二幕~文化祭の始まり! の巻きっ!~
テンプレ学園文化祭まで残り一週間になった。
冬彦は台詞を全て覚えはしたが同時に身体も動かなくてはいけない事が全身の動きをロボットのようにし、それをいかに自然にやるかがネックになっていた。大きな怪我もなく助けられたブルー役の藤原英治とイエロー役の御堂水菜はすでに役を自分のものにしていた。突然人魔旅団に拉致され、始末されそうな体験をしたが二人は元気に登校している。拉致された理由などは説明せず、ノンが背中の桜吹雪の力で記憶を薄めてその日の出来事を曖昧な記憶にしていた。放課後などの集まれる日は公園などに集まり自主的に練習をし、互いの呼吸を合わせている。ノンがやけに無言のまま演技に取り組む姿に疑問を持つが、自分も台詞と行動を合わせるのに必死で余裕が無い冬彦は十手の修行と演劇の忙しさに追われたまま日々を過ごしていた。
自宅で夕食を食べていた冬彦とノンは文化祭本番の緊張感をほぐすように見ていたTVの会話をする。その会話の中、TVのニュースは昨日の鬼瓦市で起きた連続幼児怪死事件について述べていた。
「……干からびた子供の死体? まさか……」
「おそらく魔族の仕業ですね」
「くそっ、江戸前仮面の奴はどこにいるんだ……?」
するとインターホンが鳴り、ノンはスタタッ! と勢いよく玄関に向かおう。それを見た冬彦は多少ご飯を喉につまらせながらもノンを制止する。
「無視しろ。どうせ勧誘だ。それか最近流行のガチャガチャ詐欺だ」
「……出るですよ」
「俺は知らない人間と話すのが嫌なんだ。コンビニの店員と話すのも面倒だから食糧を買い忘れたら食わない。温めますか? も箸はいりますか? も聞かないで欲しい。この日々で俺の性格はわかってるだろう。第一に俺にまともな友人がいない以上、来客ではない」
「でもご主人は優斗君がいるじゃないですか。それに演劇を始めてから御堂さんと藤原君もいるし他のクラスメイトとも喋ってる」
「それは必要に迫られてるからだ。俺の本質は人間嫌いなんだろう」
「ご主人……」
身の内の奥深くから人間を嫌う感覚が溢れ、冬彦は胸糞悪くなる。
その悪い雰囲気を壊すようにノンは玄関へと走る。
「お前はうちの人間じゃないだろう!? ったく!」
ササッと追いかけると、玄関ではノンが誰かと口論していた。
その相手の姿を見た冬彦は驚く。
「鬼瓦先生? 一体何の用ですか?」
「えらいこっちゃ! ご主人! こやつは敵です! 魔族の人間です! 証拠にインターホンに盗聴器を仕掛けているです!」
「勝手に何言ってんのよ! 盗聴器を直そうとしたらインターホンを押してしまったのよ! ノンの言ってる事は違うからね淫ら君。じゃあ……」
「待てっ! 裏庭に回ったですご主人!」
「……」
とりあえず玄関から裏庭に周り、よくわからないまま冬彦はノンと共に楓と対峙する。
「先生、家に盗聴器を仕掛けて何がしたいです? 理由次第では学園に報告しますよ」
この無意味な光景に疲れ果てる冬彦は壊れるように呟く。
「本当にえらいこっちゃな……だ。まさか先生が魔族のスパイ? なわけないか」
「エロいこっちゃな? まさかノンちゃんにも手を出してるの淫ら君?」
いい加減にしろ……という脱力感たっぷりの顔で楓を睨みすえる。すると、ビビる楓は自分がこの左家に隠れ住んでいた事を告げた。ノンと一緒に、はぁ? という顔をしながら問い返す。
「……まさか家の屋根裏に住んでいたのか? 生活費にまで手を出してアパートを追い出されたか」
「そんな事いいのよ。貴方の家の冷蔵庫ロクなもん入ってないわね」
「何だお前は? どこかの手先ですか?」
怒るノンは楓と何故か尻相撲で戦う。
その怪しすぎる担任を冬彦は本当に魔族の手先じゃないかと考えた。
そして、うつむく楓からこうなったあらましを全て聞いた。
