第17話:鉄の砦の不協和音
第17話:鉄の砦の不協和音
「……Now Loading…」
森を抜け、一行の目の前に現れたのは、切り立った断崖の合間に聳え立つ巨大な防壁――鉄の砦『フェーズ』だった。
魔王軍の侵攻を食い止める「人類の牙城」とされるその場所は、重厚な鉄の扉と、絶え間なく鳴り響く鍛冶の音に包まれている。
砦の内部に足を踏み入れた途端、レオンが声を上げた。
「おいおい、なんだこの街は! 宿屋に行きたいだけなのに、なんで3回も同じ角を曲がって、最後は兵舎の裏に出るんだ!?」
「レオン殿、落ち着け。私の計算によれば、この街の構造は軍事的な防衛拠点を想定した複雑な迷路状……」
アルベールが地図を広げて自信満々に指し示す。
「……はずなのだが、なぜこの地図通りに進むと、必ず行き止まりのゴミ捨て場に辿り着くのだ。しかも、3歩手前で右折したはずなのに、戻る時は5歩必要になる。空間の辻褄が合わない」
二人が頭を抱える横で、カイは死んだ魚のような目で空を見上げていた。
彼の視界には、街の建物が「効率的な難易度調整」のために、不自然な角度で配置されているのが透けて見える。
「アルベールさん。その地図、無駄だよ。この街の設計思想は防衛じゃない。『プレイヤーの移動時間を稼ぐための嫌がらせ』なんだから」
「……何だと? 測量士、言葉を慎め。これは王国の英知が結集された――」
「はいはい。英知、英知。……ねえレオン、あそこの看板見てみなよ」
カイが指差した先には、宿屋の看板があった。しかし、そこへ向かう直線の道は巨大な鉄柵で塞がれている。
「宿屋まであと10メートルなのに、なんで俺たちは1キロ先の『兵舎・北門』を経由しなきゃいけないんだよ!」
「それがこの街の『仕様』なんだよ。文句があるなら、地面を突き抜けてワープでもする魔法を開発してくれ」
「カイ様、あまり意地悪を言わないでください。……でも、確かにこのスープ屋さんの前、さっきから5回は通っていますわね」
エレナが困ったように微笑む。彼女が指差すスープ屋の店主は、一行が通るたびに全く同じ角度で首を傾げ、【 今日もいい天気ですね。西の砦には魔物が出るそうですよ 】という定型文を、レコードの針が飛んだように繰り返していた。
砦の捜索を開始して数時間。一行は、魔王軍との小競り合いで負傷した兵士たちが集められる救護所へと辿り着いた。
「ひどい……。こんなにたくさんの人が……」
エレナが駆け寄る。だが、カイはそこで奇妙な「ノイズ」を聴いた。
救護所のベッドに横たわる兵士たち。その一人の足を「測量」したカイは、息を呑んだ。
「……なんだこれ」
兵士の怪我の深さ、流れる血の量、そして苦痛の喘ぎ。
それらすべてが、隣のベッドの兵士と「1ビットの狂いもなく同一」だった。
「アルベール、この兵士の脈を測ってくれ」
「不審だが、了解した。……む、これは……」
アルベールの顔から余裕が消える。
「……72拍。呼吸数、20。全員が、一斉に、同じリズムで生命活動を行っている。まるで、一つの命令系統に従って動くプログラムのようだ」
「……あ、ああ……勇者……様……」
一人の兵士がレオンの手を握る。その瞬間、カイの測量眼が兵士の「座標」に致命的なズレを見つけた。
兵士の輪郭が数ミリ秒だけブレ、その隙間から「別の姿」が透けて見えた。
それは、ルシード村で見た村人の姿であり、ログスの街を歩いていた名もなき歩行者だった。
「レオン、その手を離せ!」
「えっ? なんだよカイ、急に」
「そいつは、そいつじゃない! データの『器』だ!」
カイが叫んだ直後、救護所の壁が不自然に歪んだ。
建物の一部が、まるで不透明な霧のように剥がれ落ち、そこから「座標の喰い残し(グリッド・イーター)」が這い出してきた。
不要になった古い地形データと、役割を終えたNPCを消去する掃除屋。
「待て! まだこの人たちは生きてるだろ!」
カイが制止する声を無視し、スライム状の怪物はベッドの兵士に触れた。
瞬間――悲鳴すら上がらなかった。
兵士の姿は、まるで初めから存在しなかったかのように、光の粒子となって消失した。
RESOURCE RECOVERY...
