第24話:定義の書き換え
第24話:定義の書き換え
「……Now Loading…」
2度目の開戦。
視界の端で踊るシステムログは、先ほどと一分一秒の狂いもなく同じ文字列を吐き出していた。
「カイ、また来るぞ! 散れっ!」
レオンの叫び。それすらも、録音された音声を再生しているかのように、カイの耳には無機質に響く。
魔王――ログスの受付嬢だったモノが、優雅に指を弾く。黒い泥のような衝撃波が、前回の戦闘と「全く同じ座標」を粉砕した。
(わかってる。次は左から黒い雷が来る、その後に全方位への重力波が来る……!)
カイは泥臭く地面を転がり、数ミリ秒の差で攻撃を回避する。
脳が焼けるような既視感。
「【聖なる祈り(セイント・レイ)】!」
「我は不動の壁なり!」
エレナの光、アルベールの盾。そのすべてが、完璧な「再演」として繰り返される。
魔王の周囲に浮かぶ、巨大な選択肢のウィンドウがカイを嘲笑う。
[ 最初からやり直す ]
[ 敗北を受け入れる ]
「誰が選ぶかよ……! あんな『はい』か『YES』しかない選択肢なんて!」
カイは杭を握り直し、魔王の懐へと飛び込んだ。
二度目の討伐。
レオンの聖剣が再びコアを貫き、魔王が粒子となって霧散する。
CONGRATULATIONS!
魔王を討伐しました。
世界に平和が訪れました。
だが、余韻すら許されない。
ファンファーレの音色が不自然に途切れ、巻き戻るレコードのようなノイズと共に、光の粒子が再び「受付嬢」の形に凝縮されていく。
MA-OH : HP 0 / 999,999
[RE-LOADING...]
MA-OH : HP 999,999 / 999,999
「いらっしゃいませ……。……戦闘を開始します……」
「……っ、またかよ! いい加減にしろ!」
レオンが絶望の声を上げる。
三度目の変身シーン。カイは、ドレスへと変わっていく彼女の瞳を見た。そこには感情も、意志も、記憶の残滓さえない。ただの「役割」という名のプログラムが、そこに立っているだけだった。
「無駄ですよ、カイ様……。……蓄積されない努力は、データ……。……消去される時間は、無価値……」
魔王の言葉が、カイの心を削る。
レオンの剣に鋭さがなくなり、エレナの祈りが掠れ、アルベールの盾に亀裂が入る。
彼らの疲弊は「本物」なのに、敵の復活という「嘘」によって、そのすべてが無に帰そうとしていた。
[ 最初からやり直す ]
[ 敗北を受け入れる ]
目前に迫る選択肢。
カイの視界が、怒りと疲労で赤く染まる。
「無価値な時間……? ふざけるな。僕たちが必死に足掻いてるこの一秒を、勝手に『無』にするなよ……!」
カイは、ポケットから二つの「異物」を取り出した。
アルベリクが落とした『折れた黒剣の破片』。
そして、消えた友の唯一の形見、『ユースの銀矢』。
それらは、この「完璧な物語」において、本来あるべきではないバグの結晶だ。
「これだけは、お前のシステムに記録されてないはずだ。……ユース、力を貸せ。測量士の、泥臭い逆転劇を見せてやる!」
カイは測量杭の先端に、黒剣の破片を強引に括り付け、その上から銀矢の弦で幾重にも固定した。
【測量スキル:履歴参照】
――最大展開!
杭が、黒と銀の混ざり合った不気味な光を放つ。
カイは魔王の放つ黒い雷をあえて回避せず、肩を焼かれながら肉薄した。
「計算外……。……その装備は……定義されていませ……」
「定義なんて、自分で決めるんだよ! 今、この瞬間、この座標に! 『僕たちの生きた証』を固定する!」
カイは渾身の力を込め、黒剣と銀矢の合体した杭を、魔王の足元の「影」――すなわち、データの根源へと突き立てた。
(システム音:ガギィィィィィィィン!)
空間が激しく震動し、魔王の身体が激しいノイズに包まれる。
復活のルーチンが、本来読み込まれるはずのない「外部データ(ユースたちの記憶)」に衝突し、致命的なエラーを引き起こしていた。
「レオン! 今度こそ、トドメだ! 上書きさせない一撃を叩き込め!」
「おおおおおっ! これで……終わりだぁぁぁ!」
レオンが咆哮し、光り輝く聖剣が魔王の核を粉砕した。
三度目の、絶叫。
今度は粒子にならなかった。魔王の身体は、ひび割れたガラスのように砕け散り、その背後の空間ごと爆発した。
吹き荒れる風が収まり、静寂が訪れる。
視界の中央。
いつもの黄金色のファンファーレが鳴り響く。
CONGRATULATIONS!
魔王を討伐しました。
世界に平和が訪れました。
カイは膝をつき、激しく喘ぎながら周囲を見渡した。
溶け落ちる赤文字も、強制リロードのウィンドウも、現れない。
ただ、暗黒のキャッシュ領域に、勝利を祝う空虚な音楽だけが虚しく響き続けている。
「……終わった……?」
レオンが震える声で尋ねる。
カイは、地面に深く突き刺さったままの杭に手をかけた。そこには、確かに『黒剣の破片』と『銀矢』が、折れることなく残っていた。
測量スキルで周辺を確認する。
魔王の反応、NaN。
リロード命令、Time-out。
「ああ……。今度こそ、終わったよ」
カイの言葉を聞いた途端、レオンとエレナがその場に座り込んだ。アルベールも盾を杖代わりにし、深く首を垂れる。
本当に終わったのだ。
書き換えられ、上書きされ続けた戦いが、ついに「確定した事実」として刻まれた。
「……Now Saving…」




