あの日の約束は、戦場で壊れた
魔王は、ゆっくりと言葉を続けた。
「……そいつはな」
ほんのわずかに、声が柔らぐ。
「普通に我の前で眠るんだ」
勇者が顔を上げる。
魔王は小さく息を吐いた。
「寝相が悪くてな」
石牢の空気の中で、その言葉だけが妙に柔らかかった。
「起きたら、出ていくのかと思った」
魔王は目を細める。
「だが違った」
その時の声を思い出すように言う。
――山葡萄見つけて夢中になってたらさ、薬草探すの忘れてさ!
――だからまだ採ってねーんだよ!
――一緒に探してくれる?
勇者が思わず眉をひそめる。
魔王は続けた。
「それからだ」
「我と、その少年の薬草探しの旅が始まった」
静かな声だった。
だが、どこか遠い場所を見ている。
「その間、そいつはずっと喋っていた」
「村が貧しいこと」
「食べ物が足りないこと」
「だが母親の作るスープが世界一美味いこと」
「幼馴染と、いつか結婚したいこと」
魔王の声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「貧乏だが、自分は幸せだと言っていた」
石牢の中に沈黙が落ちる。
「そいつと話していると」
魔王はゆっくり言った。
「心のどこかが、ほどける気がした」
そして。
「気づけば、我も話していた」
勇者が黙って聞いている。
「我の両親は」
魔王は静かに言った。
「人間を助けた」
「だが――人間に殺された」
沈黙。
そして、少年は言った。
――それはごめん!まじで。
魔王の目がわずかに揺れる。
――俺が大きくなったらさ、偉い奴になってさ。
――食べ物とか困らないようにしてさ。
声は明るかった。
――人間と魔族が笑って暮らせるようにするからさ。
少し間を置く。
――とりあえず俺とお前は、人間と魔族の仲良し連盟の会員だから。
魔王の口元が、ほんのわずかに歪む。
――今日から友達な。
少年は手を差し出してきた。
魔王は少し黙り。
そして。
「……思わず握った」
静かな声だった。
「子供の戯言だと思った」
魔王は言う。
「だが」
「我は、その言葉に救われた気がした」
しばらく沈黙が続く。
「やがて薬草が見つかった」
「少年は山を下り」
「我は森に残った」
「……それで終わりのはずだった」
魔王の声が、低く沈む。
「だが、すぐに魔族に見つかった」
「連れ戻された」
鉄格子を握る手に力が入る。
「次に逃げれば、弟を殺すと言われた」
勇者の眉がわずかに動く。
「それからは地獄だった」
「訓練と称した暴力」
「戦え」
「殺せ」
「魔王になれ」
魔王の声は、どこまでも静かだった。
「だが」
「弟のために」
「我は戦った」
沈黙。
やがて魔王は言う。
「そして」
ゆっくりと勇者を見る。
「我の前に勇者が現れた」
勇者の瞳がわずかに揺れる。
魔王は続ける。
「その勇者は」
「我を倒しに来た」
「……だが」
魔王は、ほんのわずかに目を細めた。
「見間違えるはずがなかった」
静かな声。
「仲良し連盟の会員で」
「友達になった」
「かつての少年だった」
石牢の空気が止まる。
魔王は、勇者の目をまっすぐ見た。
そして言った。
静かに。
はっきりと。
「――そう、お前だ」
勇者の瞳が揺れる。
魔王は続けた。
「ユウ」
その瞬間。
石牢の中から、音が消えた。
水滴の音すら、止まったようだった。
勇者は動かない。
言葉も出ない。
ルクスリアだけが、静かに二人を見ていた。
沈黙が、石牢を満たしていた。




