表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

K2W

 K2ケーツーウィーク――。

 テンプレ学園の二学期の半ばからの14日間。それをキングダムツーウィークの略称としてK2Wと呼ぶ。学園の生徒は一学期の終わりから文化祭の準備を始め、だいたいのクラスは夏休みも利用して影ながら文化祭の準備に取り組む。K2Wを制する者は学園祭を制し、その後のテンプレ学園を制す――。

 大半の生徒達の頭には常にその言葉があり、それを制する為に躍起になって動いている。学園祭は学園に融資してくれている企業のアピールの場でもあり、その企業の未来の人材育成を担う為の授業の一環でもあった。文化祭終わりに全校生徒内で投票を行い、ランキングを決める。その一位になったクラスには学費の免除と優先して冬のクリスマス行事の全てを自由に出来る権利が与えられる。この行事の進行をする事は、大企業への就職や財界や政治関連へ進む大きな足掛かりとなっていた。それは、一流のエンターテイナーを育成するという方針を掲げるテンプレ学園の未来像でもあった。全学年、全クラスが切磋琢磨するK2Wの中で、冬彦は何をしているかと言うと――。

「それは違う!」

 物凄く激怒していた。その冬彦の鬼気迫る叫び声に、教室の中は静まり返る。

 騒然とする教室の中、当たり前のようにノンが教卓の上に乗り、タクト振るう指揮者の如く冬彦を説得する。その傍らでは、自分の机にロボット物のガチャをズラリと並べ楓がイビキをかき鼻提灯を膨らませ眠っていた。クラス中が見つめるその舌戦を、優斗はひたすらハンディカムで口元をニヤニヤさせながら撮影した。文化祭の出し物で演劇を提案した優斗にノンが大いに賛同し、主役をやろうというノンとやらされる冬彦が対立している。

「だから特撮なんてやらないぞ! やるわけが無い!」

「やるですよ! 少子化のこの時代でも、大人も虜に出来る作品に仕上げれば、必ずヒットしますです!」

「だーかーら! 何故、それをテレビ局でも無い俺達がやる? アマチュアのコスプレショーに何の意味が?」

「そーれーはー! ワチシ達が戦隊物を復活させ尖兵になり、堂々とテレビ局に戦隊物の復活をアピールし、企画をそのまま押し通すです!」

「押し通すのは構わんが、俺が主役である必要性は無いだろ? 俺は断固辞退するぞ!」

 その叫び声で起きたのか鼻提灯が割れて目覚める楓は、

「……ケツでイク? 何を逝ってるの卑猥君!」

「逝ってもいないし、卑猥じゃなく左です。ケーツーウィークです。あんたが入るといつも話がおかしくなるんだよ!」

「K2Wとは来年のテンプレ学園の行先を選択出来る王になる為の二週間である。二年生になれば大体のクラスは一年の時に文化祭を制する者はK2Wを制すという言葉を理解し、夏休み前にはクラスの出し物の候補が第三候補まで上げられている。夏休みが明けて各学年各クラスの出し物を知り次第同業他店との競合に勝てるかを討論し、やる催しを決める寸法にある……んでしょ?」

 最高の棒読みでK2W手引書なる物を読む楓は自慢げに言う。それは冬彦の怒りの炎にさらなる油を注いだ。微笑むノンは言う。

「流石先生はわかってらっしゃる。だからワチシ達は江戸前仕置人をやるです」

「……そんなのテンプレではない!」

 ドン! と机を叩き、冬彦は鞄を持って教室から出て行った。その後ろ姿まで撮影し、ビデオカメラの電源を切った優斗は溜め息をつきつつ冬彦を追って出て行くノンを見た。

「やれやれだな……」

『……』

 未だ出し物の内容が決まらないクラスは2―Cだけであり、文化祭を制するにあたり余りにもまとまりが無く、他のクラスより出遅れている現状にクラスメイト達は本当に昨今流行らずにTV放送さえされていない戦隊物で行くのかどうか? という議論をし出した。しかし、議論を重ねて優斗が先日の戦闘の話題を出し意表を突いた戦隊劇をやる方向で話はまとまったものの、裏方はいいが演じる側については誰もやりたがらず主役に推されていた冬彦の不在に優斗は多少のイラ立ちを覚えた。

