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Out of Reference   作者: あめたす


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第14話:異変

第14話:異変


「……Now Loading…」


ユースが消えた。

正確には、この世界から「最初からいなかったこと」に書き換えられた。

冒険者ギルド「ログスの盾」の喧騒は、昨日と何ら変わらない。レオンは新しく加入した聖騎士アルベールの重厚な鎧に目を輝かせ、エレナはこれからの旅路に想いを馳せて微笑んでいる。

カイだけが、掌に残る測量杭の熱い感触を噛み締めていた。

杭を通じて強引に固定した【ユースのログ】。それはカイの脳内に、激しいノイズを伴う頭痛となって居座っている。


「おいアルベール! 聖騎士ってのはやっぱり、食事の前には祈りを捧げたりするのか?」


ギルド併設の食堂。レオンが好奇心旺盛に尋ねる。

アルベールは椅子に座ったまま、定規で測ったような角度で背筋を伸ばし、微塵も動かない。


「当然だ。我ら聖騎士団にとって、食事とは細胞の維持であり、秩序の再確認である。……祈祷開始」


アルベールが両手を合わせる。

だが、その祈りが異常に長かった。


「(……長いな)」


カイが心の中で毒づく。一分、二分。五分が経過しても、アルベールは目を閉じたまま、小声で「不変、整合、最適……」と念仏のような言葉を唱え続けている。


「なあアルベール、スープが冷めちまうぜ?」


レオンが痺れを切らして肩を叩こうとした瞬間、アルベールが目を見開いた。


「——完了。……レオン殿、物理的な接触は摂食シークエンスの乱れを招く。以後、慎まれたい。なお、スープの温度は45.2度。最適摂取温度まであと0.8度だ。待機する」


「……お、おう。なんか、すげぇ徹底してるんだな」


レオンが引き気味に笑う。

カイは、アルベールの横顔を冷ややかに見つめた。

こいつの行動は、規律正しいのではない。「設定されたルーチン」をこなしているだけだ。

あまりに隙のないその挙動は、人間というよりは、精巧に作られた石像が喋っているような不気味さを醸し出していた。


「……僕は、少し調べ物をしたい。先に行っててくれ」


カイは食欲を失い、一人ギルドの受付カウンターへと向かった。

そこには、ログスの街に到着した初日にカイたちを案内してくれた、あの朗らかな受付嬢がいるはずだった。


「すみません、少し聞きたいことが——」


カウンター越しに声をかけたカイの手が、止まった。


「……いらっしゃいませ……冒険者ギルド……ログスの盾へ……。本日の……ご用件は……」


受付嬢の女性が、ゆっくりと顔を上げる。

だが、その表情には生気がなかった。

以前の彼女なら、カイのCランク測量士という珍しい肩書きを見て、「珍しいですね!」と目を細めて笑ったはずだ。

今の彼女の瞳は、焦点が合わず、虚空を泳いでいる。


「あの、以前お世話になった測量士のカイです。覚えていますか?」


「……。…………」


彼女は答えなかった。

ただ、唇を小刻みに震わせ、何かを言いかけようとしては、不自然な沈黙を繰り返す。


「……Cランク……。…………。…………」


「……?」


「……Cランク…………測量士…………。……。……いい天気ですね。西の森には魔物が出るそうですよ」


唐突に、彼女の口から「定型文」が飛び出した。

それは、昨日街で見かけた村人が言っていた言葉と全く同じ。

彼女の思考が、会話の文脈を維持できず、どこか別の場所に保管されていた「汎用メッセージ」に上書きされている。


「しっかりしてください! あなた、前はもっと自分の言葉で喋っていたじゃないか!」


カイがカウンターを叩く。

その瞬間、彼女の顔面が、数ミリ秒だけデジタルノイズのように歪んだ。


「……あ……が…………が……痛……い……。…………。…………。本日の……クエストは……こちらになります……」


彼女の手が、震えながら一枚の依頼書を差し出す。

その指先が、微かに「欠けて」いた。

実体があるはずの肉体が、まるで消しゴムで消されたかのように、少しずつ輪郭を失っている。


(……デリートの予兆か?)


カイの背中に、冷たい汗が流れる。

昨夜見た、あのグリッド・イーター。

この世界の「管理者」にとって、彼女はもう、役割を全うできない「壊れたデータ」として処理されようとしているのか。


「……逃げろ。」


カイは、彼女の冷たくなった手を、カウンター越しに強く握りしめた。


「え……?」


一瞬、彼女の瞳に、微かな「個体としての光」が戻ったように見えた。


「理由なんて分からない。でも、あなたは今、消されようとしている。……いいか、僕が今から、あなたの存在をこの場所に『固定』する。不格好で、エラーだらけかもしれないけど……消えるよりはマシだろ」


カイは、ギルドの床に突き立てたままの「ロランの杭」と、自分の意識をリンクさせた。

ユースのログを保持している時と同じ、脳を焼くような苦痛が襲う。


カイの指先から放たれた青い光の糸が、受付嬢の体に絡みつく。

彼女を構成するデータが散逸しないよう、カイのLUK値を代償にして、彼女の座標を現世に繋ぎ止める。


WARNING: UNSTABLE OBJECT DETECTED.

EXECUTING TEMPORARY LOG RETENTION...


「……。……カ……イ……様……?」


彼女の声が、微かに震えた。

それはシステムが用意した定型文ではない、彼女自身の、喉を震わせた音だった。


「……ごめん。今はこれくらいしかできない。……でも、僕は忘れない。あなたが僕を案内してくれたことも、僕の職業を見て笑ったことも。……全部、僕が測って、記録に残してやる」


カイは彼女の手を離し、努めて平然を装って背を向けた。

仲間のレオンたちが、食堂から出てくるのが見えたからだ。


「よお、カイ! 待たせたな。アルベールの祈祷も終わったし、出発だ!」


「ああ……。行こう」


カイは一度も振り返らずに、ギルドの扉へと歩き出した。

カウンターの奥では、受付嬢が、消えかかった指先を不思議そうに見つめたまま、再び「……」という沈黙の海に沈んでいく。

その光景を、天井の隅に浮かぶ「迷い子の監視者サーベイ・アイ」が、冷徹な単眼で見下ろしていた。


[LUK: 999 (Fixed / Resource Leaking)]


[World Stability: 94.1% → 93.8%]



「……Now Saving…」


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