第26話:眩い光のなかで
第26話:眩い光のなかで
「……Now Loading…」
差し込む朝陽が、瞼を白く焼いた。
カイはゆっくりと目を覚ます。昨夜の酒が少し残っているのか、頭がわずかに重い。だが、その不快感さえも、二度と繰り返されない「今日」が始まった証のように思えて、どこか愛おしかった。
「……あ、あー。よく寝た……」
カイは大きく深呼吸をし、身支度を整えた。宿屋の一階から、香ばしいパンの焼ける匂いと、活気ある話し声が漏れ聞こえてくる。
「最高の朝だ。……本当に」
一歩、一歩。
昨日の足跡が、上書きされずに残っていく。
そんな当たり前の幸福を噛み締めながら、カイは階段を下り、食堂の扉を開けた。
「おはよう、みんな。よく眠れ……」
挨拶を言いかけたカイの言葉が、喉の奥で凍り付いた。
そこにいたのは。
昨日と同じ装備。
昨日と同じ座り位置。
そして――泣いて、笑って、消えたはずの仲間だった。
「? なあカイ、遅いぞ。魔王討伐への出発は刻一刻と迫ってるんだ。寝ぼけてるのか?」
レオンが、ピカピカの、一の傷もない聖剣をテーブルに立てかけて、豪快に笑う。
その隣には、慈愛に満ちた、だが「昨日カイの皮肉を模倣した」はずの情緒が消え失せた、完璧な笑顔のエレナ。
「……ユース?」
カイの視線が、パーティーの端に座る青年に釘付けになる。
消去されたはずだった、軽薄な弓使い。
彼はリンゴをかじりながら、飄々とした態度で手を挙げた。
「おはよ、カイ。なんか顔色悪いぜ? 昨日の夜、一人でエール飲みすぎたんじゃないの?」
血の気が引いていく。
カイは震える指先で、彼らの頭上に視線を向けた。
レオン:Lv. 10
エレナ:Lv. 10
ユース:Lv. 10
昨夜、Lv. 60間近まで上がっていたはずの彼らの数値が、「10」に巻き戻っている。
装備も、昨日の激戦でボロボロになったはずの盾も、欠けた聖剣も、すべてが新品の初期装備に戻されていた。
「嘘だ……。だって、昨日は、あんなに……」
「昨日? カイ、何の話だ?」
レオンが不思議そうに首を傾げる。
「昨日は一日、この街で装備を整えてたじゃないか。受付嬢さんに挨拶して、酒場で景気付けをして。……さあ、今日こそ、世界を脅かす『魔王』を倒しにいくぞ!」
カイはたまらず、食堂を飛び出した。
外の景色は、昨日と全く同じ、完璧な朝だった。
だが。
「【 今日はいい天気ですね。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」
道ゆく村人Aが、昨日と全く同じタイミングで、全く同じ角度で頭を下げた。
「【 勇者様! 魔王を倒してくださいね! 】」
昨日、涙を流してカイの肩を抱いた老人が、初めて会う客に対するような、よそよそしい「定型文」を吐き出す。
カイはそのまま、冒険者ギルドへと走り込んだ。
「あ、カイ様。おはようございます」
受付嬢が、そこにはいた。
昨日、カイの横でエールを注ぎ、「苦いけど美味しい」と笑い合ったはずの女性。
彼女の瞳には、記憶の輝きなど微塵もなかった。
「いらっしゃいませ。……クエストの受注ですか? それとも、ステータスの確認でしょうか?」
カイは、震える手で自分のステータス画面を呼び出した。
カイ:Lv. 58
状態:【激しい動揺】
LUK:999(Error)
自分だけが。
自分だけが、昨日の続きに取り残されている。
「……あああああああああああああ!」
ギルドの中央で、カイは絶叫した。
昨日の宴も、流した血も、確定したはずの平和も。
すべては「なかったこと」にされ、物語という名の巨大な洗濯機にかけられて、真っ白に洗い流されていた。
「嘘だろ……。僕たちが必死に足掻いてるこの1秒を、また『振り出し』から始めろって言うのか!?」
カイの足元。
昨日、確かに打ち込んだはずの『ユースの銀矢』を括り付けた測量杭は、影も形もなく消え去っていた。
世界は何事もなかったかのように、新しい「第1話」を、完璧に始めていた。
「……Now Saving…」




