スーパーおっぱいぱい大戦
時は平成! 乳房の時代! 世はまさにグラビア戦国時代である! 勝者は太陽より輝く栄光へ、敗者は闇夜よりも深い日陰へ。結果だけが真実の弱肉強食の世界。そして、今日、己が頂点であることを証明するために対決する二人のグラビアアイドルがいた。
片や東のジャンヌ・ダルクこと龍川原タツミ。デビューして、わずか一年にして数々の雑誌の表紙や広告を分捕り、関東において彼女を知らない男はいない。彼女の水着姿を見た者は母親以外の女性に価値を失ってしまうと言われている。十代のアイドルらしからぬ、引かぬ、媚びぬ、省みぬを体現した性格で並みの男では彼女の前に立つことすら出来ない。その威風堂々たる姿は女性の身ながら戦場を駆けたジャンヌ・ダルクのようである。
片や西の鶴姫、虎野本タイガ。タツミと同時期にデビューを果たし、唯一タツミと張り合えるグラビアアイドルと言われている。容姿はタツミに負けず劣らずの美の塊。タイガのデビュー後、CMで彼女を見ない日はない。その星の輝きのような笑顔は世の男に女の笑顔とは何か、それはタイガの笑顔であると一瞬で書き換える。その人格は傲然にして傲岸にして傲慢。しかし、それは彼女にとっては必然にして当然であり、周りの人間も納得せざるを負えない。タイガの前では彼女が上、他が下、それが至極自然であるからだ。
お互いに奇跡と幸運に愛された存在である。それ故に同じ道に二人の頂点はいらない、必ず自らの手で叩き潰すと共に思っていた。それがファンにも伝播してしまい、全国でファン同士の小競り合いを生んでしまった。そして、公的に優劣をつけるため、この二人が直接対決することになったのだ。
決戦の場はスーパーバストアリーナ。数々の名勝負の舞台となったこの場所に新たな伝説の証人になろうと全国から男の中の男が集まった。数万人を収容出来るにも関わらず、蟻が密集したような光景だ。チケットが取れなかった者は会場外のモニターで、ある者はテレビ中継で、ある者はパソコンの前で、決着の瞬間を今か今かと待ち構えている。全日本男子がこの頂上決戦の瞬間を待ち望んでいた。
男はおっぱいが好きだ。男にないもの、そして女にあるものといえば、脊髄反射で答えるであろう。おっぱいだと。人間は骨と筋肉の集合体だ。その全ては体を支え動かすためにある。その中でおっぱいほど自己主張を訴える部位はない。歩けば揺れ動き、走れば弾み、跳べばはじける。人間に実った二つ果実は、新鮮な桃よりも瑞々しく、薔薇よりも繊細で、苺のように甘酸っぱい。
男はおっぱいが大好きだ。全ての男はおっぱいから人生が始まる。赤子が初めて口に含むのはもちろん母乳である。生命の躍動はおっぱいから始まるのだ。乳児期、思春期、青年期、老年期まで。揺り籠から墓場までおっぱいを追い求めていく。スケベ心や下心、動物の本能すらも超えた超人間的渇望である。それは夢そのもの。希望。そして、ロマン。すべてのおっぱいには男の精神が詰まっているのだ。
男はおっぱいを愛している。どうして愛せずにいられようか。男はおっぱいを意味も意義も真義もわからず愛するのである。愛に理由などいらない。愛するから愛したいのだ。全ての男はこれを誰に教えてもらうわけでもなく理解している。それは男が夢見る存在だからだ。男はいつかその手に夢を掴み取るまで走り続ける生き物だ。男は生まれながらにして、求道者であり、詩人であり、ロマンチストである。
全国の男たちの熱狂の渦の中、龍川原タツミ、虎野本タイガ。ついに二人がステージに現れる。瞬間、どの場所、どの手段で目にしていようと全ての男たちは喉が潰れそうな程の絶叫を上げた。ステージの両端、右側からタツミ、左側からタイガが中央へ向かって歩く。厚いバスローブで身を包み、体の線すらわからない。歩く姿はこれから試合を行うボクサー、それも戦いという戦いを踏み越えてきた勇者と呼ぶにふさわしい悠然としたものだった。早くその美しい体が見たい。全ての男たちはそれしか考えられなかった。そして、とうとう、面と向かって会話が出来る距離まで二人が近付いた。
