パフェと少女とネコミミと
この状況をどう説明すれば、他人に分かってもらえるだろうか。いや、他人に説明する前に、この状況をどう俺自身が理解できるかが問題だろう。
少し考えては、先ほどウェイトレスが運んできたばかりのブラックコーヒーを飲み、静かに目の前の状況を確認する。
テーブルの向かいに座っているのは、ビールジョッキから溢れんばかりに盛られたパフェを口にしている少女。はたから見たらこれはデートだ。それもこのジョッキパフェをカップルで仲良く食べるという、俗に『ラブラブデート』と呼ばれるものに他ならない。
実においしいシチュエーションなのだが、その、目の前の少女に対して一つ、どうしても気になることがある。肩まで伸びた茶髪の隙間から、ネコミミが見えるのだ。
アクセサリーとして一般に売られているようなものでも、漫画にありそうな本物のネコミミというわけでもない。紙製のネコミミだ。セロハンテープがばっちりはみ出ている、雑な作りの。せめて色鉛筆なり絵の具なりで色が塗ってあればまだ可愛らしいのかもしれないが、それもされていない、白紙が本来持つ、汚れのない真っ白なネコミミ。百歩譲って、白い猫をモチーフにしたとしよう。それでもだ、せめて耳の中はピンクなり赤なり、何か色はつけるべきだ。だが、少女のネコミミは、大小二枚の白紙をテープで貼り付けただけの物。
「ん~、おいしいにゃぁ」
このネコミミ少女は上機嫌でジョッキパフェを食べている。二人でシェアをするのに丁度いいサイズだと聞いていたのだが、どうやら彼女一人で食べ切ってしまいそうな勢いだ。
困ったな。いなくなった猫を探そうと思って出てきたというのに。
昨夜、バイトからの帰りの道だった。梅雨入りをしてからは毎日のように雨続きで、昨夜も大雨だった。少し歩くだけでもビショビショに濡れてしまい、俺は家路を急いでいた。そんな俺は、か細い鳴き声を聞いた。
普段だったら空耳だと言い聞かせて立ち去っているのだが、まるでその声に魅了されてしまったかのように、俺の足は泣き声のしたほうへ向かっていた。
雨に打たれながらも満開の花を咲かせるアジサイの根元に、三毛猫が一匹、丸まっていた。
俺が近づいたことに気づいた猫は、逃げることなく俺を見上げ、「んなー」とまた泣き声を上げる。
「……」
拾って帰ろうかどうか、悩んだ。ペット可のアパートであるため、猫を連れて行くことに問題はない。だが、アサガオの観察日記をつけようとしても、観察すべき花をすぐに枯らしてしまう俺に、果たして猫の世話ができるだろうか。
それでも、体を濡らし弱々しい声で俺を呼ぶ猫を、このまま放ってはおけない気がした。
悩みに悩んで、結局この猫を連れ帰った。なんて気まぐれな人間なのだろうと思う。とはいえ、猫も気まぐれな動物だから、きっと馬は合うだろう。まぁ、相手は猫だが。
丁度一人暮らしにも飽きたところだ。一緒に住むヤツがいたら、少しは楽しくなるかもしれない。
その日の夜は、とりあえずあまっていた一匹のシシャモを猫にやり、その他必要な物は夜が明けてから買いに行こうと思い、俺は眠った。
翌朝、目を覚ました俺の視界へ真っ先に飛び込んだのは、俺のものとは全く違う、潤った可愛らしい唇だった。
驚いて布団から飛ぶように起き上がると、俺の隣にはなぜかスクール水着を着て紙製のネコミミをつけた少女が寝ていたのだ。
これは絶好のチャンスと呼べるのか? とんでもない。あまりに突然すぎる出来事に、俺は叫び声を上げた。
「んんー。まだ眠いにゃ。一体にゃにごとか……」
叫び声に目が覚めたのか、少女は目を擦りながら体を起こす。
「お、お前は何者だ!? 何たってそんな格好で――!」
「ふぁ~あ」
