第65話:恋する乙女は異世界で運命の相手を錬成するようです・3
小百合は出会ったときとはまるで別人だ。
綺麗だった長髪をだいぶ短く切り揃え、全身が健康的に日焼けしている。着ている服はアンバランスに軽装で、二の腕や太ももは大きく露出していた。武器は姫裏のクロスボウを真似た小型弓を腕に巻いているくらいだ。『身体強化』を持つ小百合にとって防具や剣は全く必要なく、飛び道具さえあれば事足りる。
「顔色が悪いですよ。また夜更かししましたね?」
「実は」
「子供はよく寝ないとダメですよ」
メッ、と小百合は霰に軽くデコピンする。もし小百合が本気なら首から上が吹き飛んでいるが、軽く雀に啄まれる程度の可愛いものだ。
小百合はもう『身体強化』を完全に使いこなしている。力を制御するのも解放するのも自由自在だ。
今は全身をフルに使って広大な地方を走り回り、村の発展に必要な鉱石集めに精を出している。いつもドラゴンに乗るのは時間短縮というのもあるが、小百合自身がドラゴンとコンビを組むことに強くこだわっている。何せ、小百合が異世界に来て最初にしたのは友好的なドラゴンの生息地を探すことだったのだから。
小百合は背中に背負った袋を地面に下ろした。身体の何倍もある、冗談のような大きさの袋がドカンと音を立てて地面が軽く揺れた。小百合は袋の中にほとんど潜るようにして中身をガチャガチャ漁り、透明で大きな石を霰に渡した。
「はいこれ、頼まれていたクリスタルです」
「ありがとう」
霰は受け取った石を太陽に翳して純度を確認する。申し分のない透明度だ。
これはサラマンドラが駆ける火山帯でしか出土しない希少なレアクリスタルである。本当は顕微鏡の作成に使うのだが、小百合にはガラス細工とか水槽作りとか適当なことを言って取ってきてもらっている。
ドラゴンの唸り声を聞き付け、村の人々もぞろぞろと出てきて口々に小百合を出迎えた。小百合はにこやかに挨拶を返し、それぞれに頼まれていた様々な鉱物や皮などの素材を渡していく。代わりに村人たちは小百合に食べ物や新しい弓を渡し、小百合の周りにはその篤い人望を示す交換品があっという間に積み上がっていく。
クリスタルをいくつか弄んでいると、隣から一つひょいと摘ままれた。
「少し貰ってもいいか?」
「いいよ」
「助かる。北方から急に商人が来るという連絡があってな。あまりたくさん持ち出しても価値が低く見えるから、小さめのやつが二つもあれば十分だ」
理李は相変わらずセコいことを言いながら、クリスタルを二つローブのポケットにしまった。小百合がこちらに向けて赤い石を振ってくる。
「もっと貴重な鉱石もありますよ? アダマンタイトとか」
「海に近い方ではクリスタルの方が希少らしいよ。火山以外ではさっぱりだからな」
欠伸しながら頭をかく理李には思慮深い賢者らしい貫禄が出てきている。
この村で表のリーダーが小百合なら、裏の参謀は理李だ。実働隊の小百合に代わって周辺地域との交渉や交易を行っている。口の悪さもだいぶ鳴りを潜め、まるで涼のように人心を操ることも多くなってきた。
渉外を主な務めとする理李は小百合ほど目立つ人物ではないが、それでも頭脳労働を担当する数少ない村人たちには一目置かれて親しくしているようだ。休日には、よく村の隅で大きな盤や駒を持ち出しては四人ほどで集まって何かのゲームに興じていることがある。全員が仏頂面でぶつぶつと呟きながら顔を突き合わせている様子は傍からはあまり楽しそうには見えないが、それもまた気が合うということなのだろう。
「『加速』は大丈夫?」
「ん? ああ、前ほどじゃないよ。もう慣れたし、寿命を温存しながら上手く加速できてる」
「そう」
理李の『加速』は、かつては一律で体内時計全てを進めるために寿命をすり減らす能力だったが、最近は加速する部位を絞ることで身体への負荷を抑えているらしい。
もっとも、霰は理李の寿命を気にしているわけではない。重要なのは『加速』も生命を操作するタイプの能力であることだ。『加速』で体内時計を進めることが出来るのであれば、それを応用して逆に体内時計を巻き戻すこともできるかもしれない。『加速』を使っているときの細胞の動きを『植物使役』で逆方向にトレースすることが可能なら、子供好きの灯に合わせて霰の年齢を十歳に固定できるはずだ。
この世界でクローン技術を発明し、ついでに自分の時間も戻して灯に再会する。それで灯と付き合おう。
この計画は小百合と理李にも秘密にしている。きっと彼女たちは霰が植物で何か遊んでいるくらいにしか思っていないはずだ。
もし計画がバレて反対されるようなら、そのときは殺すしかない。もう植物系の大精霊にもかなり顔が利くようになっているし、今の霰が本気になれば戦力は相当なものだ。
願いを叶えられる人間の席には限りがあることは既に学んだ。それは異世界でも変わりがない。特に恨みはなくても、やむを得ないことはある。正しい優先順位を付けなければならないのだ。
「さて、早速商談に行ってくるかな。上手く運べば山向こうまで販路が拓けるぞ」
理李が立ち上がって髪を括る。
髪を留めるのは桜色の古びたヘアゴム。この世界にはそぐわない、見覚えがあるような無いようなアクセサリに霰は首を傾げる。
「それ前から持ってたっけ?」
「持ってたよ。こういう気分なんだ。今日はな」
<完>




