12


 帰り際の学校は夕日に燃やされたように真っ赤に染まっていた、蜜を溶かしたような金色から、重たい朱色に変わるその時を人は『逢魔が時』と呼ぶ。

 そんな時間帯この学校の、長い長い直線廊下は、歩いていると後ろに誰かいるような錯覚を与えてくる。

そしてなぜか僕はそれが嫌いじゃなかった。

 縦に無数に並べられた教室、変わらない景色が入ったその箱の中を確認しながら、下校時間を過ぎても残っている生徒がいないかを探す。

 だが、夏休みの真っ只中のこんな時間に生徒がいるはずもなく。

 日々の見回りより雑になってしまっているが、それは仕方のないことだ。

 それに、いなければいない方がいい、いたとしても見なかったことにしてしまいたい、という気持ちがないわけでもなかった。

もしいたとしたらそいつは幽霊、かもしれないから。

なんて、妄想を繰り広げてしまうのはさっき聞いた怪談のせい。

馬鹿らしいと、自分の臆病を鼻で笑って、確認を簡単に終えて帰ろうと踵を返した。

 その時だった。

不意に、たんたんと音が聞こえた。

 足音のようだった、すぐ後ろから聞こえた。だがそれはおかしい。そう足を止める。

 今まで足音は聞こえなかった、なのに廊下の半ばで急に音が現れるなんてありえない。

どこかの教室に潜んでて、今出てきたか?

 いやそれはない、確かに確認したはずだから。

だったらすぐ後ろに控えている足音の主はいったい……。

……、なぁ、なんで足音は二つしかしなかったんだ? たん、たんと二つっきり。こいつが人間なら僕を追い越すか、遠ざかってもいいはず、何らかのアクションを起こしてもいいはずだ。

僕に用があるのか?

 緊張が走る、周囲の色が朱色から藍色に変わっていく、もしこのまま夜になってしまったらどうなるんだろう。全速力で走ったら逃げられるだろうか、そう考えていた矢先。

 足音がまた鳴った、少しだけ遠ざかり、そしてガラガラと戸を引く音がする。教室の中に入ったみたいだ。

 振り返って、その教室の戸に手をかける、そして戸を引きかけた自分の手を、逆の自分の手で止めた。

 開ける前に、中を覗くべきでは? そう思ったんだ。

その教室をのぞくと、窓際の席、机に座りグラウンドを眺める一人の少女がいた。

 この学校のものとは違う制服を身にまとった女の子。

 その子はこちらの視線に気がつくと振り返り。微笑を向けてきた、藍色に染まったその横顔は幼いのに、不思議と怪しげに見えた。

「君、名前は?」

「浅原中也」

「そう、素直だね」

「君は?」

「私は、私は……

―― 喜多町 加奈子……」


 この町で行方不明者が出たという話をその夜に聞いた。名を喜多町加奈子。

十五歳、おとめ座、短いポニーテールがトレードマークの天真爛漫な少女だったという。

 学校から帰って真っ先に聞かされたその話、半ば錯乱した母は、お前も行方不明になったかと、心配したと告げた。

だが、そんな心配など無用だと僕は思った。

なぜなら、別に誰も行方不明になんてなっていなんだから。

 喜多町加奈子は僕の学校にいて、たぶんそのあと帰ったはずだ、だから今頃には解決してる。

 加奈子が自主的に家に戻らなかったとしても、まだ町の中にはいるはずだから、探せばス部に見つかるはずだ。だから。

「じきに見つかるよ」

 僕は母にそういった。

 しかし、そんな僕の憶測は外れることになる。三日たってもその少女は発見されなかったのだ。


 僕の学校は夏休み真っ最中にイベントがある、そしてそのイベントを取り仕切るのは生徒会で、そして僕も生徒会だった。

 夏祭りと賞して学校に集まり、グラウンドで花火をするだけのこのイベント。簡単なイベントのはずなのに準備は意外と大変だ、付近の消防に連絡したり、警察の許可を取ったり等。