「ガチャのやりすぎで学園の金に手をつけてしまい家賃が支払えなくなった挙句、俺の家に隠れ住んだ。俺の両親が金持ちで海外出張しているのを知っていて経済的に余裕があると思った……。正直でいいですが、生徒の家に教師が住むのは不味いです。親にもバレたら海外から帰って来てもらう手間が出来るので明日には出ていって下さい」
頭の中の両親の映像がブレて見える冬彦は頭を抑えながら楓を一日だけ自宅に泊め、ノンと同じ部屋で寝かせた。騒々しい二人に辟易しながら自室の机の前に立つ。そこには写真立てがあり、ふと両親の写る写真を見た。すると立ちくらみがした。
(また頭痛か……)
先日のマヒルート戦以降、何故かまともに眠る事も出来ずに頭痛がひどくなり眩暈が多くなっていた。スッとイスに手をかけ自分の机にある見慣れた二人の男女の写真を見て思う。もう一年以上会ってはいないが、仕事熱心な自分の両親であった。
(……)
ふと、無機質な瞳になり言う。
「この写真の二人は誰だ?」
※
K2Wも大詰めを迎え、テンプレ学園の校門にも文化祭の看板が置かれ始め、学園内全体が普段とは違う装いになり、生徒達も普段の制服姿よりもジャージや作業着。喫茶店をやるクラスはメイド服などもいて各々のクラスの特色が出ている。文化祭まで残り三日となった今日は学園全体が全ての仕上げ段階に入り、汗水を垂らして動き回っている。
冬彦のいる2―Cは演劇・江戸前仕置人うんがら仮面を行い、脚本・演出は横山優斗。舞台効果などはクラスメイトの裏方全員。主演の江戸前ピンクは左冬彦。ブルーに藤原英治。イエローに御堂水菜。悪役の江戸前仮面にノン。そして上演場所も体育館に決定し大道具や小道具の準備もあらかた終わり、今日は舞台衣装を着ての通し稽古だった。
『江戸前仕置人! うんがら仮面!』
体育館内に大きな爆発の音響が流れ、三人のヒーローは一斉に敵戦闘員に切り込む――が、
「カット、カットー! 変身後の決めシーンなのに冬彦だけタイミングが合ってねーんだよ。運が悪くガラが悪くとも、全てをゲットして超人になるの後は変身する為の掛け声なんだから一番重要なんだよ。クライマックスまでの大事なシーンなんだからちゃんと合わせろ!」
「チッ、また止めやがって」
「変身前のシーンからやり直しだ。早く配置につけ」
だいぶ疲れが見えてきた2―Cの面々は顔を上げてシーンの頭に戻る。
日に日に厳しさを増す優斗の演出の厳しさにクラスメイト全員は限界に達していた。ただの文化祭の出し物にも関わらずここまで厳しくするのはK2Wを勝ち取りテンプレ学園での実権掌握と卒業後の未来の自分の為と割り切るクラスメイト達は黙って動きだす。しかし、ピンクの衣装を身に纏う冬彦はうんがら仮面の面を外し――。
「……もうお前の自己満に付き合うのはうんざりだ」
「? なんだと?」
「お前はK2Wを勝ち取りたいわけじゃなく、この映像をテレビ局に見せつけ下積みをせずに監督業を行う為だろ? テンプレ学園での生活よりも、その先の就職先を目指している」
そのやりとりを無言で聞いているノンは二人を見た。まるで人を殺すような無機質で鋭利な殺意を込めた瞳で優斗を見る。今の冬彦の台詞を聞いたクラスメイトはそれぞれに思っていた不満が爆発し伝染していく。クラスメイトの罵声は優斗に向けられる。
「汚ねーぞ優斗! 全部テレビ局に売り込む為のもんかよ?」
「そんな自己満の為に私たちは頑張ってるんじゃない」
「お前の手伝いなんかやれるかバカ!」
大勢のクラスメイトから数々の罵声が浴びせられる。
冬彦を中心にしたクラスメイトの視線に優斗はメガホンを床に叩きつける。こんな状況なら真っ先に問題解決に乗り出すノンも顔を強張らせたまま微動だにしない。
(ノンちゃんも味方しないか。完成した脚本が気にいらないと呟いていたから当然だな。優斗はこの作品を私物化しすぎた)
嫌な空気が流れ優斗と冬彦の視線の火花は散り続け、やがて弾けた。
「……お前は昔からそうだ。常に情熱を隠し、自分の為だけに人生を生きてる。だからお前はいつも一人だったんだ。一人で背負い込んで一人で強引に解決するから暴君ハバネロって影で呼ばれるんだよ」
