第21話:闇商人ジャック
第21話:闇商人ジャック
「……Now Loading…」
昨日の激闘が、まるで砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
カイが目覚めたのは、鉄の砦フェーズにある、いつもと同じ、カビ臭い宿屋の一室だった。
「……はぁ、はぁ……っ!」
飛び起きると同時に、カイは自分の身体を検分した。
指先はある。感覚も正常。
だが、視界の隅に浮かぶステータス・ウィンドウが、あまりにも残酷な現実を突きつけていた。
KAI : Lv. 32
STR: 18 | VIT: 20 | INT: 55 | LUK: ERROR
レベルは維持されている。アルベリクを倒した事実は、カイの「ログ」には刻まれている。
しかし。
階下から聞こえてくる陽気な声が、カイの心臓を冷たく掴んだ。
「おーい、カイ! いつまで寝てんだよ。今日こそこの砦の親玉、アルベリク殿にご挨拶に行かなきゃだろ!」
レオンの声。
弾むような、一点の曇りもない、昨日?の朝と全く同じトーン。
カイはふらつく足取りで一階へ降りた。そこには、昨日の激戦でボロボロになったはずの聖剣をピカピカに磨いているレオンと、穏やかな顔で紅茶を淹れるエレナがいた。
「おはようございます、カイ様。……あら、随分と顔色が悪いですよ? 悪い夢でも見ましたか?」
エレナが微笑む。
その瞳に、昨夜、カイの皮肉を模倣しセカイに啖呵を切った時の鋭い光はない。
リセット。強制パッチ。
セカイにとって都合の悪い「英雄の死」も「仲間の死」も、すべては『なかったこと』として再構築されていた。
「……あぁ。最悪な夢だ。……ユースが消えて、アルベリクが魔物にされて……僕たちがそいつを殺す夢だよ」
カイの毒を吐くような言葉に、レオンがキョトンとした顔で首を傾げる。
「ユース? 誰だっけ、それ。……それに、アルベリク殿が魔物だって? ははは! カイ、お前そりゃ不敬だぞ。あの人はこの砦を守る生ける伝説なんだからさ」
笑い飛ばす声。
カイの拳が、白くなるほど握りしめられる。
(まただ。またこの、噛み合わない歯車だ)
彼らにとって、ユースという弓使いは最初から存在せず、アルベリクは今も健在の英雄だ。
カイだけが、この「不一致」という泥沼に取り残されている。
絶望が喉元までせり上がったその時、カイの視界に小さな、けれど決定的な「バグ」が飛び込んできた。
【ITEM INVENTORY】
・折れた黒剣の破片(Event Item)
・ユースの銀矢(Broken Data)
「……残ってる」
アイテムボックスの奥底。
セカイでさえ消しきれなかった、あるいは「ただのゴミデータ」として見落とした欠片。
カイは、自分の胸の中に、静かだが消えない炎が灯るのを感じた。
「……レオン、悪い。先に行っててくれ。……測量の道具を、少し新調したいんだ」
「おう、わかった! 」
レオンとエレナが宿を出る。
一人残されたカイは、街の路地裏へと向かった。
普通の測量士なら決して近寄らない、地図に描画されていないはずの「隙間」――。
「……おい。……いるんだろ、ジャック」
積み上げられた木箱の影。
そこには、世界の彩度から切り離されたような、薄汚れた灰色のコートを纏った男が座っていた。
闇商人、ジャック。
「……へぇ」
ジャックは細長いパイプをくゆらせ、片目を開けた。
彼の瞳は、カイと同じように、このセカイの「不自然さ」を射抜くような冷徹さを宿している。
「……アンタ、昨日この街の『演算負荷』が跳ね上がった原因だな? ……死にぞこないの測量士」
「知ってるのか」
「知ってるも何も。おかげで俺の商売道具がいくつか文字化けしちまったよ。……で、何の用だ。ここは、まともに生きる連中が来るところじゃないぜ」
ジャックは吐き捨て、カイの足元を指差した。
カイの影が、不自然な角度で伸びている。それは測量杭によって座標を固定しすぎた、存在の歪み(アーティファクト)だった。
「この世界の『裏口』を教えてほしい。……セカイが、消しきれなかったログがどこに行くのかを」
ジャックは鼻で笑った。
「裏口? アンタ、自分が何を言ってるかわかってんのか。そこは物語から脱落した『ゴミ』が溜まる掃き溜めだ。一度触れりゃ、アンタの名前も職業も、二度と正常に描画されなくなる」
「……構わない。……僕はもう、綺麗なゲームなんて、こりごりなんだよ」
カイの言葉に、ジャックの目が初めて細められた。
彼は懐から、ノイズの走った奇妙なコンパスを取り出し、机の上に放り投げた。
「面白いねぇ……。いいぜ、アンタのその『泥臭い意志』、俺が買ってやるよ」
ジャックが指差したのは、砦の地下、存在しないはずの第零層へと続く古い扉だった。
「いいか。そこは、システムの『キャッシュ領域』だ。……アンタが消したあいつらも、アンタが失った時間も、すべては『ゴミ』としてそこに放り込まれてる」
「……そこに、行けば会えるのか?」
「さあな。だが、一つだけ助言しといてやるよ。……あそこじゃ、アンタの『測量』も通用しねぇ。座標がランダムなんだ」
ジャックはパイプを噛み直し、不敵に口角を上げた。
「信じられるのは、アンタが握りしめた『その手の感覚』だけだ。……物語のルールなんてクソ食らえって、そう思ってるヤツだけが、あそこから『本物』を持ち帰れる」
カイは黙って頷き、扉へと手をかけた。
背後で、ジャックの低く笑う声が響く。
「……行けよ。……アンタが、この腐ったセカイの『イレギュラー』だって、証明してきな」
扉を開けた瞬間。
視界が、文字化けしたテキストの奔流に飲み込まれる。
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CAUTION: DATA STABILITY NOT GUARANTEED.
暗闇の奥。
カイは、かつてユースが愛用していた、壊れた弓の弦を強く握りしめた。




