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進む日々

 夕方の主婦の憩いの場である鬼瓦商店街は朝の通勤で混雑していた。この商店街を通る地元住民はテンプレ学園に向かう者と鬼瓦駅に向かう者に別れる。朝はコンビニが営業しているだけで他の商店はやっていないが、おもちゃ屋のガチャガチャだけは外に置きっぱなしの為、一人の女がいつも通りガチャを回していた。数多の人間が素通りする中、冬彦とノンの二人も歩みを止める事なく進む。

「こんな朝っぱらから通学路の商店街のおもちゃ屋の前でガチャをしてるのはアイツだけだろう」

「はいですご主人」

 すでにノンも担任である楓に対してのスルースキルを学んでいた。しかし冬彦の目は時折、楓の方に向いている。

「でもご主人。あの人パンツはいてないです」

「は?」

 チラッと横目で見ていたが立ち止まりじっくり見た。が、すぐに自分の股間がつかまれ我に帰る。

「実はノンもムズムズするからはかないです」

 ペロッとスカートをめくろうとするノンのスカートを抑えた。

 そんなやりとりをしながら教室につき朝のホームルームの時間になる。

 その話し合いの内容は文化祭の話で、ノンが企画し優斗が脚本を担当した江戸前仕置人の申請が通り予算が下りた事だった。つまり、舞台・江戸前仕置人うんがら仮面は文化祭で行われる事になったのである。その主役として決まっていた冬彦はノンのこの退屈な学園生活でヒーローになれると諭され、自分が周囲の人間とあまりにも希薄な関係を少しでも変える為に挑戦をしてみようと思った。それは人魔旅団との戦いでついてきた自信がそうさせたのが大きい。ノンや優斗がクラスメイトに舞台のおおまかな説明と仮の脚本を与え説明していた。もらった仮の脚本を眺めつつ、相変わらず窓側の一番前の席でゲットしたガチャを広げながら鼻ちょうちんで熟睡する楓を見た。

(あいついつも寝てたわりにはちゃんと学園に申請して承認にこぎつけさせたのか。誰かレアのガチャで買収したんじゃないだろうな? あいつはガチャで学園の予算をつぎ込んでいる疑惑がある)

 2―Cのクラスの出し物は戦隊物・江戸前仕置人うんがら仮面である。ノンから色々と話を聞いた所、十年後の未来で新規で始まる人気作になっているらしい。現代は少子化が進み現代では今やっておらず、たまにやる再放送のみで戦隊物は灯火の状態である。

(未来ではイケメン俳優を使い子供だけではなく母親を取り込み、昔の視聴者であった父親にも視聴させる。そこで昔の俳優も起用しかつての子供心を取り戻させ、家族全員で楽しめるコンテンツにした。それをこの現代で先駆けてやるってのがノンちゃんの考えらしいが、よく優斗も乗り気になったもんだ。映像好きの血って奴か?)

 話は進んでいき正式にリーダーのピンクは冬彦、ブルーは藤原、イエローは御堂と決まる。下りた予算で舞台上のセットや小道具、すでに用意されていた数パターンの衣装から一つにデザインを決め、主演の冬彦達の身体の寸法なども測りこの一日で文化祭に向けた準備が一気に進んだ。そして放課後になりクラスメイトが帰った教室で話す。

「……これは未来でヒットするうんがら仮面のパロディなのか。でもノンちゃんが脚本を書かないで大丈夫なのか?」

「大丈夫です! 優斗君は何故かスラスラといい脚本を書いてくれているです」

「そうか。で、ノンちゃんが悪役でいのか?」

「大丈夫です。舞台の悪役はノンに任せるです。アダルトに攻めるです」

 その時、教室の扉が開きブルー役の藤原とイエロー役の御堂が入って来た。言葉数の少ない大柄の藤原をフォローするようにショートカットの御堂は言う。

「探しましたわよ左君にノンさん」

「仮の台本でも読み合わせは必要だろ。緊張するのも解消できるだろうしな」

 その二人が現れた為、仮の脚本で台詞の読みあわせをした。始めは緊張で声も出なかった冬彦も藤原と御堂に慣れていくうちに役に入るようになり、ヒーローのような感じの声になってきた。一時間が経ち暗くなってきたため帰宅する事にした。喉をおさえる冬彦は岐路の道で呟く。

