第18話:勇者アルベリク
第18話:勇者アルベリク
「……Now Loading…」
鉄の砦『フェーズ』。その最深部へと続く大階段を、カイたちは一段ずつ踏みしめていた。救護所での「削除」を強引に阻止したカイの身体には、目に見えないノイズが負荷としてのしかかり、一歩進むごとに網膜の端でエラーメッセージが火花のように散っている。
ようやく最上階の重厚な扉の前に辿り着いた時、レオンが息を切らしながら毒づいた。
「おい……やっと着いたぞ。なんなんだあの階段。登っても登っても景色が変わらないし、途中から明らかに一段の高さが3メートルくらいある場所があっただろ!」
「レオン殿、それは私の計算によれば……計算によれば……。すまん、私の幾何学がこの砦の構造に追いつかない。なぜ階段の途中に『踊り場に見せかけた落とし穴』が等間隔で設置されているのだ」
アルベールが膝をつき、眼鏡を拭きながら困惑している。一方のエレナは、特に疲れた様子もなく、不思議そうに首を傾げた。
「皆様、それほどお疲れですか? 私はただ、皆様の背中を見ながら、決まった歩数を歩いていただけのような気がいたしますけれど」
「それが一番怖いんだよ、エレナ……」
カイは壁に手をつきながら吐き捨てた。彼の目には、砦の設計者が「ここまでの道中でプレイヤーのMPとスタミナを削りきる」という明確な殺意(ゲームバランス調整)を持って座標を捻じ曲げていたのが丸見えだった。
「……よし、行くぞ。この先にいるのは、この砦の司令官。……伝説の『元勇者』、アルベリクだ」
カイの言葉に、レオンの表情が引き締まる。彼にとってアルベリクは、幼い頃から聞かされてきた御伽噺の英雄そのものだった。
レオンが扉に手をかけ、一気に押し開ける。
「王国軍第107部隊、勇者レオン! 司令官アルベリク殿にご報告に――」
広大な司令室。その奥、巨大な地図が広げられた机の前に、一人の男が立っていた。
白銀の鎧を纏い、威風堂々とした背中。だが、その男はレオンの声に反応することなく、机を指差したまま固まっていた。
「……アルベリク殿?」
レオンが怪訝そうに近づこうとした、その時。
『――不審な個体の接近を確認。……待機モードを終了。……スクリプト、起動』
機械的な音声と共に、男の身体が「ガクガク」と不自然な震えを見せ、コンマ一秒で一行の方を振り向いた。
「ようこそ、若き勇者たちよ。私はアルベリク。この『フェーズ』を守護する者だ。……よくぞ、ここまで辿り着いた。……よくぞ、ここまで辿り着いた」
「……あ、あの、二回言いました?」
レオンが戸惑う。アルベリクの顔は整っているが、その瞳には一切の光がなく、唇の動きと声のタイミングが僅かにズレている。
カイは測量杭を握り締め、アルベリクの「存在」を計測した。
TARGET: ALBERICH VON EIDEN
ROLE: FORTRESS COMMANDER / EX-HERO
STATUS: STABLE (LOG CORRUPTION: 14%)
「アルベリクさん。あなたに聞きたいことがある」
カイの問いかけに、アルベリクは再びピクりと肩を揺らした。
「……何かな、測量士の少年。……君の持つ杭は、見覚えがある。……それは、ロランの……。……エラー。……該当データは削除済みだ。……君たちは魔王を倒すための『鍵』だ。励むがいい」
「削除済み? 誰のことを言ってるんだ。それに、この街の兵士たちのことを知っているのか? さっき、救護所で人が消えたんだぞ!」
カイが詰め寄るが、アルベリクの表情は微塵も動かない。
「……兵士の消失。それは『損失』ではない。……資源の……。物語が次のステージへ進むために、不要なオブジェクトは削除されなければならない。……それが、この世界の美しき調和だ」
