第22話:魔王降臨
第22話:魔王降臨
「……Now Loading…」
視界を埋め尽くすノイズの奔流を抜け、カイが辿り着いたのは、音のない世界だった。
鉄の砦フェーズの地下、地図には存在しないはずの「キャッシュ領域」。
そこは、石造りの壁が所々剥がれ落ち、その向こう側に星空とも電子の海ともつかない暗黒が覗く、不気味な空間だった。
「……ユース。……アルベリクさん」
カイは、かつてユースが愛用していた壊れた弓の弦を指に巻き付け、その痛みを唯一の道標として暗闇を進む。
測量スキルを起動しても、返ってくる数値は「NaN(非数)」と「Error」の羅列。床のタイルは踏みしめるたびに形状を変え、重力さえも一定ではない。
(信じられるのは、手に残った感触だけ、か。……ハッ、測量士に言うセリフじゃないな、ジャック)
皮肉を吐いて自分を鼓舞する。
しばらく進むと、前方に不自然なほど白い、光の溜まり場が見えた。
そこに、一人の女性が立っていた。
「……え?」
カイの心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
見覚えのある、落ち着いた紺色の制服。
商業都市ログスで、自分をパーティへ送り出したギルドの受付嬢だった。
「……あ、なた……どうして、ここに……」
彼女は、まるで客を待つ時のように完璧な姿勢で立っていた。
しかし、その顔には表情がない。瞳は焦点が合わず、虚空を見つめている。
彼女の唇が、ゆっくりと動いた。
「いらっしゃいませ……Cランク、測量士……カイ様……」
その声は、優しげな響きのまま、幾重にも重なったノイズを孕んでいた。
「ギルドの……受付……? なんで、こんな場所に……」
「ご案内いたします……。……貴方の、役割……。……貴方の、終着点……」
彼女が虚空に手をかざすと、その指先から黒い泥のような液体が溢れ出した。
液体は瞬く間に彼女の制服を侵食し、禍々しい漆黒のドレスへと変貌させていく。
背中からは、折れた翼のような結晶体が突き出し、頭上には不吉な王冠が形成された。
「……ッ!? なんだ、これ……変異か!?」
カイは咄嗟に測量杭を引き抜き、身構える。
目の前にいるのは、もう親切な受付嬢ではない。
圧倒的な質量。セカイそのものを威圧する、巨大な「悪」の定義。
WARNING: BOSS_ENTITY DETECTED
NAME: [ADMIN_ERROR / MA-OH]
CLASS: [WORLD_REWRITER]
「定義の……書き換えを開始します……。……カイ様……。……貴方は、ここで……死にゆく『端役』として、固定されるのです……」
魔王が、静かに宣告した。
彼女が指を弾くと、カイの足元の座標が爆発した。
「ぐわぁぁぁ!!」
物理的な衝撃ではない。自分の「存在」そのものを根底から否定されるような、魂を削る衝撃。
カイは地面を転がり、激しく吐血した。
「……ふざけんな……! 誰が、端役だ……!」
カイは測量眼を限界まで見開く。
魔王の周囲には、無数の「浮遊する選択肢」が浮かんでいた。
[ 絶望 ] [ 敗北 ] [ 忘却 ] ――。
彼女はそれらを選び取ることで、現実を自在に操作している。
「……貴方の、物語は……ここで、完結……。……無駄な、抵抗は……システムを、汚すだけです……」
魔王が振り下ろした黒い雷が、カイの肩を貫く。
痛い。熱い。
レベル32。それでも、この存在の前では一撃でHPがレッドゾーンまで削られる。
カイは震える膝を叩き、杭を地面に突き立てた。
「無駄……だと? ……笑わせるな……!」
カイは、ポケットから「折れた黒剣の破片」と「ユースの銀矢」を取り出し、杭の基部に無理やり括り付けた。
「システムが……お前が、どんな役割を押し付けようと……! 僕の手にある、この痛みのログだけは……絶対に上書きさせない!!」
【測量スキル:履歴参照】
発動!
杭から青白い光が放たれる。
それは魔王が押し付ける「今この瞬間の定義」を拒絶し、消されたはずの「昨日の真実」を無理やり座標に固定する、孤独な反逆。
「……エラー。……参照……不可。……なぜ……拒否するのですか……」
魔王の無機質な瞳に、一瞬だけ困惑の色が走った。
その隙を見逃さない。
「ここだ……! 当たり判定、最大展開!!」
カイが魔王の懐へ飛び込む。
だが、魔王の周囲に展開された絶対防御の隔壁に、カイの杭は弾き飛ばされた。
圧倒的な絶望。
魔王の手に、終焉を告げる漆黒の光球が収束される。
「……さようなら、測量士……。……貴方は、良い……NPCでした……」
放たれる光。
死を覚悟した、その時だった。
「――光よ!! 悪しき定義を撃ち払え!!」
轟音と共に、金色の閃光がカイの前で爆発し、黒い光を相殺した。
「……え?」
爆煙の向こうから、聞き覚えのある力強い足音が響く。
「待たせたな、カイ! なんだか知らねえが、路地裏に巨大な穴が空いてたんで、飛び込んできたぜ!」
「……カイ様! ご無事ですか!?」
レオンとエレナ。
そして、その背後には重厚な鎧を纏ったアルベールまでもが立っていた。
「……レオン? エレナ……? なんで、お前ら……」
「わからん! だが、お前の悲鳴が聞こえた気がしたんだ!」
レオンは抜刀し、その剣先を魔王へと向けた。
彼の瞳には、記憶を消去されたはずの「友」を助けようとする、理屈を超えた熱い意志が宿っている。
カイは口元の血を拭い、自嘲気味に笑った。
目から熱いものが溢れるのを、皮肉な言葉で誤魔化す。
「……レオン、エレナ、アルベールさん。……あいつは、セカイそのものだ。……触れただけで、お前たちの記憶も、存在も消えるかもしれない」
「はっ、上等だ! 冒険ってのは、最初からそういうもんだろ?」
レオンが不敵に笑う。
「……イレギュラー……。……パーティ、再編成を確認……」
魔王の声が一段と冷たく響く。
だが、カイはもう一人ではない。
「……よし。……測量開始だ。……みんな、あいつの『足元』を狙え! 座標は僕が固定する!」
「おう!!」
暗黒の地下空間に、再び戦いの火蓋が切られた。
カイの杭が、レオンの剣が、エレナの祈りが、アルベールの高潔な精神が、役割という名の鎖を断ち切るために、魔王へと突き進む。
それは、決められたシナリオには存在しない、不自由で、けれど本物の「僕たちの物語」だった。
「……Now Saving…」




