俺はうつだ
俺は就職した。今年で二十四になる年。
まだ新品に見えるパリッとしたスーツに袖を通して、革靴の紐を結んで、一人暮らしのアパートを発つ。
会社の始業時間は九時半で、ここから三十分かからないくらいだから、通勤ピークを過ぎた頃に通勤。そこそこ混んでる電車に揺られ、出社。
退屈な研修を朝から夕方まで受ける。本配属は来週。これから四十年の奴隷契約がいよいよスタートすると思うと、憂鬱。
重い足取りでアパートに戻り、スーツをハンガーにかけ、晩ご飯を腹に詰め込む。洗濯をして部屋干し。その後風呂に入る。
それから寝るまで時間が空く。何をしようか――
ふと思い出して、引き出しの奥にファイルに入れて保管していた手紙を取り出す。
あの手紙だ。あれから十年弱、何度も繰り返し読んだから紙がヨレている。
読む度に蘇る、アイツの張り付いた笑顔とうつバトルの日々。あの頃はまだ幼かったと懐かしむ。
俺はアイツが見切りをつけた世界で、ダラダラと生き続けている。高校、大学に入り、就職活動を通して今に至る。
うつは相変わらず、二週間に一度の土曜日に精神科を訪れて処方を受けている。
死にたいほど落ち込むことも珍しくない。会社を辞めてしまって、どこか遠いところで消えてしまいたいと思うこともある。
しかし、怖い。自分の身体がボロボロに朽ちて壊れてしまい、人間の姿をできないで死んでしまうのが。せめて身体は残さないと、両親が葬式を挙げるのに不便だ。
その度にアイツはすごかったんだと思い知らされる。まだ中学生のうちにその決意ができたのだから。俺はこの歳になるまでできないでいるのに。
アイツの原動力は何だったんだろう。別れた父親へのあてつけか、糖尿病になった母親への諦めか、相談相手として力不足だった俺のせいか。
もはや分からない。直接聞いてみないと。
アイツは自分が救われる代償に、最も近しい人を地獄に叩き落とした。先立たれた母親は何を思うのだろう。後追いしたいと嘆くだろうか。父親はどうだろう。母親の傍で泣いてくれるだろうか。
俺もそろそろ、やっていいかもしれない。
俺はうつだ。一生治らない病を抱えて、ほぼ死にかけの毎日を生きている。苦しんでばかりの人生、もう飽き飽きよ。
アイツも許してくれるだろう、会いに行っても。
あの話を続きをしよう。初めて出会った時、俺が無視してしまった、あの問い。
『最期死ぬ前に何食べたい?』
俺はサッポロ塩ラーメン。すりごまをちょっと入れて、ネギ山盛りで。
どうだ、悪くないだろ?
――完