「あー、しんどいな。ヒーローって疲れるわ」

「そうだな。この舞台は案外ちゃんとしてるし楽しそうだ。あの校庭で戦ってたのはこの時のデモンストレーションだったのか?」

「あ……あぁ。そうみたいだな。テンプレ学園OBのサクノお姉ちゃんがたまたま来てたらしい。劇団の練習とか言ってたかな」

「へぇ、あのお姉さん最高だよな。ノンちゃんも悪役なのにがんばるみたいだし尊敬するぜ」

「あぁ。あの姉妹は行動力があるんだ。そう……凄い姉妹だよな」

 焦りながら藤原の質問に冬彦は適当に答える。夕方の鬼瓦商店街は人が多く、食べ物屋の香りが空腹の腹を刺激する。何故か普段食べたいとも思わなかった肉が食べたいと思い、通り過ぎる肉屋のからあげの匂いに唾液が口に溢れた。すると、後ろを歩いていたノンと御堂の二人は揚げ物や菓子パンなどを食べながら歩いている。ノンは餌を待つ小鳥のように大きく口を開け御堂の手にある食料を待っている。

「やけに女子チームは仲がいいな。完全にノンちゃんは御堂に食で篭絡されてる」

「御堂はかわいい女の子が好きなんだ。たまに学園で問題になってるの知らないのか?」

「知らん。が、ノンちゃんのコントロールはあいつに任せればよさそうだ」

 いつのまにか自分の手から離れていく妹のような存在のノンを兄のような暖かな気持ちで見つめていた。そして二人は前を歩く冬彦達と合流しノンは一人口をモグモグさせながら歩く。その最中、ふと首をかしげる藤原は言う。

「……でもこんなに面白い戦隊物は何で放送されなくなったんだ?」

「子供が少ないから放送しなくなったらしいな」

「それだけが問題じゃないわ」

 モグモグから揚げを食べるノンの頭を撫でながら御堂は言う。

「少子化の影響でおもちゃの購買も限界があり、元々戦隊物を見て育った大人の引き込みに失敗したのよ。十年前の人魔戦争の消費で娯楽にかけるお金が無かった面も影響もあるみたいだけど実際はわからないわね。世界政府が出してる答えが全てじゃないだろうから」

「そうだな。魔族っても本当に悪い奴ばかりじゃないだろうし。じゃなきゃ銭形平次がやった事を民衆が認めず、語り継がれる事はないはず」

(この二人、自分の意思がちゃんとあるな。だからあのクラスで多少浮いた存在だったのか。あのクラスに悪い奴はいないが、全員が自分の事を中心に考えているから結束力が無い。しかもいい会社に入りたいという欲求が平均的な枠に収まってしまう悪循環に陥らせている。そんな俺も今まではそうだったが……)

 そんな自分の変化が嫌いだった食べ物を食べてみたいと思える原因なのか? などと思いながら仮の脚本の話になる。シナリオは荒廃する未来からやってきた三人の人間がうんがら仮面として未来に悪人になる少年を倒す話。その話をしていると、御堂に買い与えられた物を全て食べ終わるノンが言う。

「この話は現実になり未来も変わるです」

 そう、冬彦に冷たい目で見るように言い、一瞬の殺意のような瞳が周囲の二人にも伝染しようとするが――。

「はむっ」

 ズボッ! とフランクフルトを口に突っ込まれノンは苦しみながら喜び、御堂は妖艶に微笑む。すると、まだ口にフランクフルトをほおばらせるノンは御堂と考えた変身ポーズをやって欲しいという。

