出勤
「行ってきます。」
声をかけながらパンプスを履く。
すぐにキッチンからディアスが出てくる。『行ってきます』を合図にお見送りをするためだ。
いわゆるイケメンが、お見送りをするためにキッチンからエプロンを着けたまま出てくる、というのがなんだか可笑しくて、ついつい笑ってしまった。
「・・・?」
そんな私にディアスはわからない、という顔をして首を少し傾ける。
なんだか妙に人間くさい仕草をされて、一瞬戸惑ってしまう。
「・・・何でもないわ。それより、お見送りをするときは、私が靴を履いてこちらを見たらキスをして、『行ってらっしゃい』と言って笑顔で頷くこと。
帰ってきたら、抱きしめてから『お帰り』と耳元で言うのよ。わかったわね?」
「・・・記憶しました。その動作は今必要でしょうか?」
「そうね。今からやってちょうだい。」
「了解しました。」
そう言うと、目を閉じて躊躇なく顔を近づけてくる。
不思議な程真っ直ぐに近づく顔を目を開いたまま見ていると、見る間に距離が詰められ唇が触れ合う。
予想に反した熱と柔らかさを感じながら、やっぱりセンサーとかで感知してるのかしら、と余計な事を考えてしまった。
「行ってらっしゃい。」
唇を離し、そう言って教えた通りに笑顔で頷く。
「・・・行ってくるわ。私が帰って来るまでに、昨日教えた洗濯と掃除をしておいて。
帰る時間が変更になるときは電話かメールをするから、食事はそれに合わせて作って。」
「・・・確認しました。変更がない場合は時間に余裕ができますが、電源オフでよろしいでしょうか?」
「省電力モードがいいわ。スタンバイ状態にしておいて。」
「了解しました。作業終了後、スタンバイモードに移行します。」
「それじゃ、行ってきます。」
そのまま、ドアを開け階段に向かう。朝はエレベーターがなかなか来ない。早起きしたつもりだが、やはり時間がかかってしまった。
朝から新人研修の講師を務めた後のような疲労感を覚えながら、駅までの道を急ぎ足で歩いた。