焦る俺などかまいもせず、少女はのん気にあくびをする。それからゆっくりと俺に笑顔を向け、
「礼なら歓迎にゃ。今すぐ言うにゃ」
訳の分からないことを言った。
「意味が分からん! お前、いつの間にここに着た!?」
「にゃにを言う。お主が我を連れてきたにゃ」
俺が? そんな覚えは全くない。
「そんなことより、この格好はどうにゃ? 嬉しいにゃ?」
考えこむ俺をよそに、少女は近づいてグラビアアイドルがするようなポーズを取る。
「それがどうした?」
眉を顰めて呟くと、
「にゃ、にゃにー!?」
少女は先の俺以上に大声で叫んだ。
「そんなハズはにゃいにゃ! スク水は世界を救うというのがこの世界の常識と聞いたにゃぁ!!」
……何情報だ、それは。
「太郎、太郎」
甘い声で呼ばれ、我に返る。
ん? 俺はいつの間に自分の名前を教えただろうか。
「何だ?」
「まだ食べ足りにゃいにゃ。ジョッキパフェもう二つか、いっそのことバケツパフェを頼んではダメにゃ?」
上目遣いで頼んでくるが、
「ダメだ」
溜め息を交えて素早く拒否をする。
ジョッキパフェでも普通のパフェより量も値段も倍はする。それなのに、バケツパフェだと!? 五人で食べても食べきれるかどうか分からない、大盛りが大好きなどこぞの県民性の表れたパフェを食べられるわけがない。
実物を見たことがないため、気になると言えば気になるが、カフェ入り口にあるサンプルを見るだけでも十分だ。俺の顔よりもでかい、一人で器を持ち上げるなんて無理なのではないかと思えるほどのボリュームのパフェ。
当然、店側も複数の客が一緒に食べることを見越しているのか値段は高めだ。
願い出が断られ不機嫌になったのか、少女は頬を膨らませて俺を見上げる。
不服だと言いたそうにしているが、それは俺のほうだ。訳の分からないままに連れて来られ、なぜかパフェを奢ることになったのだから。
「出るぞ」
短く告げて、俺は席を立った。これ以上こんな所で潰す時間は無い。
朝、俺が目を覚ましたときには消えていたあの三毛猫を、一刻も早く見つけなければならないのだ。
昨日の様子だと結構弱っていたようだし、その辺で車に轢かれていたらと思うと――。
「えー、にゃんでにゃ?」
それは俺の台詞だ。
「大体、なんで俺がお前に奢らなければならない?」
義理も理由もない。ただ勢いのまま、今のような現状に陥ったのだ。
もっともな俺の言葉に、少女は瞳を丸くして首を傾げた。どうしてそんなことを言うのかと、聞きたそうな顔だな。なんて図々しいヤツだ。
段々腹の立ってきた俺に、彼女は上目遣いでこう言った。
「ネコミミ美少女とデートができて、嬉しくにゃいにゃ?」
こいつ、自分のことを美少女と明言しやがった。しかし、まぁ、可愛いということは認めよう。紙製のネコミミは気になるが、パッチリとした瞳に潤んだ唇。少し紅潮した頬は……
いや、違う!! 俺よ、落ち着け。相手のペースに流されてしまうのが一番危険だ。確かに周りのヤツらからしたら俺達はデートの真最中として映るだろうが、実際は違う。ただ、俺が割高のパフェを奢らされているだけだ。
とにかく、俺は早く外へ行かないといけない。
「これ以上お前にかまっていられるか。俺は昨日の三毛猫を探しに行く」
「それは無用にゃ。あの猫は我にゃ」
はい!?
「先に礼を言っておくべきだったにゃ。我は雨が苦手のため昨日は助かったにゃ。」
思考回路が停止した俺に、少女は語りだす。
「我は千年生きた『化け猫試験』受験猫にゃ。試験合格のためにも、お主の願いを叶えてやるにゃ」
「はぁ」
って、猫が人間になるなんて馬鹿げた話、そう簡単に信じられるか!
「その顔、我の話を信じられにゃいって顔にゃ」
まさか人の心を読めるのか!?
