日常
「おはようございます、美里」
耳に心地よい声で覚醒を促される。
急速に浮上する意識を掴んで、ゆっくりと目を開ける。
ベッド脇に立つ、無機質な瞳。
「おはよう、ディアス」
上手く回らない口でそう返せば、力強い腕で優しく背中を起こされ軽くハグされる。
そのまま額にキスをされ、微笑み掛けられる。
「おはようございます、美里。よく寝られましたか?」
こくん、と頷けば、今度は両頬に降ってくるキス。
「朝食の用意が出来ています。起きられますか?」
気遣うような声音に、仲良くしたがる瞼が抗えない。
「起きられない。起こして?」
無言で布団が捲られ膝の下に腕が差し込まれて、ベッドに腰掛けさせられる。
「洗面所まで歩けますか?」
「無理。連れて行って。」
あぁ、まるで子供だ。
顔を洗って目を覚ます。
朝食を食べて、食後にコーヒーを飲む。
ディアスと暮らし始めてから、何故か以前より早起きが苦痛で無くなった。
なので朝からこんな余裕もある。
「美里、そろそろ着替えを。」
そう促され、支度を始める。
今日は通販のブラウスにバーゲンのタイトスカート、セミオーダーのジャケット。
『ポイントさえ押さえておけば、それなりに見えるモノよ』
とは室長さんの言だ。
ディアスという大きい出費をした以上、無駄な洋服を買う余裕はない。
「どう?変じゃない?」
「変ではありません。似合っていますよ、美里」
にっこり笑って返される。
後半はともかく、前半は間違ってはいないのだろう。彼の持つネットカタログの商品がその裏付けなのだから。
「いってらっしゃい、美里」
「行ってきます」
キスとハグで別れを告げる。両親が見たら赤面ものだろう。
ドアを開け、廊下を歩き、階段を下りる。
大丈夫、今日もまたやっていける。
私にはディアスという逃げ場があるのだから。