第31話:聖域アーカイブ、書き換えられる正義
第31話:聖域アーカイブ、書き換えられる正義
「……Now Loading…」
黄金色の光が、視界を焼き尽くすほどに膨れ上がる。
先ほどまでいたログスの裏路地、湿った石畳の感触、そして仲間の体温までもが、強引なホワイトアウトによって「消去」されていく。
「……っ、みんな! 離れるな!」
カイの叫びも虚しく、重力そのものが反転したような感覚に襲われる。
次に足裏に伝わってきたのは、冷たく、異常なほど滑らかな大理石の質感だった。
カイが目を開けると、そこは巨大な大聖堂の内部だった。天井は見上げるほどに高く、ステンドグラスからは慈愛に満ちた黄金の光が降り注いでいる。
だが、その光景はあまりにも「完璧」すぎて、生理的な嫌悪感を煽った。
「ここは……聖域、アーカイブ……?」
カイのすぐ隣で、レオンが聖剣を構えたまま立ち尽くしている。エレナとユースも無事なようだが、二人ともその光景に圧倒されていた。
大聖堂の壁際。そこには果てしない数の「本」が並ぶ書架が、円環を描くようにそびえ立っていた。
「【 システム・メッセージ 】:聖域アーカイブへようこそ。現在、世界設定の再同期を行っています。しばらくお待ちください」
空耳ではない。聖堂全体が、巨大なスピーカーになったかのように無機質な声が響く。
「再同期……? 勝手なこと言うな。僕たちは自分の意志でここに来たんだ」
カイが書架の一つに歩み寄り、一冊の本を手に取る。表紙には「勇者アルベリクの功績」と記されていた。
ページを捲る。そこには、アルベリクが魔王を倒し、世界に平和をもたらした輝かしい物語が、流麗な文字で書き連ねられている。
「……おかしいな」
カイが冷笑を浮かべる。
「僕たちが戦ったアルベリクは、魔王として配置された『バグの塊』だった。でも、この本の中じゃ、彼は今もどこかの隠居先で幸せに暮らしてることになってる」
「えっ……? でも、私たちが聞いた教会の教えでも、アルベリク様は……」
エレナが困惑したように本を覗き込む。
その瞬間、本の文字が不自然にうごめいた。
「見ろ。今、書き換わったぞ」
カイが指差す先。先ほどまで「幸せに暮らしている」とあった一文が、滲むように消え、全く別の内容に更新されていく。
『――アルベリクは、新たな魔王の出現により、聖域にて再び剣を執った。彼は今、迷える者たちを導く「門番」としてここにいる』
背後で、重厚な扉が開く音がした。
振り返ると、そこには白銀の鎧を纏った騎士が立っていた。
アルベリク・フォン・エイデン。
鉄の砦で出会った時の、あのノイズ混じりの悲壮な姿ではない。まるで「初期状態」に戻されたかのような、若々しく、一点の曇りもない正義の騎士としての姿。
「……誰だ、貴公らは。ここは聖域。許可なき者の立ち入りは禁じられている」
アルベリクの声には、カイたちとの記憶など一欠片も残っていなかった。
「アルベリクさん……? 俺だ、レオンだ! 一緒に砦で会ったじゃないか!」
レオンが叫び、詰め寄ろうとする。
だが、アルベリクは迷いなく剣を抜き、その切っ先をレオンの喉元に突きつけた。
「知らぬ名だ。私はこの聖域の記録を守る者。世界の調和を乱すノイズは、排除せねばならん」
「ノイズ……だと? あんた、自分が何回書き換えられたか覚えてないのかよ!」
ユースが弓を引き絞るが、アルベリクの瞳には何の揺らぎもなかった。
彼の背後にある書架から、無数のページが剥がれ落ち、蝶のように舞い上がる。その一枚一枚に、レオンやエレナの「新しい役割」がリアルタイムで書き込まれているのがカイには見えた。
『聖女エレナ:迷いを捨て、再び神の代弁者となる』
『勇者レオン:自身の過ちを悔い、正規ルートへ復帰する』
「……ふざけるな」
カイが測量杭を強く握りしめる。
「僕たちが流した汗も、ユースが消えた時の絶望も、全部『なかったこと』にして、また都合のいい台本を押し付けるのか」
「カイ様……。私、分かります。この光、温かいけれど……私の心を殺そうとしています」
エレナが震える手で杖を抱えた。彼女の瞳から光が消えかかる。システムの強制同期が、彼女の精神を「NPC」へと引き戻そうとしているのだ。
「エレナ、レオン! 耳を貸すな! そいつはアルベリクじゃない! ただの『システム』だ!」
カイは測量杭を、床の大理石に思い切り突き立てた。
【 測量スキル:履歴参照 】
カイの足元から、青白いグリッド線が放射状に広がる。
それは聖域の「美しい現在」を透過し、その下に隠された「積み上げられた嘘」を暴き出していく。
黄金の光に照らされた大聖堂の床の下に、無数の「失敗作の死体」と、黒く塗りつぶされた「削除済みデータ」が、地層のように重なっているのが見えた。
「見ろよ、アルベリク。あんたの足元にあるのは、栄光じゃない。あんたが『魔物』として殺された時の、数え切れないほどの敗北ログだ!」
アルベリクの動きが、一瞬だけフリーズした。
彼の銀色の鎧に、ピリピリと黒いノイズが走る。
「……私は……世界の、守護……。……魔王、を……殺……っ、私は、何……を……?」
「思い出せなんて言わない。ただ、その『違和感』を抱えたまま、僕たちを止めに来いよ!」
カイは一歩も引かなかった。
レベルやステータスでは説明できない、剥き出しの意志。
「レオン!こいつを倒すんじゃない、こいつの『設定』をぶち壊すんだ! 一発殴って、現実を教えてやれ!」
レオンは、言葉を返さなかった。
ただ、顔を歪め、唇から血が出るほど食いしばり、台本にはない「怒り」を込めて、聖剣を振り上げた。
黄金の聖域に、不協和音が鳴り響く。
それは、物語が「現実」へと変わるための、最初の一撃だった。
「……Now Saving…」




