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一幕~銭形一族とは何だ? の巻っき!~

 テンプレ学園の校庭に一陣の乾いた風が流れ、二人の人物が対峙している。

 一人は赤いハッピを着てねじり鉢巻を巻いて右手に古びた銀色の赤い下げ尾のある十手を持っている小学三年生くらいの少女。もう一人は警棒を持ち、怒りを露にする銀色ピアスのある尖った耳を動かし、ピンクの髪に紫のマントをはおる魔族の男。両者は殺気立ちかすかなきっかけで激突するであろう。赤く光る警棒を持つ手に力を込めるマヒルートは顔をまるで自分の肌でないように慣れない手つきでなぞる。

「……ようやく見つけたぜ。わざわざ次元率を変えて世界を変えようと企む首謀者よ。俺達の生き残りにしつこい追撃をしていたようだがお前を始末しねぇとこの戦いは終わらない。世界連合外部監視の精鋭部隊・人魔旅団壊滅と食いかけのカレーの恨みだ。消してやる」

「お前のような悪党はこの江戸前仕置人ノンちゃんがビシバシ! と成敗してやるです。覚悟!」

(追撃? この子は追われてたんじゃないのか? ……うおっ!)

 校庭に到着した冬彦など気がつかない二人はガガガガガッ! と互いの獲物をぶつけあう。その衝撃波が突風を生み出し巻き上がる桜と砂を腕で防ぐ。その瞬間、マヒルートはノンを蹴り上げ後方に吹き飛ばす。冬彦の横を転がるノンを見るマヒルートはギリッ……と鋭利な歯をかみ締め瞳孔が開く。

「あの小僧は最近調査して見つけた銭形一族の……あいつが元凶か」

ノンへの怒りを冬彦に向けたマヒルートは何かにとりつかれたように迫る。切れた口元を拭いながらそれに気付いたノンは、

「どこを見て……!? 御主人っ! さがって!」

「えっ!? 痛ってーっ!」

 ドンッ! とノンは冬彦の股間を蹴り、突き放した。

 そしてノンは古びた一本の十手でキインッ! とマヒルートの警棒と激突する。

「それは銭形一族の開祖・平次の十手だな。魔族と呼ばれた銭形一族の悪魔の兵器」

「今は銭形よりもお前が悪ですよ」

「減らず口を。貴様の目的は銭型一族の利権奪取か? わざわざ未来からご苦労な事だ。お前が欲しがっていた議事堂に保管されてた京介の十手は我々が確保して隠してある。もう誰も見つけられない所にな」

 すると、ノンは十手の先端をマヒルートの方に構え、

「余計なことは喋るな。この背中の桜吹雪に懸けて、悪人はビシバシ! と仕置きしてやるです!」

 バッ! と左肩を出したノンの背中には、鮮やかな桜吹雪が描かれていた。

 突如現れたわけのわからない魔族であるマヒルートに唖然としつつも、冬彦はこの二人の戦いに異様な興奮を覚えていた。それは快楽に近いものがあり、湧き上がる鼓動を沈めるように心臓に手を当てる。まるで自分に流れる血液が戦いを求めているような感覚に不快感が増す。いつの間にか校庭には下校途中の生徒達が増え、ノンとマヒルートの戦いを見学していた。

「おいあのピンクの髪は魔族だぞ! 人魔国際条約で銭形京介の死刑と共に魔族の銭形一族の遺伝子は絶えたんじゃなかったのか?」

「マジで魔族じゃん……始めて見た。よくわからんがやっちまえ、十手のお嬢ちゃん!」

「これって魔族からの襲撃? だったらヤバくね? なぁ優斗?」

「……文化祭に向けた演劇部の演劇だろ? 記録してしまおう」

 優斗と呼ばれた男子生徒は周囲の盛り上がりとは裏腹に、冷静にビデオカメラで撮影し始めた。その優斗の言葉を信じる生徒達は皆、月末の文化祭の演劇の練習と勘違いしているようだが、現実はそうでは無い。

