力への目覚め
最悪の状況から文化祭が始まり、予期せぬ出来事で江戸前仕置人うんがら仮面は成功した。戦いを見ていた観客やその子供達に取り囲まれ冬彦は学園祭を回れない状態になっていた。しかし、ヒーロー扱いされるのはとても心地よく気分が凄く高まった。今までの戦いは誰にほめられるわけでもなく、ひたすら向かってくる人魔旅団を影ながら倒すだけのある意味恵まれない日々を過ごしていた自分との差に酔いしれていた。
「たこ焼き旨いけど、中のタコは旨くないな。チーズでも入れればいいのに。にしても変身してくれって断りづらいよな。まさか、うんがらげっちょで正邪純装を見さすわけにはいかないし。ヒーローって辛いな」
独り言で饒舌になりながらも、人気が出たヒーローに群がる子供が多い為に体育館から出られない。それ故、昼飯はクラスメイトに買ってきてもらった出店の商品で済ませている。先ほどの戦いで壊れた舞台もあらかた片付き、午後の公演の時間になる。
午前のような盛り上がり方には匹敵しないものの、生き生きとした演者と舞台効果により大喝采のまま江戸前仕置人うんがら仮面は閉幕し、テンプレ学園文化祭は幕を閉じた。
そして冬彦は優斗に言った通り、誰もいなくなった体育館に向かう。だが、目の前に劇を見た子供達が集まり行く手を阻む。
その最中、優斗は先に到着していた為パイプイスに座りながらビデオカメラを一人再生し見つめていた。すると、ガラガラッと体育館の扉が開き閉じられる。
「おう、冬彦。先に来てるかと思ったぜ。クラスで鬼瓦先生あたりに捕まってたか? ……矢田ノン」
「こんにちは優斗君」
振り返りながら喋っていると、そこにいたのはノンだった。
足音も立てずに無言で近づいて来るノンに対し悪寒がし多少後ずさりながら、
「あれ? 冬彦と待ち合わせだったんだけどな」
「冬彦はまだ来ないわ。貴方が撮影したビデオテープはTV局に見させるという話を聞いたけど本当?」
(冬彦? いつもはご主人なのに……)
明らかにいつもと雰囲気が違うノンに優斗は喉の奥が詰まる。
「……そうだが。こっちもお前達の力を秘密にする手伝いをしたんだぜ。感謝して欲しいねぇ」
「ワタシがここに現れた校庭の戦いから知っていたの?」
「とーぜん知っていたさ。お前は匂いが悪魔だからな」
「悪魔?」
「例えるなら犯罪を犯す人間が一番いい例だ。あの人はそんな事をする人間じゃない。そんな一面があるなんて信じられない。ワイドショーの近隣住民や近しい人間は常にそう答える。一番怖い人間は一般市民のフリをしていながら、ある一瞬で悪魔に変貌する特異な二面性を持った奴。つまりお前のような奴さ」
語り出す優斗の顔をじっ……とノンは無表情のまま見つめる。
「俺は少子化の影響で閉塞する戦隊物を復活させる。俺の子供の頃まではギリギリやってたんだ。今の子供たちに通じないわけがねぇ。現代風に切り口を変えて特撮映像文化を日本中に広める」
「夢のある話ね……」
「お前実際の所、魔族なんだろ? あいつらの話しを要約すると、自分の未来からこの時代の人間に復讐に来たんだろ? それならついでに俺と協力してTV局から世界を変えてみないか? いー話だと思うぜ?」
「脳ある鷹は爪を隠す……か。貴方とは仲良くなれそうだわ。今じゃなかったら」
その時、冬彦は体育館前まで走ってきていた。まだ学園内にいたちびっ子達にサイン責めに合い、その対応を楓に任せて逃げてきたのである。
「ちょっと遅れたな……あのガチャガチャ女のせいで無駄な時間を――?」
瞬間、目の前の体育館から大きな音がしたのが聞こえ冬彦は急いで中に入る。
