第三話 使用人達
修正完了。
「アリシア、メイドさんになる」「アリシアの言い訳」を合成して題名変更。サラの登場を前倒し。(先に宿屋に行った関係)
そろそろ日が傾き始めたかという頃、大きな屋敷が建ち並ぶ一角、周りの屋敷よりは少し小さめの屋敷の前でロシェが立ち止まった。
「ここがカルナート家の屋敷だ」
「おー、お屋敷だ」
「そうだな」
ロシェは感嘆の声を上げる私を見て笑うと、大きな鉄の格子門を開けた。左手には良く手入れされた庭園が広がっている。右手にあるのは馬小屋に鶏小屋だろうか。
表開きの扉の前まで来ると、呼び鈴を鳴らした。しばらくして一人の少女が顔を出す。
「お帰りなさいませロシェル様。お客様ですか?」
年は私と同じくらいかな? 使用人の仕事着に、長い銀髪を後ろでまとめた姿は、まるでお人形さんだ。可愛い。
「新しい使用人だ。一人増やそうと思ってな」
「本当ですか!?」
少女はそう言いながらロシェの後ろに回ると、なれた手つきで上着を脱がす。
「あぁ。マリーのところに連れて行ってくれ。……そういえばサラは?」
「かしこまりました。サラさんはもうすぐ帰ってくると思います」
「そうか。それじゃ任せた」
そう言うと奥の方に行ってしまった。玄関ホールに二人残される。少女は私を見てにっこりと微笑んだ。
「初めまして。あたしはソーニャだよ」
「えっと初めまして。アリシアです」
「アリシアちゃんだね。それじゃ着いてきて」
「はい」
先導されるまま後ろを歩く。足下は厚い絨毯。西向きの廊下は壁まで延びて、突き当たりには窓があった。日が射し込んで少しまぶしい。
ソーニャは途中の部屋の前で待つように言うと中に入っていった。なんだか手持ちぶさたで困る。ふかふかの足下が地に足が着かない感じで落ちつかない。
「どうぞ入って」
ソーニャとは違う女性の声がした。恐らく彼女がマリーと呼ばれた人なんだろう。失礼しますと一声かけて中に入る。
部屋には同じ仕事着を着た、二十歳くらいの女性が座っていた。値踏みするかのように見られる。居心地悪いってば。とりあえず頭を下げながら挨拶した。
「はじめまして。エルニス学園生のアリシアと言います」
学園名が出たとたんに女性の態度が一変して、今度は楽しそうに私の顔をのぞき込む。
「あーこの子にしたのね。可愛い女の子を選ぶあたり抜け目がないわね。……あ、私の名前はマリーよ。ここの使用人たちの取りまとめをしているわ」
うん。前半は聞こえなかったことにしよう。
「えーと私がいうのもなんですが、怪しいとかないんですか?」
「学園生でしょう? それにロシェル様が連れて来た訳だし、私が特に言うことはないわ」
学園すごい! というか今日の出来事って、人生の運全部使い果たした気がする……。
「色々と説明する事があるけど……そうね、仕事着に着替えてくれる? ソーニャ、控え室に案内して服の着方を教えてあげて」
「はーい」
案内してくれた少女が、先ほどとは打って変わってキラキラした目でにやついてる。にやついてる?
