第13話:パーティ枠
「……Now Loading…」
昨夜、商業都市ログスの北門近くで目にした「世界の裏側」。
カイはその黒い虚無の残像を脳裏に焼き付けたまま、浅い眠りから覚めた。
宿屋の窓から差し込む朝日は、昨日と寸分違わぬ角度で石畳を照らしている。この街に、昨夜の「デリート」の痕跡はどこにもない。
「よお、カイ! 準備はいいか? 今日はギルドから重要な知らせがあるってよ!」
朝食のテーブルでは、レオンが既に装備を整え、意気揚々とパンを頬張っていた。その隣には、穏やかな笑みを浮かべたエレナ。
二人の記憶の中では、昨夜は「美味しいお酒を飲んで楽しく解散した」ことになっている。カイとユースが密かに目撃した、あの世界の綻びは——なかったことにされているのだ。
「……ああ。今行くよ、レオン」
カイは皮肉を飲み込み、腰のポーチに「ロランの杭」が収まっていることを指先で確認した。
冒険者ギルド「ログスの盾」へと向かう道中、レオンの「勇者ムーブ」は全開だった。
「見てろよカイ、エレナ! 今日はきっと、魔王軍の幹部をぶっ倒すような特大のクエストが舞い込むぜ! 俺の直感がそう言ってる!」
「あら、レオン様。直感もいいですが、まずは鎧のベルトを締め直した方がよろしいかと。……左から三番目の穴、また間違えていますよ」
「げっ、本当だ。……おかしいな、毎朝完璧に締めてるはずなのに」
レオンがドタドタと足踏みをしながらベルトと格闘する。
その横で、カイは冷めた目で周囲を観察していた。
昨夜のグリッド・イーターの襲撃によって消えたはずの街灯や看板は、何事もなかったかのように「再生成」されている。だが、よく見ると看板の文字が微妙に昨日のフォントと違っていることに、測量士の目は気づいていた。
「……おいユース。お前、昨日のことは覚えてるよな?」
「……。旦那、朝から縁起でもないこと聞くなよ。あの『穴』の夢なら、もう三回は見たぜ」
ユースが低い声で応える。彼だけは「観測者」であるカイの側に留まっていた。
ギルドの重厚な扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。
全身を白銀の重装鎧に包み、身の丈ほどもある巨大な盾を背負った、威圧感の塊のような騎士だ。
「……遅いな。約束の時間は午前8時。現在は午前8時三3分だ。冒険者としての規律を疑う」
その騎士の声は、金属が擦れるような冷たさを持っていた。
レオンが目を輝かせてその男に駆け寄る。
「おおっ! あんた、もしかして噂の聖騎士、アルベールか!? ギルド長が言ってた助っ人って!」
「いかにも。私は法王庁より派遣された、聖騎士アルベール。これより貴殿らのパーティに加わり、魔王討伐の任に就く」
アルベールは一切の表情を変えず、機械的な礼を返した。
その動きがあまりに「正解」すぎて、カイの背筋に冷たいものが走る。
「すっげぇ! 聖騎士が仲間なんて、いよいよ俺たちも本物の勇者パーティだな!」
はしゃぐレオン。微笑むエレナ。
だが、ギルドの掲示板の横に、今まで存在しなかった「不自然な看板」が唐突に出現したのを、カイは見逃さなかった。
掲示板の横に鎮座した、石造りの奇妙な石碑。
カイがそこに目を向けた瞬間、視界の端が激しく明滅した。
PARTY MANAGEMENT SYSTEM UPDATED.
