処方薬バトル
授業中、コイツはどこかポカンとしていて、ちゃんと話を聴いてるか怪しかった。
時折ノートをガリガリ書いたかと思えば、すぐペンを放り出して、頬杖をつく。机の下から足を投げ出す。真面目に聞いてる俺がバカらしく思えるほど、集中力がなかった。
授業が終わって保健室に戻ると、コイツは大きな欠伸を一つしてから、またもや俺に話しかけてきた。
「アンタはどんな薬飲んどるん? うつなんやろ、ウチと同じ。おくすり手帳見せてよ」
俺は目を細める。
「……なんでそんなものお前に教えなきゃいけない」
「ちょっと気にはなるんよね。ウチもうつやうつやゆわれてお医者さんに行っとるけど、他の人がどんなお薬もらっとんがかなぁって。興味があるんよ。ほら、おくすり手帳見せて。やったらウチが先に見せてあげっから。はいこれ」
見たくもないのに、手帳のページを開いて見せてくる。
「ウチが飲んどるんは、ラモトリギン300mgを晩ごはん前、オランザピン1.25mgとボルズィ2.5mgを寝る前やね。ラモトリギン、ホントは500mg飲んでほしいってお医者さん言うんやけど、副作用かなんかで脇の辺りがかゆくなって仕方ないんよね。だから300で止めてもらってる。ボルズィはいいよ、飲んだらすぐ眠くなるから。でも3時間くらい寝たら途中で目ぇ覚めるんよ。『ちゅうとかくせい』ってゆうんやって。面白いよ、ちゅうとかくせい。一回早起きして朝ご飯の菓子パンなんか食べて、二度寝しちゃうのが気持ちよくってさ」
……俺に詳細を話してどうなる。それで自分が救われるわけじゃない。
だけど全く聞き流すこともできなかった。俺も『薬』に思うことがあったのだ。
二年生になってから二週間に一度精神科に行って、薬を色々出してもらっているが、本当に効いているのか分からない。
量が増えたり、そもそも種類が変わったり。飲んでも体調が劇的に変わるわけじゃない。せいぜい眠くなるくらい。
だから、効果が疑わしく思えて仕方ない。飲まなくてもいいんじゃないかとさえ思う。
俺の『薬』は本当に大丈夫なのか?
「アンタのも教えてよ。減るもんじゃなし」
……だからといって教えたくはない。コイツみたいに他人にベラベラしゃべるのが異常なのだ。
俺は口を紡ぐ。
「なんや、教えてくれんがけ? だったらいいわ。アンタ大したお薬もらってないんやね。量も数もウチよりずっと少ないんやろ? だから恥ずかしくて見せれんのやろ? アンタのうつって弱いんやね。ウチの方がよ~っぽどうつがつらいんや~。ウチの勝ち~、うつバトル勝ち~。よわよわうつちゃん、保健室登校やめたらどうや?」
は?
俺はガッと振り向いた。聞き捨てならない。
俺のうつはつらくない、弱いだと?
ふざけるな。これでどれだけ苦労したと思ってる。人前に出られなくなって、ベッドから起き上がれない日もあって、風呂に入れないときもある。そんな俺にお父さんもお母さんも愛想を尽かした。
俺は一人で苦しんでる。それを軽く見るのは許せない。俺は絶対に負けない。
俺はカバンを漁り、おくすり手帳を叩き出した。
「テプレノン50mg、フルボキサミン50mg。どっちも夕食後。一日も欠かさず飲んでる。どっちも二カ月前から新しく処方された薬で、前はイフェクサーってやつを飲んでた。副作用は特に無い。だけど俺だってつらいんだ。これからずっとずっと、大人になってからも効いてるかも分からない薬を飲み続けて、嫌な気持ちが消えないまま過ごすのが怖くてたまらない。休みの日はずっとベッドに潜り込んでる。友達なんてできる気がしない。俺の人生、真っ暗なんだよ」
俺が早口でまくし立てると、コイツは歯を剥き出して笑った。
「へ~、ウチのとは全然違うんやね。オモロ。アンタもちゃんとお薬だしてもらっとるやん。よかったね」
俺はハッとする。
何をしてるんだ、コイツの挑発に乗せられた。うつバトルを仕掛けられた。こんなくだらないことを……
しかし、だ。俺のうつは俺にとって絶対だ。どこまでもつらいものだ。それを否定されないために、戦うしかなかった。
「これからもうつの話いっぱいしようね。ウチら『うつ友』、仲良くせんまいけ」
コイツのことは嫌いだ。それは変わらない。
それなのに、自然と俺はコイツに張り合わざるをえなくなった。話に付き合わなければならなくなった。
はたから見たらこれを、『気を許した』というだろう。




