第3話:ギルドの受付嬢
「……Now Loading…」
「うわあ……すごい活気だ。ねえカイ、あそこで売ってる串焼き、一本食べてみないか?」
「……レオン、悪いけど僕はそれどころじゃない。今、この街の『描画限界』を調べてるんだ」
商業都市ログス。
広場の中央で、カイは巻尺を握りしめたまま、行き交う人々を凝視していた。
レオンが指差した串焼き屋の店主は、3秒に一度、全く同じ角度で肉をひっくり返し、隣の客は5秒に一度、全く同じタイミングでジョッキを煽っている。
「完璧だ。完璧すぎて反吐が出る」
カイが測量杭を石畳の隙間に差し込む。
精密測量――発動。
[SKILL: 精密測量]
対象:ログス中央広場・通行密度
観測結果:全NPCの移動ルートが24パターンのループで構成されていることを確認。
警告:これ以上の過度な観測は、システムの「負荷」として処理される可能性があります。
「……ふん、脅しかよ」
カイは皮肉げに口角を上げた。
視界の端で、通行人の一人が一瞬だけ「カクッ」とフリーズし、次の瞬間には何事もなかったかのように歩き出す。世界の処理が追いついていない証拠だ。
「さあ、カイ! 立ち止まってないでギルドへ行こう! 最高の仲間が見つかるはずだ!」
「はいはい。最高の『初期装備』を持った、都合のいい仲間ね」
レオンに背中を猛プッシュされながら、カイは街の北側にそびえ立つ巨大な建物――冒険者ギルド本部へと足を踏み入れた。
ギルドの内部は、外の喧騒を凝縮したような熱気に包まれていた。
壁一面に貼られた依頼書。装備を自慢し合う戦士たち。
そして、その中央にある受付カウンターには、数人の女性職員が並んでいた。
レオンが迷わず、最も長い列ができている窓口へ向かう。
そこにいたのは、落ち着いた雰囲気の、どこにでもいそうな――それでいて、妙に記憶に残る顔立ちをした女性だった。
「【 こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか? 】」
彼女は、絵に描いたようなプロフェッショナルな笑顔でレオンを迎えた。
「新規のパーティ登録をお願いしたい! 僕はレオン。こっちは相棒の測量士、カイだ!」
「【 かしこまりました、レオン様。では、お連れ様のステータスカードをこちらへ。 】」
カイは黙って、自分のカードをカウンターに置いた。
彼女がそれに触れた瞬間。
「…………」
彼女の動きが、止まった。
数ミリ秒ではない。明確に1秒以上、彼女の瞳から光が消え、深い「沈黙」がギルドの一角を支配した。
(なんだ……? バグか?)
カイが身構えたその時、彼女がゆっくりと顔を上げた。
貼り付けたような笑顔ではない。どこか、悲しげで、懐かしむような――プログラムには存在しないはずの「表情」が、彼女の頬をかすめた。
「……Cランク……測量士……。……やっと、会えた……?」
消え入りそうな声。
それは台本にはない、彼女自身の「ログ」が漏れ出したような響きだった。
「え……? 今、なんて」
カイが問い返そうとした直後。
(システム音:キィィィィィン!)
耳を劈くような高周波のノイズが、カイの脳内だけで鳴り響いた。
[SYSTEM MESSAGE]
不正なメモリ参照を検出。
NPC ID:10028 [Receptionist] の思考プロセスを再初期化します。
「あっ――」
彼女の瞳が、一瞬だけ白濁した。
そして次の瞬間には、元の「完璧な受付嬢」の笑顔に戻っていた。
「【 大変失礼いたしました。カイ様、Cランク測量士ですね。登録を完了しました。 】」
「おい、ちょっと待て。さっき、僕に何か言おうとしただろ?」
「【 冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか? 】」
「……っ。ループに入ったか」
カイは拳を握りしめた。
彼女は、かつてカイと出会っていた。あるいは、この「物語」の以前の周回で、重要な役割を担っていたのかもしれない。
だが、システムはそれを許さない。
彼女が「個体」としての記憶を持とうとするたびに、無慈悲な初期化が走るのだ。
「カイ? どうしたんだ、そんなに彼女の顔を覗き込んで。……もしかして、一目惚れ?」
「バカ言え。……ただ、少しだけ『測り間違い』をしただけだよ」
カイは力なく笑い、レオンと共にカウンターを離れた。
背後で、彼女が次の中年戦士に向かって「【 本日はどのようなご用件でしょうか? 】」と繰り返す声が聞こえる。
「よし! 登録も済んだし、次は装備の補充だ! カイ、ここの武器屋は有名なんだぞ」
「……レオン。君、さっきの彼女に違和感を持たなかったのか?」
「違和感? とっても親切で、素敵な受付嬢さんだったじゃないか」
レオンは本気でそう言っている。
システムによる「認識の修正」。レオンにとって、今の彼女のフリーズは「なかったこと」として処理されているのだ。
「……そうか。そうだよな。覚えてるのは、僕だけでいいんだ」
カイは、自分の右手に刻まれた巻尺の感触を確かめた。
誰にも気づかれない。誰にも共有されない。
この世界の「歪み」をログとして蓄積し続けること。それがどれほど孤独で、泥臭い戦いであるかを、カイはログスの喧騒の中で噛み締めていた。
(見てろよ、管理者……。全部測ってやる。この世界のインチキも、あの子から奪った記憶の量も、全部だ)
皮肉屋の測量士の瞳に、静かな、だが決して消えない「拒絶」の火が灯った。
その時、カイの視界に再びウィンドウが浮かぶ。
[AUTO SAVE COMPLETE]
NEW QUEST: [運命の再配置] が開始されました。
LUK: 999 (Fixed)
「……ケッ。運がいいのも、考えものだな」
カイは独り言を吐き捨て、勇者の背中を追って、偽りの活気に満ちた街へと踏み出した。
[Now Saving...]




