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Out of Reference   作者: あめたす


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1/7

第1話:測量士の目覚め


「……Now Loading…」


鼓膜にこびりつくような、無機質な少女の声が聞こえた気がした。


カイがまぶたを開けると、そこには鮮やかすぎるほどの新緑が広がっていた。

木漏れ日は計算され尽くしたような角度で差し込み、風に揺れる葉の音は、耳に心地よい完璧なリズムを刻んでいる。


「う、ぐ……」


体を起こそうとして、カイは自分の右手に違和感を覚えた。握りしめていたのは、見慣れぬ真鍮製の測量杭と、使い込まれた巻尺。


「なんだこれ。……っていうか、ここ、どこだ?」


記憶はある。

自分が「カイ」という名前であること。測量士として生きてきたこと。

だが、決定的な何かが欠落している。

なぜ自分がこの森の真ん中で倒れていたのか。その「理由」だけが、霧がかったように思い出せない。

ふと、視界の端に半透明の板が浮かび上がった。


STATUS WINDOW

名前: カイ

職業: 測量士

ランク: C

Lv: 1

HP: 12/12

MP: 5/5

STR: 3 | VIT: 3 | INT: 8 | LUK: ERROR


【保有スキル】

・精密測量:対象との正確な距離を測定する。

・設置(杭):座標の基準点を打つ。



「ステータス……? なんだこのLUKの表示。バグか?」

カイは呆然とそれを見つめた。

まるで、出来の悪いRPGの世界に迷い込んだような感覚。


だが、悩んでいる暇はなかった。

背後の茂みがガサリと揺れ、低く唸るような声が響く。


「……ッ!」


現れたのは、一匹の狼だった。しかし、それはカイの知る生物とは決定的に異なっていた。


毛並みの質感がどこか平面的で、動きの節々に、コンマ数秒の「硬着」がある。


狼が跳んだ。


「あ、これ死んだわ」


カイは直感した。

Cランクの、しかも「測量士」なんて戦闘に不向きな職業が、レベル1で勝てる相手じゃない。


だが、その瞬間。カイの視界が変質した。

狼の周囲に、青白い「枠」が見えたのだ。

その枠は狼の体よりも一回り小さく、地面との接地部分には「Collision(衝突判定)」という文字が明滅している。


(……小さい?)


見た目の迫力に反して、攻撃が当たる「判定」がスカスカなのだ。

カイは無意識に、右手の測量杭を突き出した。

狙ったのは狼の喉元ではない。

その少し下、青白い枠が最も薄くなっている「座標」だ。


「えいっ!」


「ギャンッ!?」


測量杭が、狼の胸元に吸い込まれるように突き刺さる。

狼はキャンと情けない声を上げ、まるで糸が切れた人形のように転がった。


「……当たった。いや、なんで?」


驚くカイの視界に、無慈悲なメッセージが躍る。

EXP +5

LEVEL UP!

