第29話:失敗作の産声、あるいは断末魔
第29話:失敗作の産声、あるいは断末魔
「……Now Loading…」
ログスの街へと続く街道は、すでに「街道」としての体を成していなかった。
カイたちが一歩進むたびに、足元の土の色が不自然な原色に反転し、街を囲むはずの美麗な背景が、読み込みに失敗した看板のようにガタガタと震えている。
「【 直ちに正規ルートへ復帰してください 】」
道を歩いていたはずの行商人が、首を180度回転させてカイを凝視する。その口からは、先ほどまで売っていたリンゴの宣伝ではなく、無機質な警告音だけが漏れていた。
「……うるさいな。正規ルートなんて、昨日僕たちがゴミ捨て場に捨ててきたよ」
カイは吐き捨てるように言い、震える足で街の門をくぐった。
だが、門を抜けた先に広がっていたのは、活気ある商業都市ログスではなかった。
「な、なんだ……これ。街が、溶けてる……?」
レオンが絶句し、腰の聖剣に手をかけた。
建物の壁面には、本来描かれるはずのないソースコードが浮かび上がり、空からは雨ではなく、黒い立方体のノイズが降り注いでいる。街の中央広場にいたはずの群衆は、一箇所に重なり合い、巨大な肉の塊のような「バグ」となって蠢いていた。
その時、広場の中心から、聞いたこともないような不快な音が響き渡った。
金属を擦り合わせるような音。赤ん坊の泣き声。そして、聞き覚えのある「誰か」の笑い声。
「……ギギ、……カイ様。……今日は……いい、……天気、ですね……」
バグの塊の中から、一つの形が形成されていく。
それは、森の獣、崩れた石材、そして――かつてカイが救おうとして、救えなかった人々の顔が継ぎ接ぎになった、異形の怪物だった。
「【 NEW ENEMY 】: [ ログ・キメラ ] が出現しました 」
「……嘘だろ。こんな化け物までいるのか……!」
ユースが弓を引き絞るが、その腕は目に見えて震えている。怪物の鳴き声の中に、昨日共に酒を飲んだギルドの仲間の声が混ざっているのだ。
「【 助けて、熱い、……おいしい石が、……レベルアップ! 】」
ログ・キメラが、支離滅裂なログを吐き散らしながら突進してくる。
その巨体が地面を叩くたび、世界の座標が書き換わり、周囲の風景が「削除」されていく。
「下がってろ、みんな! こいつに触れたら、存在そのものが消されるぞ!」
カイは前に出た。
座標を固定する。だが、相手はあまりにも多くの「死んだデータ」の集合体だ。点が多すぎて、一本の測量杭では抑えきれない。
「カイ! 俺が行く! 勇者の、俺が……!」
レオンが叫び、無理やり上がったレベルに任せて突進しようとする。
だが、カイはそのレオンの襟首を掴んで、後方へ投げ飛ばした。
「馬鹿か! お前のレベルは『飾り』だ! そんなハリボテの剣で斬ったら、お前ごとエラーに巻き込まれるぞ!」
「でも、俺が勇者なら……! 仲間を守るのが、俺の役割だろ!」
「役割なんてクソ食らえだ! ……ユース! 震えてる暇があったら、あの怪物の『胸の右側』を狙え! そこだけ、描画レートが他と違う。あそこが、無理やり統合されたコアだ!」
カイの冷徹な指摘に、ユースがハッとして目を見開く。
測量士の目には、怪物の周囲に展開される「当たり判定」の歪みが、赤黒いノイズとして透けて見えていた。
「わ、わかった……! やってやるよ! 死んだ仲間の声で鳴くんじゃねえ!」
ユースが放った一撃は、怪物の胸部を貫いた。
激しいスパーク。ログ・キメラの体が、一瞬だけ人の姿に戻り、そして再び異形へと崩れる。
「【 カイ様……ギ、ギ……どうせ、僕なんて…… 】」
怪物が、カイの口癖を模倣した。
その瞬間、カイの胸に、鋭い痛みが走る。
自分が吐き捨ててきた言葉。自分が諦めてきた時間。
それらすべてが、システムのゴミとして再配置され、自分を殺そうとしている。
「……ああ、そうだよね。僕たちはみんな、ただのデータだよ」
カイは測量杭を、怪物の足元に突き立てた。
「でも、僕たちが流した汗も、無駄な皮肉も、全部このログには刻まれてるんだ。お前みたいな『ゴミ捨て場』が、勝手に僕たちの名前を語るな!」
【 測量スキル:絶対座標固定 】
カイの叫びと共に、ログ・キメラの動きが完全に静止した。
怪物の足元の空間が、純白の「未定義領域」へと強制的に上書きされる。
「レオン! 今だ! 名言も叫びもいらない、ただの『物理攻撃』を叩き込め!」
レオンは、言葉を発しなかった。
彼はただ、歯を食いしばり、顔を歪めながら、折れそうなほど強く聖剣を振り抜いた。
勇者としての華麗なアクションではない。
泥を這い、役割に抗い、ただ一人の「人間」として放つ、無骨な一撃。
光が溢れた。
ログ・キメラが、0と1の海へと還っていく。
静寂が訪れる。
街の風景は、不自然なほど静かだった。
崩れた壁も、溶けた石畳も、次の瞬間には「修復」という名の初期化が行われ、何事もなかったかのような商業都市ログスが再生されていく。
「……勝った、のか?」
ユースが膝をつき、肩で息をする。
だが、カイの視線は、街の入り口に立つ「一人の少女」に釘付けになっていた。
感情を一切感じさせない無機質な瞳。
浮遊する幾何学的な紋章。
「……チェック。……異常個体の排除に失敗。……再配置、およびデバッグを推奨」
彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、カイの視界は、真っ暗なノイズに包まれた。
「……Now Saving…」