 そしてそんな業務に追われている僕ら生徒会は、夏休みだというのに毎晩遅くまで残って作業している。

 でも、こんなことしていていいのだろうか。

我ながら、この学校の教師たちは神経が図太いと思った。

行方不明者がこの町から出ているのにだ。

でも、その理論に乗っ取るなら一番神経が太いのは僕だ。

失踪事件があったことを知っていて学校に残っている、そしてその人物とは失踪する直前にあっているのに。

ちなみにそのことは警察には言っていなかった。

今朝、花火大会の許可をもらうために電話したときに言うかどうか悩んだ。けれど結局言えなかったんだ。

ただ単純に事件にかかわりを持ちたくなかっただけ、それ以外の理由なんてない。

そしてそんなこんなで、その日も日が沈みかけて涼しくなったころで下校した。中学生が出歩いていい時間ではないと思っていたけど。

イベント準備でなんとなく高揚した気分をもてあまし、僕は寄り道することにした。

神社周りを流れる川、その上にかかる橋。そこが僕のお気に入りのスポットで、そこで黄昏ていると、僕はまた出会ったのだ。その少女、喜多町加奈子に。

「喜多町加奈子?」

学校で出会い、喜多町加奈子と名乗ったその少女は橋の手すりにもたれかかって川を眺めていた。

「行方不明じゃなかったのかよ」

「見えないだけなんだ。ホントはここにはいるんだよ、まぁ、見ようとしてないなら当然見えないわけだけど」

 喜多町加奈子は口だけでそう反応した。

「見えないだけって、幽霊?」

「どちらかというと透明人間?」

「僕には見えてるのに?」

「君が特別なんだよ、波長が合うのかな」

 喜多町加奈子はそんな風に僕の追及をかわす。拉致があかない、そう思ってこの会話はやめにすることにした。だけどこの話題を打ち切ったらあとは何を話せばいいんだろう。女の子と放すのが苦手というわけではないが、まったく接点のない人間と話をするのは、さすがに困ってしまう。

 すると喜多町加奈子は片手だけ挙げて手招きする。

それにしたがって、僕は少しだけ喜多町加奈子に近寄り、手すりに背を預けた。

「ここでなにやってるの?」

「自分探求」

喜多町加奈子はぶっきらぼうにそう答えた。

「自分って何だろうね。心のことかな? 何を感じて何をしたいって思う心のこと? それとも私ってラベルが張ってある入れ物? ねぇ魂って何だと思う?」

「わかんないよ、そんなの考えたこともなかった」

「私もだよ、でも今考えないとこの先ずっとそんなもの考えないで生きていきそうで……」

「なんで、そんな風に思った?」

「わかんない、わからないけど考えないといけないって気がついた、私が私で私だから私だって、胸を張っていえるようにならないとだめになっちゃった」

「……だから家出なんてしたの?」

 そういうと喜多町加奈子はひとつため息をついた。

「家出とは少し違う、ううん、家出と思われても仕方ないのかも」

 大人たちが今も探し回っているのに、それが家出でなくては、それこそ事件だろ、そう僕は思った。

「じゃあ、なんで三日も家に戻らないのさ」

「簡単なことよ。私、もう帰れないの」

 僕の心臓がどきりとはねた。

「なんで?」

「うーん、UFOにさらわれたから」

「は?」

「だから、これはテレパシーなんだよ、君と話せるのは宇宙人に改造されて開花した能力によってなんだから」

「テレパシーって声だけを伝えるもんじゃなかったっけ? っていうかつまらない」

 緊張して損をしたと思った、もっと重大な告白が待っていると思ったから。

「そうかな? 面白いと思うんだけどな」

「実際に宇宙人に攫われてればね」

「なによ、私が嘘ついたって言うの?」

 彼女はそういってから一呼吸置いた。僕もおとなしく次に来る言葉を待つ。

「もう少ししたら私のテレパシーも届かなくなる。宇宙人たちは私というサンプルを手に入れたから、もう満足してしまって、地球を離れようとしているの。

もうすぐ火星あたりまで行く、そうしたらテレパシーが届かなくなる、その前に何かしようと思って。

 でもさ、こういうとき何をしたらいいんだろうって思って、迷ってた。

たとえるなら私の今の状況は死ぬ前に似てるじゃない?