「人は誰でも自分の為に生きてる。当然の事だ」
「違うな。お前は違う。お前は何か問題があれば最後に自分が手を上げる男だ。それが自己犠牲だとわかってたとしてもだ。だから俺はお前に江戸前仕置人の主役を任せた」
「知るか。お前の主観を俺に押し付けるな」
「――暴君ハバネロが!」
駆ける優斗にクラスメイトは呼吸を奪われ身体が硬直する。最近の戦いの日々でこの状況に瞬時に対応し、相手に手を出させてから喧嘩をしかけた否を負わせてから強烈なカウンターで蹴りをかまそうとやや腰を落とす。両者の激情がその拳と足に収束され――。
パン! パン! パン! という手を叩く音が体育館に鳴り響く。
「それまでよ二人共。喧嘩するぐらいぶつかりあうのはいいけど暴力に発展したらこの舞台は中止になるわよ。自分達が正義の味方を演じている自覚はあるの?」
その楓の言葉でクラスメイト達は一様にこの劇は何を伝える為にあるかを思い出す。
そしてこの日の練習は中止になり、このバラバラの状態のまま文化祭当日を迎える事になった。
※
ボボーーーン! ボボーーーーン! パラパラッ……。
壮大な花火の群れが昼の空に散り、テンプレ学園文化祭が始まった。
大勢の生徒の家族や近隣の住民、それにOBである政治家や閣僚など日本の今後を舵取りする人間達もSPを引き連れて楽しみに来ている。華やかに花火が打ち上げられ学園内は盛り上がりを見せるが、まだ開演時間まで時間がある江戸前仕置き人うんがら仮面を上演する2―Cの面々は静まり返っていた。未だ優斗と喧嘩した冬彦は現れず、それどころかノンすらも体育館に現れないのである。その二人は今朝はちゃんと登校して姿は確認しているが文化祭が始まり一般人が校内に入ってきた辺りから誰も目撃していないという。舞台袖で慌てふためくクラスメイトを横目で見ながら腕を組む優斗は、
(あいつらまさかまた魔族と戦ってるんじゃねーだろーな。こんな時に二人揃って消えやがって)
すると、冬彦達を探すと言っていた藤原と御堂の主役二人が帰ってきた。
「左君は全ての男子便所を確認したが居なかったわ」
「飼育小屋にも居なかったぞ。左がいないと色々と困るんだよ」
(こいつらどこ探してるんだよ。相変わらず飛んでやがるぜ。あの教師もこの前は教師らしかったがまたガチャばっかいじってやがるし、どうなってんだこのクラスは?)
開園時間も迫っているのにどうなってるのかと全員が焦る中、体育館の外の様子を見た一人が優斗に報告する。
「もう体育館前に客が並び出してるぞ。どうするんだ?」
「すでに演者以外の準備は揃ってる。時間になったら中に入れろ。責任は俺が取る」
クラスメイト全員がこの状況をどうにも出来ず焦りを浮かべ、未だ現れぬ冬彦とノンを待ちわびいたずらに時間が過ぎていく。
その刻限、冬彦とノンはテンプレ学園の屋上にいた。
ピリリ……と空気が張り詰めるその二人の前には魔族がいる。
流石に文化祭のメインイベントの一つである演劇に穴を空けるのは不味いと思い、冬彦も考えを改め登校してきていたが、校門で変装して待ち伏せていた人魔旅団の挑戦を受ける事になり誰もいない屋上まで来ていた。腕時計を見ると上演まであと十分もないためクラスメイト全員にすまないと思いながら口火を切る。
「屋上までようこそ人魔旅団。まさか文化祭を楽しみに来たわけではあるまい」
「私は人魔旅団リーダーのヒロース。ただの客だよ左冬彦」
「違うですご主人! 奴はただの敵!」
ククッと笑うヒロースはノンを無視して冬彦を見据え、
「私に戦闘意思があると何故思う? 髪の色が違う、肌の色が違えば敵か? 人魔国際条約で人間は魔族である銭形一族の血筋を全て抹殺しない事を条件に大罪人の銭形京介を死罪にした。そして人間と銭形一族の子孫の間には友好関係が結ばれた。それを壊した女に強制的に敵と認識させられているだけだろう。その年齢になって自分で何が正しくて、何が正しくないかも考えられないのか?」