「……応援がある戦いなんて初めてね。興奮するです」

「この顔の恨みは晴らす!」

 キンッ! キイイッンッ! と激突する音に周囲は更に興奮しだし傍観している冬彦自身も闘争本能に火がつく。自分の中にこんな欲望がある事に改めて気がつき、いつかふいに誰かを殺してしまうのでは? という感情が駆け巡り全身に寒気が走る。

「ずえいっ!」

「はあっ!」

 マヒルートの突きをしゃがんで回避したノンの渾身の一撃がアゴに迫る――が、

「ぬうっ……!」

 ズッ……とマヒルートは左手でノンの十手を防いだ。そして、強烈な右足をノンの腹部に放った。ズザアッ! とノンは冬彦の方に転がった。ノンの十手を喰らった左手を押さえたマヒルートは、

「……いい一撃だとはいえんな。平次の十手のパワーが使えてない。使えるわけもないがなぁ」

 警棒を持った右手を上空に掲げたマヒルートが右手に意識を集中すると、警棒に真空が纏われていく。それに焦るノンは――。

「この時代の人間は十手の力をコピーしたマジックロッドの力を使うのね……。御主人、アチシに力を貸してください!」

 突然そう言われた冬彦は驚き、

「え? 力? どうすれば……っておい!」

 そう言ったノンは冬彦のズボンを一気に下ろし、強烈なカンチョーをした。

「うんがらげっちょ☆」

「うぎゃーっ!」

 すると、冬彦の尻から白と黒の正邪の閃光がシュパァァァッ! と輝きその力がノンの中に流れこんだ。まばゆい輝きの中、ノンの体が大人の女へと変化する。キリリと整った顔立ちにはっぴがはちきれそうな豊かな乳、天高くそびえる神の塔が如くスラリと伸びた白い生足――。そして閉じた長い睫毛が美しい目をゆっくり開けながら、額の赤い捻りはちまきを揺らし、真紅のオーラに身を包むアダルトノンは構えた。

《御主人。一瞬で終わらせるので、下がっていてください》

「下がるも何も、この身体は俺の身体じゃないのに俺が動かせるんだけど? てかお前はどこにいるんだ?」

《ふへ?》

 その冬彦の言う通り変身したアダルトノンの身体の主人は冬彦にあった。そして、ノンは冬彦の意思の奥の存在になってしまっていた。二人はものすごく驚いて唖然とするが、周囲の野次馬は盛り上がり更に増え出す。

 先程とはうって変わって大人びた表情になったアダルトノンに圧倒されたマヒルートは、エアーが展開するマジックロッドを構え頷いた。

「……ほう? 大人に変化するとはな……。何やら変身に失敗したようだがここで終わるぞ! マジックランス!」

 ブオッ! とマヒルートのマジックロッドが二メートルくらいの長さまで伸びる。

《御主人もノンも、魔族には負けない。貴様はここで終わりです!》

「て、それ俺にしか聞こえてないみたいよ? くっ、来るぞ!」

 自分の身体でもなく、戦いなどしたこともないにも関わらず避けられぬ戦いが始まってしまった。自分の身体ではないが、湧き上がるオーラを感じるままに使おうとする。まるで槍のような真空が展開するマジックランスが横薙に払われる。アダルトノンの十手がまばゆい赤の輝きを纏い受け、互角に戦い出す。パパッ! と伸縮自在の槍から銃弾のような空気の弾丸が射出され数発を浴びる。その光景を、周りを取り囲む生徒達は息を飲んで見守る。マヒルートはザッと足で小石を横に蹴とばし、

「流石にその姿だと強いなっ! 仕上げだっ! マジック・トライデントーッ!」

「はああっ! 江戸前ボンバーッ!」

 三又に変形した真空の槍と赤いズ太いオーラが展開したアダルトノンの必殺技・江戸前ボンバーが激突した。プシャ! と細かい粒子の輝きの中に赤い色が反射し散る。フッ……と全身のオーラが解け少女の姿に戻ったノンは振り返った。冬彦は校庭に仰向けに倒れ、胸が一文字に切り裂かれるマヒルートは仰向けに倒れたまま呟く。