先に仕掛けたのはタツミからだった。
「ブッ潰します」
拳をタイガに突き出し、ただそれだけ。声はピンマイクで拾われ、会場に響き渡るが、音響をもってしても決して大声として聞こえない。ただ静かに、そっと流れ続ける小川のような声だった。それだけで充分だった。彼女は尊大でありながら、無駄なことは一切しない。ただ示すだけだ。そして、それを表明するにはただ一言以上のものは必要がない。湧きあがるタツミファン。空気が大振動を起こし、暴風のように感じられる。龍の咆哮のような大歓声だ。
それを受けてのタイガは、
「…………」
言葉を発するのではなく、左から右へ、首をかっ切るように右手首を引き、そして親指を下に向けた。ぶっ殺す。地獄へ落ちろ。自分が上、お前が下だ。言葉を使わず敵意の存分をタイガは叩きだした。絶叫するタイガファン。その躍動は地響きを起こしかねない。まさしく虎のいななきのようだ。
とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。勝負は一瞬、ただバスローブを脱ぎ捨てるだけだ。他に何のイベントは存在しない。普通のアイドルであればライブや握手会なども行ってであろう。しかし、これは勝負である。彼女たちが存在し、対決することのみが求められているのだ。
勝敗は投票によって決定される。この場で、ハガキで、インターネットで、すべての媒体で行われる。不正は絶対に許されない。もしも不正をしたのであれば、その者は永遠に男としての資格を失うと言われている。しかし、真の男は己の感情に素直なものだ。この瞬間を見届けている者たち全てが自分の感情に偽りを持つことはないだろう。それだけの魅力も魔力もタツミとタイガにはある。
先に仕掛けたのはタツミだった。宙高くバスローブが投げ捨てられる。とうとうタツミの全身が露わになった。全日本男児の緊張が一気にはじけ、脳天に彗星のような衝撃が突き上げる。彼女が纏っていたのはビキニ。それは龍が駆ける天空を想起させる青、澄み切った空色だ。しかし、青のビキニが包んでいるのはただの胸部ではない。その二つは慎みというものを知らず、遠慮というものを知らず、憚りというものを知らない。大地にそびえ立つ巨山のようで、肌は雪化粧よりも美しい。そして、大きい。豊か。でかい。何者にも邪魔することも踏みにじることも出来ない聖域がそこにある。
タツミはポーズを決めた。より美しく見せるために、より究極に近づくために。その姿はこの世に壮美で優美で絶美であった。タツミファンの陣地は叫喚地獄と化す。いや叫喚極楽と言うべきであろう。一人一人の叫びは竜巻を呼び、合わさってタイフーンになっていく。声にならない叫びがアリーナに響き渡る。
何分経ったであろう。タツミファンが落ち着きを取り戻し始めた頃、タイガのバスローブが高く高く投げ捨てられた。
タツミを包んでいたのはシンプルなワンピース型の水着だ。猛虎の牙のように光り輝くような白。ワンピースといえば、露出の少ないものを想像するだろう。しかし、タツミの豊満な胸部をもってすればワンピースにそれは当てはまらない。胸部の布生地を若干減らすことで大きく覗くことになった谷間がそこにあった。
谷間。それは最も目にすることがある胸ではないだろうか。普段着でも谷間が覗ける服は存在する。近くにありながらも、触れることの出来ない胸は男たちの視線を釘付けにする。それを極上の胸部を持つタツミが水着をもってすれば、例え、その場が戦場であっても引き金を引く指は固まり、目線は敵ではなくタイガの胸に持っていかれることだろう。狭く苦しいと嘆いているような胸部が水着を押し上げ、存在を顕在しようとする。露出を抑えることで体の線が目立つようになり、いかに胸部がタイガの細身から突き出たものかはっきりさせる。唯一見ることのできる胸部は神ですら立ち入ることが許されないであろう聖域のみ。抑え込むことによってより胸部を高い次元へ引き上げる。タツミとは正反対の在り方だ。
