第28話:世界の綻び、剥き出しの虚無
第28話:世界の綻び、剥き出しの虚無
「……Now Loading…」
カイは、かつての仲間たちの困惑を置き去りにして、道なき道を進んでいた。
本来なら、Lv. 10のパーティーが数時間をかけて森の魔物と戦い、リソースを削りながら進むべき「正規ルート」を、彼は鼻で笑って無視する。
「おい、カイ! そっちは崖だぞ! 戻れ、死ぬ気か!?」
背後でレオンが必死に叫んでいる。「仲間を案じる声」が、今のカイにはノイズにしか聞こえない。
「死なないよ。ここのテクスチャ、重なりが甘いからね」
カイは測量杭の先端を、何もない空間に突き立てた。
システムの裏側、座標の継ぎ目。測量士として世界を数字で捉え続けたカイには、そこが「世界の終わり」ではなく、単なる「設定ミス」にしか見えなかった。
【 測量スキル:高低差把握 】を発動。
(システム音:ピコン!)
カイが座標を無理やり書き換えると、目の前の断崖絶壁が、まるで紙細工のようにペラリと捲れた。
「……よし。ここを滑り落ちれば、ボスの部屋の真上に出る」
「な、なんだって……!? 世界が、歪んでいるのか……?」
エレナが青ざめた顔で呟く。彼女の「神」への信仰心が、物理法則の崩壊を目の当たりにして激しく揺れ動いている。瞳の端には、小さなエラーログが明滅していた。
「聖女様、神様なんかに祈っても無駄だよ。……行くよ」
カイは躊躇なく、歪んだ空間へと身を投げ出した。
「うわあああぁぁぁ!」
レオン、エレナ、そしてユースが、不可抗力の「追従プログラム」によってカイの後に続く。
彼らが落下したのは、本来なら数時間後のイベントで到達するはずの、森の最深部――「大蜘蛛の巣」だった。
「……痛たた。おいカイ、一体何を……」
レオンが腰をさすりながら立ち上がる。だが、彼の言葉は途中で止まった。
目の前の光景が、あまりにも「異常」だったからだ。
そこには、巨大な蜘蛛の魔物がいた。
しかし、その姿は異様だった。
蜘蛛の半身は完成しているが、もう半分は白黒の格子模様――未描画のポリゴンが剥き出しになっている。さらに、ボスの頭上には大きな文字が浮いていた。
【 ERROR: ASSET NOT FOUND 】
【 待機中:イベントフラグ「第3節・森の守護者」が未達成です 】
「……なんだ、これ。魔物……なのか?」
ユースが弓を構えようとするが、指先が震えている。
魔物は動かない。ただ、一定の間隔で「ギギギ……」と、録音された音声を再生する機械のように鳴き声を繰り返すだけだ。
「カイ様……これは、一体……? 私たちの知る世界は、こんなにも不気味なものなのですか?」
エレナの声が震える。
カイは冷めた目で、動かないボスを見上げた。
「これが『効率化』の正体だよ、エレナ。僕たちが決められた手順を踏まないと、世界は準備すらしてくれない。中身のないガワだけのハリボテ。……レオン、やってよ。動かない敵を斬るくらい、今の君でもできるだろ?」
「……動かない敵を? そんなの、勇者の戦いじゃない!」
「いいからやれよ! 君がそうやって『勇者』を演じ続けるから、世界はリセットを繰り返すんだ!」
カイの怒鳴り声に、レオンはびくりと肩を揺らした。
レオンは迷いながらも、剥き出しのバグデータに向かって聖剣を振り下ろす。
手応えはなかった。
剣が触れた瞬間、大蜘蛛の体はガラスのように砕け散り、血の代わりに大量の文字列が溢れ出した。
CRITICAL ERROR
BOSS_FLAG_SKIP: TRUE
RECALCULATING WORLD STATE...
「【 LEVEL UP! 】」
「【 LEVEL UP! 】」
「【 LEVEL UP! 】」
本来なら一回きりのファンファーレが、耳障りな音量で連続して鳴り響く。
レオンたちのレベルが、異常な速度で「20」「30」と跳ね上がっていく。
「あ、あはは……なんだこれ。力が、勝手に入ってくる……。気持ち悪い、気持ち悪いよカイ!」
ユースが自分の手を見つめて震え出す。
その時、森の空が――数ミリ秒だけ、激しくフリーズした。
ログスの街へ戻る街道。
一行を包む空気は、かつての軽快さなど微塵もなかった。
「……なあ、カイ」
ユースが、消え入るような声で話しかけてくる。
その瞳には、先ほどまでの無機質な輝きではなく、確かな「恐怖」が宿っていた。
「俺……さっきの戦いの最中、一瞬だけ思い出したんだ」
カイの足が止まる。
「俺、前にも……あの蜘蛛に食われそうになったことがあった気がする。でも、その時は、お前が測量杭で蜘蛛の足を止めてくれて……レオンがトドメを刺して……」
「ユース、お前……」
「思い出さない方が、良かったのかな。……昨日、お前たちが笑いながら酒を飲んでたことも、全部。……なあ、カイ。俺たちは、何なんだ? 誰に、踊らされてるんだ?」
ユースの問いに、カイは答えることができなかった。
ふと、周囲を見渡すと、道ゆくNPCたちが一斉に足を止め、こちらを振り向いていた。
村人A、行商人B、警備兵C。
彼らの顔は、すべて同じ無表情な「能面」のようになり、口々に同じ言葉を発する。
「【 異常な進行を検知しました 】」
「【 スクリプトの整合性が失われています 】」
「【 直ちに正規ルートへ復帰してください 】」
街のテクスチャが、砂嵐のようにザラつき始める。
世界の嘘に触れ、フラグを強引にへし折った代償。
「……悪いけど、正規ルートなんて知らないよ。僕は測量士だからね。自分が歩いた場所こそが、正しい座標なんだ」
カイは測量杭を強く握りしめた。
世界が歪もうと、リセットされようと、ユースが「思い出した」という事実だけは、このログ(記憶)だけは、絶対に上書きさせない。
「……Now Saving…」




