通勤
足早にエントランスを進む。管理人さんに挨拶をして敷地を抜け歩道に出る。
駅に向かって歩き出しながら、今日の仕事の段取りを考える。
月締めは終わったばかりでさほど急ぐ案件はなかったはずだ。
思考に耽りながら歩いていると、不意に自転車のベルが鳴り響いた。
はっ、として前を見ると、ヘッドフォンをした高校生が突っ込んでくるところだった。
「きゃっ・・・」
思わず出てしまった声とともに身を捻る。
ぶつかりそうな距離でこちらを見もせず通り過ぎていく。
(なんで私が避けなきゃいけないの!?)
みっともない姿を晒した羞恥と、考え事のために周囲への注意を怠った自責の念はあるが、一番先に沸いた感情は怒りだった。
それとともに、怒っても何も出来ない自分にも更に怒りが募る。
(こんな時に守ってくれる人がいたら・・・)
きちんとエスコートしてくれて、身を呈して庇ってくれる。
騎 士のような人に憧れるのは、“自立した”といわれる女性にだってある願望だ。
むしろ仕事で疲弊している分、求める度合いは切実な気がする。
Trrr、Trrrr・・・
携帯の着信音が響く。
一瞬、仕事かと慌てるが、表示された名前を見て肩の力を抜く。
「はい、もしもし?」
『お、おはよー、俺だよ俺』
詐欺師かと思うような名乗りを上げたのは、私の幼なじみの脩司だ。
「おはよう。朝からどうしたの?」
『いや、アレどうなったかと思って。ちゃんと動いてる?』
「うん、順調かな。家の中のことは殆ど出来そうだよ。」
『そっかー、良かった。一応マニュアルも渡したし、室長も心配ないって言うんだけど、物が物だからさ?』
「そうだね、わかるよ。大体は室長さんに調整してもらったし、細かい所はどんどん覚えさせて、って言われたから、かなり好き勝手に使わせて貰ってる。」
『なんか厄介なこと頼んでごめんな?でもまあ、新製品のモニターみたいな感じで楽しんでくれたら助かるよ。』
「あんまり機械とか強くないし、かなり高性能だから使いこなせなさそうだけどね。」
『もともとターゲットはそういう人だから。それに美里は飲み込み早いから平気さ。』
「買いかぶりありがとう。逆にプレッシャーなんだけど?」
『大丈夫だって。とにかく、夜中でもかまわないから何かあったら必ず連絡しろよ?安全装置はついてるけど、なんといってもまだ試作品だからな?』
「わかった。ありがとう。ごめん、もう駅だから」
『あ、忙しいトコごめんな?じゃあまた。』
電話を切って少し晴れ晴れした気分で改札を抜ける。
そうだ、私には騎 士がいるじゃない―――
遅くなりました。
定期更新というのもなかなか難しいものです。
つたない書き物ですが、読んで頂けることに感謝します。