第59話:根暗陰キャは異世界で友達を増やしたいようです・6
小指だった。根本から切り落とした小指一本が砂利に混じって転がっている。
霙との戦闘を経て、切華は切断した小指からでも『創造』が発動できることに気付いた。それはつまり小指を遠隔操作武器として扱えるということだ。だからホルマリンで固定して劣化を止め、武器として携行する。
走りながら刀を鏡面として背後の様子を確認し、小百合に動きがあったら小指から『創造』を発動する。小指から出現した刀が地面を叩いて小指が跳ね上がり、再び刀を出し直して小百合の姿勢を崩す。そして刀を手元に戻す。
この繰り返しだ。走りながら小指一本で小百合を制圧できる。
「だからあなたたちが嫌いです!」
小百合は叫ぶが、切華は振り返りもしない。
この土壇場で新しいチート能力を発現する撫子も、常軌を逸した水準でチート能力を使いこなす切華も嫌いだ。簡単に強くなれてしまう人たちが嫌いだ。
チート能力者の間ですら埋めがたい差がある。チート能力以前の強弱がある。
小百合はチート能力を得たところで立って走るのが精いっぱいだ。『身体強化』の土俵であるはずの近接戦闘すら、龍魅にも姫裏にも切華にも歯が立たない。小指一本すら越えられない、自分の弱さが惨めで悔しい。
しかし泣き言を言っていても始まらない。切華が霰に到達する前に止めなければならない。霰が倒されて二対一になればいよいよ勝ち目がない。
直接近付けないなら飛び道具を使うしかない。足元の石を拾って投げると、『身体強化』で強化された腕力によって石は目視できないスピードで飛んでいく。
しかし当たらないのだ。案の定、石は明後日の方向に向かうのみ。川に落ちて水面を揺らすのが精々だ。どうせ当たらないと踏んでいるのか、切華は避けようともしない。
飛び道具は龍魅とも練習したが、てんで駄目だった。身体の使い方がわかっていない以上、コントロールが全く定まらない。
生まれてからずっと足が動かなかったのだから、もちろん球技だってやったことが……
「いや、普通にありますね……」
小百合の脳裏に正しい記憶が走る。
コンプレックスばかりが先行してすっかり頭から抜け落ちていたが、車椅子の身でもボールを投げるくらいはできるのだ。むしろ水泳もマラソンもできない小百合が一部だけでも参加できる数少ない種目である。体育の授業でもバスケのシュート練習やキャッチボールくらいは参加していた。
そういう運動は得意ではないにせよ人並み程度にはこなせたはずだ。車椅子に乗って上半身だけでもできる投げ方を友達と一緒に考えたりもした。いくらなんでも前に投げた石が横に飛んでいくほどコントロールが悪くはなかった。
ではどうして今はこんなにも運動音痴になっているのか? 答えは一つしかない。
「なまじ足が動いてしまうから」
中途半端に足が動くせいで、つい足を使った全身運動できちんと石を投げようとしてしまう。腰を捻って足で踏ん張って全身で力を伝えようとしてしまう。
それが間違いだった。足は動かないのが当たり前、それが小百合の人生だった。他人の強さに追いつこうと無理に真似るより、懸命に生きてきた自分の経験を思い出す。
「カッコつけずに泥臭くですよね、龍魅さん」
呟き、『身体強化』を解除した。
途端に足の感覚が消滅する。一切の力が入らなくなり、がくんと視界が下がる。もう足元の地面がどこにあるのかさえわからない。
これが慣れ親しんできた下半身だ。この感覚で十七年間生きてきた、この身体ならいくらでも扱える。
無機物の足で地面に座り、改めて小石を拾う。かつてのように腰から上だけを使って腕を引き、投げる瞬間にだけ『身体強化』を発動した。
「!」
それは銃撃に等しかった。
ほんの小石一粒が切華の肉を抉り、骨を粉砕する。直撃した切華の腕を破壊して貫通した小石は遥か彼方へと飛んでいった。
予想外の一撃に混乱した切華が刀を取り落とす。その隙を逃さず、小百合は次の石を拾った。
思った通りだ。方向さえ合わせれば、あとは『身体強化』が無限の腕力で石を飛ばしてくれる。小石はそこら中にいくらでも転がっている。
「えいっ」
第二射を更に遠くめがけて投げ、今度は撫子の足を撃ち抜いた。全く警戒していなかった遠距離狙撃。太腿を貫く激痛で集中力が乱れ、『模倣』が解除される。
ようやく切華が小指越しに『創造』を発動したのは、小百合が『身体強化』を再発動するよりコンマ数秒だけ早かった。地を跳ねる刀が今度は小百合の小指を飛ばすが、切れたのはそれだけだ。
指先に走る灼熱の感覚を小百合は自分への戒めとして受け取った。かつての自分を忘れていたこと、そして龍魅を守れなかったこと。
しかし、もうこれ以上は『身体強化』を解除する隙を晒すつもりはない。既に霰と撫子の均衡は崩れている。『植物使役』が発動し、切華に向かって蔦が伸びる。
切華は『創造』を発動するが、腕の骨肉を大きく抉られたことで身体全体のバランスが崩れている。重心の配置が歪み、姿勢を制動できずによろめいた。その隙に地面から伸びる太い幹が足を絡め取り、四肢を縛ればもう刀を振れない。
「よし」
これで詰みだ。このまま撫子ともども拘束できれば殺すこともないだろう。
小百合が勝利を確信したとき、倒れた撫子が天頂に人差し指を向けているのに気付く。無意識に視線がその先を追う。
万天時計が二十三時五十五分零秒を指していた。
「はい、これで一抜け」
瞬間、切華の身体が吹き飛んだ。
堤防からトラックが飛び込んできたのだ。それは走行というよりは飛行だった。時速三百キロ以上の超高速で国道を飛び出したトラックは、宙に拘束されている切華に正面から直撃した。膨大な運動量によって木の幹ごと木端微塵に粉砕された肉片が河川敷に降る。
二十三時五十五分一秒、切華がトラックに轢かれて死亡。残り二枠!