中は薄暗く内部の片付けは来週の月曜の為、まだパイプイスも舞台上もそのままである。嫌な寒気を感じながら中央に立ち周囲を見回す。しかし、誰の気配も無くさっきの音は気のせいかと思い、少し前まで演じていた舞台上に向けて歩いた。すると、視線の先に写る何かが目に止まり立ち止まった。
「……優斗?」
体育館の舞台上の中央には背後の壁に身体がくいこむ一人の少年がいた。
その姿は血まみれで自慢の金髪も真っ赤に染まり、もう息が無いのがわかる。
絶句する冬彦は床に崩れ落ち、その場から動けない。
こうして大いに盛り上がったテンプレ学園文化祭の日は2―C組が行った江戸前仕置人うんがら仮面の優勝をもってして幕を閉じた。横山優斗の死と共に。
※
翌日の夜――。
昨日の放課後、体育館で優斗の死体を見た冬彦は早く誰かに知らせないといけないと思い電波の入りずらい体育館の外で警察と救急に連絡をしようと電話をしながら、ふと背後を振り返ると舞台上の壁で血まみれになる優斗の死骸は消えていた。その事の全てを人魔旅団のヒロースの仕業と考える冬彦は疲れる身体など気にもせずに人気の無い街の路地という路地を無作為に歩いていた。昨日からノンとはまともに会話をしておらず、ノンに対する謎も気になるが今は優斗を殺した犯人を始末する方が先だった。怒りの炎で心が支配される冬彦には優斗の復讐という二文字しか考えていない。今朝テンプレ学園に登校してきた時に下駄箱に仕込まれた一通の手紙に書かれた決闘場所にひたすら向かう。
「……」
その後姿を一本の電柱の影から黒いスーツ姿の黒髪の女が手に持つカプセルをいじりながら口元を笑わせ見つめていた。
ただ足早に冬彦は何かに反応するように郊外の人気の無い空き地へ向かい、そこで立ち止まり手紙を握りつぶし捨てた。
「……いい加減出て来たらどうだ? もう人気は十分無いだろ?」
「気が付いていましたか……では」
冬彦の視線の先が一瞬光り、ズズズ……と暗闇を開くように紫のマントを広げヒロースが現れた。始めに現れたヒロースの背後にサイロとステインと呼ばれる二人の人魔旅団の生き残りが現れた。眉を潜める冬彦は、ヒビが入る平次の十手に意識を集中させる。その三人は同じような紫のマントで身体を覆い、フードをかぶっていた。同時にフードを剥ぎ、尖った耳とピンクの元結いで結われた長い髪を露にした。その顔を見た冬彦は表情に殺意が滲み出る。一番手前のヒロースが話す。
「我々は人魔旅団として、世界の秩序を守る組織の人間として君と話をしたい」
「ほう、今更話す事などあるのか? 憎しみには憎しみで語るしかないだろう」
「まて左。十手に力を込めずに我々の話を聞け」
「ふざけるなよ! お前達は未来の俺の知能や技術をいち早く独占し、自分達の勢力を伸ばす為だけに俺を捕まえに来たんだろ? 所詮、お前達は世界連合の独立監視部隊とはいえ、アメリカの息がかかった部隊なんだろ? マヒルートが言ってたぞ」
「マヒルートから話を聞いていたか。ならば私の話にも耳を傾けろ」
「ふざけてないで戦うぞ。うんがらげっちょ!」
シュパァ! とピンクの粒子が弾け冬彦の全身に正邪純装が展開した。
目を見開く人魔旅団の三人は息を飲んだ。
「正邪純装……昨日とはまた力が一段階上がったな。まだ流石に銭形京介ほどは使えないだろうが――!」
「おおおっ!」
無駄な会話は無用と言わんばかりの冬彦の十手が炸裂した。その一撃は前方にいるヒロースの頭を傷つける事も無く止まる。ヒロースの身体から白と黒の正邪のオーラが展開しそのオーラは人魔旅団を包んでいった。唖然とする冬彦の目には変化しているマジックロッドを見た。カスタムされたマジックロッドの先端に十手が取り付けられている。そして衣装は紫の着物に手甲、脚絆で四肢をかため腰に十手を差し、着物の背中には人魔の文字が粋に映える――。