「見事な力だ……。その力が完全に引き出されれば、次元すら超えた力は本当だな。だが人魔旅団の意地にかけて貴様だけは……」

 赤い血を吐きながらフラフラッ……とマヒルートは立ち上がる。その悪鬼のような姿を見た二人は焦る。

「合体が解けたぞ? おい、どうすんだ?」

「一人でも戦えるです! 変身するきっかけを与えたからこの平次の十手の力も使えるはず」

 合体が解けてしまったが、すぐさまノンは自分が持っていた平次の十手を冬彦に渡す。今の状況が相変わらずつかめない事に苛立ちを隠せず、

「一体何なんだこれは? 説明してくれ!」

「ワチシは崩壊した未来の暴君から未来を守る為に来た江戸前仕置人。ご主人は未来で聖邪純装を展開する十手に選ばれた存在なのです。早く変身を!」

 未来の暴君から未来を守る為に過去を変えに来たノンは、冬彦に一人で戦う力である平次の十手を渡しオーラで纏われた仕置人姿である聖邪純装をさせようとした。しかし、二人はこんな時にも関わらず聖邪純装の掛け声についてもめていた。

「聖邪純装だから聖邪純装だろ。うんがらげっちょ! て何だ? 意味わからん」

「聖邪純装は正しい言葉ですがすれはダメです。絶対にノーです」

「かけ声はそれでいいじゃないか。つか、それじゃなきゃ理屈に合わないだろ?」

「ダメです! うんがらげっちょです! 江戸前仕置人の掛け声はそれなんです!」

「漫才をやってるんじゃねーーーんだぞーーーっ!」

 激怒するマヒルートはマジックランスで冬彦の顔面を突いた。しかし、白と黒のオーラにシュパアアアアッ! と弾かれ校庭を転がる。激しい風で広いおでこが丸見えになると同時に、短い赤のハッピのプリッとしたお尻が丸出しになるノンはそんな事も気にせずに聖邪純装をする冬彦に見入り、白と黒の正邪のオーラが周囲に風を巻き起こし校庭にいる生徒達は瞠目する。

 聖邪純装の変身は平次の十手のパワーで耳が尖り、髪がピンクに変色し地球人から魔族と呼ばれる銭形一族風になる。そして衣装はピンクの着物に手甲、脚絆で四肢をかため腰に十手を差し、着物の両肩に一両の絵柄に一枚の桜の花弁が描かれた銭桜の御紋。背中には仕置人の文字が粋に映える。その姿――まさしく伝説の江戸前仕置人・銭形平次――。

 吹き飛ばされたマヒルートは疑問の顔をする。

(平次の十手が作動しただと? こいつ本当に調査通り銭形京介の――)

「ご主人! 顔を狙うです。奴等の弱点は顔です!」

 叫ぶノンの言葉に反応しピンクのオーラを纏う十手は振りぬかれマヒルートは上空に舞い上がる。その一撃で聖邪純装が解け、ピンクのオーラと共に仕置人衣装も消えた。全身が痺れ動けない冬彦は自分の生命力を吸い取るような右手の古びた十手を見据えていると、マヒルートからの最後の声が耳に響いた。

「未来から来て何をしたいかはわからんがお前の正体はつかんだ。その平次の十手が壊れればお前の野望は終わる。人魔旅団の報復はこれからだ――アメリカも動けば貴様等など――ハハハッ!」

 最後まで自分の任務を遂行しようとするマヒルートは上空で消えるように消失した。

「江戸前仕置き完了! もう安全ですよ、御主人!」

「あっ、ああ……」

 疲労困憊の冬彦を含めたその場の生徒達はポカーンと口を開いていたが、凄い特撮を見たなどの感想を口々にしながら生徒達は下校していった。

そして微かな頭痛が冬彦を支配し何かを思い出す。

(この頭の痛みは……)