さらにタイガはポーズを決める。より美しく見せるために、より究極に近づくために。両腕を交差させ二つの胸を寄せることで谷間がさらに縦に盛り上がる。誰の目に見ても、タイガの胸部はこの地球上で存在する何よりも柔らかで、しなやかで、たおやかであると目を通して脳髄に叩き込まれた。
タイガファンが吼える。もはや人間には意味をなさない咆哮。咆哮に咆哮重ねて、猛る虎が大地を走り駆けるがごとくアリーナ全体を震わせる。もはや彼らを人間と呼ぶには難しく、人間の形をした絶叫する何かであった。
タツミファンと同じくタイガファンの人間性が戻ってきた頃であった。
「………頂点だの、伝説だの、大仰な言葉が並んでいると思えば、この程度とは肩腹痛いわ」
タツミ、タイガ、そして双方のファンが同時に声の主を探した。何万という視線の先にいたのはバスローブ姿の一人の少女であった。タツミ側の舞台袖から突如姿を現した。
「誰ですか、あなた?」とタツミ。
「いや…もしやあんさんは……。神条イサネ!?」とタイガ。
二人と同じく観客たちも突然の来訪者の正体に驚愕する。
神条イサネ。
伝説のグラビアアイドル。彼女の逸話や稼いだ金額はタツミとタイガを足しても掛けてもまるで足りない。このグラビア戦国時代も彼女の存在が発端となり、幕開けとなったのだ。彼女を伝説たらしめていることは彼女自身の容姿にあった。イサネは活躍期間中全く容姿の変化を起こさなかった。身長は高校生にも及ばず、顔つきも成人女性とは言えない童顔で、数十年もトップに君臨し続けたのだ。果ては整形説や宇宙人説まで持ち上がるほどであった。
それほどの人物が何故いまこの場にやってきたのか、日本中は予想外のことに何を考えていいかまるでわからない。しかし、勝負に水をさされたタツミは大先輩に食ってかかった。
「生きた化石が何の用ですか? ここは私と虎野本タイガの戦いの場です」
「タツミはんの言う通りや! 邪魔をせんでおくんなはれ!」
タイガも続いた。それを聞いて、イサネは口を押さえてうつむいた。そして、
「あーーーーーーーーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! あはははははははっ! はっはっはっはっはっは!! あっははっははっはっは!!」
けたたましく笑声を爆発させた。笑い声が二人の耳に、観客に、日本中の耳に響き渡る。イサネはそれから数分笑い続けた。ひぃひぃ言いながら呼吸を整え、大きく深呼吸し、やっと落ち着いた姿を見せた。次の瞬間、
「たわけがっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」
二人に、観客に、日本中の耳に鋭く突き刺さる。先程の大笑いは嘲笑、そして今度は罵声である。傲慢で決して怯む事などしないタツミとタイガも、この怒声にはたじろいだ。
「大仰な文句につられて、どれ程の奴がいると思えば…。ションベン臭い小娘とケツの青い小娘が胸出しのケツ出しのお遊戯会……。これで頂点を決める? 馬鹿馬鹿しいのう。貴様らは女というものを全く理解しておらん。貴様らそれでもグラビアアイドルか? クズめ。恥を知れ、愚か者が」
じりじりと近づいて来るイサネに、思わず後ずさりするタツミとタイガ。まるで剣の達人が自分たちを斬らんと間合いを詰めてくるようだった。熱くもないのに汗が止まらない。全身から血の気が引いて倒れそうな緊張感に襲われる。彼女たちが初めて感じる絶対的威圧感、絶対的強者から受ける避けられない劣等感だった。
「そ、それで、あなたに一体何がわかると…?」
タツミは震えが収まらない唇でなんとか言葉を発した。それを聞いたイサネはニヤっと笑い、
「それは…。儂が身をもって教えてやろう!!」