「……っ!」
逆に目を見開いた冬彦は一気に後退して距離を取る。三人の人魔旅団は正邪純装のオーラを三位一体攻撃で仕掛けた。その攻撃に吹き飛ばされる冬彦は地面を抉るように転る。
そして口元から流れる血を吐き出した息と共につぶやく。
「それは正邪純装……何故お前等がそれを? やっぱ魔族じゃねーかよ」
それを聞いてフッと笑うヒロースは自身に湧き上がる途方もないオーラに高揚すると同時に軽蔑しながら言う。
「同胞のマヒルートが手にしたデータから未来技術の十手を研究してマジックロッドに無理矢理組み込んだ。三分以上の戦闘には耐えられない不良品だが、今の君なら問題あるまい。
そして君には真実を知ってもらう。おそらく誰かに書き換えられた君の血筋についての真実だ」
「俺が銭形の一族の血筋って事はこの桜色の血を見ればわかる。昔は赤かったこの血がピンクに変化したのは最近だが、今までの出来事で俺も銭形一族だって事は俺が一番良く知っている」
「覚悟はあるようだな。これは最近私が世界連合のデータベースの奥底のデータにハッキングして得た情報だから確証はあるが確定情報ではない事を念頭に聞いて欲しい。この正邪純装は君の血族の祖先である銭形平次が人間にもたらした武装兵器。銭形一族は江戸時代から十年前まで日本の治安を守り続けていたが、九代目である銭形京介の代でそれは潰えた。君の父の代でね」
「俺の……父」
「君は本来我々人間の同士であり、未来世界の主なのだよ左冬彦」
ゴクリ……と生唾を飲む冬彦の喉がゆっくり動く。今言われた言葉の意味を理解すべく思考を働かせた。しかし、どんなに考えを働かせてもヒロースの言う事の意味が理解出来ない。全身が寒気が出るように震え始め、何かを求めるように唇が動いた。
「嘘だ……一体お前達は何を言っている? お前達の正体はノンちゃんから聞いて知っている……魔族の言う事になど騙され――」
『では問おう。その、ノンという人物を何故信用する?』
その言葉を遮るように、人魔旅団の三人はシンクロするように言った。また、冬彦の心はかき乱れた。
(こいつ等は俺を混乱させるのが目的……そうだ、コイツらみたいな怪しい魔族よりも、同じ人間であるノンちゃんを信じるのは当たり前……ノンちゃんはずっと俺をサポートしてくれている……)
そう思い込もうとすればするほどノンと自分の心の距離は離れていく。
今まで戦った人魔旅団達との会話の疑問が頭の中で弾け、増殖する。
常にノンは人魔旅団との戦いにおいて会話をするなと叫んでいた。
気がつかないようにしていた疑惑はただ広がるだけで収集がつかない。
「ノンが我々を魔属と勝手に呼び、敵としての存在にする事で自分達の犯した罪を我々に押し付けた。これが真実。我々の領土を犯し、自分達は正義とする。悪にされた我々はどこまでノンの罪を受ければいい? 争う事をしない我々に争いを押し付けただけでは気がすまないか? 君の信じるノンの餓えはいつ渇くんだ?」
反論をしようとする冬彦の言葉を遮るように背後のサイロも続ける。
「魔属、魔属というが実際魔族が人間に何をした? 魔族は世界を自己の意思で粛清した銭形京介の罪で誰もが悪だと言われるが、あの男の始末した人間は全て人間としてあるまじき罪を犯した者ばかり。人魔旅団の仕事もだいぶ減り、奴には感謝していたくらいだ。その思いを抱くものは一般の中にも少なからずいた。いくら言論統制をしてもわかる者はわかる。銭形京介は大義があったが、ノンという女は私怨以外の何物でもないだろう」
「な、何を? さっきから何を言っている? 武力で始めに抵抗して来たのは、お前達魔属だろう?」
