第15話:嘆きの村
第15話:嘆きの村
「……Now Loading…」
ログスの街を出て数時間。
街道を進む一行の空気は、奇妙なほどに噛み合っていなかった。
「なあアルベール、あんたのその盾、重くないのか? よかったら俺が持とうか?」
レオンが底抜けの善意で、新入りの聖騎士に声をかける。アルベールは一切の歩調を乱さず、冷徹に答えた。
「不要だ。この盾の重量は18.5キログラム。私の筋力値(STR)と歩行持続時間の相関関係において、最も効率的な負荷であるよう調整されている。他者が持つことで重心が0.2ミリでもズレれば、私の戦術機動は15%低下する。理解したか?」
「お、おう……。難しくてよく分からねぇけど、とにかく大丈夫なんだな!」
レオンは豪快に笑い、今度は隣を歩くエレナに話しかけた。
「エレナ! 見てくれよ、あそこの雲。なんだか巨大なドラゴンの形に見えないか? これはきっと、幸運の前触れだぜ!」
「ふふ、レオン様。それは素敵ですわね。神様が私たちを歓迎してくださっているのかもしれません」
二人のやり取りを、カイは最後尾から死んだ魚のような目で見つめていた。
カイの視界(測量眼)には、レオンが指差した雲が、一定の周期で同じテクスチャを繰り返す「アセット番号:Cloud_08」であると表示されている。
「……ドラゴンね。どう見ても座標軸の繋ぎ目がバグって歪んでるだけにしか見えないんだけどな」
カイが独り言をこぼすと、前を歩くアルベールが急に立ち止まった。
「測量士。貴殿の呟きは非論理的だ。雲に座標軸など存在しない。それは気象現象という演出……失礼、自然現象に過ぎない」
「……演出って言いかけたな、あんた。まあいいよ。それよりアルベールさん、その『効率的』な歩行、あと何分続くんだ? 測ったところ、さっきから君の歩幅、1ミリの誤差もなく80センチ固定なんだけど。人間業じゃないよ」
「聖騎士としての鍛錬の賜物だ。無駄こそが最大の敵である」
アルベールは無表情に言い捨て、再び機械的な正確さで歩き出した。
カイは溜息を吐く。
こいつも、レオンも、エレナも。
システムが定義した「役割」の中に安住し、その外側にある違和感に蓋をしている。
カイの掌には、まだ受付嬢の手の冷たさが残っていた。
夕刻。一行は街道沿いの廃村で夜を明かすことに決めた。
レオンとアルベールが野営の準備をする中、カイは一人、村の外周を「測量」しに向かった。
「……やっぱり、ここもか」
杭を打つまでもない。
村の入り口にある古びた井戸。その影の落ち方が、太陽の位置と物理的に矛盾している。
さらに、村の奥にある一軒の民家に近づいた時、カイの耳に「音」が届いた。
(ザ……ザザッ……ピピッ……)
静寂の中に混じる、電子的なノイズ音。
カイが家の窓から中を覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
かつてこの村に住んでいたであろうNPCたちが、数人、部屋の隅に固まっていた。
だが、彼らは座っているのではない。
下半身が床の中に「埋まり」、上半身だけが不自然な角度で反り返っている。
「……あ……ああ…………」
一人の老婆のNPCが、カイの方を向いた。
その瞳は白濁し、口からは意味をなさない文字列が溢れ出している。
「……魔王……が……。……勇者……様……が……。」
「な……!?」
カイが家の中に踏み込もうとした瞬間、空気が凍りついた。
村の中央に、巨大な幾何学模様が浮かび上がる。
それはモンスター図鑑に載っている魔法陣ではない。
「処理中」を示すような、無機質な青い光の円環。
ADMINISTRATIVE NOTICE:
[LOCATION: VILLAGE_PHASE_04]
OPTIMIZING RESOURCE ALLOCATION...
CONVERTING EXHAUSTED LOGS TO ENEMY_ASSETS...