 そこにはピンク色の髪の中年の男と黒髪の女が幼い自分に微笑みかけていた。そっと触れられる手は優しく、暖かい感情がこみ上げてくる。その男の姿は教科書で見た事のある人魔戦争の悪である銭形京介。そしてその隣でやわらかい黒髪を風になびかせるのが母親だった。

「……これは――痛っ!」

 ガツン! と冬彦はノンに強烈に十手で叩かれた。

「これで頭痛も解消です! ではアタシ達も左家に帰りましょう!」

「逆に痛いぞ! てかお前、俺の家を知ってるのか? ……って待てーっ!」

 身体が痛くて仕方ない冬彦はバックを持って帰るのもホームルームを行っていた事も忘れ自宅に向かって駆ける。ふと振り返るノンは、

(これで十手の力に目覚めた……これなら早く帰れる)

 そう思い背中に刻まれた桜吹雪に微かな痛みを感じながら冬彦の家へ向かった。

 誰もいない教室でその光景をみている担任の鬼瓦楓はタバコの紫煙をくゆらせながら鼻をほじっていた。その真下の野次馬が消えた校庭の影に潜む横山優斗は長めの金髪をかき上げて録画したカメラを再生し今の戦いを再生して微笑んでいる。

「やるじゃねーか暴君ハバネロ。文化祭の出し物はこれで決まりだな」





 自宅に帰宅した冬彦はノンの作った夕食を台所で食べていた。首にペンダントとして下げたアクセサリーサイズに変形させた平次の十手にずっと違和感を感じていたがだんだんと慣れてきていた。今は小さいが、戦闘時にオーラを込める事により元のサイズに戻るという代物だ。今日の食事のメニューはご飯に豆腐とワカメの味噌汁、それにノン特製と言われる卵焼きである。第二次成長期の少年にしては少ないメニューだが、好き嫌いが激しい為に冬彦はだいたいこのメニューしか食べない。その少年が他人が作った食事を口にした感想は――。

「美味い……お前は信用ならんが、料理の腕だけは信用する。美味い、そして帰れ」

「ありがとうですご主人! 冷蔵庫の中が味噌とワカメと卵しかないのはどうかと思います……っていい加減ノンの事も信用して下さいよっ!」

「俺は食べ物も人間も好き嫌いが激しいんだ……」

 ふと、冬彦は自宅に帰ってきた時を思い出す。

 帰宅した直後、勝手に他人の家に上がり冷蔵庫の中をあさってキッチンで調理しているノンを怒ろうとしたが、冬彦は小さな台の上に乗り調理するノンの後ろ姿を見て止めた。

(!? 母さん! ……いや、奴は全くの別人だ……母さんは出張中だ)

 ノンの背中に母親の面影を感じた冬彦は、一年以上前に見た光景を思い出した。

「ご主人~ご主人どうされました~?」

「……いや、久しぶりに他人の作る手料理がちょっと母さんの作る味に似ていて驚いていただけだ」

「そうでしたかご主人……アチシ達は家族みたいなもんです!」

「調子に乗るなよ」

 グリグリ~と冬彦はノンの頭を拳でグリグリした。ヒイ~ッ! とノンは頭を抑えながら逃げようとする。そんな触れ合いを楽しんだ後、冬彦はまた両親と食事をしていた光景を思い出そうとする。

(……何だ? 父さんと母さんの顔が思い出せない……?)

 少しの頭痛と共に脳内での両親の映像が思い出せない冬彦はきっとあんな戦いをした影響だろうと思い、未来人であるノンに現代の説明をした。冬彦は歴史が好きで、未来の歴史が今の歴史の伝わり方と相違ないか確かめる為に銭形平次の一族である魔族と人間の説明をする。重い表情で語られる顔に、まだ傷跡が残るガラス片で切った頬に手が伸びた。

