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Out of Reference   作者: あめたす


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第12話:デリート



「……Now Loading…」


酒場の喧騒を背に、カイとユースは夜のログスの街を歩いていた。

街灯は正確に50メートル間隔で配置され、その光量は一ルクスの狂いもなく一定だ。

完璧な夜。だが、その完璧さがカイの肌をチリチリと刺す。


「……旦那、本気かよ。こんな夜中に街の外周を測り直すなんて。衛兵に見つかったら『深夜の不審な挙動』で一発アウトだぜ」


ユースが肩をすくめる。口では軽薄なことを言いつつも、その目は鋭く周囲を探っていた。彼は、酒場で見せた「不自然な静寂」の正体が、ただ事ではないと野生の直感で理解している。


「不審者扱いで結構。……ユース、お前は気づかなかったか? あの酒場の店主、僕がロランの杭を出した瞬間、まばたきを止めてたんだ」


「……まばたき?」


「ああ。コンマ数秒のフリーズ。……あの瞬間、店主は『店主』じゃなく、ただの警報装置に切り替わったんだ。僕たちは今、見えない監視の網の中にいる」


カイは手に持った測量杭を、石畳の継ぎ目にそっと滑らせた。


「よし、ここからだ。まずはギルド本部の裏手、第一層の境界線を測る。……おいユース、そこの樽に登って高低差を測らせろ」


「へいへい。……っておいうわっ!?」


ユースが路地裏に置かれた木樽に足をかけた瞬間、奇妙なことが起きた。

ユースの体は樽に登ったはずなのに、その足先は樽を突き抜け、地面に埋まっているように見える。


「だ、旦那! 足が抜けねえ! なんだこれ、泥沼か!?」


「動くな。……やっぱりか。ここは『背景用アセット』の重なりが甘い。見た目には樽が存在しているが、物理的な当たり判定が設定されていないんだ。いわゆる透過オブジェクトだな」


カイは冷静に、ユースの足元に測量杭を差し込む。


「ちょっ、痛っ! 杭がスネに刺さるだろ!」


「我慢しろ。……ほら、抜けただろ。座標を少しだけ『上書き』して固めてやった。……ったく、大きな街だからって、見えないところの手抜きが酷すぎるな。デザイナーを呼んで小一時間説教したい気分だ」


「デザイナーって誰だよ! ……はぁ、これだから理屈っぽい測量士は。……あ、おい旦那。あそこの家の窓、見てみろよ。人がいるぜ」


ユースが指差した二階の窓。そこには一人の老人が椅子に座り、外を眺めていた。

だが、カイがその建物の横幅を測りながら通り過ぎ、数分後に戻ってくると——。


「……全く同じポーズ。まばたきのタイミングもさっきと同じ。……あのご老人、ただの『動くポスター』だぞ、ユース」


「うげ……。そう言われると、急にこの街が巨大な劇場のセットに見えてきたな」


二人が街の北門近く、開発途中のような閑散としたエリアに差し掛かった時、その「音」は聞こえてきた。


(……サリ、サリ、サリ……)