「ごひゅじん……うんがらげっちょの変身ポーズは浣腸……いえ、忍者のニンニンポーズです。ね、水菜ちゃん」

「えぇ、ノンさん」

 フフッと二人は笑いながら微笑み合う。ピクピクッ! と右頬を引きつらせる冬彦は、

「浣腸……って、今浣腸って言った! 絶対言った! 今度は聞き逃さなかったぞ」

「違うです」

「今浣腸って言ったよね! げふっ!」

 女子チームの渾身の蹴りが冬彦のケツにめりこんだみ同時に飛び上がる。

(ぬううっ、痛い。まぁ……演技だと思ってやればいい。戦闘中はやらんぞ。絶対!)

 そう思いながらおもちゃ屋の前を通り過ぎ、尻を抑える。初めての戦闘でアダルトノンに変身した事を思い出し最近トイレで大をする時に感じるケツの痛みを訴えた。

「最近痔になったかもしれないぐらいケツが痛いんだが。あの初戦の校庭での浣腸が効いてるな。何か仕込まれたか奪われたかのような不快感がある」

「痔? 貴方そんなプレイしてるの? ほんと淫らね!」

『――楓先生!?』

 またもやガチャガチャをしている楓と遭遇し、五人になる面々は多少の会話をし冬彦の鋭い話でおいしい展開を迎える事になった。

「実際の戦隊物は五人のキャラがテンプレらしいが、誰かさんの予算使い込みにより三人になった。別に俺はどうでもいいんだがな」

 ギクッ! とした楓は人目もはばからず狸寝入りをする。

 そして、気まずくなった楓に夕食のすき焼きをおごってもらい四人は結束を深めた。





 江戸前仕置人うんがら仮面は着々と本番に向けて進行し、クラスメイトの各々は自分の役回りをこなしてK2Wの一日、一日を過ごしていた。すでに優斗から渡された完成された脚本を片手に、その内容を下校中に読む。三十分近くある劇の台詞は主人公故に多く、変身後も仮面をかぶりスーツを着て戦いながら台詞を喋るのが非常に辛いだろうなと思った。今日はノンと一緒では無く、ブルーの配役になる藤原とイエローの配役になる御堂とで下校していた。渡された台本を公園で読み合わせる為である。眼鏡をかけている御堂は冷ややかな目で言う。

「私はもう暗記しました。二人はどうですか?」

「ぼ、僕は後もう少しだな。それよりも左はどうだ? そして左はノンちゃんのお姉さんとはどういう関係なんだ?」

「ん? あぁ……」

 やや無口でショートカットの御堂はすでに台本そのものを暗記したらしく、隣にいる鼻息の荒い藤原はノンがテンプレ学園校庭で戦闘をして以降、冬彦がノンの姉だと嘘をついたアダルトノンについて遠まわしのようでいて明らかに直線的な言葉で聞いてくる。その会話を上手く流しつつベンチに座り読み合わせに入る。御堂はすでに台本を持たずに台詞を自分のものとして話し、藤原は不器用ながらも感情を込めて話す。冬彦も慣れないながらも役になりきるように言葉を出す。五分以上が経過し各々が役に集中し出した時、御堂の台詞が止まる。

「……?」

 すると御堂は眠るように瞳を閉じており、藤原は口を空けたまま完全に寝ていた。

 今の今まで読みあわせをしていた人間が寝ることなど有り得ない。 

(どうしたんだ二人共……。何だ? 目の前が歪む……敵? ならうんがら……いや、ここで変身は不味い)

