序幕~江戸前仕置人現る! の巻っき!~
学校法人鬼瓦会・私立テンプレ学園中等部・二学期初日。
エスカレーター式のこの学園は一年から三年まで基本的にクラス替えをする事が無く、転校生が来るか他の学園に転校する生徒がいない限り三年間の顔触れに変化は無い。従って、学期初めにある席替えが生徒の楽しみの一つになっていた。
「……げっ、窓側の一番後ろだ」
教卓の上にあるボックスからくじを引いた左冬彦は青ざめながら担任の黒髪ストレートヘアの鬼京楓にくじの番号を見せた。楓は毎日微妙に顔が変化しており、顔面の作画監督しっかりしろなどと言われている事もある担任だった。楓は黒板に書かれた席順の番号を見て、
「淫ら君は窓側の一番後ろの席ね」
「淫らじゃなく、左です。いい加減覚えて下さい鬼京先生。僕は先生のスリーサイズも覚えていますよ?」
「ちょっと淫ら君? 何故私のスリーサイズまで知っているのかしら?」
「だって一年の初日に新人教師として赴任してきた先生が勝手にペラペラ喋ってたじゃないですか。クラスの皆が知っていますよ」
瞳を閉じて微笑みながら冬彦は窓側の一番後ろの席に向かう。
(やっぱ嘘を言う時は瞳を閉じないと言えないな。目は言葉よりも語るというからな)
クラスのメンバーから多少の失笑が出るが、特別に冷やかすお調子者はいない。大抵生徒は一番後ろの席は教室全体を見渡せ、おしゃべりや居眠りが出来るから好まれるがこのテンプレ学園は違う。この学園は金持ちだけでは無く、人としてのスペックを求められ受験倍率も非常に高く、この学園の出身者は医者や政治家、弁護士など社会的に一流と呼ばれる人間ばかりを排出し、競争意識が強い生徒がたくさん集まっていた。
(やっぱり、見えずらいな。眼鏡やめてコンタクトにしてみるか……)
目が悪い冬彦は黒板が見えずらい事に多少のストレスを感じた。しかし、他人に弱味を見せるのが嫌な冬彦はそれを誰にも言う事は無い。それを言う親しいと思う友人すらいないのも理由の一つであった。
(とりあえずコンタクトにしてこの席で頑張るか。今は三年に上がりさらに高等部の選抜クラスに入る為の勝負の年。頑張るぞ……)
密かにそう決意した冬彦は窓の外に映る雲一つ無い青空を見た。優しい日差しが射す外の景色は桜で溢れ、この鬼瓦市は江戸時代から稀代の英雄として語り継がれていた銭形平次が生み出した桜の名所として世界に知れ渡っていた。しかし、粋や人情で溢れたこの街も今となっては昔の話である。
「……!?」
ふと、そこで見慣れぬ赤毛の小さな少女と目が合った。亜空間が開き次元が開放されたかのように空が窓のように開き、呆然とする冬彦を凝視している。
(……空が開いた!? 何だあのハッピを着たチビ女は? 勉強のしすぎで疲れているのか……)
明らかに空が開き、冬彦に手を振る赤色のハッピを着た赤髪のショートカットの少女がいる。冬彦は目をこすりもう一度その空を見た。大声で騒ぐ少女は声が届いてないと思いカンペを取りだし、ペンで書き込んでから冬彦に見せた。そのカンペを心の中で読む。
(うんがらげっちょ! アチシの名前はノン! 江戸前仕置人のノンちゃんです! よろしくご主人……ご主人!?)
唖然とした顔で窓の外を見る冬彦は、疲れから来る幻覚だと思う事にして担任の鬼瓦楓が話す姿を見る。しかし、全く楓の話などは耳に入らず、左目ではさっきの江戸っ子少女をチラ見する。だが、開かれた空は閉じられて少女の姿はどこにも無かった。
(ありえん、ありえん。こんな事は現実には無い。漫画とかではこんな展開はテンプレだろうが、これは現実、現実…………ぬっ!)
江戸っ子少女はいつの間にか窓枠に手をかけ、ぬっと小さい顔を出していた。
「始めまして。アチシ、矢田ノンです。江戸前仕置人ノンちゃんです! ではご主人、早速敵が襲来です! ムササビ戦法!」
「誰がご主人だ! って……おい!」
するとノンは、唐草模様の風呂敷を拡げ窓枠からムササビのように飛んで行き校庭に着地した。唖然とその光景を見つめていた教室のクラスメイトを代表して冬彦が言う。
「何なんだあのチビ助は……」
「ビーチク透け透け? 一体ホームルーム中に何を言ってるの卑猥君!」
「左です! ひ・だ・り! いい加減覚えて下さい! 一年経っても間違えるなんてどうかしてます! それと先生はよく透けてます!」
「それは今季はセクシー路線で行くからよ!」
ビッ! と楓は冬彦にお色気ポーズを取りながら教鞭の先で指差した。
(駄目だこのビッチ……あんた一年のときからずっとブラジャー透けてるよ。それにしても、あいつの言ってた敵って何だ?)
周囲を見渡すと、初めこそ失笑があったが先程のようにそれは一瞬の事ですぐに他のクラスメイトは各々参考書を取り出して英単語を暗記したり、数式などを解いていた。席に座り、冬彦は楓のよくわからないポエムのようなホームルームを聞く。その間、何か参考書でも読もうと思ったが、ノンという赤色のハッピを着た江戸前少女が気になり、青く澄んだ外を眺めた。
「――あれは!」
校庭ではノンと魔族の一人が戦闘をしていた。
十手と警棒の激突する音が周囲に響き、冬彦のいるクラスだけではなくテンプレ学園全体にその騒動の余波は広がり始めている。担任の楓は混乱するクラスを抑える事もなく、校庭に向かう生徒達をそのまま見過ごす。
(……さて、どうするのかしら左冬彦……いえ、銭形冬彦君?)
その久しぶりの刺激に急かされる人間達とはかけ離れた世界の果てで一人立ち尽くす冬彦を見据える。呆気にとられる冬彦は頭の中で様々な考えが錯綜する。
(十年前の人魔戦争で締結された魔族との協定が破られた? まさか銭形一族の生き残りがいたとでもいうのか……?)
窓ガラスに映る自分の髪の色が桜色になり、肌は透き通るように白く耳は鋭利に尖っていた。まるで十年前に魔族と呼ばれ、日本を戦乱の渦に巻き込んだ大犯罪人・銭形京介を思い出す。先祖に銭形平次を持つ家系の末裔である銭形京介と同じ魔族と同じ姿になっている。瞳を閉じて窓ガラスをもう一度ゆっくりと見ると、その姿は普通の人間と同じ姿になっていた――刹那。
「――っ!」
バリンッ! と窓ガラスが割れ、冬彦の顔から血が流れた。
顔を抑える顔を抑えふと、手の平にべったりと染まる血の色を見て絶句する。
その血の色はピンクであった。今までは人間である証である赤い血だったのにピンクに変化している。すぐさまハンカチを取り出しピンクの鮮血を拭き取り、校庭で戦う少女の古びた十手を見た。
「血がピンクに? これじゃまるで銭形一族の……ええいっ!」
考えるのを止めて冬彦は校庭に向かって駆けた。
嫌な悪寒がし、疲れてもないのに汗が流れる。
校庭では激しい戦いによる桜吹雪が激しく舞い上がっていた――。