 ――人魔戦争じんませんそう

 江戸時代中期。戦国の世が終わり安定な日々を送る人間達は気の緩みが蔓延し、幕府内の役人が自分の悪事を金で解決し、市民が犠牲になり苦しむ事件が増えていた。湧き上がる市民の怒りのエネルギーが役人の愛する銭に集中し、そのエネルギーは一人の人間を生み出した。銭から生まれた人間の悪意の塊である銭形平次は江戸前仕置人を自称し、人間として悪人をビシバシ! 取り締まった。

 時は流れ平次の死後も平次の十手は代々受け継がれていき、冬彦の父である銭形一族九代目、銭形京介の大規模な仕置き計画・人類始末屋家業の発動で悪行を行う人間は有無を言わず粛清され、人類は未曾有の大惨事に直面する事になった。日本を中心に世界を駆け回る京介に対して結託する世界は魔族のレッテルを貼り付け、その中で誕生した世界連合は人類の敵と表明した。混迷を極める日本を中心に結成された世界連合は銭形京介の使う十手の特殊なオーラの波動のデータを収集して警官の警棒を改造したマジックロッドを開発し、それを大量生産してとうとう一年後に銭形京介を捕獲しその首を落として人類始末屋家業計画を阻止した。その十年前に始まった一年の全てを人魔戦争という。

 全てを語り終わり、息をついた冬彦は一口カルピスを飲み喉を潤す。

「……今のが人魔戦争と人間と魔族の歴史だ。未来では間違いが無いか?」

「ただ一つ、伝えられてない点がありますです」

「それは何だ?」

 好奇心旺盛な目でノンに答えを求める。ノンの指先は冬彦の胸元の十手を指していた。

「十手……か」

 その古びた銀色の赤い下げ尾のあるペンダントになる十手を見る。それはごく一般的な代物で修学旅行の売店や京都などの観光名所で売っている十手でしかない。だが、この十手は聖邪純装という自分の生命オーラを展開し、江戸時代より数々の悪人を撃退した。

グッと右手に力を込め冬彦は箸を持つ。ノンから聞いた未来の地球の状況をもう一度頭の中で整理する。未来にはまた銭形京介を超える人類仕置き人・江戸前仮面という謎の男が出現し、世界の大半は仕置きされてすでに崩壊状態にあるという。その邪悪なる男に未来の十手製作人のヒーローである冬彦は殺害されたらしい。

(江戸前仮面……そいつに十年後の未来で誰でも十手の力が使える、普人十手ふじんじってを開発した俺は殺されたのか。……また頭痛がする。今は考えるのをやめよう)

 じっ……と自分を見つめるノンに対し冬彦は、

「俺がこの銭形の力を使える理由はおそらく銭形の血が混じってるからだろ。平次の代より生まれた子供達の枝分かれした子孫の一人が俺なんじゃないか? だからあの世界連合の外部組織の人魔旅団とやらも俺の力を狙っている」

 あえてノンには自分の血がピンク色に変化している事は言わなかった。理由はわからないが、何故か言いたくなかった。

「人魔旅団は未来では十手の力を悪用し人間を虐殺する悪魔になるアメリカの男達です。おそらくノンが未来から過去に来たのに気付いて追ってきた。でも大丈夫です。平次の十手さえ完璧に使えるようになればあんな奴らは屁のカッパです。未来の大罪人の江戸前仮面も倒せるです」

「完璧に使えるにはそうとうかかるだろうが、とりあえず今日はうまく生徒達を騙せたが次もそうなるとは限らない。変身や戦いは人気の無い場所でするしかないのを覚えておけよ」

「はいですご主人! ちゃんとご主人が魔族と戦ってくれて嬉しいです」

「与えられた力を使う事に不満は無い。この時代にいる若い江戸前仮面を探し出し始末するのはわかった。わけのわからん奴に殺されたくはないからな。それよりご飯と味噌汁のおかわりだ。早くしろ。お前も一緒に食え」

「……合点承知!」

 ノンはキッチンに走りご飯と味噌汁のおかわりをよそりながら何かを話している。

 その光景を、兄のような優しい瞳で冬彦は見つめていた。

(まるで妹が出来たようだ。ずっと一人で食事をしてきたから他人と食事をするなどうっとおしいと感じていたが、こういうのも中々いいものだな……)

「……でアチシが未来に帰る為の桜脈を探すのも必須です……あれ?」

 何だか目元が熱くなり戻ってくるノンにその顔を見られないように左手で目をかくふりをしながら右手を差し出した。

(……?)