 クラクラッ……と急激な悪寒と眠気が襲い掛かり目の前の景色が歪み倒れる。

 周囲の人間も眠りこけており、明らかに異常な光景が展開していた。

 すると、大柄の両耳に銀のピアスがある紫のマントをはおる人魔旅団の男が現れた。

 見覚えのある男の顔に冬彦は驚愕する。

「お前……ノンちゃんが現れた時に校庭で戦った魔族。生きていたのか?」

「あんな所で死んでたまるかよ。この短期間で変身もせずにポイズンパヒュームにここまで耐えるとは成長したな。流石は銭形の血を引く者か」

「……何だ? 良く聞こえないぞ?」

 フラフラと目の前が歪んだままの冬彦は立ち上がりながら言う。

 その男は眠る二人を抱え、立ち去ろうとする。

「俺は人魔旅団のマヒルート。返して欲しければ一人で鬼瓦埠頭まで来い」

「何っ!? 待てっ!」

 シュンッ! とマヒルートは姿を消し、冬彦は地面に倒れこむ。

 やがて朦朧とする意識がはっきりしだしガスッ! と地面を叩く。

「くそっ! あの二人が攫われたのは俺がうんがらげっちょをためらったからだ。ためらいは自分と仲間を殺す……」

 ふと、この鬼瓦公園で殺した人魔旅団のマルコとルイードの最後の瞬間を思い出す。あの場面も迷いが心を支配し、何も抵抗できない敵を本能のままに殺してしまった。あの瞬間は殺さなければ殺されていたが、今も死ぬ寸前の最後の顔が脳裏に焼きついて離れない。だが、この一件で吹っ切れた冬彦は感情の流れるままに楽な選択をした。

「今度は容赦なく殲滅する。そしてボスの江戸前仮面を引きずり出し抹殺してやる」

 心に怒りの炎を灯し、マヒルートが言う鬼瓦市の海運業が栄える鬼瓦埠頭に向かった。





 鬼瓦埠頭――。

 その鬼瓦市だけでなく関東全体の海運業を担う巨大埠頭は海外の物資を輸入、輸出する日本の玄関の一つであった。そこは無論、昼夜問わず作業員がおり物資が動き続けている。監視をしながら歩く警備員に気取られぬよう慎重に冬彦は埠頭の奥へと進んで行く。地面には道標のように微かなオーラの反応がある赤色の発光がある。触れてみるとその発光の元は人間の血で、手の平が赤く染まる。

(この血はあの二人が抵抗した時に流れたものと考えて間違いないな。生きていろよ……まだ文化祭は始まってもいないんだからな)

 様々な思考を巡らしながら進み、海に近い静まり返る倉庫の一角で倉庫の扉が開いている場所があった。その中に無言のまま入り、自分で扉を閉めて奥へと進んで行く。すると、薄暗い倉庫の中が急に明るくなり、ピンクの髪にマントで身を隠す尖った耳の大柄の男が姿を現す。

 その男の足元には血で描かれた五亡星があり何故か桜が大量に敷き詰められていた。男は左肩が痛むのか抑えながらマントのフードをはぎ取ると、不気味なほど白い顔の魔族・マヒルートが現れた。

「約束通り一人で現れ、自分で扉を閉めるとは関心だぜ。過去の戦いの状況は仲間からの連絡で知っている。やはりお前は俺達とあるべき存在だ」

「戯言はいい。俺の仲間の二人はどうした?」

「後ろで寝ているよ」

「!?」

 その言葉の通り、藤原と御堂の二人はマヒルートの更に背後にて真空のオーラのバリアに包まれて気絶していた。制服に切り裂かれた跡や乱れがあり、血が付着している箇所も見受けられる。徐々に冬彦の怒りが上昇し、首にあるペンダントの十手にオーラを込めて実寸サイズに具現化させた。

「そこまでいたぶる必要はあったのか?」

「反抗したからこちらも反撃したまでだ。当分は目を覚さないだろ。この二人にも才能があるから殺すわけにはいかないからな。バリアで守っている以上、この二人には俺達の戦いによる被害はいかない。これなら平次の十手の力を思う存分使えるだろう?」