ASSET [SOLDIER_B_21] → RETURN TO BUFFER.
「消え……た? レオン、今、そいつの手を握ってたよな!? どこに行ったんだよ!」
「え……? ああ、そういえば、俺、何をしてたんだっけ……?」
レオンが呆然と自分の手を見つめる。
彼の記憶は、既に「兵士が存在しなかった世界」に書き換えられようとしていた。
「……ふざけるな」
カイの喉から、押し殺したような声が漏れた。
誰かの父親だったかもしれない、誰かの恋人だったかもしれないその「人生」を、リソース不足というだけで平然と削除する。
そんな効率的な世界が、たまらなく吐き気がするほど不快だった。
「【測量スキル:履歴固定】!」
カイは救護所の中心に測量杭を叩きつけた。
消えかかっている次の兵士の、そしてこの空間の「存在証明」を、杭を通じて強引に世界へ縫い止める。
「カイ! お前、何をしてるんだ! 鼻血が出てるぞ!」
「うるさい……! 測らせろ……こいつらがここにいた時間を、一秒も欠かさず記録に残してやる……!」
杭が激しく火花を散らす。
「座標の喰い残し」が、自分たちの仕事を阻害するカイを「エラー」と認識し、その触手を伸ばす。
「アルベール! 正義がどうとか、効率がどうとか、そんなのは後でいい! 今、目の前の『不自然』を叩き潰せ!」
「……言われるまでもない。私の理論が否定されているのは不愉快だ。聖なる裁き(ホーリー・ジャッジメント)!」
アルベールの光の柱が怪物を穿つ。
レオンもまた、記憶の霞を振り払うように剣を振るった。
「分からねぇけど……カイが怒ってるなら、こいつはぶっ倒さなきゃいけない敵だ!」
3人の攻撃が重なり、掃除屋の巨体が弾け飛ぶ。
しかし、カイの杭に流れ込む負荷は増大する一方だった。
世界の「管理者」が、カイの抵抗を「重大なノイズ」として処理し始めている。
「……っ……がぁっ!!」
カイの視界が真っ赤に染まる。
ステータスウィンドウが狂ったように明滅し、LUK値がみるみる削り取られていく。
CRITICAL ERROR: UNAUTHORIZED DATA PERSISTENCE.
EXECUTING FORCED STABILIZATION...
「……これしきの……計算負荷で……僕の意識を飛ばせると、思うなよ……!」
カイは奥歯を噛み締め、血を吐きながら杭を握り続けた。
救われたのは、たった数人の兵士だけかもしれない。
だが、その数人が「消去」ではなく「生存」というログを残したことで、鉄の砦の、そしてこの世界の決定されたシナリオに、目に見えないほど小さな、しかし確実な「ヒビ」が入った。
救護所に、静寂が戻る。
残された兵士たちは、ただ怯えたようにこちらを見ていた。
彼らには何が起きたか理解できない。カイが何を救ったのかも。
「……カイ様、大丈夫ですか?」
エレナが駆け寄り、回復魔法をかける。
カイは力なく笑い、懐の古い測量杭を仕舞い込んだ。
「……ああ、なんとかね。ただ、ちょっと『設計ミス』を見つけただけだよ」
砦の奥、司令室へと続く階段を見上げる。
「さあ行こう、レオン。この砦の『デバッグ』は、まだ始まったばかりだ」
カイの足取りは重いが、その瞳には、予測可能な運命を拒絶する強い光が宿っていた。
[LUK: 950 → 910]
[World Stability: 93.5% → 92.1%]
「……Now Saving…」




