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Out of Reference   作者: あめたす


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8/10

第8話:最初のボスと「予兆」の正体


「……Now Loading…」


商業都市ログスの北門付近。

空間がガラスのようにひび割れ、カイが放った「仮想自由落下」の衝撃が、三体の『迷い子の監視者』を地面へと叩き伏せた。


「……あ、あ……」


エレナの瞳に、微かな色彩が戻る。システムの強制執行モードが、物理的な衝撃によって一時的に解除されたのだ。


「カイ……様? 私、何を……」


「気にするな。ちょっと寝ぼけて神様の電波を受信してただけだ」


カイはぶっきらぼうに答え、ひび割れた世界のテクスチャが自己修復されていくのを冷ややかな目で眺めた。

そこへ、遅れてやってきたレオンが、息を切らせながら叫ぶ。


「おいカイ! 勝手に一人で『未実装エリア』の壁を殴るなよ! ギルドから正式なクエストが発行されたんだぞ。ほら、これだ!」


レオンが掲げた羊皮紙には、いかにも王道RPGらしい依頼が記されていた。


【緊急クエスト:西の森の主、大蜘蛛アラクネを討伐せよ!】


「……アラクネね。いかにも序盤のボスって感じだな」


カイは皮肉を呟きながら、エレナの様子を伺った。彼女はまだ少し震えていたが、レオンが持ってきた「クエスト発行」という絶対的なスクリプトに引きずられるように、再び「聖女」の顔を作りはじめていた。


一行は、指定された『西の森』へと足を踏み入れた。

そこは、ルシード村の周辺とは違い、敵のレベル設定が一段階上がっている。


「よし、行くぞ! 勇者の剣、一閃!」


レオンが抜剣し、襲いかかる雑魚モンスター森の野犬に斬りかかる。

しかし、カイの目には、その戦闘が滑稽に映っていた。


「レオン、左。あと0.5秒後に、その犬は『噛みつき・強』の予備動作として右足を3センチ引く。そこを狙え」


「ええい、細かいことを言うな! 勇者は直感で戦うものなんだ!」


レオンの攻撃が空を切る。

野犬はまるで見えないレールの上を走るように、不自然な軌道でバックステップを踏んだ。


「カイ様、私も加勢します! [強制浄化] !」


エレナが杖を振るう。


(システム音:ピコン!)