「フン。ここには貴様一人か? 貴様等のボスはどこにいる?」

「ボス? 何の事だ? 俺達のボスはあくまで世界政府。人魔旅団はアメリカ人で構成される外郭団体として活動しているが個人が生み出した組織ではないぞ」

「未来で悪人となる男の事だ……いや、十年後の未来で悪人になるなら現代じゃまだ子供? 単純な事を失念してたな」

 ふと、思う冬彦はノンにその事を聞かなければと思うと同時に何故、細かい江戸前仮面の話をしないのかが気になった。それを見つめるマヒルートは、

「お前……そうとう悪女に仕込まれてるな。使えると思ったが始末した方がいいようだ。こいつらもやはり消すか」

「貴様ーーーーーーっ!」

 瞬時に正邪純装した冬彦の十手がマヒルートに炸裂する。しかし、マヒルートの皮膚には当たる事が無く、真空のオーラバリアで弾かれた。

「何という速度、パワー……平次の十手の貫通力とはいえ俺のエアースキンを破壊するとは。魔族と戦い合った十年前でもこれほどの敵はそうそうめぐり合えなかったぞ」

「あのバリアはこれと同じものか? ならお前を倒さないと解除されないんだな?」

「激情の割には冷静じゃないか左冬彦。まさか人魔戦争での人質がこういう形で人間に手を貸すとはな。銭形京介も所詮は人の子か」

「人質をとってるのは貴様だろうっ!」

 バシッ! と更に一撃を加えるがマヒルートのエアースキンは破壊できるもののその先にある肌までは攻撃できない。今の正邪純装は完全ではなく、この戦いの中で成長するしか勝ち目は無い。

(今の限界の力でも奴のバリアを突破できないなら勝ち目は無いな。ノンちゃんもいないし、ここは俺が何とかするしかない。せっかく出来た仲間を殺されてたまるか……俺の学園生活はやっと楽しくなってきた所なんだ!)

 その思いが右腕の力を増幅させ、全てのオーラが右腕のみに収束する――。

「仲間を助け文化祭は成功させる! 消えうせろ魔族っ!」

「その程度のオーラでは効かん……なっ、ぐっ――はああああっ!?」

 ズバッ! と繰り出された江戸前ボンバーがマヒルートの腹部を直撃する。その勢いで背後の二人のバリアに激突し破壊した。全ての力を右腕一本に集結させ攻勢に出る。

「よしっ! これなら勝てる!」

勝機をつかんだ冬彦は一気に攻め立てた。その刹那、冬彦の目の前が歪み始めた。

(……この感覚どこかで――まさか!)

「忘れていたようだな。俺には魔族を取り締まる用にポイズンパヒュームがあるという事を」

 薄く散布されていたポイズンパヒュームはいつの間にか冬彦の体内を蝕み、平衡感覚を失わせていた。気を失う冬彦は正邪純装が解除され倒れた。

「この二人は仲間の元に連れて帰り暗示を施し新たな戦力として人魔旅団の駒として使う。お前も俺達の仲間として正しき事実を教えてやる」

 気絶する三人を一まとめににし冬彦を担ぎ上げようとすると、倉庫全体が爆発したような衝撃が走る。目元を細めるマヒルートは倉庫の出入り口を見た。外に張っていたバリアが破られ、侵入者は更に鉄の扉に攻撃を始めた。ズゴンッ! と鉄の扉が勢いよく吹き飛ばされ静かな倉庫内に鉄の残響が響き渡る。

「桜の呪いでそんな姿になっているとは哀れなものだな。悪女め」

 そんな言葉を気にもしないノンは、はだけた背中の桜吹雪を隠そうともせず無言のまま進んで来る。外に張っていたバリアにハッピや皮膚をズタボロにされて満身相違の状態にあった。ノンはマヒルートとその先に倒れる三人の仲間を見据えた。

「桜吹雪の呪いは辛いなぁ。俺達は人間でるあるにも関わらず、人魔旅団の全ては桜吹雪の呪いで魔族の姿に変えられ、世界連合すらも我々を敵視し追撃してきた。この姿に変えられ、今まで数々の仲間を殺された恨みはここで晴らす」

