私もうつ
三年生に上がると同時に、保健室に同居人がやってきた。
先生と《《彼女》》の話をベッドのカーテン越しに盗み聞きするに、俺と同じうつ病持ちらしい。彼女も保健室登校になるという。
落胆した。せっかく一人だけの天国だったのに。これからは彼女に気を遣いながら生活しなければならない。
まぁ、来てしまったのは仕方ない。だって『病気』なのだから。治すこともできない絶望の病なのだから。
同じ境遇として多少共感できるところもあるだろうが、他人は他人。なるべく気にしないようにしよう。
俺はカーテンを閉め、掛け布団を頭まで被り、手元の暗闇の中で、隠れるように読書を始めた。
しかし。
「よっ」
「あぁっ!?」
ジャッとカーテンが開き、俺の掛け布団が剥ぎ取られる。
ふざけんな、何をしやがる。
俺がたいそう怪訝な顔を向けた先には、彼女がいた。
「先住民さん、よろしく。ウチも学校で保健室来ることなったから、ご挨拶」
この一連の所作で、俺は彼女――コイツのことが嫌いになった。他人の領域を踏みにじる無法者だと認定した。
俺は身体ごとこいつに背を向け、読書を再開する。
「何読んどるんけ? タイトルくらい教えてよ」
無視。
しかしコイツは引き下がらない。こいつは傲慢にもベッドを回り込み、俺の正面に来て、無理やり本を掴んできた。
「おい! 放せ!」
「なんけ、『もえよけん、シバリョータロー』……難しそうな本読んどんね。おもしろい?」
こいつは俺の顔を覗き込んでくる。いたたまれなくなって視線を外す。
「ねぇねぇ」
あまりにもうっとうしいから、返事だけはしてやる。
「……おもしろい。土方歳三が人を斬っていくのは読んでて爽快だし、たまに女の人と――《《絡む》》描写があるのが、何かイイ感じ」
《《絡む》》と誤魔化した。『セッ○スが書いてあるぜ、エロいだろ?』なんてクソませたガキ大将のような感想は言いたくなかったから。
彼女は本を掴んだまま鼻を鳴らす。
「ふ~ん、『ひじかたとしぞう』ってあれや、『しんせんぐみ』やろ? ドラマかなんかあるよね」
「社会の授業でも先生が言ってたろ」
「そうなん? ウチあんま授業出んかったから、聞いてなかったんかも」
無教養。ますますこいつのことが気に入らなくなった。
「もういいだろ。放せよ。俺は本を読んでたいから」
「え~、そんなことゆわれても、ウチ暇潰しできるもん、な~んも持ってこんだからさ。次の授業まで――二十分くらいはあっか。もうちょいお話せんけ?」
「ヤダ」
「好きな食べもんある? 最期死ぬ前に何食べたい?『さいごのばんさん』ってやつやね。ウチはねぇ、お寿司! いくらとうにをでかいと山盛りで! それかケーキ! チーズケーキ! 上の茶色のテカテカしたとこがぶ厚いお高いやつ! 頭真っ白なるくらい食べたいよねぇ。ね、アンタは?」
「……」
「ちょっと~」
コイツはずっと俺にしゃべりかけてくる。天気がどうとか、授業の内容が難しいとか、テストの点があまりよくなかったとか……どうでもいいことをずらずらと。
それに訛りが強い。もう年寄りしか話さなくなった、地元由来の方言が口から飛び出ている。それが妙に耳に残って不快に思う。
俺はずっと本を読んでいる(全く集中できず、ただページをなぞるだけだったが……)が、俺が返事をしなくても、ず~っと話を止めない。
とうとう次の授業までしゃべり倒した。
何なんだコイツは。本当にうつ病なのか? あまりにも馴れ馴れしい。そのコミュニケーション能力があるなら、普通のクラスでもやっていけるだろ。わざわざこんなところに来なくたって――
自分で言いかけて止めた。
『こんなところ』とはなんだ、保健室は俺の居場所なんだ。れっきとした住処なんだ。自分で貶めるようなことは言わないようにしよう。
俺は勢いづいて立ち上がり、教科書を持って特別学級へ向かった。コイツも後からついてきた。




