13.勇者の元下僕と勇者の恋人1
アリーとリリアンの話です。暫く続きます。
カラン、カランッ…。
「いらっしゃいませー。」
カラン、カランッ、と喫茶店の扉を開けた時に揺れる鐘の音と共に客を出迎えるマスターの声がアリーの耳に届いた。
「アリー、準備しましょうか!」
「うん。」
アリーの働く喫茶店での仕事は、客からは見えない厨房でずっと1日中調理をする。注文されたものを運んだり、会計をするのはこの喫茶店のマスターとマスターの娘のサヨだけだ。
マスターとサヨは接客だけではなく、状況に応じて調理もする。アリーは接客が苦手という訳ではないが、マスターはアリーに調理に集中して欲しいと思ったらしく自然な流れでこうなった。
サヨとアリーは同い年で仲良くなり、良い職場仲間というだけでなくて友人にもなった。愚痴を言い合い、時に励まし合えるサヨと会えたのはアリーにとってとても幸運だった。
仕事は楽しい事ばかりではない。けれど、村に居た時よりも明らかに充実した日々をアリーは送っていた。
「アリーすまない。オレンジの在庫を確認していなかった。数がもう少ないから買いに行って貰えないか?」
「はい、分かりました。」
マスターの頼みにアリーは頷いて店を出た。調理がメインの仕事であるアリーは数ヶ月に1回ほどのペースで買い出しを頼まれる事がある。
「気をつけてね、アリー。」
「うん、行ってきます!」
アリーが買い出しに向かう市場や店はそう遠くない。何時も通りの道をアリーは歩き、オレンジを買うと喫茶店に戻った。
「…。」
アリーを見つめる視線に、気が付かないまま…。
◆◇◆
「ふぅ~、あともう少しで終わりね!」
サヨが自身の肩を揉みながら息を吐いた。喫茶店の閉店時間まであと10分。客の滞在状況によって遅くなる事も多いが、今は客がいないこのまま早く帰れそうな雰囲気だった。
「2人共お疲れ様。まだ少し時間はあるがそろそろ片付けを始めよう。」
マスターはもう客は来ないと判断し、アリー達に指示を出した。アリーとサヨは頷くと、サヨは客の座る椅子やテーブルを拭き始め、アリーは厨房の掃除を始めた。
カラン、カランッ…。
「っ!、いらっしゃいませー。」
鐘の音と共に、マスターの声が聞こえてアリーは掃除をする手を止めた。マスターの予想は外れて客が入って来たらしい。
早く帰れそうにないなと少し残念に思いながらも、アリーは気持ちを入れ替えて注文されるのを待った。
「…アリー来てくれないか?」
「? は、はい!」
何故かマスターに呼ばれたアリーは、不思議に思いながら厨房を出た。
「マスター、どうしまし…っ!?」
アリーはマスターの隣に立つ存在を、驚いた顔をして見た。
「…お久しぶりですね、アリーさん。」
苦笑いをしたブルーノが、アリーに軽く頭を下げた。
「どうして…。」
アリーは不審そうな顔をしてそう言うと、サヨがアリーの傍に来た。
「アリー、大丈夫? …あの、どちら様ですか?」
サヨはアリーの反応から、ブルーノとアリーが親しい仲とは思えないと判断したらしく、少し警戒したように男を見た。マスターも何とも言えない顔をして、ブルーノを見た。
「驚かせてしまってすみません。ですが、聞いて頂きたい話があります。アリーさんがよく知っている男が、貴女の事を探しています。」
「!?」
ブルーノの言う、“よく知っている男”というのはアスランだろう。アリーはブルーノの顔を見た時から、アスランが関係しているというのは薄々感づいていた。ブルーノは、アリーをアスランの下に連れて行こうとしているのだと警戒する。
しかしその一方で、ブルーノがアスラン、と名前を言わずに伏せながら話した事にアリーは驚いた。
全員が勇者の名前を知っている訳ではないのだろうが勇者アスランの事を話している、とマスターとサヨに分からないように、ブルーノがアリーに配慮しているとしか思えなかった。
「アリーさんは、この店で働いているようですね?」
「っ…。」
困惑した様子でブルーノを見つめるだけのアリーに気にした様子を見せず、ブルーノは話し続ける。
「彼の恋人が貴女と話をしたいと言っています。アリーさん、お願いします。彼女の話を聞いて頂けませんか?」
「…え?」
驚くアリーに、ブルーノはさらに言葉を続ける。
「勿論、アリーさんが嫌なのであれば断っても構いません。何れにしても、僕達は貴女に会えた事を彼に話すつもりはありません。」
「…っ、どうして?」
アリーは目を丸くした。リリアンがアスランに内緒でアリーと話したい事とは何なのか見当がつかない。それにブルーノは“僕達は”アリーに会えた事をアスランに伝えないと言った…それは、アスラン以外の仲間達の事を言っているように思えてしまう。
「……。」
アリーはブルーノと視線を合わせながら考える。リリアンがアリーを気に食わないと初対面から思っていた事は知っている。だからアスランと再会出来ないようにしようと仲間達と結託したのではないかと考えた。
そして他の2人もアリーがアスランに文句を言った場面を見ている。彼らからしてみればアリーの印象は良くないだろうし、大いにあり得そうな話だ。
それならアリーとしても損はない。面倒臭いが、適当に話を聞き流してアスランと会わないようにすれば良いだけだ。しかし、もしアリーを油断させてアスランと会わせる事が目的ならばとても面倒臭い事になると、アリーは気持ちが沈む。
「勝手ですみませんが、僕達も自由に動ける訳ではありません。あまり長居すると、彼に怪しまれてしまうかもしれません。明日の昼に僕達の誰かがこの店に来る事にします。もし、彼女と話して頂けるのであれば、アリーさんの都合の良い時間をその時に教えて下さい。話す気がなければ無視して構いません。」
「っ…!」
だがブルーノの言葉と提案に、アリーは自分で考えた可能性が薄れていった。ただ文句を言うだけにしては手間のかかる提案だ。そしてアリーとアスランを会わせるなら、今この場にアスランを連れてくれば良かっただけなのに、そうしなかった…。
「…。」
「…考えます。」
ブルーノは何も言わずに真剣にアリーを見つめてくる。その様子に、そこまでしてリリアンが話したい事が何であるのか少し気になってしまったアリーは断る事が出来なかった。
ただバロウに相談したい、という思いがあったので頷く事はしなかった。
「…有難うございます。では、失礼します。」
ブルーノはお礼を言うと一礼して、そのまま店を出て行った…。
「ごめんなさい。マスター、サヨ。」
アリーは2人を巻き込んだ事を謝罪した。
次回、リリアンが出ます。今回は出番がありませんでした 笑
ここまで読んで頂き有難うございました! もし宜しければこれからも読んで頂けると嬉しいです!