「無駄口を叩くな。こんな毒の香りなど十手のオーラを薄く全身に纏えば効かない。うんがらげっちょが出来ない今のアチシでも耐えられる」

「お前に効かなくてもこいつ等には十分な効き目だ。マルオ姉妹からのデータだと桜吹雪の呪いにより全盛期のような力は使えないようだな。桜吹雪を実際に使う奴など初めて見るよ。それがこうゆう悲劇をもたらすという事もな。次元率を変えてまで何がしたんだお前は?」

「黙れと言ってる」

 冷たい殺意を抱き素早く十手を仕掛け続けた。ババババッ! という攻防にもマヒルートの優勢には変わらず、戦闘中に問いかける言葉の全てを無視してノンは攻撃のみに集中する。マヒルートは早く戦闘を終わらせたい意味が身体能力以外にあると確信した。

(この女の真意は読めた。世界連合外郭部隊・人魔旅団を敵に回した事を後悔させてやる)

何故かノンを蹴り上げた後に冬彦を投げ飛ばして来た。それを受け止めると、冬彦は目を覚ます。その間、ノンに空間に舞う毒の対処法を学ぶ冬彦を見据える。そのピンク色に染まる髪に微笑み、

「女が答えないなら左に聞こう。あのマルオ姉妹を殺したのもお前か?」

「姉妹? あの魔族は男の兄弟だぞ?」

「ご主人! 下がって!」

「黙るのはお前だ悪女め! 俺は人間だっ! 魔族を討伐する人魔旅団のコードネーム・マヒルートだ!」

「どう見たらお前が人間なんだ? 銭形一族の魔族はピンク色の髪で肌が白く、耳が尖っている。お前はどう見てもただの魔族でしかない」

 その冬彦の答えに溜息をつくマヒルートは、

「お前とて同じ姿だろ? 銭形の末裔よ?」

「……」

「お前は無知だ。世界に立ち向かわなければいけない立場に気付かず、全てを知らないまま悪女に操られている。だからゲームやマンガや教科書で得た知識で勝手に俺を魔族認定してる。マルオ姉妹が言わなかったか? 元々の姿から変えられたという事を」

 瞬間、自分が殺めたマルオ姉妹の姉・マルオの姿と言葉を思い出す。

『助けてよ……どこまで私達を殺せば気がすむの? この変身能力だってあなたの呪いから姿を変える為にしたものなのに――』

 マルオ姉妹の変身能力から元に戻る姿は黒の髪に肌色の肌。そして青い瞳という普通の人間の特徴そのものだった。その言葉の全てはノンに向けられていた。そして驚く冬彦は後ずさり、

(何だ? 俺は何かとてつもないパンドラの箱を開けようとしているのか……)

「話そうにも悪女がいる限り、話にならん。まずは戦いを終わらせる」

 問答無用でマルヒートは襲いかかってくる。

 手に持つマジックランスをノンは十手で防ぐ。

「ご主人! 早く変身を!」

「わ、わかった。……うんがらげっちょ!」

 正邪純装した力で攻め立て、二人は攻勢になった。流石に二対一は厳しいのかマヒルートの言葉も無くなる。ノンが陽動をかけ冬彦がオーラを集中させた一撃必殺を繰り出す戦法はこのままだといずれ決まるだろう。素早く後退するマヒルートはコンテナの上に上り指を弾いた。

『――!?』

 突如巻き起こる巨大な換気扇からの逆風がマヒルートの真空の力を上げた。

「換気扇を逆風にし風を強くした……これでエアースキンは強化されたぞ」

『!』

 すでに一箇所集中の一撃は見切られ、反撃の手立てもなくどうにもならない。ノンの体力もなく、二人は防戦一方にありこの状態も長く続かない。再度エアースキンの衝撃に屈した二人は倉庫の壁に激突し倒れこむ。冬彦は苦悶の表情を浮かべて薄れゆく意識の中、初陣でアダルトノンに変身した事を思い出した。

(アダルトは偶然の産物で次に使ったらノンちゃんの精神を消滅させてしまう……ならばどうする? オーラの力で勝っていても攻撃が当たらないんじゃどうにも……)

