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 俺は今日もコイツとのお喋りに勤しむ。楽しいからじゃない。コイツに言い負けて、つをバカにされないためだ。うつバトルは常時開催されている。


 ある時、コイツはこんなことを言い出した。


「アンタはさ、夢ってあんがけ?」


 夢だぁ?


「前言ったろ。これから大人になってもうつは変わらない。薬飲んで落ち込んで一生を過ごすんだ。夢なんてあるわけないだろ」


 俺は吐き捨てるように言うが、コイツは俺の顔を見て笑う。


「そんなんおもんないやん。せめて『こうなるんだ』って希望でも持たんと、ホントに死にたくて仕方なくなるやんね」


「だったらお前は何かあんのかよ」


「あるよ。ウチはさぁ……『政治家』になりたいって、昔から思ってのよねぇ」


 はぁ? バカも休み休み言え。


「政治家って難しいんだぞ。知ってるか? 何人もいる候補者から選挙で勝たないといけないし、負けたら職無し。お金ももらえないんだ。生活できない、生きていけないぞ。それに自分一人政治家になったところで何ができる。多数派に揉まれて何もできないだろ。自民党とかに」


「へ〜、よう知っとるね」


「公民でやっただろうが」


「覚えとらんわ」


 俺は肩を落とす。無教養なコイツとはどこか噛み合わない。


「でもでもそれでも政治家なってさ、世界を変えたいんよ。ウチらみたいなうつの人っていっつも苦しいやん? 楽しくないやん? 特にアンタみたいに根性ひん曲がっとる人は、ず~っとうつで悩んでくやんね。そんなのどうにかせんまいけ。もっと気分アゲで生きていたいから、うつの人のためにうつの人のための政治すんががいてもよくない?」


『根性ひん曲がっている』と言われたのはひとまず置いておく。内心むかっ腹が立つが。


 ……うつ病専門の政治家。


 能天気というか非現実的というか幼稚というか。そんなふわっとした目的で政治家になろうなんざ、コイツくらいのものだろう。


「具体的に何すんだよ、政治家になったら。マニフェストは要るだろ」


 ふと興味を持ってしまった。


「ん〜とね、色々あるけど、うつのお薬タダにするとか、うつの病院増やすとか、ウチらみたいなうつ友作る掲示板みたいなの作るとか……あ、それと、一番やりたいこと!」


「何だよ?」


「うつランド作りたい! うつランド! 幸せの楽園!」


 俺はベッドから転げ落ちそうになった。あまりに聞き慣れない言葉に仰天したのだ。


『うつ』と『ランド』、これほど食い違いがある言葉の組み合わせもない。


「何なんだよそれ……」


「うつの人が目一杯楽しめる場所やんね。中身はディズニーランドみたいなんやけどさ。おくすり手帳見せたら入場タダになんの。普通のアトラクションだけじゃなくて、うつの飾りたくさんつけてさ」


「うつの飾り?」


「紫とか青とか灰色とかをぐじゃぐじゃに混ぜ混ぜして、渦巻きとかギザギザとかの形にして、きもちわる〜く壁に塗りたくんの。うつの心の中を表す感じで。きっとキモいよ~」


「よく分からん」


「で、クイズとかもしたいよねぇ。『このうつに効くお薬はなんでしょう?』『この中の誰がうつでしょう?』とかね。正解したらお薬プレゼント。パレードもしたりしてさ、そこの着ぐるみたちがみんなうつでダラ〜っとしてんの。話しかけても、お薬飲んだ後みたいに『あ……う……』くらいしか返事せんの。笑えるやろ?」


「全然。そんなアトラクション嫌すぎる」


「んで食べ物とか飲み物にはさ、お薬たっぷり混ぜて作るの。一口食べたらクラ〜っと寝落ちして動けんくなる。うつの気持ちが味わえていいじゃんね」


 ヤバすぎる。そんな気が滅入る場所、どだい行きたいって思わない。だいいち、


「『うつを売り物にしてバカにしてる』って世間から叩かれるに決まってる。うつ病もそうじゃない人もみんな幸せにならない悪政だ」


「はぁ〜あ。アンタはホンマに、夢も希望もないね。おもんない。ちょっとくらいフワァ〜っとした気持ち、『こんなのがあったらいいなぁ』ってワクワクがあった方が、自分のうつも収まると思うけどねぇ」


「俺は自分の人生をあくまで客観視してる。そのうえで未来が無いと分かっているんだ。いつまでも夢を語るのは現実逃避って言うんだ」


「そっちこそ、悲観してるって言うんじゃないんけ。怖い怖いって何もできんのはせせこまいよ。何でもやってみんと、永遠に良くならんよ、うつなんて。強い心を持ちなよ、ねぇ?」


「……うるせぇ」


 それ以上俺は何も言わなかった。


 コイツの言うことは暴論だ。ずっとそうだ。


 ……だけど、頭の隅では、ちょっと思うところがある。


 『何か目標をもった方がいい』って。よく医者にも言われる。どんなに小さな目標でもいいから、そこに前向きに進んでいくのが、活動のエネルギーが生まれてうつも好転していくんだと。もちろん、無理はしない程度に。


 その点に限っては、コイツが言うことは間違いじゃない。なんなら正論でさえある。


 それがイラついてしょうがない。こんな無教養なやつに諭されるという事実は我慢ならない。


 俺が言っていることも間違ってないはずだ。うつは一生良くならない。どんな夢や希望も一時的なもの、先は無い。


 俺は正しい正しい正しい正しい。俺のうつは俺だけのものだ。そうなんだ。


 俺は掛け布団を頭から被り、会話を中断させた。

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