その言葉に怒りを感じながらも、耳に引っかかるものがあった。
「友好関係を壊した? どういう――」
「黙れ魔族っ! ご主人早く戦うです! うんがらげっちょ!」
瞬時に正邪純装したノンは問答無用で襲い掛かる。その激烈な攻撃にマルヒートはマジックロッドを出し応対する。一歩出遅れた冬彦はその戦いを傍観する。ひたすら防御に徹するマヒルートはノンを無視するように語る。
「未来から来た次元を渡る力を得た対価がその身体か? もう調べはついているんだぞ女。そして真実から目を背けるな少年。この現実の本質を理解する義務があるのはお前なんだぞ銭形の遺児よ!」
(遺児……だと? マヒルートも似たような事を言っていた。このまま話を聞いていれば俺の頭痛も治まるかもしれない……身体に流れる桜の血の謎も解けるはず)
唖然としながらも冬彦は何故か消えていく頭痛に喜びを感じた。
そのまま思考が停止し、ヒロースの次の言葉を待つように動けない。
「黙れ! 黙れ! 黙れっ! ここで必ず滅殺してやるぞ魔族!」
「ここまで回復するのに苦労したのに殺されてたまるか」
鬼気迫るノンに異常さを感じながらヒロースの次の言葉が冬彦の心の底を刺激した。
「来い、未来の大罪人よ。心の枷を外してやる」
バッ! と背後の柵を飛び越え真っ逆さまに落ちるヒロースを正邪純装を展開して追撃した。このまま逃せばこの男に文化祭を中止にされる恐れがある。ヒロースの言葉に正義を感じてしまう冬彦は隣で校舎の壁を垂直に駆ける相棒の横顔を見た。それはノンの言う野蛮な魔族に他ならなかった。
※
「……来ないな。もう俺が出るしかないか」
ボールペンをカチカチと何度もノックしながら優斗は冬彦の着る予定のレッドのスーツつかみうんがら仮面のお面を持ち、音響の人間に今日の演目の役者変更を指示した。だが、冬彦の配役は変えられても敵役であるノンの変わりはいない事を言われると、
「敵役は先生に頼むしかない。奴には代役になれるよう台本を渡してたから問題ないはずだ。その方向で準備を進めろ」
全ての下準備を一人でした優斗はぶっつけ本番の今日にかけていた。他のクラスにはバレないように冬彦以外のメンバーは平然とチラシ配りや体育館への呼びかけを行っている。すると、小走りで体育館に戻って来た御堂が口早に言う。
「冬彦君もノンさんも見つからないわ。もう時間だからどうにもならないわね」
「何っ!? 舞台はどうなるんだ? まさか本当にやらないつもりか? ノンちゃんのお姉さんは僕を見捨てるのか?」
ひざまづく藤原は必死に自身の女神であるアダルトノンに祈る。
それを見る優斗はピンクの衣装を持ち、お面を顔につけて覚悟する。
(もう限界時間だ。さっきの指示通りに進めるしかない)
冬彦が来なければもう本当に自分がピンクをやるつもりでいた。あれだけ演出は厳しくした以上、全ての人物の台詞は全部頭に入っている。すでに観客を入れる時間になり、優斗は覚悟を決めクラスメイト全員を集めようとした。
「おい皆、集まってくれ! これから大事な事を……?」
その掛け声で近くの数人が集まって来るが他の人間は何故か外の景色に見とれていた。何だ? と思い入り口に行くと薔薇の庭園と呼ばれる花園が広がる体育館前が騒がしい。美しき薔薇の庭園ではたまに歌手のPV撮影やTVドラマの撮影が行われる事があるが、その盛り上がりとは格が違う。目の前の光景に優斗とクラスメイトは驚愕した。
「何だ? あれは――」
そこでは冬彦とノンが魔族と戦っていた。演劇を見に来ようとしていた客達はその戦いに見入る。今から舞台を見ようとしていた観客達はその戦闘に盛り上げを見せる。クラスメイト達は体育館の入り口で呆然としたままだが、そこに一筋の希望を見い出した優斗は叫んだ。
「冬彦! 中だっ! 只今皆さん! 只今より江戸前仕置人うんがら仮面開演です! 中へどうぞー! どうぞーーーっ!」