(チッ、暴君ハバネロの奴……こんな時にバックレか。これが成功すれば、俺は一気に監督業が出来る男になれる。このチャンスは逃すわけにはいかねぇ……冬彦の不思議な力は必ず金にもなるし、映像にも映える……)

 思いつつ衣装と舞台設定について話す教室内を眺めていると、2人の男女が優斗の前に現れた。このクラスでちょっと浮いた存在のショートカットの悪魔の頭脳と影で呼ばれる御堂水菜と短髪大柄のいつも読書をしていてほとんど人と話さない藤原英治であった。唇に手を当てる眼鏡の御堂が妖艶な口調で言う。

「私達が手伝ってもいいわよ?」





 鬼瓦市を一望出来る高台の丘にある鬼瓦市民公園。

 中央に大きなこの公園の象徴である照明塔があり、整備された天然の緑の芝生が一面に敷き詰められ、木々や様々な花が植えられている。そこには平日は散歩をする老人や遊び場になり、週末にはカップルなどが訪れるデートスポットでもあった。鬼瓦市を見渡せる夜の夜景は闇夜に輝く虹であり、非常に綺麗な夜景である。その入り口の売店でカルピスソーダを飲む冬彦は、一気に缶の中身を飲み干し、くっー! っという炭酸を感じる顔と共に空き缶を握り潰した。

「あーくそっ! 俺は人魔旅団の連中と戦っている以上、劇などやっている場合じゃない

んだ! 何故ノンちゃんはそれがわからない!? この時期に普通の学生生活なんてし

てる場合じゃ……第一あんな金のかかる劇に予算が下りるはずが無い」

 不快な気持ちを吐き出すように、冬彦は空き缶をゴミ箱に投げた。瞬間、冬彦の顔が青ざめる。一人の子供が投げた空き缶の方向に飛び出して来たのである。呆気に取られるまま子供に駆け寄り、

「すまん! 大丈夫か?」

 へへへっ……という顔をし、その子供は笑っていた。あたふたする冬彦は空き缶が当たった頭を子供の髪を掻き分けるように見た。その子供は別に痛くないよと言って心配する冬彦の手を振りほどき何処かへ消える。その後姿を見送り呆然としたまま、

「まさか俺がこんなミスをするとは……完全にペースが乱れてるな……」

 その刹那――。

 キャアアアッ! という悲鳴が響いた。先程の子供の事など忘れ、冬彦は悲鳴があった方へ駆ける。公園の中央の時計塔のある芝生の上で一人の少女が倒れていた。周囲には人だかりが出来ており、その人ごみを掻き分けるようにしてそのテンプレ学園の制服を着た小さな少女に駆け寄る。腹部から大量の血が流れており、すぐに手当てが必要な状況にある。

「ノ、ノンちゃん……俺を追ってきてたのか? 一体誰がこんな事を……まさか魔族?」

 芝生が敷かれるサッカーグランド並みの広さの中央に、人だかりが出来ている。騒然とする人混みを邪魔だと思いつつ魔族の仕業だと確信した。

(どうする? この周囲の森に魔族がいるのは確かだ……ここで戦えば一般人にも被害が出る)

 すぐに治療しなきゃいけないノンがいるにも関わらず行動がとれない状況に苛立つ。

一秒、一秒と時間が経つたびに出血量は増し、野次馬達は携帯を取り出し救急車や警察を呼ぼうとする――が、一つの公園内放送が野次馬の手を止める。

『鬼瓦市民公園運営部よりご案内申し上げます。ただいまの時間より、公園内中央広場はテンプレ学園演劇部による文化祭に向けた練習が行われます。大変申し訳ありませんが市民の皆さんは広場中央のご利用をお控え願います。繰り返しご案内申し上げます……』

 放送と同時に安堵の顔をする鬼瓦市民達は携帯をしまいながら方々に散っていった。

 ノンを抱きしめる冬彦にはこの声に聞き覚えがある。

(この声……優斗? どういう状況かわかってるか知らんが感謝する)