「アリシアちゃんこっちね。ふっふっふ。色々と聞きたいことがある」
「えーっと、お手柔らかにね?」
ソーニャちゃん口調が変わってますよ? そして何故両手をわきわきしてるのか。
控え室はすぐとなりの部屋だった。私はソーニャに着替えを手伝ってもらいながら今日の出来事について話していた。
「だからー、今日初めて会ったの」
「突っ込みどころしか無くて何言えばいいか解んないよ……。あたしが言うのもなんだけど、本当に大丈夫? 詐欺に注意どころじゃないよ? トロアと違って悪い人も沢山いるんだからね? 知らない人に付いていっちゃダメだよ?」
私の髪を梳かしながら、まるで妹に諭すかのようにお説教される。ソーニャは十四歳だから私の方がお姉さんのはずなのにっ。
「いやほら、受付の女の人と親しそうだったし? まぁ私もあまりの物入りに藁をもすがりたかったっていうか……」
「精神的ショックの後に甘い言葉なんて、詐欺師の常套手段だよアリシアちゃんっ!」
「でも、ほらこれで身体売ったりとかしなくて良さそうだしっ。うん。私の選択間違ってなかった! って痛い痛い痛い。やめてやめてっ」
無言で側頭部を両手でぐりぐりされる。ソーニャは呆れたかのようにため息をつくと何故か後ろから抱きしめられた。
「アリシアちゃん。嘘でも身体売るとか言っちゃダメ。私も詳しくないけど、アリシアんちゃんだったら確実に騙されて奴隷にされて学園どころじゃなくなる」
なんでそんなに私信用されてるんだろう……。
「ごめんなさい」
「よろしいっ」
「でもほら、逆に私がロシェを騙してるか、そういうのはどうなの?」
「ロシェル様ね。そんな簡単に女性に騙されるなら、使用人が未だに三人のままな訳がない。しかも学園の付き人とか金食い虫だよ」
「うーん確かに」
「元々から使用人増やすって話だったし、学園生なら身元の保証もしっかりしてるし、きっと巡り合わせだよ」
「ちょっとまって。私も学園生だから大丈夫だって思ったって」
「アリシアちゃんのは推測でしょ」
ソーニャが話を遮る。痛いところを突く。
「うぅ」
「まぁ伯爵家の使用人になることがどれだけ運の良い事か。今後の生活で噛みしめるべしっ……ってこんなところかな」
ソーニャの手が止まった。香油で髪がしっとりと濡れ、かすかなラベンダーの香りが漂う。
「素材はいいんだから手入れはしっかりしないと。あとは軽く化粧する」
「そこまでしなくても……」
「ダメ」
「いや……」
「ダメ」
譲る気はなさそうだった。
「はい……」
「よろしいっ」
されるがままにメイクされる。途中産毛がとか、夜でも処理しないととかぶつぶつ言ってたけど聞こえなかった。うん。そういうことにしよう。
すべてが終わると大きな姿見のところの前に立たされた。
「うん。まだまだ手を付けないとだけど、満足」
ソーニャが満足そうに腕を組む。姿見の中にはすっかり変わった私の姿が映っている。一瞬誰だこれと思ってしまった。
黒のブラウスにロングスカート。ひらひらとした白いエプロン。まさに使用人の仕事着だ。腰まで伸ばした自慢の黒髪が、香油でしっとりとまとまってる。
「髪は明日の朝、編み込むね。そのままだと仕事に向かないから」
「え? 後ろでまとめる位でいいんじゃないの?」
「うん。明日の朝編み込むね」
「……」
ソーニャはたまに人の話を聞かない気がする。
「それじゃ、お披露目にいくよ」
「はーい」
玄関ホールを抜けて東側の部屋へ。ソーニャが扉をノックするとロシェが応えた。
「入っていいぞ」
「それじゃ、失礼します」
ちょっと緊張気味に部屋に入る。正面の大きな机の向こう側にロシェが座っていて、そのそばにマリーさんともう一人知らない使用人の女の人が居た。サラさんって人かな。
「ほー見違えたな。似合ってるぞ」
「ふふーん、どうどう?」
その場でくるりと一回転。振り向きざまに、初対面の女の人と目があう……頬が熱い。つい調子に乗ってしまった……。彼女はにまっと笑いながら口を開く」
「ほほー、マリーの言った通り可愛い子じゃない。ポイント高いわぁ」
「頑張った」
ソーニャが隣でガッツポーズしていた。
「ねぇねぇサラ? ロシェル様の趣味だと思う? 絶対可愛いよね」
「あー、ありうるわー」
「ちょっとっ」
「貴方たち。アリシアさんが恥ずかしがってるからやめなさい」
マリーさんが苦笑しながら二人を制した。ロシェの方は良いのです……? ロシェと言えば、みんなのやり取りを微笑ましく見守ってる様子……。うん、別に気があるわけじゃないけど、それはそれで傷つく。というかお父さんかっ!
「あ、自己紹介がまだだったわね、私はサラよ。よろしくね」
「アリシアです。よろしくお願いします」
深々とお辞儀した。サラさんはロシェと同じくらいの歳かな。いたずら好きそうなお姉さんだ。ショートカットの髪凄く似合っている。
「そうそう、アリシアさん」
「何ですか?」
「街に出るときは、常にその恰好で行動するようにね」
「え? それはちょっと恥ずかしいっていうか……」
「あと作法や言葉づかいについても、後日お話ししましょう」
「はい……。……ソーニャ?」
肩を叩かれて隣を見る。
「すぐに慣れるよ。がんばれ」
「はい」