身に纏っていたバスローブを放り投げた。
タツミとタイガは絶句した。バスローブから解き放たれたイサネが身についていたのは濃紺の水着。白い名札。いわゆるスクール水着である。イサネは小柄だ。胸もない。まな板だ。絶壁だ。ひっかかるものがなにもない。似合っていると言えば似合ってはいるが、こんなものをこの場で持って来たことに二人はさすがに激怒した。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!! そんな水着のどこがいい!? 水着といえばビキニ! 誰もがそう思っている!」
「あんさんこそグラビアをバカにしていまへんか! 皆、ウチらのおっぱいを見に来とるんや! そないなけったいなぺったんこ、畳んで押し入れにでもしまっとけ!」
あまりの衝撃に息巻いて反論する。しかし、それに対してイサネは、
「後ろを見てみろ」
と、ただそれだけ。そういえば静かすぎる。先程までのざわめきすら、聞こえてこないと二人は不思議に思った。しかし、なぜだかすぐにわかった。
「……泣いている?」
アリーナの観客全員が、涙を流していた。むせび泣く者、号泣するものなく、ただ目から一筋の涙を流している。沈黙。数万人の阿鼻叫喚が嘘のように静けさが全てを支配した。恐らくこの光景を見ている日本中が同じなのだろう。泣いている。ただ静かに。
「感動の涙じゃ」
困惑する二人にイサネが説明をする。
「人間は想像超えた限界まで感動を極めると叫びもせず、騒ぎもせずただ黙って泣く。今のこれがそれじゃ」
「でも、なんでうちらの時にはこんな…」とタイガ。
「貴様らは露出して男たちを煽っていたに過ぎん。貴様らは恵まれた故に『引き』を知らん。露出することに頼りすぎて想像させることを引き出せねば、真のグラビアアイドルとは言えん」
「想像させるとは?」とタツミ。
「我らはグラビアアイドル。決して全てを見せたりはせぬ。水着までが限度。ならば、男たちが水着から想像するものは何じゃ? 一体全部脱いだら…と妄想たくましくするじゃろうのう。だが、貴様たちは初めから妄想の余地を無くして肌を見せてしまった。女の美は本来、隠しつつそして、一瞬の色香を見せることにある。大和撫子こそが日本男子にとって最高なのじゃ」
「…その大和撫子がスクール水着だと?」
信じられないという面持ちでタツミが聞いた。
「これは極論じゃ。しかし、この水着以上に儂に合い、そして、男の心を羽ばたかせるものはない。この幼稚な水着の他にも水着を着たら? 体の線が分かるけどビキニなど着たらどうなるのか? 見えない、見たい。でも、見えない。見せるだけなら、猿にでも出来るわ。人間であるならば、その上を行かねばならぬ」
完敗だ。二人は己の浅ましさを骨の髄まで感じさせられた。そうだ。自分たちは絶叫を起こせても感動まで呼び起こせていない。人間であるならば、感動を作り出さなくてはいけないのだ。もはや投票の必要はない。自分たちにはただの一票も入らないだろう。人間を感動させられない者に栄光はないのだ。
「さすが伝説のグラビアアイドル…。うちらの完敗や」
タイガは素直に頭を垂れた。タツミも続いた。その様子にイサネは満足したようだ。ここまで完全に叩き伏せられるとかえって清々しい気持ちになるのは二人も一緒であった。
「今回のことで学んだことは温故知新ということじゃ。敗北は勝利より学ぶことが多く、吸収も出来る。精進せよ」
イサネは身を翻して、この場を立ち去ろうとしたが、タツミが声をかけた。
「…最後に一つ教えてください」
「なんじゃ?」
「いまお幾つなんですか?」
「あ、ウチも気になる」
刹那、空気が凍った。全身の筋肉から血液まで凍ったようで動けない。目の前には鬼と見紛うばかりの殺気を放つスクール水着の少女。
「……貴様ら、死にたいのか?」
二人は世の中にはまだまだ上がいることを学び、そして意識が途切れた。
おしまい。