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Out of Reference   作者: あめたす


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第10話:座標のズレ



「……Now Loading…」


商業都市ログスを発ち、一行は次の目的地へと続く長い街道を進んでいた。

雲一つない青空。風に揺れる草花。あまりに完璧な風景の中を、勇者レオンは鼻歌まじりに歩いている。


「なあカイ、見てくれよ。この街道、どこまで行っても道端の花が左右対称に咲いてるぜ! 自然ってのはすげえよなぁ!」


「……ああ、すごいな。デザイナーがコピペをサボらなかった証拠だ」


カイは手に持った測量杭を地面に突き刺しながら、溜息をついた。

彼の視界には、レオンが見ている「美しい自然」の裏側——グリッド状に整理された座標軸と、一定の間隔で配置されたオブジェクトの境界線が見えていた。


「カイ様、そんなに地面ばかり見ていては、せっかくの神の恵みが台無しです。ほら、あそこにいる小鳥を見てください。なんて愛らしい……」


エレナが指し示した先では、一羽の青い鳥が木の枝に止まっていた。

鳥は正確に3秒ごとに首を右に45度傾け、2回さえずり、再び正面を向く。


(ピピッ、ピピッ……ピピッ、ピピッ……)


「エレナさん、あの鳥、さっきから一ミリも場所を移動してないんだけど」


「きっと、よほどあの枝の座り心地が良いのでしょう。あ、今度はあっちのリスを……」


エレナが別の方向を指すと、そこには5匹のリスが一列に並び、全く同じポーズで木の実を齧っていた。まるで鏡を並べたような完璧な同期。


「おいおい旦那、あれを見てな。この世界のリスは訓練されてんのか?」


ユースが足を引きずりながら、肩をすくめて笑う。昨日の怪我を「包帯一丁」で耐えている彼は、痛みのせいで顔色が悪いはずだが、口だけは達者だった。


「訓練じゃない。単に同じアニメーションをループ再生してるだけだ。……ったく、少しは乱数って言葉を学習してほしいね。規則正しすぎて、見てるだけで目が回る」


「ははは! カイは相変わらず理屈っぽいな! ほら、腹が減ったらこれを食え。さっき街道脇の木から採ったリンゴだ!」


レオンが差し出したリンゴは、驚くほど真っ赤で、傷一つなく、そして——カイが今朝、別の木で見たものと全く同じ形状、同じ光沢、同じ重さをしていた。


「……これ、味も糖度14.5度で固定なんだろうな」


「何言ってんだ? リンゴは甘くて美味けりゃそれでいいだろ!」


豪快にリンゴを齧るレオン。その姿を見ながら、カイは測量杭を深く地面に沈めた。


街道が森の奥へと差し掛かる頃、カイは不自然な「空白」に足を止めた。

そこは、地図上では緩やかなカーブを描いているはずの場所だった。しかし、カイの歩数計と測量による計算では、先程から「歩いている距離」と「座標上の移動距離」に、致命的なズレが生じている。


「……待て。みんな、止まれ」


「どうしたんだカイ? 魔物か?」


レオンが剣の柄に手をかける。だが、カイは首を振った。


「違う。……ユース、お前に聞きたい。この先にあるはずの『古い石橋』まで、あとどれくらいだと思う?」


ユースは細めた目で前方の森を見つめる。


「ん? ああ……見た感じじゃ、あと10分ってとこか。だがよ、旦那……不思議だな。さっきからあの橋、近づいてる気がしねえんだ」


ユースの感覚は正しかった。

カイは道端に落ちていた石を拾い、前方の空間へと投げつけた。


(……コツン。)


石は空中で何もない壁に当たったような音を立て、不自然な角度で地面に落ちた。


「な……なんだ今の!? 石が空中に浮いたのか!?」


レオンが目を見開く。カイは冷めた声で告げた。


「[見えない壁]だ。この先は、まだ僕たちの『物語』に必要なデータが読み込まれていない。……あるいは、開発が間に合っていない未実装エリアだ」


「ミジッソウ……? カイ様、何を仰っているのですか? 世界に果てなどありません。ただ、神様が『今は行くべきではない』と仰っているだけでは……」


エレナの瞳から光が消え、彼女の言葉が「システムによる補完」へと切り替わる。

カイはそれを無視し、石が落ちた地点まで歩み寄った。

地面を測量杭で叩く。

本来なら土と草の感触があるはずの場所が、そこだけデジタルなノイズを孕んだ硬い手応えに変わっている。


「……1万回、同じことを繰り返せばズレが見える。僕は昨日、歩きながら1万回石を投げた。そして確信した。この世界は、僕たちの歩みに合わせて『その都度』作られているガワだけの箱庭だ」