 周囲に人がまばらになった事を一応確認し、

「聖邪純――」

「……うんがらげっちょですよ」

 グッと口元を抑えられノンにそう言われた。それに頷き、

「うんがらげっちょ!」

 シュパアアッ! と白と黒の閃光が弾け、聖邪純装が展開した。現状で自分自身の力だけでは相手に勝つとは思えない。しかし、いつまでもノンに頼ったまま戦うわけにはいかない為、自分自身の力を信じ戦う事にした。自分の身は自分で守るという以上に、守られているという事が、プライドの高い冬彦には許しがたい事だった。常に人の上でなければ気が済まないプライドの高さは他人に頼ろうとせず、頼る事も出来ない孤独な男がいずれ自滅する道である事に気がつく事は無い。溢れ出るオーラをノンの命を繋ぎ止める思いで腹部の傷口に注ぎ込む。それを正面右方向の森の木の上から眺める人魔旅団のスナイパーはインカムに手を当て、微笑む。

(あの程度のオーラでは回復などは出来ない。そのまま頭を打ち抜いてやるよ)

 そう思いながらスナイパーはライフルに照準をつける。

 光る冬彦のオーラが癒しのオーラに変わっていき急速に傷を癒す。同時にその左背後に一つの弾丸が迫る。

「!? うおおおおっ!」

 夕日に染まる周囲の森のどこかからライフルを狙撃してくるスナイパーの弾丸を十手で弾く。その弾丸はオーラで包まれており、マジックロッドの加護を得た魔族の弾丸であるのは明白だった。時間が経てば次第に公園が夜の闇に包まれ自分の真横にある照明塔が舞台上にいる役者にし、敵はその明かりに照らされ目立つ役者を簡単に狙撃できる観客になる。

(これでノンちゃんは一応は問題ない。十手の力は便利だな。後は魔族を!)

 身体から発するピンクのオーラがバチバチッと弾け、周囲の森を注視する。三百六十度の森の中までは見透かす事などは到底できず、時折飛んで来る弾丸を落とす作業で精一杯になる。ノンが一時的に安定したとはいえ、この場所から離れれば敵はノンを狙撃するだろう。全神経を集中させる時間が三分以上経過し、意識が一瞬朦朧とする。まともにぶつかってくるだけが戦闘ではないという事を思い知らされ舌打ちをする。

「じれったい……ただ武器をぶつけ合うだけが戦いじゃないってのは辛いもんだ。一体、どこから狙ってやがる……しかも何でこんなに正確に狙える? 売店のおばちゃんもいないのは優斗の放送のおかげか……?」

 確実に自分の心臓を狙ってくる敵の技量に感服しつつも弾丸の弾道について疑問を感じた。遠距離射撃のライフル型マジックロッド・マジックライフルは照準をつけるのに多少の時間が必要にも関わらず、間髪いれずに次弾が来る。冬彦とてまったくその場所から動いていないわけではないのに確実に心臓を狙う敵の能力を考える。おそらく撃っては射撃し、撃っては射撃しての移動射撃と考えた。地面に空いた弾丸の穴はとてつもない貫通力で焦げた跡がある。

(考えろ。敵がどういう風に追い詰めてくるのかを……? 心臓が痛いな)

やけに狙われている生命の鼓動の源である左胸が熱いなと感じていると、何故か赤く発光していた。嫌な予感と共にジャケットを脱ぎシャツを胸元まで開けると冬彦の表情が変わる。

「何だ……この印は?」

 そこには赤く発光する×印があった。自分の身体に何が起こったのかわからない恐怖が右手の十手にオーラを注ぎ込み無駄にオーラを消費してしまう。全方位を囲む森の中からどこから自分を狙っているかわからない敵に対し、簡単に攻勢に出られない自分に対し苛立ちを募らせる。嫌な汗を浮かべつつ、全神経を研ぎ澄まして周囲の空間の空気の流れを読む。そして、一気に右腕にオーラを蓄え収縮する。冬彦が瞬きをした瞬間、左斜め前の森が光った。

「弾が曲がった? ぬっ!……おおおおっ!」

 左肩に弾丸の直撃を浴びつつ、地面に向かって全身全霊の一撃を叩き込む。その一撃は地面を陥没させ、一メートル近く抉った。シュワアァァ……と土煙が上がり、冬彦とノンは姿が見えなくなった。同時に次弾が撃たれ、土煙に隠れる冬彦の頬をかする。次第に土煙は晴れていき、隠れていた景色が露になる。

「……女がいない」

 スナイパーは、じっと時計塔正面にあたる木の上の枝に止まりじっ……と照明塔の周囲を見据える。それに気がつかない冬彦は穴に身を潜めながら周囲を見る。その目は公園の売店のみに注がれていた。その場所で微かに動いた影に、軽く頷く。