勢いのまま観客達を体育館に招きいれ、冬彦とノンは体育館にヒロースを追い詰めていく。戦いは舞台上に移り、体育館の証明が落とされ舞台上の三人のみがライトに照らせれる。すぐさま携帯で音響室の仲間に指示を出し、江戸前仕置人うんがら仮面の開演を知らせる開園ベルを鳴らした。
(よし、これで劇は何とかなった。後は上手くやれよ冬彦にノン)
ようやく一息ついた優斗はビデオカメラがある位置に移動し撮影を始めた。
衆人環視の中の戦いは激化し、舞台上の床や背景などがはじけ飛ぶ。
その中、ヒロースはやや劣勢なこの状況でも笑っていた。
「ククッ、こんなに目立っていいのかな? まさかこの私の姿をメイクで仕上げた魔族とでも設定するのか? この戦いの終わりは私の死か? シナリオライターに聞いてみたいものだ!」
キンッ! キンッ! キイン――ッ! とノンの十手とヒロースのマジックロッドが激しく交差する。
ピッ、ピッ! とノンのワイシャツが刻まれるが、
「でえいっ!」
一瞬の隙をつき、ノンはヒロースの脇腹に強烈な一撃を叩き込んだ。
が、まるでヒロースの鎧に傷は付かず、
「温いわっ、女っ!」
激情を秘めたヒロースの突きが、ノンの顔面めがけて迫る。
「ぬあああっ!」
左手でノンは突きを受け止め、血が吹き出た。
そしてヒロースのがら空きの懐に、冬彦は決死の突きを繰り出した。
ドスッ! とヒロースの腹に衝撃が走るが、鋼鉄の鎧には先程と同じく傷一つ付かない。
「この鎧、バトルアーマーは私のオーラの強さの象徴。女のチンケな十手じゃ傷一つ付かないぞ。左の噂に名高い平次の十手もその程度か」
「それはどうかにゃ?」
カチッとノンは十手の柄のスイッチを押し、炎を射出させた。
ブオオオオッ! と十手の先端から出る炎が鎧の隙間を通りヒロースの本体を燃やす。
「仕込み十手? ぐおおおっ!」
苦し紛れにヒロースはノンを蹴り飛ばし、間合いをとった。
シュウウッ……鎧から上げる煙が消えた時、辺りを異様な殺気が覆い尽くした。
「……」
口を抑える冬彦はヒロースの先ほどまでとは段違いの殺気に息を飲んだ。
そして、自分の身体の奥底で何かが動いた感じがする。
内部を焼かれた煙を払いながらヒロースは笑っていた。
「ククッ、面白い仕掛けだな。それが未来の汎用型十手・普人十手の自然力か。だが、そろそろ茶番は終わりだ。お互いに全力で行こうじゃないか」
ズババババババッ! とヒロースのオーラが増しマジックロッドのパワーが急激に増す。
こめかみの血管が浮かび上がり、全ての情熱を目の前の二人を屠る事に集中した。
両者は大いに盛り上がる観客の期待に答えるように激突した。
「最近、この鬼瓦市の子供が干からびて死んでる事件がここ数日で五件もあった。犯人は貴様等だな?」
「そう、その一人は私だ。次元の狭間から現れた悪女に人魔旅団のアジトを潰され、魔族の姿に変えられてから世界連合からも新たな魔族が人魔旅団を襲撃したと通報され、人魔旅団殺しの犯人が人魔旅団本人達という悲劇を招いた。その逃亡の日々で仲間は散り尻になり、魔族になったが故に枯渇するオーラを回復する術が人間のオーラを吸収する事しか方法が無くてな」
「そんな卑劣な手段を!」
「そうさせたのはお前達だろう! 銭形の血筋を引くお前達だ!」
ギギギッ! と十手とマジックロッドがつばぜり合いになる。観客は最近起こった鬼瓦市の時事ネタを使う脚本に驚きを隠せずリアルなバトルに興奮する。子供達だけでなく大人達もこの演劇でない演劇に夢中になっていた。
「……自分達が被害者だと思うなよ。今までの歴史や悪女から魔族は単純な悪だと教わったお前ではすぐには何が正しいかは判断できまい。何事にも正義と邪悪は混在する」
「貴様等が言うようにノンちゃんが人魔旅団のアジトを破壊し、お前達をそういう姿にしたのは確かなんだろう。だが、お前達人魔旅団は今までは被害者だったが、これからは加害者だ。か弱き者に手を出した以上、これがテンプレだ。学園の規則でもある」