 悠然と迫るマヒルートは両手をこれから執刀する医者のように構え迫る。

 その極限状態の中、冬彦の瞳にノンの十手が映った。

「一本だけじゃ無理だ。二本なら勝てる」

「二刀流? そんなの聞いた事ないです! ……へたしたら死ぬですよ?」

「未来の俺には平次の十手を完全に扱える才能があろんだろ? アダルト状態になれないならこの方法しかない」

「ならアダルトになって戦った方が――」

「俺の家族は俺が守る! 誰かの犠牲で勝つ戦いで勝っても何も残らない!」

 息を呑むノンは鬼気迫る冬彦をまじまじと見据える。

 それに気がつくマヒルートは猛然と迫る――。

「早くしろっ! 俺たちは文化祭をやりとげるっていう目標があるだろう!」

「……はいですご主人。その覚悟が力を生むです!」

「って浣腸じゃなくて違う方法でオーラを――あうっ!」

 瞬間、シュパアアアアッ! と互いのピンクと赤のオーラが弾け、倉庫の内部をまばゆく照らした。

「なっ、何だこの光は? これはまさかテンプレ学園の校庭で見た、人間と人間が同化する桜吹雪の禁呪法の一つのアダルト化? 何度も出来るものかよ――」

 驚くマヒルートはあまりのまばゆさに何も出来ず立ち尽くす。

 やがてピンクと赤のオーラは晴れていき一人の戦士が姿を現す。

 完全なる正邪純装――。

 衣装はピンクの着物に手甲、脚絆で四肢をかため腰に十手を差し、着物の上に白い羽織が展開し両肩に一両の絵柄に一枚の桜の花弁が描かれた銭桜の御紋。背中には粋に仕置人の文字が映える。その姿――まさしく伝説の江戸前仕置人・銭形平次――。

 その威風堂々の若頭ともいえる姿に背後にいるノンは敬服し、

「本物の銭形平次みたいです」

「いや、俺は織田信長の方が好きなんだが」

 話す二人にマヒルートは完成された冬彦の正邪純装に心を折られそうになる。その圧迫感たるや伝説の銭形平次を相手にしているかのようで迂闊に攻撃はできない。

「平次の十手の使い方をマスターしたか……だが、全てを戦闘中に使えるようになるには圧倒的に経験不足だ!」

 喜ぶ二人を引き裂くようにマヒルートは特攻する。力を使い果たしたノンは下がり、冬彦とマヒルートとの一騎打ちになる。シュンッ! シュンッ! シュンッ! とまるで瞬間移動をしたような速さと強烈なパワーの十手が血の雨を降らせる。たった三撃で致命傷を負わせ、宙を舞い倒れるマヒルートに止めを刺そうと駆ける。

「――っ?」

 突如、胃の中から嫌なものがこみ上げ、血を吐いた。

 その姿をマヒルートは倒れながら解説する。

「その出来上がってない身体では十手のパワーについてこれないんだよ。俺を倒す前に自分が死ぬぞ」

「黙れ。あともう一撃で倒せるんだ……」

「未来の覇王も過去ではただの学生か。あの女を信用してると命が――」

 ズバッ! と歪な口に鬼神の如き十手が一閃し、口元が潰れた。赤い血がおびただしく地面に流れ落ち、地獄の業火の釜で煮られる罪人のような暗く、重い呻き声を上げてもがいている。冷たい空気が流れる倉庫に温い嫌な空気が流れた。ぐっ……と右手で握る十手に力を込めたまま、数秒の間暗い瞳でノンはマルヒートを見据える。

「……雑談は終わり! この江戸前仕置人ノンちゃんが、ビシバシ! としばいてやるです!」

 瞬間、いつも通りの表情に戻ったノンは口元を抑えマジックランスを構えるマルヒートに突撃した。すでに瀕死のマヒルートにはオーラのないノンに対抗できず、執拗に顔面への攻撃を集中させる。無駄な会話を一切せずにマルヒートを倒し、ノンは胸元を抑える。ふうっ……と息を吐きながら冬彦は右手の十手にかすかなヒビが入るのを見た。それをノンに伝えようとするとノンの瞳は何かを見据えていた。

「ん?」

 血まみれで地面の上に転がるマヒルートの姿は変化していた。髪の色は黒髪になり、白い肌は人間と同じ肌色に変わっている。これは普通の人間としか言いようがない。

(こいつ本当に人間だったのか……なら人魔旅団は全員人間?)