(どう考えても射撃が早すぎる。おそらく敵は……まずは売店の謎を確かめる)

肩の傷口に意識がいきがちだが、乾坤一擲と思い一気に仕掛けた。シュワ! と空気を切り裂くように飛んで来る弾が単発で一方的ならば、正面から一気に叩いた方が吉と考え弾丸に突っ込む勢いで駆ける。狙い通り螺旋を描く弾丸は冬彦の眉間の数センチ先まで迫っていた。

「!」

 ギン! と目を見開いた冬彦は左耳に弾丸をかすらせつつ、左に流れた。その反応に驚いたのはスナイパーだった。スナイパーは弾丸を眉間に狙ったのは確かだったが、眉間まで三センチ先に到達するのは後一秒かかる予定だった。それは冬彦が駆けたからである。やや上半身が後ろに流れつつ芝生を駆け抜け、売店の中にいるスナイパーに迫る――刹那。

「――!」

 シュン! と売店の方角の森の茂みの中から飛び出して来た子供が、爆弾を投げつけ爆発を地面に起こす。ズゴウンッ! という激しい爆発音と共に土煙が上がる。その爆発に耐えながら土煙のブラインドをかきわけ敵の正体を見る。

「……さっきの子供? 痛っ!」

 突如、冬彦の顔面に赤く×印が描かれ浮かび上がった。×の中心部の鼻は赤くトナカイみたいになる。一瞬目を離した隙に子供は消える。

「――まさか缶をぶつけてしまった子供が魔族? 売店にいた奴はあいつか」

 見知らぬ他人に触れられたのは今日はあの子供一人である。故にあの子供が魔族に化けていたとしか考えようがない。敵の正体がわかり勢いに任せたまま子供が消えた森に向かって駆ける。一発の弾丸が放たれ、それを回避した。

「やっぱこの×はそういう意味だよな」

 外れたはずの弾丸は大きく弧を描きまた冬彦の顔面に迫る。このホーミング弾を回避するには弾を叩き落すしかない。叩き落すと同時に次弾装填までの時間でケリをつけようと考え、迫る弾丸を落とす。が、目の前にまた弾丸があった。

(一発目はこの影弾への布石。あれがもう一人のスナイパーの位置か――)

 完全に身体が硬直している為に避ける事が出来ない。森の中のスナイパーの位置を見た冬彦は意識が飛んだ。弾丸は鼻の頭に直撃し、冬彦は後方に吹き飛ぶ。ノンが気絶する穴に頭だけが隠れていて死亡までは確認できない。

(奴は死んだか? 確認の為、あの穴を爆破させるか)

 まだ安心できないスナイパーはインカムで何かを呟く。

 パチッと目を覚ました冬彦はオーラを集中させた鼻の穴で弾丸を防いでいた。

 血が多少出る鼻をこすり上げ、

「ホーミング弾……しかも敵は二人。あれだけのホーミング能力のあるライフルの連射をするのは不可能。茂みからいきなり現れたのと周囲の森で潜む二人が敵だ。場所が特定できた以上ここでもう終わらせる」

 外見が子供故、どうしても力が入らず死に対する意識が散漫になる。死の匂いが充満する爽やかな緑の芝生の上を冬彦は必死に二人のスナイパーのどちらかの攻撃を紙一重で回避しつつ、もう一方のスナイパーの弾丸を警戒しなければならない。

(チィ……もうオーラが持たない。まずは一殺するか!)

 その鬼気迫る表情で森に隠れる自分達に突っ込んでくる姿を見て、

「不味いよ! あいつ不退転の覚悟だ!」

「私達のどちらかに攻撃した瞬間が奴の敗北。そこを忘れるな」

「りょ、了解」

 自分のいる木の真下まで来た為、木から飛び降りながらマジックライフルを鈍器として殴りかかる。ガスッ! と両の手甲で打撃を受け、腕を軋ませながら膝蹴りを容赦なくかます。鼻血を散らしながら背後に倒れるように一瞬怯んだ隙に、止めの一撃をみまおうとする。

「……くっ」

 瞬間、冬彦は人間に変身していた子供の魔族のまだあどけない顔を見てしまった。髪がピンク色で耳が尖り、肌が異様に白い以外はほとんど人間の子供と同じである。その姿は聖邪純装をした自分の姿とやけに似ていた。

(この姿は今の俺……?)