だからその手の、死ぬ前に何がしたいですか? 見たいな映画を思い出したの。そしたらさ、何かを伝えたいって思ったの。

でも実際問題私、誰かに伝えたい何かとか、残したい何かとか、そういう大切なものができる前にさらわれちゃったから、残したいものなんてなにもなかったの。

だから今探したいんだ、今のうちに私ってなんだったんだろうって答えを探して、そして残せるものを残したい」

 そうまじめに語る喜多町加奈子は、なんだか嘘っぽくなかった。

いや、実際嘘はついているだろう、UFOとか、さらわれたとか。でも他に何かあるような気がした。彼女の言葉に隠された、本当に言いたい言葉、意味、何か。

気付けば、喜多村加奈子は背伸びをしていた。

「今度は私の学校にきなよ」

 明日の、この時間。

 そういって彼女は闇の中に駆けていった。

 正直にいうとテレパシーだとか、未確認飛行物体だとかを信じる気にはなれなかった、彼女自身、どこか見つからないところに隠れて大人たちの目をやり過ごしているものだと思った。

だから僕は、深く考えず彼女の学校へ行くことを決意したのだ。

どこの学校に行けばいいのかは簡単にわかった、彼女が来ていた制服には見覚えがあったからだ。

 僕の学校から電車で一駅ほど離れたところにある私立中学。

 次の日の夜、僕はそこに忍び込んだ、我ながら馬鹿なことをしたと思っている。そもそもなんで大人に言わなかったんだろう、そう後悔するには遅すぎるだろう、話すなら最初にあった日の夜、母に話せばよかったのだ。

 だがもう遅い、忍び込んでしまったのだから、進入経路は保健室の窓、鍵が開いていた。

警備システムが不思議と作動しないその学校は、うちの学校と比べ物にならないくらい綺麗だった。保健室から出てすぐに僕は足音を聞く。

きっと彼女だ、そう階段を駆け上がると、戸の開いている教室がひとつあって、中をのぞくと彼女がいた。

「自分探求はすんだ?」

「まだだよ」

 薄暗い部屋なのに不思議と喜多町加奈子の表情がはっきり読み取れた、笑っていた。

「僕も考えてみたんだ」

「自分を?」

「うん。でも結局わからなかった。毎日勉強して、生徒会に出て、夏休みだから海に行って、でもそんなの結局みんなと一緒でさ、自分らしさなんて見つからなかった」

「私も、わからなかったよ」

 喜多町加奈子は外を見ていた、真っ暗な校庭、その先に明かりのともる住宅地があった。

「探したけど、結局喜多町加奈子はどこにもいなかった。私の居場所はどこにもなかった」

「私の居場所?」

「もう、時間がないね。喜多町加奈子がせめて、幸せだったって証をどこかに残せればよかったのだけれど。でも、私にそれは見つけられなかった。ねぇ、君は見つけてね」

――大切な、自分自身を。

 そのとき、校庭の電気がいっせいについて僕の目がくらむ、必死に前を見ようとするけど、彼女のシルエットが黒く写るだけ。そしてついた時と同じように唐突に電気は消え、目へのダメージが抜けるころには、彼女の姿はどこにもなかった。

次の日、新聞の隅にひっそりと喜多町加奈子の死が顔写真と共に載せられていた。おとなしい綺麗な女の子で。僕が見たあの喜多町加奈子とは別人だった。

彼女はいったい、何を思い、何を探し喜多町加奈子を名乗っていたのだろう。

考えても僕にはわからなかった。


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