第20話:皮肉の模倣
第20話:皮肉の模倣
「……Now Loading…」
網膜が焼き切れるような白光。
アルベリクが振り下ろした「虚無の刃」が、カイの固定した座標を物理的に叩き割ろうと軋みを上げる。
カイの視界には、もはや司令室すら残っていない。
警告。警告。警告。
赤黒いウィンドウが視界を埋め尽くし、脳が強制シャットダウンを訴えている。突き立てた測量杭を通じて、カイ自身の「存在データ」が猛烈な勢いで吸い出され、身代わりとして消滅していく感覚。
(……ここまで、か)
腕の感覚はとうに消えた。
膝が砕け、視神経が千切れる寸前。
全力で受けろと仲間に叫んだものの、自分自身の「座標」が真っ先にデリートされる未来が、演算結果として網膜に表示される。
その時だった。
「――ったく。相変わらず、泥臭い戦い方だね、カイ」
その声は、耳ではなく、脳の深い場所に直接響いた。
聞き覚えのある、軽薄で、けれどどこか安心させる響き。
刹那。
カイたちの頭上、まさに「虚無の刃」が着弾するはずだった座標に、一筋の閃光が突き刺さった。
「っ!? ……なんだ、今の攻撃は!」
吹き飛ばされそうになっていたレオンが目を見開く。
アルベリクの巨大な剣を弾き飛ばしたのは、一本の矢だった。
それも、ただの矢ではない。
矢の軌跡が空中に銀色の幾何学模様を描き、アルベリクの「存在定義」に物理的なノイズを叩き込んでいた。
「『座標のズレ』が見えるのは、君だけじゃないんだよ」
司令室の崩れた天井、その縁に。
逆光を背負い、一人の男が立っていた。
深緑の軽装に、手には白銀の長弓。
世界から「なかったこと」にされたはずの男。
「ユース……!? お前、ユースなのか!?」
レオンの叫びに、弓使い――ユースは、ふっと薄く笑った。
その姿は、かつての彼よりもどこか透き通っており、輪郭が時折デジタルなノイズで震えている。
「あーあ、レオン。そんな顔するなよ。……『最初から4人だった』なんて、薄情なこと言ったのはどこのどいつだ?」
「それは……! いや、俺は……!」
「いいよ。世界のルールには逆らえないからね。……でもさ」
ユースは弓を引き絞り、その銃口のような視線を、再び立ち上がろうとするアルベリクへと向けた。
「カイだけが泣いてるのを見せられたら、戻ってこないわけにはいかないだろ」
ユースが指を放す。
放たれた矢は、空中で分裂し、アルベリクの背後の「翼」を縫い止めるように突き刺さった。
「カイ! ボサッとするな! 君が作った『履歴の杭』に、僕のログを同期させた! 今ならあいつの『当たり判定』、全部引き剥がせるぞ!」
「……っ、ユース……お前……!」
カイは震える手で杭を掴み直した。
なぜユースがここにいるのか。デリートされたはずの彼が、どうして「力」を持っているのか。
疑問は尽きない。けれど、測量士の直感が告げていた。
ユースは今、システムの「キャッシュ」から這い上がり、管理者の目から逃れた「バグそのもの」としてここに顕現しているのだと。
「……了解だ。……待たせやがって、この嘘つきが!」
カイの測量眼が、再び発火する。
ユースの矢が突き刺さった場所を起点に、アルベリクの鉄壁のガード(無敵定義)が、剥がれ落ちるカサブタのように崩れていく。
「【測量:全点同期】!! アルベールさん、エレナ! 出力は最大だ! 今、この瞬間のあいつは……ただの『壊れかけた騎士』だ!!」
「承知した! 我が魔力のすべてを、この一撃に!!」
アルベールが杖を掲げ、極大の魔力収束を開始する。
エレナもまた、涙を拭い、かつてないほど強い光をその身に宿した。
「神様……いえ…どなたか、わかりませんが……私たちの時間は、上書きなんてさせません!」
エレナが口にしたのは、かつてカイが独り言で吐き捨てた、システムへの呪詛そのものだった。
NPCであるはずの彼女の口から出た「台本にない言葉」。
その瞬間、アルベリクの周囲の空間が、激しいエラー音と共に物理的に崩壊を始めた。
「排除……。……エラー。……例外処理、失敗。……ログが、読み込めな……」
アルベリクが呻く。
漆黒の翼が霧散し、彼の本体――白銀の鎧の騎士が、座標の上に「露出」した。
「いっけぇぇぇ!! レオン!!」
カイの怒号に合わせ、レオンが地を蹴った。
加速スキルではない。
カイが固定した座標を、ユースが開いた「道」を、仲間たちの意志を乗せた、ただの一撃。
「おおおおおおお!! アルベリク殿……あんたの誇り、俺が取り戻してやる!!」
勇者の剣が、アルベリクの胸部――「核」となる文字列を、真っ向から一刀両断にした。
――静寂。
世界から音が消え、司令室に立ち込めていたノイズが霧のように晴れていく。
アルベリクの身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
ひび割れた仮面が外れ、そこには穏やかな、けれどひどく疲れたような中年男の素顔があった。
「……あぁ。……そうか。……私は……負けたのか……」
彼の声は、もはや機械的ではなかった。
「……見事だ、若き勇者よ。……そして、測量士の少年。……君が……ロランが言っていた……」
アルベリクの手が、虚空を彷徨う。
カイはふらつく足取りで彼に歩み寄り、その手を取った。
「……アルベリクさん」
「……逃げろ、と言ったが。……前言を、撤回しよう。……君たちなら……この、閉じた世界を……」
アルベリクの身体が、金色の粒子となって解け始める。
それはデリートではない。役割から解放されたデータが、本来の「記憶」として世界に還っていく光景だった。
「……ありがとう。……ようやく……眠れる……」
アルベリクが消滅した場所には、一本の古びた剣だけが残された。
勝利。
けれど、カイたちの心に喜びはなかった。
彼らは知ってしまったからだ。
かつての英雄が、どうやって「使い捨て」にされていたのかを。
「……ユース。お前、その姿……」
レオンが、天井に座り込むユースに声をかける。
ユースの身体は、先ほどよりもさらに透けていた。
「ああ、これ? ……やっぱり勝手に出てくると、負荷がキツいみたいだね」
ユースは苦笑いしながら、自分の指先がドット単位で消えていくのを眺めた。
「悪いけど、僕はまた消えるみたいだ。……でも、カイ」
ユースの視線が、カイの持つ測量杭に落ちる。
「君がその杭を打ち続ける限り、僕のログは消えない。……そうだろ、相棒?」
「……当たり前だ。……測量士を、舐めるな」
カイが短く答えると、ユースは満足そうに頷き、そのままノイズの中に溶けて消えた。
静まり返った司令室。
生き残ったのは、4人と、一人の消失。
カイの視界の端で、無機質なメッセージが流れる。
QUEST CLEAR!
[鉄の砦:フェーズ] の防衛を解除しました。
※警告※
管理者権限による強制パッチを適用します。
環境の再構築を開始します……。
「……クソったれ」
カイは、消えゆく砦の景色を見上げ、静かに呪いの言葉を吐いた。
戦いは終わっていない。
セカイは、この「失敗したシナリオ」を、無かったことにしようとしている。
けれど。
カイの手には、ユースが残した「感触」が、はっきりと残っていた。
「……Now Saving…」