 その顔に意識を呑まれ十手を振るうタイミングがズレる。次の瞬間、致命的な一撃を後頭部に浴び倒れた。頭を抑えながら振り返ると、もう一人の子供が現れ二人のピンク色の髪の魔族がこちらを見ていた。

『我々は銭形の血を引く魔族ではなく、人間の人魔旅団。その女を始末する邪魔をするなら貴様もここで処分する』

 言葉がシンクロするように言う二人の子供の言葉は不気味だが、やけに懐かしい何かを感じさせた。しかし、口の中に入る土を吐き出し罵倒する。

「ノンちゃんの聞いた話とは違うな。嘘ばかり言いやがって。人魔国際条約を破っておいてその言葉は無いな。お前達は未来でも悪さをしてるんだろーが! 恥を知れ魔族が!」

『お前は正当な歴史の事実を知らんようだな。無知な少年よ』

「何だと? それはどういう事だ?」

 今の言葉は冬彦にとっての禁句だった。歴史好きの冬彦にとって歴史の事実が間違って知らされているなど万死に値するものである。次の言葉を発しようとすると、魔族は冬彦の姿を観察し出し驚愕の表情を浮かべる――その刹那。バシバシッ! とノンの十手が人魔旅団の頭に強烈な一撃を叩き込む。

「スナイパーごときが、日の当たる場所に出て来るなです!」

 激情を撒き散らしながらやけに冷静なノンを見た瀕死の人魔旅団二人はまた人間に変身し今度は冬彦に変身した。同時に周囲の葉を巻き上げ、どれが本物だかわからなくする。

(おっ……俺に変身? えっ……)

 勘違いをしているのか、ノンの十手は倒れる冬彦の頭上にあった。恫喝するような瞳のノンの断罪の一撃が叩き込まれる。

(う――そだろ?)

 その瞬間、ノンの隙だらけの背後に人魔旅団の二人は迫る。バキッ! と急に反転し顔面を叩かれ、その二人は地面を転がる。

「ルイード! な、何故変身がバレた?」

「もう変身しても無駄ですよ。すでに最善の状態を保てないから」

 子供の姿は体力が完璧じゃなきゃ保てない事を人魔旅団の二人は知らなかった。それはスナイパーという自分の身を晒さない暗殺者故の生業が災いしていた。そして、その二人組みの一人ルイードは殲滅される。

「シビアな状況だな。だがこれ以上近づいたら俺もあの嬢ちゃんに消されるな」

 その姿を、クラスメイトの優斗は時計塔の下の冬彦があけた地面の穴からビデオカメラを回し呆然と眺めていた。そのカメラは残る一人を森の奥へ追い詰めている所だった。

「助けてよ……どこまで私達を殺せば気がすむの? この変身能力だってあなたの呪いから姿を変える為にしたものなのに――」

「!?」

 耳を疑うようなその言葉を冬彦が聞いた刹那――。

 かつてないノンの一撃が人魔旅団のマルコの左腕を消滅させた。

 その消滅する瞬間の絶望の顔を冬彦はノンの冷たい彫刻のような横顔で忘れた。

 未だかつて無い冷たい炎を宿したノンの瞳に戦慄する。

「ご主人。始末するです」

 もう何も抵抗できないマルコの姿を見て、冬彦は動揺する。ピンクの髪は乱れ、目からは涙を流し口からは血が流れ左腕は無い。多少姿が違うだけで人間と魔族に大きな差異は存在しない。その赤い鮮血を見てとまどう隙にマルコはナイフを持ち襲い掛かってきた。

「私は人間だ。人間なんだだあああーーーっ!」

「! うわあああああっ!」

 瞬間、スナイパーの片割れのマルコの首が飛んだ。

 この日、冬彦は初めて自分の意思で他者を殺した。

 ピンク色の血の魔族でも血の温かさは同じで、同様の痛みもあり子供とて同じである。

 それでも生きる為だと自分に言い聞かせ、まだ感触の残る手を見ると吐き気がし嘔吐した。

 その姿をノンは無言で見つめる。

(ここを乗り越えたならもう少し。江戸前仮面まではもう少し……)

 正邪純装を解除し汗をぬぐう冬彦にハンカチを取り出し冬彦に渡した。

 森から出ると頭上の月が二人を照らし、それを見上げた。

 その日を境に、冬彦はノンに対して小さな壁が出来始めていた事に気付かなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