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Out of Reference   作者: あめたす


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第4話:聖女エレナ



「……Now Loading…」


「おいレオン、この店……なんだか座標がおかしくないか?」


商業都市ログスのメインストリート外れにある武器屋『アイアン・ロジック』の暖簾をくぐりながら、カイは眉をひそめた。

一歩店内に足を踏み入れるごとに、足元の石畳のテクスチャが微妙に解像度を下げている。


「何を言ってるんだい、カイ! 見てくれ、この剣の輝きを! まるで僕たちを待っていたかのようだ!」


レオンは店内に並んだ「鋼鉄の剣(攻撃力+12)」を手に取り、ブンブンと素振りを始めた。

店主の重戦士ダグ——筋骨隆々とした大男だが、その動きはまるで決まった軌道をなぞるクランク装置のように正確で、無駄だ。


「いらっしゃい、勇者様。……おや、あんたの連れは随分と熱心に柱を測ってるな」


「【 いらっしゃいませ。最高の一振りをお探しですか? 】だろ? 知ってるよ」


カイは店主の挨拶を遮るように、柱の垂直度を測量杭で確認した。

0.1度の狂いもない。この建物の全重量を支える主要構造部が、物理計算を無視した「浮遊オブジェクト」として定義されている。


「……ケッ。支えてるふりだけかよ。この店ごといつか消えそうだな」


カイが皮肉を吐き捨てながら店内を物色していると、店の隅、光が差し込むベンチに座る一人の少女が目に留まった。

透き通るような銀髪と、清廉な白の法衣。

彼女の周囲だけ、まるで後光が差しているかのようにライティングの設定が一段階明るい。


「……あ、あの。こんにちは」


少女が立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

その足取りは優雅だが、カイの目には、彼女の足が地面から数ミリ浮いたまま滑るように移動しているのが見えていた。


「私はエレナ。神の声に導かれ、この場所で『運命の二人』を待っておりました」


「『運命の二人』だって? ほら見ろカイ! やっぱり僕たちの旅は神に祝福されているんだ!」


レオンが鼻息を荒くして身を乗り出す。

カイはエレナの瞳をじっと覗き込んだ。その瞳は美しい青色をしているが、奥底に「焦点」が合っていない。まるで、目の前の二人を見ているのではなく、さらにその奥にある「文字情報」を読み取っているような——。


「【 聖女エレナがパーティへの加入を希望しています。許可しますか? 】」


カイの視界に、無機質なウィンドウがポップアップした。


PARTY INVITE

[聖女エレナ] Lv.15 / 職業:僧侶

「はい」を選択すると物語が進行します。


「……拒否いいえ、って選択肢はないわけか。相変わらずだな」


カイは溜息をつき、空中の「はい」を指で弾いた。


「よろしく、エレナさん。僕はカイ、こっちは脳筋勇者のレオン。期待に応えられるかどうかは、世界のサーバー機嫌次第だけどな」


「うふふ、カイ様は面白い方ですね。……あら?」


エレナが微笑んだ瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。

瞳のハイライトが消え、無機質な電子音のような声が彼女の唇から漏れる。


「…………神託を……受信中……。……北西、3キロの地点に、魔物の気配を感じます」


「エレナ?」


レオンが心配そうに顔を覗き込むが、彼女は数秒間フリーズしたまま。

カイは気づいていた。

彼女が「神」と呼んでいるものは、この世界を管理するプログラムそのものだ。彼女はその指示を脳内に直接「ダウンロード」させられている。


「……っ、ふぅ。失礼しました。神様が、西の洞窟へ行けと仰っています。そこには『最初の試練』が待ち受けているそうです」


一瞬で元の聖女に戻った彼女は、何事もなかったかのように微笑む。

だが、カイは見逃さなかった。

彼女の頬を、一筋の汗が伝っているのを。

人形のように管理されながらも、その肉体は「情報の過負荷」に悲鳴を上げている。


「……西の洞窟か。効率的なフラグ回収だこと。なあ、レオン。行くんだろ?」


「もちろんだ! 聖女様がそう仰るなら、間違いはない。さあ、冒険の始まりだ!」


レオンは意気揚々と店を出ていく。

その後ろを、エレナがしずしずと付いていく。

カイは最後に一人、店内に残った。

ダグは、売れた剣の代わりに新しい剣を棚に並べる「ルーチンワーク」を繰り返している。その腕の筋肉は、武器屋の親父にしては異常なほど発達しており、かつて戦士として戦っていたのだろう。


「……ダグさん。あんた、昔はもっと重いものを持ってたんじゃないのか?」


「【 鋼鉄の剣は、初心者から上級者まで愛用される名品ですよ 】」


「…………そうか。悪かったよ」


カイは背を向け、店を出た。

自分の足音だけが、石畳の上で不自然に高く響く。

外に出ると、レオンとエレナが並んで歩いていた。

その光景は、誰が見ても完璧な「勇者一行」の絵面だった。

だがカイの測量眼には、二人の間に流れる「時間の精度」がわずかにズレているのが見えていた。


「ねえ、エレナ。君は、その……『神様』の言うことに疑問を持ったことはないのか?」


追いついたカイが、歩きながら尋ねた。

エレナは不思議そうに小首を傾げる。


「疑問、ですか? 神様はいつも正しい導きをくださいます。迷ったときは、神様の声を聴けば、一番正しい答えが……」


「『一番効率の良い答え』だろ」


カイの冷ややかな言葉に、エレナが言葉を詰まらせる。

その時、彼女が不意に、レオンにも聞こえないほどの小声で呟いた。


「……でも、時々……とても、怖くなるんです。……私の口が、私の意志とは関係なく、勝手に動いているような気がして」


「…………」


カイは足を止めた。

エレナも足を止め、驚いたように自分の口元を押さえた。

今の言葉は、彼女の設定にはないはずのものだ。

カイの皮肉が、彼女の中に蓄積された「違和感」という名のバグを、一瞬だけ表層に引きずり出したのだ。


「【 エレナ様? 何か仰いましたか? 】」


前を歩いていたレオンが振り返る。

エレナは即座に、いつもの完璧な微笑みを貼り付けた。


「いいえ、なんでもありません、レオン様。……さあ、急ぎましょう」


彼女は再び歩き出す。

その背中は、先ほどよりも小さく、脆いものに見えた。


(……救いがないな、この世界は)


カイは空を仰いだ。

太陽は今日も、計算され尽くした軌道を寸分違わず移動している。

自分たちは、役割という名のレールの上を走らされる駒に過ぎない。

だが、今のエレナの呟きだけは、どのデータにも存在しない「本物の声」だった。


「待てよ、レオン! 先走るな! ……エレナさんも、あんまり神様を過信するなよ。あいつ、結構適当だからな!」


カイは声を張り上げ、二人の後を追った。

測量士としての仕事が、また一つ増えた。

世界の距離を測るだけじゃない。

この「聖女」という役割に閉じ込められた少女が、いつか自分の言葉で叫び出せるような、その「心の余白」を測り、固定してやる必要がある。


[PARTY MEMBER JOINED!]

[聖女エレナ] が仲間に加わりました。

※パーティが3名になりました。次の「役割」との接触まで、あと1スロットです。


「……Now Saving…」

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