「違うな。先日の国会議事堂にある世界連合政府襲撃事件を起こしたのは矢田ノンだ。隠してもいづれ公になるゆるぎない事実」
「前にも聞いたが、議事堂が襲撃されたなんて知らないぞ。そんな事ニュースには……」
動揺を更に煽るようにサイロの隣のステインは大柄の身体のわりに細い指を突き出し、
「同胞からは死ぬ瞬間に情報を送信されていたからお前について情報は知っている。今は左という母親の性になっているが、お前は間違いなく銭形一族の桜の血を色濃く宿す存在、銭形京介の息子だ。その顔だと薄々気が付いていたか」
ギク! と驚く冬彦に隣の小柄のサイロも言う。
「母親の性は銭形の性を隠す為だろう。左、考えるのを止め感じろ。君と我々は肌の色も違えば、体型も違う魔族だから信用しないのだろう? そんな狭い考え方は捨て、物事の本質を見据えろ。今のお前なら私達が人間だとういう事もわかるはず」
「……今更、今更そんな事を!」
「一度でも我々が先に危害を加えたか? 事の発端は常に君達にあった。話すチャンスはあったはずだ」
「今までの事件は何だ?」
すると、ヒロースがやや重い口調で言った。
「それは、あの女が一番詳しく知っているはずだ。復讐に取り付かれた悪の女がな」
「ノン……ちゃんか」
改めて今までのノンの行動、言動の全てを振り返った。
全ての行動は自分が正しく、全ての悪は魔族にあり、未来で世界を破壊する悪の大罪人・江戸前仮面を始末する為にやってきたという少女。全ては正義が正しく、邪悪は決して正しくない。その信念は冬彦にとって崩れかかっている。
正と邪――。
この二つは常に表裏一体でどちらかが存在する限り無くなる事はなく、人間が存在して他者があり続ける限りは見つめるべき鏡なのである。それを今までの戦いで知った。
(正義も邪悪も大勢が加担した時点で全てはひっくり変える。こいつらの言ってる事が俺の中でいちいち弾けるという事は、きっとこの人魔旅団を邪悪として認識できていないんだ……そして俺のやる事の全てが世の中からすれば正しいわけじゃない。銭形京介が悪人を強制仕置きした人魔戦争も虐殺とはいえ人間を食い物にしていた者を裁いたからこそ今の現実が安定し世界連合政府も出来て近隣諸国とも繋がれた。正義も邪悪も人間の立ち位置や考えで全ては変わる……)
そんな考えが浮かび上がりながらヒロースの話が脳内を駆け巡る。
「お前が倒したマヒルートが最後の力を振り絞り、禁忌の呪法・桜吹雪に手を出し、自らの命を犠牲にして未来を見た。そこには江戸前仕置人として悪と戦う左冬彦の姿があった。その隣には鬼瓦楓がいて、十手の開発サポートをする技術者としてノンの父親である矢田十史朗がいた。その矢田十史朗を左、お前が殺したんだ」
「俺が……ノンちゃんの父親を殺した……」
全身を雷鳴が駆け抜け息が詰まる――。
今までノンと生活してきた世界が崩れて行き、目の前が真っ暗になる。家族がいなかった自分に温かい家庭を、仲間をもたらしてくれた幼い少女は未来からただ自分に復讐する為だけに来た。偽りの日々に心は折れる寸前である。
「……だけど何で未来から過去に来れる力があるのに他の人間は来ないんだ? 未来で大きな争いがあったなら大勢で来るのが当然なはず」
「単純に力の問題だ。次元を渡る力など手にする生物は奇跡的な数字でしか現れない。たとえ力の問題をクリアしても次の問題がある」
「次の問題?」
「それが桜吹雪の呪いだ」
桜吹雪の呪い――。
一段階・自分の家系から存在が消え、呪いが広がり全身に呪いの病魔が広がる。
二段階・他人との大事な記憶の欠落。
三段階・永遠に次元の狭間の漂流者となる。
(――まさか風呂場で見たあの背中の彫り物が桜の呪い!)