「そんなことはできにゃいにゃ。お主の顔が正直すぎるにゃ」
……只者じゃないぞ、こいつ。
唾を飲み込む俺を見上げたまま、少女は意気揚々と尋ねる。
「さぁ、願いを言うにゃ」
とにかく、一つだけはっきりしていることがある。
「外に行くぞ」
もう、こいつにパフェを奢るつもりはない。
「どうしてカフェを出たにゃ!? 我はもっとパフェが食べたかったにゃ!」
嗚呼、後ろを歩く少女がうるさい。
財布の中身が心配だった俺は会計を早々と済ませ、あのカフェを後にした。
願いを言えと言われたのだから、早くあの店を出たいという切実な願いを伝え、それを自分で実行したまでだ。それなのに、この千年も生きた猫だという少女は、ずっと同じ文句を口にし、駄々をこねている。
「太郎、にゃにか言うにゃ!!」
いい加減にして欲しい。
ピタリと、前触れもなく俺は足を止めた。
すぐに背中に何かが当たった。後ろを歩いていた少女だろう。
「いきなりにゃんにゃ!?」
「えぇい! さっきからうるさいんだよ!!」
振り向いて、開口一番に叫ぶ。
「パフェ、パフェって、俺にたかるな! このネコミミだって、どうせ作り物だろ!?」
乱暴に、どう見たって雑にできた紙製のネコミミを引っ張った。
「にゃー、痛い! 痛いにゃぁ!!」
テープか何かで髪にくっつけてあるのか、ネコミミはなかなか取れない。こいつ自身も本当に痛がっているように泣き喚く。
「やめるにゃ!」
「うわっ」
顔を引っ掻かれ、俺は思わず手を放した。
本当に猫なのか? こいつの爪、鋭く尖っていて、引っ掻かれた顔がズキズキと痛む。
「あ、すまにゃい、にゃ……」
顔面を両手で覆い痛がっている俺へ、少し俯いて謝ってきた。
なんていうか、今日は最悪だ。
「これ以上俺について来るな!」
乱暴に吐き捨て、肩を落す少女をその場に残し、俺は早足で家路についた。
なんだってこんなにイライラしているんだ!?
朝、起きたら変なヤツが部屋にいて、なぜかそいつへパフェを奢るハメになる。確かにデートのような気分は味わえたが、正直なところそんなものは有難迷惑だ。
手を伸ばして右頬に触れると、鈍い痛みが走った。
なぜか肩を落して小さくなるあいつの姿が脳裏を過ぎる。
「クソッ」
理由の分からない苛立ちに、俺は近くにあった電柱を蹴った。
「――っ」
当然、蹴った右足が痛む。
後ろから、何かうるさい音が鳴った。
黙ってくれ! 俺は今、何も考えたくないんだ。
耳を塞ぎ、その場に立ち尽くす。するともう一度、遠くで騒音がした気がした。
「一体、何なんだよ!?」
苛立ちのまま後ろを振り返る。
目と鼻の先に、鉄の塊がいた。
――えっ?
頭が真っ白になり、
「危にゃいにゃ!!」
少女の、声がした。
脇から体を押され、俺は道の端にある石垣に顔からぶつかった。
俺のすぐ背後を、車が通っていく気配がした。
「っつー」
未だに引っ掻き傷の疼く顔が、さらに痛む。その痛みを振り払うかのように頭を左右に振ると、俺がさっきまで立っていた後方を見る。
そこには、横たわっている人影があった。
あいつだ。紙製のネコミミをしていた変な少女。
車は、もういない。
「お、おい!!」
慌ててそいつに駆け寄った。
まさか、俺の身代わりになって轢かれたのか!? 車のクラクションを無視していた、俺を庇って。
鼓動が早くなり、嫌な汗で背中はビッショリだ。
「しっかりしろよ、おい!」
「無事、にゃ……太郎……?」
声を荒げた俺に、そいつは弱々しく聞いてきた。
「ああ。俺に怪我は無い。だけど、なんだってお前、こんな馬鹿なこと――!?」
まさか、一宿一飯の恩義とでも言うつもりか?