「戦いに学園の規則が適用されるか!」
「されるさ。何故ならここはテンプレ学園だからだ」
「覚醒はしたようだが核心に近づくにはもう少しの時間を要するな。ここで一度幕を閉じるぞ」
スッとマジックロッドの先端に左手を添え、全てを貫くような突きの構えを取った。
硬質なオーラがヒロースの周りを包んでいく。
それを見たノンは右手を顔の正面でかざし叫ぶ。
「炎の十手……開放!」
赤い炎のオーラがノンを包んでいく。両者のオーラが収束し、武器に宿った――。
「マジックバスタードッ!」
「江戸前ボンバー・フレア!」
バシュウウウッ! ブワアアアッッ! と二人を中心にして突風が吹いた。
「うわっ!」
ザバッ! と突風に押され、冬彦は舞台から落ちた。そんな冬彦に観客は驚きのあまり気がつかない。一応演劇の最中だと思い、オーラが弾けた粒子を手で払いながら直ぐに舞台上に這い上がった。
「はあっ……なんて戦いだ……。あ、ノンちゃんは!?」
冬彦が二人を見ると、ヒロースの胸の部分の鎧が破損していて、ノンの方は右腕全体にえぐられたような手ひどい傷を負っていた。それを見た瞬間、ヒロースはさらなる一撃を叩き込もうとしていた。腕を抑えるノンはそれに反応出来ない。
(ノンちゃん! くそっ! 間に合わない……)
完全に間合いに届かない冬彦は手を伸ばしたままヒロースのマジックロッドの先を見つめる事しか出来ない。全てが絶望に染まる中――青と黄色の人影が舞台上を走る。
「――あれは!」
間を割って入るように二人の男女がマヒルートに一撃を入れた。野球バットとトイレのスッポンを持つ青うんがら仮面と黄うんがら仮面の藤原と御堂だった。間髪入れずに冬彦とノンの一撃がマヒルートに決まった。
「バトルアーマーをここまで破壊するとは……この二人、戦いの最中に才能が開花するタイプか……。今回の所は引き上げだ。次は残る人魔旅団全員で来る。楽しみにしていろ」
そう言い、顔を歪めるヒロースは姿を消した。そして舞台の四人は決めのポーズを決めた。
『運が悪くガラが悪くとも、全てをゲットして超人になる。我ら江戸前仕置人! うんがら仮面!』
そして、大盛況の内に第一回目の公演を終えた冬彦達はエンドロールが流れる中、大喝采を浴びながら舞台袖にはけた。そこではクラスメイトの面々が満面の笑みで出迎え、三日前のぎくしゃくする雰囲気は一掃されていた。最後のピンチを救ったブルーとイエローを演じた二人は、
「派手にいきましたね左君。仲直りの策としては有効ですね」
「あ、あんまり派手にいくと漏れるから次はいつも通りにな。で、ノンちゃんのお姉ちゃんは来てるのか?」
戦いの最中での乱入に驚きもしたが、特に怪我もなく二人は無事にいた。そして二人には優斗が口八丁で何とかクラスメイトごとやり込める。
(優斗君が上手く治めてくれたみたいね。ありがたい……?)
ノンは優斗の持つビデオカメラを見て、目を細めた。そして無言のまま誰にも気がつかれず体育館を後にする。一番後ろのパイプイスに座る楓はガチャのカプセルを右手で回しながら今までの戦いの感想を漏らす。
「いいわ……だいぶ強くなったわね。左冬彦」
言うと、立ち上がり体育館から姿を消す。そして、観客席に座る冬彦と優斗は午後の公演に向けて壊れた舞台セットを修復したり交換するクラスメイトを見ながら話す。
「いやー凄かったな。本番がどうなるかと思ったが、何とかなったな。一応、この前の校庭事件とかと同じでフィクションって事にしておいたぜ」
「この前と同じ……か。感謝する。お前には後で聞きたい事がある。放課後に体育館で待つ」
その冬彦の冷徹な瞳に優斗も一つの覚悟を決める。
「わかった。でもよー、大変な事実があんだけど?」
「何だ?」
「次の公演で今と同じ事できんのか?」
ポカン……と口を空けたまま呟く。
「……無理」