ノンの背中に彫られていた桜吹雪が桜の呪いだと直感した。
そしてその呪いの禁断の深みに恐怖する。
「それであの女は桜吹雪の呪いを受けた。ノンの桜吹雪の段階はもうすぐ二段階目だろう。だから未来で君から伝授された圧倒的な力も使えず、戦闘を君に任せている」
「そんな……そんな……」
「マヒルートから聞いたかもしれないが世界政府は政府の根幹をなす国会議事堂の一部が壊滅してもその事実を公表しない。もしかするとノンは地球政府にも関与している節があるとハッキングの最中に思った。世界政府が機能していない以上、この世界を監視、処罰する外郭部隊の我々も強硬手段に出るしかなかったのだ」
ノンの目的を知る冬彦は自分の存在の意味を知らされ立ちすくむ。
現実の秒針は止まる事なく進み、冬彦の何もかもを崩壊させる。
ヒロースは魔族としての冬彦の立場を語る。
「俺は……魔族なのか。そして、人魔戦争を終わらせた存在」
冬彦の幼少の頃に起きた人魔戦争で銭形京介に対抗する手段として京介の家族を狙った。母親はすでに病気で亡くなっていると判明したが、執拗な銭形の血筋調査で京介に息子がいると判明し、その息子を人質として差出す事が銭形京介を捕らえるきっかけとなった。世界政府は京介が息子に何かの力を仕込んでいないかに恐怖し、監視と偽りの家族と偽りの記憶を植えつけて普通の中学生として生活させていた。そして時は経ち今日へと至る。
そして微かな頭痛が冬彦を支配し何かを思い出す。
(この頭の痛みは……)
そこにはピンク色の髪の中年の男と黒髪の女が幼い自分に微笑みかけていた。そっと触れられる手は優しく、暖かい感情がこみ上げてくる。その男の姿は教科書で見た事のある人魔戦争の悪である銭形京介。そしてその隣でやわらかい黒髪を風になびかせるのが母親だった。
(そうか……今まで魔族と戦った後の頭痛とまれに脳裏に写る景色はこれの事だったのか。だから机にある写真が誰だがわからなかった)
「どうした? 知らぬ真実を知りすぎて頭が痛いのか?」
「いや、大丈夫だ。……銭形京介が父だから家にある両親の写真に疑問を抱き、魔族と戦うたびに記憶が広がっていくような頭の痛みを感じていたのか。そしてこの短期間でこの力を得た」
「あの女は我々に話をさせないように戦っていたからな。仕方あるまい」
「……ノンちゃんは俺に何かをしたのか?」
「奴の姿の変わりようから見て、記憶操作するまでの力は残っていないはずだから、おそらく激しく頭でも叩いたか? 十手の力を使ってな」
その時、ノンと初めて会った出会い頭にノンに激しく頭を十手で叩かれた事を思い出した。だが、ヒロースの言う事を全て信じるわけににはいかない。もし、信じたら、今までの関係が全て壊れてしまう――そんな考えが頭を支配している時点で、ノンに対しての疑いが芽生え、次々に詮索している事にすら頭がパニック状態にある冬彦は気が付かない。動揺を見せる冬彦にヒロースは畳み掛けるように話した。
「お前が倒したマヒルートは人魔のアジト崩壊で受けた怪我で本気を出せなかっただけだろう。本気をだせば奴は我々より強い。マヒルートは生死をさ迷う中、次元を渡るノンを追跡し国会議事堂にある京介の十手を悪用されないようケイジカプセルにて封印した。だが、平次の十手と対をなす京介の十手を狙うノンに奪われ、それをマヒルートが更に奪い返し隠した。ガチャガチャとかいうケイジカプセルと同じ形のカプセルがつまった箱にな。あの女は間違いなく十手の力を私的に利用し、君を殺し未来へ帰る考えだろう」
「……」
「我々と共に来い。君の真の記憶を取り戻させ、君には銭形の一族として未来からの犯罪者と人間が争わなくていいよう戦ってもらう。来い、君の未来は我々と共にある」
「……」
呆然とする冬彦は、言葉の濁流に呑み込まれ考える事を止めていた。いつの間にか目の前に伸ばされた手があった。白く、無機質な手。この男達は本当は人間だが、姿は同種族であるはずの手に、拒否反応を示しながらも手が伸びてしまっていた――。
「何をやっているです!」
という叫びと共に、ズゴオンッ! と全力の十手がヒロースの一瞬前までいた空間に叩き込まれた。砂煙と共に、小さいシルエットが冬彦とヒロース達の視界に入る。ねじり鉢巻に赤色のはっぴ。右手に十手を持った赤毛の江戸前少女――。