「やめろ!」
カイは叫び、老婆の腕を掴もうとした。
だが、彼の手は空を切った。
老婆の体が、足元から「デジタルな粒子」となって崩れ始めたのだ。
彼女だけではない。部屋にいた他のNPCたちも、悲鳴を上げることなく、ただ無機質なノイズと共に光の中に吸い込まれていく。
光が収まった後、そこにはもう、老婆も、埋まっていた村人たちもいなかった。
代わりに現れたのは、ボロボロの布を纏い、手に錆びた鎌を持った数体の魔物——「再構築された亡霊」だった。
その魔物の一体が、カイを見て、老婆と同じ声で呟いた。
「……いい……天気……ですね……。西の……森には……」
「…………っ!!」
カイは吐き気を催し、口元を押さえた。
彼らは使い回されている。
物語を彩るための「敵」として。
記憶も、姿も、尊厳も。効率という名の下に、すべてが上書きされていく。
「ギギッ……ギギィィ!」
魔物たちが鎌を振り上げ、カイに襲いかかる。
本来なら、Cランク測量士に戦う力はない。
レオンたちを呼びに行けば、彼らは「正義」の名の下に、元村人だった彼らを迷わず討ち果たすだろう。
「……そんなこと、させるかよ」
カイは逃げなかった。
レオンたちを呼べば、この「事実」は隠蔽され、彼らはただの経験値として処理される。
カイは腰のポーチから、あの「ロランの杭」を、血が滲むほどの力で握りしめた。
「【測量スキル:絶対座標固定】!」
(キィィィィィィィン!!)
カイは魔物の攻撃を紙一重でかわし、その足元の地面に杭を叩きつけた。
魔力の奔流が走り、世界を管理するシステムに「不正な割り込み」をかける。
「お前たちのステータスなんて知るか! 100メートルの落下ダメージだろうが、一万回の投石だろうが、何でもいい……! 僕が今ここで、お前たちの『座標』を、この世界のシステムから切り離してやる!」
カイの測量眼が、魔物の頭上に浮かぶ「書き換え中」のバーを捉える。
彼は戦っているのではない。
システムによる「最適化」を、測量という手段で物理的に阻害しているのだ。
杭を打ち込むたびに、カイの視界には赤い警告メッセージが埋め尽くされる。
ERROR: UNAUTHORIZED DATA ANCHORING.
WARNING: LUK STATS DEPLETING...
STABILITY AT RISK.
「うるさい……! 運が減ろうが、世界が不安定になろうが知ったことか! こいつらは、ただのモンスターじゃない。……僕に『いい天気ですね』って言った、人間なんだよ!」
カイは脳を焼くような頭痛に耐え、魔物の心臓部にあたる「プログラムの核」を杭の先端で突き刺した。
それは物理的なダメージではない。
「この個体はモンスターではない」という定義の、強引な上書きだ。
「消えろ……役割なんて、クソ食らえだ!」
(ドォォォォォォン!!)
青い閃光が廃村を包み込んだ。
システムがカイの「拒絶」に耐えきれず、その一帯のデータを強制終了させたのだ。
……数分後。
光が消えた地面には、鎌を持った魔物の姿はなかった。
ただ、そこには数個の「古いボタン」や「ボロボロのショール」といった、村人たちが身につけていたはずの遺品だけが、実体を持って残されていた。
カイは荒い息をつきながら、地面に這いつくばった。
救えたわけではない。彼らはもう、戻らない。
だが、彼らを「魔王軍の尖兵」として使い回される屈辱からは、救い出したのだ。
「……何をしてるんだ、カイ! 派手な音がしたから駆けつけてみれば……」
レオンたちが村の奥から走ってくる。
アルベールが周囲を見渡し、眉をひそめた。
「戦闘の痕跡があるな。だが、敵の死体がない。測量士、報告を」
カイは黙って、足元に落ちていたショールを拾い上げ、隠した。
「……何でもないよ。ただの、計測エラーだ。……さあ、行こう。魔王を倒しに。……それが、この世界の『正しい物語』なんだろ?」
カイの言葉には、刺すような皮肉が混じっていた。
レオンは首を傾げたが、すぐに笑顔で頷いた。
「ああ! 早く平和を取り戻そうぜ!」
一行は再び歩き出す。
カイの視界には、依然として不気味なシステムメッセージが点滅していた。
[NEW LOG ACQUIRED: "VILLAGER'S SORROW"]
[LUK: 999 → 995]
[World Stability: 93.8% → 93.5%]
「……Now Saving…」