カイが測量杭に魔力を込める。

杭から放たれた波動が空間を震わせ、数ミリ秒だけ、森のテクスチャが剥がれ落ちた。

剥き出しになったのは、真っ黒な虚無と、等間隔に並ぶ緑色のグリッド線。


「ひっ……!」


エレナが短い悲鳴を上げ、膝をつく。レオンもまた、自分の足元が「地面」ではなく、ただの「描画された平面」であることを目の当たりにし、剣を握る手を震わせた。


その時、空間の歪みに反応するように、虚空から一体のモンスターが這い出してきた。


『迷い子の監視者サーベイ・アイ』。


幾何学的な模様が浮かぶ巨大な単眼が、不快なノイズ音を撒き散らしながら、カイたちを「排除すべきバグ」として見据える。


「……来やがったな。世界の掃除屋だ」


「カイ! 危ない!」


レオンが飛び出そうとするが、監視者が放った赤いレーザー状の「消去プログラム」が、レオンの進路を断つ。物理的なダメージではない。それに触れた地面の草花が、一瞬で「0」と「1」の文字列に分解され、消滅していく。


「近づくなレオン! お前の剣じゃ、それは斬れない! ……データ上の存在を殺せるのは、座標を知る者だけだ!」


カイは震える足を踏み出した。

怖い。当然だ。測量士という地味な職業に、本来戦闘能力などない。

だが、彼には見える。監視者の身体の中央、座標が最も不安定になっている『原点』が。


「ユース、援護しろ! 監視者の『視線』を逸らせ!」


「……ああ、分かったよ旦那! ツイてねえ仕事だが……やってやるぜ!」


ユースが痛む足を無視して、森の木々を縫うように走る。

彼の「逃げ足の極意」が、監視者の演算を翻弄する。

監視者の巨大な瞳がユースを追って回転し、カイへの注意が逸れた——その一瞬。

カイは全力で地を蹴った。

監視者の懐、赤い警告音が鳴り響くデッドゾーンへと飛び込む。


「……ここだ。お前の存在座標、僕が『確定』してやる!」


カイは測量杭を、監視者の単眼の中心へと叩きつけた。

叫びではない。ただ、杭を握る指が白くなるほどの強い握力と、理不尽な世界への静かな怒り。


「【測量スキル:絶対座標固定】……発動!」


(バリバリバリッ!!)


空間がガラスのように砕け散る。

監視者の身体が、固定された座標の重圧に耐えきれず、激しいノイズを上げながら内側から崩壊していく。

血は流れない。ただ、膨大な情報の断片が、カイの頬をかすめて虚空へと消えていった。

静寂が戻る。

監視者が消えた場所には、一本の古びた、だが確かな質感を持った「木の杭」が突き刺さっていた。


「……これ、は……?」


レオンが恐る恐る近寄る。カイはその杭を引き抜いた。

杭には、手書きで掠れた文字が刻まれていた。


『――この先のズレは、0.003。 誰か、これを見つけてくれ。 ロラン』


「ロラン……先代の、測量士……」


カイの胸に、熱い塊が込み上げる。

自分より先に、この嘘の世界に気づき、孤独に戦い、そして「証」を残そうとした人間がいた。

この杭は、システムの生成物ではない。誰かの生きた証、失われてはいけない本物のログだ。


「……カイ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


レオンが心配そうに肩を叩く。エレナは祈りを捧げ、ユースは不敵に笑って矢を筒に戻した。


「ああ、大丈夫だ。……ただ、少しだけ『目的地』が変わった」


カイはロランの杭を、自分の荷物の中に大切に仕舞い込んだ。

単なるRPGのクリアではない。この世界の果てにある「真実」の座標を見つけ出す。それが、彼がこの世界で測量士として生きる理由になった。


「行こう。……次は、商業都市ログスの外周だ。世界の『余白』を測りに行くぞ」


太陽は相変わらず不自然に輝いている。

だが、カイの懐にある古い杭の重みだけは、何よりも確かな質量を持って、彼の心を支えていた。


[LUK: 999 (Fixed)]


[NEW ITEM]: 『ロランの測量杭』を取得しました。


[SYSTEM LOG]: 座標の修正を拒否する未知のプロセスを検知。Ignoreを選択。


[World Stability: 97.4% → 96.8%]



「……Now Saving…」

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