KAI : Lv. 1 → 2

STR: +1 | LUK: 999


「LUKだけ伸びすぎだろ! 成長バランス考えろよこの世界!」


思わずツッコミを入れたが、返ってくるのは森の静寂だけだった。


森を抜け、一時間ほど歩くと、小さな村が見えてきた。


入り口の看板には『始まりの村:ルシード』と記されている。


「助かった……。とりあえず、まともな人間がいれば……」


村に入ると、そこは平和そのものの光景だった。


エプロン姿の女性が洗濯物を干し、麦わら帽子の老人がベンチで居眠りをしている。

カイは喉の渇きを癒そうと、井戸のそばにいた男に声をかけた。


「すみません、ここがどこか教えてもらえませんか?」


男はゆっくりとこちらを振り向いた。その顔には、彫刻のように貼り付いた笑顔があった。


「【 今日はいい天気ですね。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


「……ええ、さっき会いました。それより、ここはなんて国で――」


「【 今日はいい天気ですね。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


男は一字一句違わぬトーンで繰り返した。


「……あの、おじさん?」


「【 今日はいい天気ですね。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


カイの背筋に、冷たいものが走った。

周囲を見渡す。洗濯物を干す女性。

彼女の動きを注視すると、シャツを広げ、パンパンと叩き、籠に戻す。その一連の動作が、一秒の狂いもなく繰り返されている。

カイは震える手で巻尺を取り出し、男から井戸までの距離を測った。


「3.00メートル」


一度離れて、もう一度測る。


「3.00メートル」


次に、村の入り口から中央広場までの歩数を数えた。


「100歩」


だが、村の外側からその距離を測量しようとすると、計算がどうしても合わない。

村の内部は、外から見た面積よりも明らかに「広く」定義されている。


「なんだ、これ……。空間が歪んでるのか? それとも、僕の頭がおかしくなったのか?」


「……お困りのようですね。測量士さん」


背後からかけられた声に、カイは飛び上がった。

そこには、銀色の鎧を纏った一人の青年が立っていた。

抜けるような青い瞳に、眩しいばかりの金髪。まさに「勇者」を体現したような男だった。


「あ……。ええと、はい。ちょっと、測量結果がバグってて」


「バグ? 妙な言葉を使いますね。僕はレオン。魔王を倒すため、旅に出ようとしている剣士です」


レオンは屈託のない笑みを浮かべ、カイの手を握った。


「君のその道具、面白い。僕と一緒に来ませんか? 西の森を抜けて、商業都市ログスまで」


「えっ、いや、僕はただの測量士ですし、戦えませんよ」


「ははは! 謙遜しないでください。君からは、不思議な『運』を感じる。僕の直感が言っているんです。君がいれば、僕は絶対に死なないって」


レオンの言葉は熱く、淀みがなかった。

だが、カイは見てしまった。

レオンが喋っている間、彼の足元にある影が、数ミリ秒だけ「カクッ」と不自然にズレたのを。


村の出口。


「さあ、行きましょう!」


先行するレオンに続き、カイは村の境界線を越えようとした。


その時だ。


「……あ」


カイの足が止まった。

足元の地面。そこには、一本の細い「線」が引かれていた。

物理的な紐が張ってあるわけではない。測量士の目に見える、世界の座標を区切るグリッド。

その線を越えた瞬間、カイの脳内に警告音が響いた。


[Warning]


未開放エリアへの進入を検知。


フラグ:[勇者との面会] 完了を確認。


ワールド・ストリーミングを開始します……。


空を見上げると、一瞬だけ、青空のテクスチャが剥がれ落ち、その向こう側に真っ黒な「虚無」と、流れるような文字列が見えた。


「おい、カイ? どうしたんだい、立ち止まって」


レオンが不思議そうに振り返る。

彼の背後では、ルシード村の住人たちが、全く同じタイミングでこちらに手を振っていた。


「【 いってらっしゃい。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


「【 いってらっしゃい。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


「【 いってらっしゃい。西の森には魔物が出るそうですよ。 】」


合唱のように重なる声。

カイは鳥肌が立つのを抑え、無理やり笑みを作った。


「……いえ。なんでもありません。ただ、この世界の『精度』を、もう少し詳しく測ってみたくなっただけです」


「いいですね! 測量士の相棒なんて、頼もしいな!」


レオンは無邪気に笑い、森の奥へと進んでいく。

カイは自分のステータス画面をもう一度開いた。

異常なLUK値。そして、欠落した記憶。


「『ここに来た理由』か……」


カイは手に持った測量杭を強く握りしめた。

もし、この世界が何者かによって設計された「物語」だとしたら。

自分のような脇役(Cランク)にできることは、一つしかない。

この世界の「ズレ」を、一ミリの狂いもなく測り続けることだ。


「……皮肉だよね。測れば測るほど、この世界が嘘つきだって証拠が集まっていくんだから」


カイの第一歩。

それは、偽りの安寧から踏み出す、測量士の孤独な戦いの始まりだった。


[Now Saving...]


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