 差し出した手には味噌汁の入ったお椀などはなく、黒いワカメのようなもずくのような密林があった。ふと視線を上げると二つの大きな柔らかそうなピンク色の突起がついた白いお椀があり、その前に茶色い本物の味噌汁のお椀があった。瞬間、冬彦の思考は停止し美しきアダルトノンの柔らかな裸体に硬直した。

「ブブーーッ!」

 と冬彦は白目になりピンクの鼻血を噴出した。

「ちょ? ご、ご主人? 起きてーーーっ!」

 そして、意識を失うと共に身体の奥底で眠る銭形の遺伝子が覚醒していき、冬彦の長い一日がようやく終わった。





 チュチュン、チュチュンと二階建ての左家の屋根に雀が数匹集まり囀っている。朝日はまばゆく鬼瓦市全体を照らし、さわやかな朝の到来を告げている。あれから三日が立ち、この家に馴染んできたノンは合体した時の不安定さも落ち着き、自分を転校生という扱いにしてテンプレ学園に登校するつもりでいた。すでに制服も発注しており、小学生の体系の女児の身体に合わせて作られたテンプレ学園の桜色のブレザーと紺のスカート、ピンクのニーソが身に纏われている。朝日が嫌いな冬彦はまだ雨戸も開けずキッチンで朝食を準備するノンの後姿を見ながらイスに座りあくびをした。

「ご主人、朝起きたら雨戸は開けるもんですよ。朝日は一日の始まりに大事なものです」

「朝日は光が強くて目が充血するから嫌なんだよ。それより本当にテンプレ学園に通うのか?」

「もう手続きは済ませたです! 今日からノンは学生です!」

 赤毛の艶やかな髪の毛を短いツインテールに結び、どう見ても小学生にしか見えないが中学二年生として今日からテンプレ学園中等部の冬彦と同じクラスに通うのである。新しい制服に気分を良くするノンはパパパッ! と豆腐とワカメの味噌汁に甘めの卵焼き、それにひじきを並べ二人はいただきますと言い食べ始める。

「十手のオーラを毎日使うのって大変だな。全身の生気を一気に持っていかれる感じだ……朝になっても疲れが完全にとれないし。完璧に覚醒する日なんか来るのか?」

「それは毎日の特訓でオーラに馴染むしかないです。この前のような合体はもう出来ないんですからね」

 前回の戦いでオーラを使いすぎたノンはカンチョーによる変身も出来ないほどに疲弊している状態にある。成長した姿であるアダルト状態にならなければ未来に帰れる力も手に入らず、未来の悪になる江戸前仮面を倒す事も出来ないという。うんがらげっちょというよくわからない変身言葉で聖邪純装しオーラの仕置姿を完全に発現させる事がこれからの戦いに重要になる。

「今日もうんがらげっちょを修行し、早く完全に十手を使えるようになるです!」

「そうしないとケツがもたん。オーラが尽きたら浣腸されてオーラ補充されるのは辛いものがある。でもカンチョーしてれば偶然でまたアダルトノンちゃんに変身する事はないのか?」

「それは無いです。あれはたまたまの偶然に過ぎないです。早くノンも成長したいです!」

 慌てるノンはまた冬彦に浣腸をしようとする。あれから毎日十手を使い全身に聖邪純装の仕置姿を身に纏えるように夜は修行していた。冬彦の修行がない昼間は左家の掃除とこの地域の散策などをして敵にそなえていた。二人は朝食を済ませテンプレ学園へと向かう。その道の途中の学園近くにある商店街を通行途中に冬彦は立ち止まる。まだ大半の店がシャッターが閉まり、静まり返る一本道のおもちゃ屋の前を見据える。そこには数台のガチャガチャがあり、一人のスーツを着た長い黒髪の女が座り込んでいた。