「……なんだ、これ」
カイがその石碑に触れようとした時、頭の中に直接、感情のない音声が響き渡った。
【 システムメッセージ 】
パーティの最大人数(4名)に達しました。
※現在のアクティブメンバーを固定します。
カイの視界の中で、仲間の頭上に「スロット番号」が浮かび上がる。
1:レオン
2:エレナ
3:アルベール
そして、自分の頭上には——
4:カイ
「……待て。ユースは? ユースはどうなるんだ!?」
カイが振り返る。そこには、数秒前まで確かに一緒に歩いていたユースが立ち尽くしていた。
だが、レオンとエレナは、まるで「そこに誰もいない」かのように、アルベールと談笑を始めている。
「レオン! ユースが見えないのか!? ずっと一緒に旅してきた、弓使いのユースだ!」
カイがレオンの肩を掴んで揺さぶる。
レオンは不思議そうな顔で、カイを見つめ返した。
「……ユース? 誰だそれ。カイ、寝ぼけてるのか? 俺たちのパーティは、最初から俺とエレナ、お前の三人だっただろ? そこに今、アルベールが加わって完璧な『四人パーティ』になった。……なあ、エレナ?」
「ええ、カイ様。……ユースというお名前の方は、ログスの登録名簿にも存在しませんわ」
エレナの微笑みが、氷のように冷たく固定されている。
カイは震える手で、背後にいるユースに手を伸ばした。
だが。
「……旦那。もういいんだ。」
ユースの声が、ノイズ混じりに響く。
彼の姿が、古い映像のように砂嵐に包まれ、透け始めていた。
「俺の『スロット』が、あいつに奪われた。……いや、最初から俺は、あいつが来るまでの『繋ぎ』だったってわけだ。……システムの都合ってやつだな」
「ふざけるな! お前は、俺と一緒にあの穴を見たじゃないか! 昨日の黒パンを、一緒に食ったじゃないか!」
カイが叫ぶ。だが、ギルドの中にいる他のNPCたちは、誰もカイの叫びに反応しない。
アルベールだけが、じっとカイを見つめていた。その無機質な瞳の奥で、微かに[Data Conflict]という文字列が点滅している。
「……あばよ、旦那。……忘れんなよ。……俺がいた……ログを……」
ユースが手を振る。
その瞬間、彼の姿は一筋の光の粒子となり、空中へと霧散した。
ギルドの床に、彼が愛用していた弓が落ちる——こともなかった。
彼が身につけていたもの、彼が放った言葉、彼が存在したという事実そのものが、世界から「デリート」されたのだ。
「……カイ? 急に黙り込んでどうしたんだ? ほら、アルベールの歓迎会に行こうぜ!」
レオンが親しげにカイの背中を叩く。
その瞬間、カイの胸の奥で、冷たい怒りが爆発した。
「……触るな。」
「え?」
「忘れたのかよ……。さっきまでここにいた、不真面目で、口が悪くて、でも一番人間臭かったあいつを、お前らは一瞬で忘れたのか!」
カイはポーチから「ロランの杭」を引き抜き、ギルドの床に力一杯突き立てた。
「【測量スキル:履歴固定】!」
(キィィィィィィィン!!)
カイの魔力が杭を通じて床に浸透する。
ギルド全体の描画が一瞬だけ乱れ、空間が「座標の歪み」を検知して警告音を発した。
カイは、ユースが消えた場所の座標を、強引に「観測データ」として自分のステータスに紐付け、固定した。
ERROR: UNKNOWN DATA DETECTED.
WARNING: UNREGISTERED LOG [YOUTH] IS BEING RETAINED.
「消させない……。あいつがいた時間は、僕が測った。僕が覚えている限り、それは——参照範囲外の真実として、この世界に刻み続けてやる!」
カイのステータス画面で、LUKの数値が真っ赤に染まり、カウンターストップを引き起こす。
管理者が定めた「四人」という枠組み。
その枠の外側に、カイは「消された友」のログを無理やり繋ぎ止めた。
「……ふん。何を一人で騒いでいる。測量士、貴殿の役割は前方の安全確保だ。無駄な感情は計算を狂わせるぞ」
アルベールが冷たく言い放ち、歩き出す。
レオンとエレナも、何事もなかったかのようにそれに続いた。
カイは、杭を握る手の震えを抑え、立ち上がった。
「……ああ、そうだな。計算してやるよ。お前たちが作り上げたこの『完璧な物語』が、どれだけデタラメな数字でできているか………1ミリの狂いもなく、暴き出してやる」
カイは、空になった「ユースが立っていた場所」を一瞥し、歩き出した。
新しいパーティ。決められた役割。
だが、カイの瞳に映る世界は、昨日よりもさらに歪み、壊れ始めていた。
[PARTY MEMBER JOINED!]
[聖騎士アルベール] が仲間に加わりました。
※パーティの最大人数(4名)に達しました。
[LUK: 999 (Fixed / Overwrite Error)]
[World Stability: 95.4% → 94.1%]
「……Now Saving…」