何かを削り取るような、不快な乾いた音。

カイは測量杭を握り締め、ユースを制して壁の影に身を潜めた。


「……なんだ、ありゃ……」


ユースが息を呑む。

そこには、半透明で輪郭の定まらないスライムのような物体が、街の境界線にある石壁を「食べて」いた。

いや、食べているのではない。

その物体が触れた場所から、石壁の質感が消え、色彩が失われ、最後には何も描かれていないグレーのポリゴンが剥き出しになっていく。


「『座標の喰い残し(グリッド・イーター)』……。世界の掃除屋だ」


カイは震える声で呟いた。

測量士としての感覚が警鐘を鳴らす。あの怪物の周囲では、座標という概念そのものが「未定義」へと書き換えられている。


「……あいつ、何をしてるんだ?」


「……デリートだよ。使われなくなったデータ、物語に寄与しなくなった古い風景を消して、メモリを確保してるんだ。……あそこを見てみろ」


カイが指差した先。

怪物の足元に、一輪の花が咲いていた。

先ほどまでレオンが「綺麗だ」と愛でていたはずの、あの左右対称の、完璧な花。

怪物がその花を飲み込んだ瞬間、花は枯れることも散ることもなく、パチンと電球が切れるように、唐突にこの世から「消失」した。


「……跡形もねえな。死体も、匂いも、何も残らねえのか」


ユースの声から余裕が消える。

カイはロランの杭を強く握りしめた。

もし、自分たちが物語の進行に不要だと判断されたら。

あの酒場の「満足度」に従わなかった「ノイズ」だと思われたら。

自分たちも、あの一輪の花と同じように、最初から存在しなかったことにされる。

その時、グリッド・イーターの半透明な体の一部が、不自然に膨らんだ。

中から、聞き覚えのある「声」が漏れ出す。


『……いらっしゃいませ……勇者一行……皆様……』


「……っ!? 酒場の店主の声か!?」


「違う。……あれは、さっき店主が喋っていた『音声ログ』の残骸だ。あいつ、データごと食ってやがる……!」


グリッド・イーターが、ゆっくりとこちらを振り向いた。

顔はない。だが、その空洞のような中身には、今まさに消去されようとしている街の風景の残骸が、ノイズ混じりに渦巻いている。

怪物が、一気に加速した。

物理的な移動ではない。座標の数値を「改ざん」して、一瞬で距離を詰めてくる。


「ユース! 逃げろ! そいつに触れられたら、お前の腕が『なかったこと』にされるぞ!」


「言われなくても分かってらぁ! ……クソッ、矢が効かねえ! 突き抜けて背後の壁が消えやがった!」


ユースの放った矢が、怪物の体を透過し、後ろの空き家を射抜く。

射抜かれた箇所から、建物がボロボロと崩れ、デジタルの塵となって消えていく。


「……正攻法じゃ無理だ。存在しないものを殺すことはできない。……なら!」


カイは逃げるのを止めた。

一歩。あえて、死の境界線へと踏み出す。


「旦那!? 何してやがる、死にてえのか!」


「死なない……! 僕の『LUK』は、この世界を騙し抜くためにあるんだろ!」


カイは測量杭を地面に垂直に突き立てた。

グリッド・イーターの「未定義」の触手が、カイの喉元に迫る。

その瞬間、カイの瞳に、グリッドの網目が鮮明に浮かび上がった。

「【測量スキル:領域展開・固定座標アンカー・グリッド】!」


(キィィィィィィィン!!)


カイの杭を中心に、周囲数メートルの空間が、青い光の格子状の檻に包まれた。

怪物の「削除機能」が、カイが定義した「上書き不可」の領域に衝突し、激しいスパークを上げる。


「……ここだ。お前は、消えかけのデータを食って太った『ゴミ箱』に過ぎない。……なら、その中身を全部ぶちまけて、溢れさせてやる!」


カイは測量杭を、怪物の中心、最もノイズが集中している一点へと叩き込んだ。

「攻撃」ではない。

膨大な「ゴミデータ」の海に、無理やり「論理的整合性」という重りを叩き込む行為。


(バリバリバリバリッ!!)


怪物の体が、内側からの圧力で激しく歪む。

飲み込まれていた「酒場の店主の声」「街灯の光」「石畳の感触」——。

それらが支離滅裂な順序で再生され、空中に文字列となって溢れ出した。


「……消えろ。僕たちの『今日』を、無かったことにさせない!」


カイが杭を捻ると、グリッド・イーターは断末魔のノイズと共に、霧散した。

血の一滴も残らない。

ただ、そこには静寂と、少しだけ歪んでしまった石畳だけが残された。


「……はぁ、はぁ……。……やった、のか?」


ユースが恐る恐る近寄る。

カイは膝をつき、激しく肩で息をしていた。

右手の測量杭が、熱を持っている。


「……ああ。……でも、見てくれ。……ここ。」


カイが指差した先。

怪物が消えた後の地面に、小さな「穴」が開いていた。

それは地下への入り口ではない。

テクスチャが完全に剥がれ落ち、世界の「裏側」である真っ黒な虚無が、不気味に覗いている。


「……ここが、ロランの言っていた『ズレ』の正体か。」


カイは、その暗黒の穴を見つめた。

それは、自分たちが生きているこの世界が、どれほど薄っぺらで、脆いガワの上に成り立っているかを無言で告発していた。


「行こう、ユース。……レオンたちに、この穴を見せるわけにはいかない。……まだ、僕たちだけの秘密だ。」


カイは、その穴を隠すように、近くの瓦礫を積み上げた。

いつか、世界そのものが「デリート」される日が来る。

その時まで、この杭を、このログを、守り抜かなければならない。


[LUK: 999 (Fixed)]


[LEVEL UP!]: KAI Lv.12 → 13


[NEW SKILL]: [領域固定] を習得しました。


[World Stability: 96.2% → 95.4%]



「……Now Saving…」


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