「あ! ガチャガチャです! アチシもやりたい!」

「……いや、今は無理だ。あの先生はイカれてる」

 顔をしかめ自分の担任である鬼瓦楓を見た。長く美しい黒髪にやや狐顔の容姿。黒のスーツのジャケッットに短いスカートで腰を締め赤いハイヒールをはいている。そのジャケットの下はインナーを着ていないのか肌しか見えない。顔面作画が不安定なのかこの女は美人だが毎日顔が違い、作画監督しっかりしろと生徒の噂になっている。そんな危険な香りのする美人は現在、商店街のおもちゃ屋の前のガチャガチャでうんこ座りをしながら鼻も口も開け、はぁはぁ……と悶えるようにガチャを回している。誰もが奇妙な残念美人の顔を見るがその行動に目を背け小走りで歩いていく。

「急ぐぞノンちゃん。転校生は色々と準備があるから早めに登校しないといけない」

「え、でもあれが先生……」

「急げノンちゃん」

 鬼気とした顔をして一目散に冬彦は学園に向かう。

 そして学園に到着し、その女教師・鬼京楓からノンに自己紹介するように促される。

「おはようさんです! ワチシ、転校生の矢田ノンです! ヨロシク!」

 その愛らしい姿にクラス中で騒ぎになり、この前の校庭で行われた演劇の主役が来たと盛り上がる。担任の楓はそんなのには興味が無いらしく、教室の端にある専用の机に座り先ほどゲットした五十個のガチャのカプセルを開けていく。その楓がうひょー! ひゃー! などの奇声を上げてもいつものことなので誰も反応せず淡々とノンの自己紹介は続き、廊下側の一番後ろの席に座りビデオカメラを回している金髪の長い髪をまとめている横山優斗が微笑みながら言う。

「おーい転校生。お前何か特殊能力があんだろ?」

「な……」

 その唐突な言葉にノンは息が止まる。一人でガチャのレア度に一喜一憂する楓は獲物を狩る前の鷹のような慎重と獰猛さを兼ね備えた瞳をする。クラスメイト達は互いに顔を合わせ、先日の校庭での戦いを思い出した。周囲の状況にフッと笑う優斗は、

「謎の転校生ってのは必ず特殊能力があるか地球を破壊しに来たってのが例なんだがな」

「それはマンガの読みすぎです。ワチシは背が低いただの女子中学生です」

「へぇ、そうかよ」

 見つめ合う二人は微笑み、ノンは思う。

(どこかで見た顔ね……でも、よくいるお調子者?)

 教室の一番前と一番後ろの視線の攻防はバババババッ! と続く。息を呑みながら冬彦は窓側の一番後ろの席から二人の視線の戦いをハラハラと見つめる。

(優斗の奴、何を言ってる? まさかこの前の戦いが演劇じゃないってバレてたのか? この雰囲気は不味いぞ……)

 教室の空気が一変し誰も衣擦れの音一つたてないほどの張り詰めた緊張状況になる。すると、突如その均衡を破るように優斗がケラケラと笑い出す。

「ハハハハッ! なーに、マジな顔してんだ皆? こんな嬢ちゃんがそんな力があると思うか? 早く席につけノンちゃん。ノンちゃんは背が低いし黒板が見えないだろうから一番前な。冬彦、お前も前に移動しろ」

「――お、俺も?」

「たりめーだろ。お前の親戚なら面倒みてやれ。あの担任使えねーかんな」

 それに物凄く頷き窓側の一番前にノンが座り、その後ろに冬彦が座る。お目当てのガチャが出なかったのか机の上がロボや恐竜や猫のフィギアで溢れる楓は立ち上がり、

「さー、一時間目始めるわよ」

 全くやる気が無い声で一時間目の歴史が始まった。

 その時間中、念仏のような楓の声を聞き流し優斗はノンの遠い横顔を見つめ続けた。



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