「ノンちゃん……」
「はいです! ご主人!」
その笑顔は、今の冬彦が一番見たくない笑顔だった。ノンに対する思いが、冬彦の心に重い枷をつけた。その一瞬のざわめきも、空間にはりつめた空気が遠き過去に変える。閃光のように現れたノンは、ヒロース達の動きを注視しつつ未だ呆然としている冬彦の顔をを見た。
「ご主人! 奴等は三人、早く始末しますです!」
「あっ、あぁ……」
いつも通り、ノンの勢いに負けて冬彦はうんがらげっちょ! ……という流れを自分の意思で止めた。視線を宙に泳がせながらも、背後に回るノンの手を制止し、戸惑う心を沈め、ゆっくりとした口調で話し出す。
「……いや、ノンちゃん。よく聞いてくれ。奴等が言うには、ノンちゃんの言う通り未来で魔族に対抗するすべとしてこの十手を開発したらしい。俺の父親は大罪人の銭形京介。そして、未来の俺はノンちゃんの父親を殺した」
「――! 違う! 違う! 違うっ! 違うです! まさか、ノンのいない間にご主人に適当な話を吹き込むとは何たる卑劣! 破廉恥です!」
烈火の如く喚くノンは、冬彦の言葉を全否定し微動だにしない人魔旅団の連中に憎しみの目で見据えた。狂気の塊になるノンは、十手の柄を握り潰すかのような力を込めて握り特攻した。すぐに肩をつかみ、
「何を焦ってるんだノンちゃん! 俺の話を聞いてくれ!」
「話を聞いてはいけないです! 早く殺さなきゃ、死にます!」
「……ノ、ノンちゃん!」
手を放した瞬間、人魔旅団を原子単位で殲滅させんが勢いのノンは冬彦に羽交い締めにされる。双方共に引かない状況に、ヒロースは言葉を発した。
「正邪純装で、その女を止めるといい。迷いが無くなった力を使えば出来るはずだ」
「黙りなさい魔族! ご主人! うんがらげっちょです! 今はまだご主人の力は不安定……だから十手の力が安定するまではノンの力を使って!」
必死で冬彦の胸元にしがみつき、その肌に爪を食い込ませながらキスをするような近さで言う。激しく喋る唾液が冬彦の顔を濡らし、喋り続けるノンの言葉とは違う声が冬彦の脳髄を刺激した。
「うんがらげっちょとは何だ? それは正邪純装という武装……。その女は途方もなく適当な女のようだ。復讐に取り付かれ、歪んだ欲望の塊。醜さの象徴。銭形一族が魔族と呼ばれている理由は、この世に存在しない種族という事に乗じて桜色の血の銭形全体を邪悪に見立て赤い血の人間が正義とする。そんな教育をされれば人間は銭形を憎み、もし存在しても魔族は通報され始末される。人間の本質はやはりそんなものか。どうなんだ女!」
目を充血させるヒロースはノンに怒りをぶつかるように更に言う。
「うんがらげっちょなどくだらぬ演劇の言葉のようだ。吐き気がする」
「……うんがらげっちょをなめんなよ」
その一言で、冬彦の脳裏に走馬灯のようにノンと過ごした短い暖かな日々が思い出される。感情の無い機械のように、誰かのプログラムのように勉強漬けの学園生活をしてぼんやりと何か心にもやがかかっていた自分に、家族の温もりと周りの人間との絆を作ってくれた自分にとって人生で一番大事な日々の全てはノンによってもたらされた――。
(……もう迷いは無い。銭形一族の末裔として自分の人生の全てを受け入れる)
冬彦の迷いはふっ切れた。
細かい事を考えるのを止め、今まで一緒に戦い生活して来た少女との日々を思い、それを信じる事にした。ノンだけでなく一緒に築き上げた舞台の仲間までバカにされるのは我慢ならない。例え自分が銭形京介の息子だとしても人間として生きてきた以上、人間に加担し自分の正義を実行するのは当然である。しかし、相手の人魔旅団は人間だった。
(細かい事を考えるのは後でいい。俺は今までの楽しかった日々を信じる。ノンちゃんが俺に対して復讐心を抱いていてもあの日々が、仲間と切磋琢磨した日々が偽りの日々のはずが無い)
スッ……とノンの瞳を見据え、大きく頷く冬彦は叫ぶ。
「うんがらげっちょ!」
その空間に亀裂を入れるような圧倒的なオーラの総量にヒロースは後ずさる。
(怒りでオーラの総量が増した? 何という奴だ。――早い!)