 魔族の姿だったマヒルートが瀕死になり人間の姿になった事に疑念を抱く。

 その冬彦の腕をスッと力強く握るノンは、

「やりましたねご主人! 十手が覚醒しました。平次の力を得た今なら江戸前仮面も倒せます!」

「とてつもない力だ。この力を安定して使えるようになれば世界とて変えられる」

 強い自信に満ちた冬彦はその力の波動に酔いしれるかのように言う。それは人魔戦争の大罪人である銭形京介と同じ横顔をしていた。同じようにノンも頷き言う。

「それが、平次の十手がもたらす力。ご主人が悪を倒す為に作り出した武装・正邪純装の完全体」

「これが、完全な正邪純装……未来の俺の力……」

 十手の純力で精製された全身を覆うオーラ。

 そのオーラが体力を食い尽くすような力の波動を放っている。冬彦の全身から急激に汗が流れ初め、動悸が激しくなる。吐く息も荒くなり、目の瞳孔が開いた。急激な体力の低下に、冬彦は江戸時代から伝わる古びた十手――平次の十手に寒気と恐怖を感じた。

(まるで寿命そのものを引き替えに純装を展開している感覚がある……こんな力を手に入れたら本当に大罪人の銭形京介のようになっちまうぞ?)

 十手に力を奪われ過ぎて苦痛に歪む冬彦の右手に、ノンの手が触れた。

「ご主人、その力で止めを。未来の貴方を殺した種族に断罪の一撃を」

 その言葉を聞いた冬彦の意識は弾けた。

 未来の自分を殺した種族・銭形一族――。

 今の自分を殺しそうな江戸時代から銭形一族に伝わる力、平次の十手――。

「最後に元の姿に戻れたか……必ずお前は俺が殺す。カレー食って気合入れてまた来るぜ。禁忌を犯した者の力を覚悟しておけ」

 左肩を抑え、死の淵にあるマヒルートの微かな声で冬彦の動きが止まる。

 ここでマヒルートを殺せばもう自分は引き返せない船から二度と下りられないような気がして躊躇いの心が浮かんだ。その光景に苛立つノンは叫ぶ。

「……ご主人! 早くとどめを!」

(わかってる……わかってるさ。俺には敵を、魔族を倒し続けなければならない。未来の自分と今の自分を守る為に! でも、このマヒルートの言っていた事は何だ? 俺は何か大事な本質を見落としてるんじゃないのか? 俺だって魔族の血を引いている……今の歴史が間違ってるなら、俺のやっている事は本当に正義のヒーローなのか……)

 過去の歴史書で読んだ英雄豪傑が脳裏に流れていく。

 戦国から幕末までの偉人達が流れていき、その歴史の流れに自分も乗るはずだった。

 ふと、マヒルートと目が合う。

 その目は真っ暗で何も宿してはいない。

 闇に引きずりこむような瞳に苦痛を感じ、瞳をそらすとノンと目が合った。

 その奈落の闇でしかないノンの急かす瞳に冬彦は瞳を閉じて微笑んだ。

 その微笑を試すようにノンは視線をそらさない。

 真っ白な能面のような笑みをノンが瞳に焼き付けるように見据えると――。

「うわああああああああっ!」

 思考と肉体の苦痛から逃れるように冬彦の十手は一閃する。

 静まり返る倉庫の内部が桜色の閃光に染まり、断末魔がこだました。





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