「調和だと……!? 仲間が消えて、何が調和だ!」
レオンが激昂して叫ぶ。その熱い感情に触れた瞬間、アルベリクの瞳の奥で、何かが激しく明滅した。
「……あ、が……。……レ……オン……? ……逃げろ。……ここは、もうすぐ……『アップデート』が……」
突然、アルベリクの声に生々しい「人間の響き」が混じった。ノイズが走り、彼の周囲の空間が砂嵐のようにザラついた。
「アルベリク殿!?」
「……ボクの最高傑作を、バグに汚されてたまるかよ」
虚空から、冷ややかな声が降ってきた。
その瞬間、アルベリクの全身をどす黒いコードが埋め尽くす。
「が、あああああぁぁぁぁ!!」
絶叫と共に、アルベリクの白銀の鎧が内側から弾け飛んだ。
溢れ出したのは血ではない。
ドロリとした粘性を持つ、漆黒のノイズだ。
そのノイズはアルベリクの肉体を再構築し、背中からは折れた剣を幾重にも重ねたような、歪な鋼の翼が生える。美しかった顔の半分はひび割れた仮面のように剥がれ落ち、そこからは「0」と「1」が高速で明滅する虚無が覗いていた。
CAUTION!
BOSS: [勇者] アルベリク・フォン・エイデン
STATUS: OVERWRITING... 100%
「……排除。ノイズ、検知。……これより、一括削除を開始する」
先ほどまでの人間味は微塵もない。
アルベリクが巨大な黒剣を無造作に一閃した。
「くるぞ! 下がれっ!!」
レオンが叫び、剣で受け流そうとする。
しかし、激突の瞬間、レオンの身体は紙切れのように吹き飛ばされ、司令室の石壁に叩きつけられた。
「ガハッ……!? なんだ、今の……重さじゃない、まるで……世界そのものにぶつかられたみたいな……!」
「レオン殿! エレナ殿、援護を!」
アルベールが魔法障壁を展開し、エレナが祈りを捧げる。
だが、アルベリクの次の一撃が放たれた瞬間、障壁はガラス細工のように粉々に砕け散った。
「無駄だ……。アルベールさん、エレナ、離れろ!」
カイが喉を枯らして叫ぶ。
彼の「測量眼」には、絶望的な光景が映っていた。
アルベリクの剣が動くたび、周囲の「ヒットボックス(当たり判定)」が不自然に巨大化し、さらに彼が踏み出す足元の座標が、数メートル先へと直接書き換えられている。
加速でも、縮地でもない。
「移動」というプロセスを省略し、最初から「目の前にいる」という結果だけを世界が強引に出力しているのだ。
「【測量:多点観測】! ……っ、クソが! 隙がないなんてレベルじゃない……当たり判定が部屋の半分を埋め尽くしてる!」
「……逃がさない。……逃がさない。……逃がさない」
アルベリクが虚空を掴む。
すると、司令室の床から無数の黒い棘が突き出し、逃げ場を奪っていく。
それは物理的な攻撃というより、そこにある「床」という定義を「剣」へと置換する、世界の摂理そのものを歪めた暴力だった。
「カイ……あいつ、どうなってんだよ! 攻撃を当てようにも、俺の剣が……あいつに触れる直前で、滑るように逸れていくんだ!」
「……当たり判定の優先順位が向こうにあるんだよ! レオン、無茶はするな! 今の僕たちじゃ、あいつの『存在定義』に干渉できない!」
カイの額から、負荷による鼻血が伝い落ちる。
どれだけ計算しても、どれだけ測量を繰り返しても、導き出される生存確率は「0」に収束していく。
カイという「ノイズ」を消去するための絶対的な「処刑具」としてデバッグし終えていた。
「測量士……。……君のログを……回収する」
アルベリクの背後の翼が、不気味に広がる。
その影が司令室を飲み込むように広がり、カイたちの足元の感覚が、底なしの暗闇へと溶け始めていた。
「……Now Saving…」