そして、サイロとステインはかつてない冬彦の力に瞬時に倒される。枷が外れたような冬彦に同属としての羨望と、魔族の不快感を滲ませるヒロースはカスタム・マジックロッドに自分の思いを込めてデータを宙に放つ。すでに死は目前にあり後の事を残る仲間に任せ、目の前の銭形一族の生き残りを見据える。
(平次の十手の先端が折れた? 元より劣化はしていたが平次の十手が壊れるほどの才能を秘めている……流石は未来で十手を世界に普及させ広めた男)
鬼人のような力を発する冬彦のオーラに耐え切れず劣化する平次の十手にヒビが入るのを見たヒロースは流石は銭形一族の末裔だとやりきれない気持ちになる。圧倒的な力を見せながらも急に停止する冬彦にノンは近づき、
「ご主人。何故殺さないのです? 殺さなければ未来を失うのは確定なんです。こいつ等の言っていた事は全て嘘。ご主人はアチシを信じてくれた。だから、殺さなきゃ……」
「ぐっ……」
その瞬間、ヒロースは動き冬彦の肩を掴んだ。
殺気の無いヒロースは何かを懇願するような瞳で冬彦を見据える。
刹那――。
バシッ! とノンの十手がヒロースの頭上に炸裂し、そのまま荒々しい滝が地面を打つが如くヒロースの全身を乱打した。その鬼気迫る表情に戦慄し、冬彦は呆然とノンの十手で原型を無くしていくヒロースを見つめた。
「魔族め……」
その言葉が残響のようにずっと耳に残り、ふと肩に触れられた感触を思い出すと同時にヒロースは灰となり流れた。時が止まったかのような静寂を見せる空間にゆっくりと冬彦を見据えるノンが言う。
「駄目ですよご主人、ちゃんと始末しなきゃ。あと少しで死んでた所です」
その言葉に感情は無く、冷たい氷の氷柱で刺さるかのように響いた。
別人のように冷たいノンの全身から発するオーラに言葉が出ない。
そして、正邪純装の解除と共に平次の十手が壊れる。
冬彦はそれを知っていたらしく動じず、地面に残るまだ消滅していないカスタム・マジックロッドを持つ。その改造された警棒からヒロースの知る全ての過去が冬彦に流れ込む。
(……やはりヒロースの話は正しい。ならこの女は……)
消滅したカスタム・マジックロッドを見つめ、自分を見つめるノンを見た。
その少女はじっ……と自分の本質を見透かすような真っ直ぐな瞳を向けて来る。
「ご主人。大丈夫ですか? まるで暗闇に堕ちたような顔をしています」
「闇に落ちてはいないよ。昇るんだ、遥かなる高みに」
微笑みながら冬彦は大きな足取りで少し歩き、夜空の満月を見上げ言う。
「未来の僕が何をしたいかが、漠然とわかって来たよ」
「ノンを信じてくれるですね?」
そのつぶらな瞳で懇願するように見つめる少女に対し、冬彦は瞳を閉じて笑い言う。
「僕はノンちゃんを信じ、未来の魔王・江戸前仮面を倒す」