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Out of Reference   作者: あめたす


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第27話:勇者の資質、測量士の怠惰

第27話:勇者の資質、測量士の怠惰


「……Now Loading…」


 ギルドの大理石の床に膝をつき、カイは荒い呼吸を繰り返していた。

 周囲の冒険者たちは、突然絶叫したカイを「情緒不安定な若者」を見るような、あるいは「出来の悪いコメディ」を見るような、薄い関心で見つめている。


「……【 大丈夫ですか? 無理な修行は禁物ですよ 】」


「【 冒険者ギルドへようこそ。ここでは依頼の受注が可能です 】」


 投げかけられる言葉のすべてが、フレームに嵌められた定型文。

 昨日、肩を組んで「お前は最高だ」と笑い合った戦士も、今は見向きもせずに掲示板の依頼書を眺めている。


(……笑えない。1ミリも、笑えないぞ……!)


 カイは立ち上がり、ふらつく足取りでギルドを出た。

 目の前には、昨日と同じ場所で、昨日と同じ角度で太陽に照らされた商業都市ログスの街並みが広がっている。

 

「おーい、カイ! どこへ行ったのかと思えば」


 背後から快活な声がした。レオンだ。

 その隣には、聖母のような微笑みを浮かべたエレナと、欠伸をしながら首の後ろを掻くユースが並んでいる。


「さあ、出発だ。まずは西の森へ向かって、ゴブリン退治から始めようぜ。魔王討伐への輝かしい第一歩だ!」


 レオンが、新品の聖剣の柄を叩いて胸を張る。

 カイは、その「輝かしい」という言葉の軽さに、吐き気がした。


「……ゴブリン? レオン、何言ってるんだ。僕たちは昨日、魔王を倒したんだぞ。受付嬢さんが魔王になって、それをユースの矢と僕の測量で……」


「ははは! 傑作だな、カイ」


 レオンが腹を抱えて笑う。


「魔王をもう倒しただって? 夢でも見てたのか? 俺たちはまだ、この街から一歩も出てないんだぜ」


「……カイ様、お疲れのようですね。あとで『ヒール』をかけて差し上げます」


 エレナが慈愛に満ちた瞳で、だが、その奥にある「虚無」を隠しもせずに言った。


「ユース……お前もか? お前、消えたんだぞ。僕がどれだけ……!」


 カイが詰め寄ると、ユースは面倒そうに肩をすくめた。


「よせよ、カイ。俺が消えるわけないだろ。俺がいないと、このパーティーの『遠距離火力枠』が空いちゃうぜ? ほら、行こうぜ。クエストの時間は有限なんだからさ」


 カイは、彼らの言葉の端々に混じる「スロット」や「火力」といったシステム用語の残滓に、背筋が凍った。

 彼らはもう、カイが愛した仲間ではない。

 ただ、この世界という舞台を回すための、精巧な「操り人形アセット」だ。


(……ああ、そうか。わかったよ)


 カイは、乾いた笑いを漏らした。

 怒りや悲しみを通り越し、猛烈な「怠惰」が彼を支配し始める。


「……わかった。行こう。西の森だっけ? ゴブリンだよね」


「そうこなくっちゃ! さあ、勇者レオン一行、出発だ!」


 西の森。

 そこは、RPGの序盤における「教科書通り」の場所だった。

 緩やかな木漏れ日、適度な起伏、そして――倒されるために配置された、ひ弱なゴブリンたち。


「【 ギギッ! 人間、死ね! 】」


 現れたゴブリンが、台本通りの台詞を吐いて棍棒を振り上げる。

 レオンが鮮やかに剣を抜き、聖騎士としての基本動作で迎え撃つ。


「はあぁぁっ! 聖なる一撃!」


 本来なら、Lv. 58のカイから見れば、それは「スローモーション」ですらない。

 座標演算をするまでもなく、ゴブリンの心臓の位置には真っ赤な「当たり判定ヒットボックス」が透けて見えている。


(……面倒くさい)


 カイは、木に背を預けて座り込んだ。

 手にした測量杭を、手遊びのように回す。


「おい、カイ! 何してるんだ、遊んでないで援護しろよ!」


 レオンが苦戦するフリをしながら叫ぶ。

 Lv. 10の勇者にとって、このゴブリンは「適度な強敵」として設定されているのだ。


「……無理。今日は体調悪い。測量ミスで座標がズレてるから、歩くのもやっとだよ」


「なんだって!? 測量士がそんなことでどうするんだ!」


「どうせゴブリンでしょ。レオンなら一人で倒せるって。頑張れー、勇者様ー」


 カイは、あえて「やる気のないNPC」を演じることにした。

 世界が「物語」を求めているのなら、その物語を最高に退屈なものにしてやる。

 

「カイ様、そんな……! 仲間を見捨てるなんて、聖典の教えに反します!」


 エレナがショックを受けたようなモーションを取る。

「聖典? ああ、それ昨日書き換わってたやつだよね。気にしなくていいよ」


「カイ、お前……マジでどうしちまったんだよ?」


 ユースが矢を放ちながら、呆れたように言う。

 カイは、彼らの反応を無視して、足元の地面を測量し始めた。

 

(……ここだ。この座標。1ミリもズレてない)

 昨日、激戦の末に平和を勝ち取った場所と、全く同じ座標。

 だが、そこには何の手応えもない。

 

「【 LEVEL UP! 】」


 不意に、レオンの頭上にファンファーレが鳴り響いた。


「よし! 力が湧いてくるぞ! カイ、見てたか? 俺の成長を!」


「……ああ、すごいね。攻撃力が『2』も上がったね。おめでとう」


 カイの冷めた言葉に、レオンは一瞬だけ、フリーズした。

 その顔は、プログラムにない「皮肉」というデータを受信し、処理しきれずに回路がショートしかけているようだった。


「……あ、ああ。……そうだな。俺は、強くなる。魔王を、倒すために」


 レオンの言葉が、機械的なリフレインに戻る。

 カイは、確信した。

 

 この世界は、カイの「意思」や「絶望」すらも、物語のスパイスとして吸収しようとしている。

 「気弱で皮肉屋な測量士が、一時的にスランプに陥る」というイベントとして、処理しようとしているのだ。


(ふざけるな。……誰がそのレールに乗ってやるか)


 カイは、立ち上がった。

 

「ねえ、レオン。魔王を倒す最短ルート、知りたい?」


「最短ルート? 何を言ってるんだ、冒険は一歩ずつ……」


「いいから。……こっちだよ」


 カイは、測量杭を地面に突き刺した。

 

【 測量スキル:高低差把握 】を発動。


(システム音:ピコン!)


 カイの脳内に、西の森の「ワイヤーフレーム」が展開される。

 本来、ここはLv. 10のパーティーが2時間をかけて突破するように設計されたマップだ。

 だが、カイには見えている。

 森の奥にある、未実装エリアを仕切る「透明なコリジョン」の隙間を。


「……ここの座標を『-12.00』に微調整して、と。……よし、このまま進めば、ボスの部屋まで30秒で着けるよ」


「カイ!? 何をしてるんだ、そんな険しい崖を……!」


「いいから。僕についてくれば『効率的』だよ。レオン、君は『最強の勇者』になりたいんだろ?」

 カイの瞳には、かつての温かみはなかった。

 あるのは、世界という「プログラム」に対する、冷徹な殺意にも似た観測眼。


(……僕たちが流した血が『無駄』だったと言うのなら、この世界そのものを『無駄』にしてやる)


 カイは、わざと物語のフラグをへし折り、効率化という名の毒を、この「王道RPG」に流し込み始めた。


「……Now Saving…」

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