「太郎を、怒らせるつもりは、なかったにゃ……ただ、それだけにゃ……」
パフェのことか? 確かに気にはしていたけど、だからって命をかけてまで俺を助ける必要など、どこにもないはずだ。
どうしようもない遣る瀬無さが、俺の中に積もっていく。
「怪我がなくて、よかった、にゃ――」
「おい!」
目を瞑るな! 死ぬのか、お前!? そんなの、そんなの――。
「お願いだから、死ぬな!!」
叫んだ俺の顔は、さぞかし不恰好だろう。でもそんなことはどうでもいい。自分勝手に腹を立てていた俺を庇い、こいつが死ぬなんてことがどうしても許せなかった。
自分の不甲斐無さに俺の苛立ちはさらに募り、それと同時に何もできない自分自身に虚無感を抱く。
泣いた。大の大人でもあったけれど、周りの目を気にせず、俺は声の限りに泣き喚いた。
遠くからサイレンの音がする。誰かが救急車を呼んでくれたのだろうか。でも、こいつの体がどんどん冷たくなっていくのが分かる。きっと、もう遅い。
両目から零れる涙を、俺は止められない。頬を伝い、それは瞼を閉じた少女の頬も濡らした。
「我のために泣いたにゃ、太郎?」
不意に、腕の中からはっきりと聞こえた声に、俺は自分の耳を疑った。
見下ろせば、さっきまで死にそうにしていたはずの少女が満面の笑みを浮かべて俺を見ている。
「そして我が生きることを願ったにゃ?」
元気そうな声だ。血色も良いな。
「試験官サマ、見ていたにゃー?」
さっきまでの弱っていた姿からは想像もできないくらいに意気軒昂として、少女は声高らかに叫んだ。
俺の両腕から抜け出し、立ち上がって空を仰ぐ。
何が、どうなっている?
困惑していた俺に気がついたのか、そいつは俺に視線を向けた。
「我は千年も生きた猫にゃ。化け猫試験受験猫は、ちょっとやそっとでは死なにゃいにゃ」
はい!?
笑顔で説明する少女のネコミミが、ぼんやりと光りだした。
「今回の試験は、一人の人間の願いを叶え、泣かせることにだったにゃ」
ということは、さっき俺が口走ったことと、泣いたことで……
「太郎のおかげで試験、合格にゃ」
なんだそれは!! 俺の、俺の涙を返せ!
変に疲れた。この脱力感は一体何なのだろう。
とにかく、これでこいつはハレて化け猫になれるということか? それなら、今光っている紙製のネコミミが本物になるのか?
なぜか俺にも緊張感が走った。
ネコミミを包んでいた光が次第に弱くなり、それが、姿を現す。
セロハンテープが雑に貼られ、真っ白だった紙製のネコミミが、今、真っ白で柔らかそうな――フェルト生地のネコミミになって。
「試験官サマ、ありがとうにゃー」
大小の白いフェルト生地をピンク色の糸で縫いつけたネコミミを頭につけて、少女は嬉しそうに飛び跳ねた。
「ま、まままままま待て、何だ、それは!?」
紙から布へと質は向上しているのかもしれない。だが、なんだ? その、前にも変わらない雑なつくりのネコミミは!? 縫い目なんて全く揃っていないじゃないか。
この場合、挙動不審になるな、というほうが少々無理なわけであって。
上機嫌な少女は俺へと向き直り、破顔する。
「化け猫検定一次試験に合格したにゃ。このネコミミは、二次試験の受験資格にゃ」
化け猫になるためには、一次、二次と試験があるのか?
「だから、二次試験も付き合って欲しいにゃ、太郎」
は、ははははは。
「断る!」
「何でにゃ!?」
これ以上付き合いきれるか!!
ギャーギャー喚く俺達に、
「あの、怪我人はどちらに?」
おどおどしながら救急員が尋ねた。
「小説家になろう」にて初投稿作です。
なんだかありきたりなネコミミ少女になってしまいましたが、(私的に)ハメを外したドタバタコメディでした。
『紙製ネコミミ』と『化け猫試験』が、きっと今の自分の精一杯です。
自分の発想力をフル活用して、もっともっと面白い作品を書いていきたいです。
弱輩者の書いた作品ではありますが、少しでも多くの方に楽しんでいただけましたら幸いです^^