出社
駅からあふれ出た人の大きな群れは、やがて分岐してそれぞれの行き先へ収納されていく。
私もその流れに乗って一つのビルに吸い込まれる。
「「「おはようございまーす」」」
足を踏み入れると同時にあちこちで挨拶が交わされる。
何人かに挨拶を返していると、「おはよう!」と後ろから肩を叩かれる。
振り向くと、飲み仲間の絵里子がそこにいた。
「おはよう。」朝から元気な様子につられるように笑顔になる。
「今日からまた一週間仕事だねー。気晴らしに飲みにでも行こうよ?」
「そんなこと言って、『毎日残業で大変!飲みに行く暇なんて!』とか言ってたのは先週じゃなかった?」
「だからー、先週行けなかったから、今週は行くのよ。
『山善』のモツ煮と『清香』のラーメンが私には足りないのよ。」
「お昼に頼んでも出てくると思うよ?」
たわいない雑談をしながら並んで廊下を進むと、見たくない人影がエレベーターホールにあった。
すっ、と手前の階段室の方へ身体を寄せ、
「絵里子、私飲み物買っていくから階段で行くよ。」と断りを入れる。
「そう?じゃあ先行くね。」という返事を聞いてから扉の中に逃げ込む。
未練はないが、正直顔は会わせたくない。
ため息を一つ吐き階段を登り始める私には、扉の向こうでエレベータホールからこちらに向けられた視線に気づく由も無かった。