光が野犬を直撃する。

ダメージを与えるかと思いきや、野犬の毛並みがシャンプーのCMのごとくサラサラになり、眩いばかりの光沢を放ち始めた。


「わあ、見てください! モンスターが清潔になりました!」


「エレナさん、それ攻撃魔法じゃないから! 敵を綺麗にしてどうするんだよ、洗剤の精霊かあんたは!」


「でも、汚れは0.01秒で分解されましたよ?」


胸を張るエレナ。ピカピカに輝きすぎて目潰し状態になった野犬を、レオンが「うおっ、眩しい!?」と目を擦りながら適当に斬り倒した。


「……このパーティ、効率が悪すぎる。僕が測量してなかったら、最初の村の近所で全滅してただろうな」


カイは呆れ果てて、自分の測量杭の数値を調整した。


森の最深部。

異様に太い糸が張り巡らされた広場に、その「主」は待ち構えていた。


大蜘蛛アラクネ。


その巨大な身体を支える足の関節を、カイは静かに『測量』する。


「……INT(知力)は低いが、攻撃パターンが完全に固定されているな」


ボス戦が始まった。

アラクネが鋭い脚を振り上げる。レオンが「受けて立つ!」と盾を構えるが、カイはその襟首を掴んで強引に引き寄せた。


「下がれ、レオン。……3、2、1。そこだ」


直後、レオンがいた場所に巨大な脚が突き刺さる。

地面が砕け、凄まじい衝撃波が広がるが、カイたちは一歩も動かずにそれを回避していた。


「カイ、お前……なんで全部わかるんだ?」


「わかるさ。こいつの動きは『命』のやり取りじゃない。ただの『プログラムされた反復』だ」


カイの瞳には、アラクネの周囲に展開される赤い半透明の矩形——【当たり判定ヒットボックス】が見えていた。


アラクネが口を大きく開く。

その瞬間、地面に広範囲の赤い円状のマークが投影される。


「次は毒霧か。エレナさん、そこから右に3歩。……レオン、お前はアラクネの右後ろ足の『隙間』に滑り込め。そこだけは当たり判定が存在しない『安地』だ」


「アンチ? なんだそれは?」


「理屈はいいから動け! 殺されたいのか!」


カイの怒声に、レオンが弾かれたように動く。

アラクネは、目の前に標的がいるにもかかわらず、全く関係のない方向へ毒霧を吐き出し続けた。

ターゲットの座標を認識できず、スクリプトが空回りしているのだ。

カイはその光景を、冷めた目で見ていた。


(……これが、この世界の『強さ』の正体か。命を懸けた死闘なんてどこにもない。ただ、用意された正解のマス目を踏み続けるだけの作業だ)


アラクネが断末魔を上げる。

だがその声も、以前別の場所で聞いた「監視者」の消滅音と周波数が酷似していた。


アラクネのHPが10%を切ったとき、世界の処理速度が急激に低下した。


「【 警告。ボス個体の挙動が予測範囲を逸脱しています。……強制フェーズ移行。 】」


アラクネの身体が黒く変色し、その姿がバグったようにブレ始める。

システムがカイの「効率的すぎる攻略」をノイズと判断し、強制的に難易度を書き換えたのだ。


「うわっ、なんだ!? 蜘蛛が……消えた!?」


レオンが狼狽する。

アラクネは物理的な質量を無視した速度で瞬間移動を繰り返し、予測不能な位置から攻撃を仕掛けてくる。

カイの『測量眼』でも捉えきれない、フレーム単位のワープ。


「……くっ、システム側が無理やりクロック数を上げやがったか!」


衝撃波でレオンが吹き飛ばされ、エレナが悲鳴を上げる。

アラクネの脚が、防御を解かれたエレナの胸元へ突き出された。


「逃げ……!」


レオンの叫び。

だが、カイはその瞬間、自らその死角へと飛び込んだ。


「逃げるかよ……! 正解のマス目がないなら、自分で座標を書き込むまでだ!」


カイはスキルの極致——[座標の強制固定] を、自らの肉体に発動した。

激痛が走る。

自分という存在の定義を、無理やり世界のグリッドに釘付けにする行為。

アラクネの鋭い脚がカイの肩を貫くが、カイは一歩も退かない。


「……捕まえたぞ、手抜きモデルが」


肩を貫かれたまま、カイは血に濡れた手でアラクネの頭部に測量杭を叩きつけた。


「【 100メートルの仮想自由落下……直接インストール(ゼロ距離発動)! 】」


ドォォォォォン!!

アラクネの頭部が、存在しない重力に押し潰されて爆散する。

システム上のHPに関わらず、存在の定義を破壊されたモンスターは、ノイズを撒き散らして消滅した。

静寂が訪れる。

肩から血を流しながら、カイは膝をついた。


「カイ! 大丈夫か!?」


レオンが駆け寄る。エレナが震える手で治癒魔法を唱えようとするが、カイはそれを手で制した。


「……いい。この傷は……僕が、この世界の『外側』に逆らった証拠だ……」


カイは、治癒魔法によって傷跡さえ残さず「初期化」されることを拒んだ。

損を承知で、痛みを抱えたまま生きる。

それが、彼が初めて示した、この世界への明確な反逆だった。


「……さあ、報酬を回収して帰るぞ。……今夜は、不味いシチューを、ちゃんと味わって食ってやる」


空には、相変わらず不自然なほど美しい月が浮かんでいた。

だが、カイの肩に残る痛みだけは、どんな高解像度のテクスチャよりも「本物」だった。


[LUK: 999 (Overflowing...)]


[World Stability: 98.2% → 97.8%]



「……Now Saving…」

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