第5話:厨二病少女は最強能力で異世界を支配するようです・3
「全く同感だ。誰もが前向きな願いを持つ権利がある。それは自ら決めるものであり、他の誰に決められるものでもない」
ポニーテールの少女が小百合の肩に手を置いて力強く励ました。
そしてこちらに鋭い眼光を向け、花梨は思わず息を呑んだ。低く落ち着いた声色にふさわしい引き締まった身体から漂う、年齢不相応な何かの達人的オーラ。立派な胴着と袴が彼女の佇まいには自然と馴染んでいる。
実際、少女はスパッと音がしそうなほど切れのある動きで手を差し出してきた。
「櫻切華である。宜しく頼む」
「花梨です、こちらこそよろしく」
差し出された手を握ってまた驚く。
一瞬、人の手ではなく石の彫刻を握ったのかと錯覚した。指の先端に至るまで気力が充実して堅く、特に握り込んだ内側は堅牢な筋肉が硬化していた。鍛え上げられた手の平が花梨の柔らかい手をしっかりと握り返す。
切華は握手しながら軽く礼をする。それでガチャリと音がして、ようやく切華の腰には立派な刀が下げられていることに気付いた。信じがたいことだが、今まで切華本人の存在感に圧されて視界に入っていなかったらしい。
漆で厚く塗装された和鞘に煌びやかな赤い房が下がっている。伸びる柄は僅かに綻び、決して装飾品ではなく実用品であることを主張していた。
「それ真剣?」
「応。拙のチート能力、『創造』で作り出したものである。時と場所を問わず無からの創造を可能とし、自分が創造したものならばいつでも消せる」
「じゃあ何でも作れるんだ?」
「否。拙が創造するのはこの真剣一本だけだ。真剣一本で自分がどこまで高みに昇れるのかを確かめるため、拙は異世界に行く。もうこれ以上は現世で得るものもない故、異世界で自分の腕前を試したいのである。何かのために異世界転移するというよりはそれ自体が目的ということになろうかな」
「普通の剣道じゃめちゃめちゃ強くて敵なしだったってこと?」
「応。中学生のときには全国で優勝した。高校でも続けてはいたが、もう満足いく強さの敵は現れまいよ」
「なるほどなー……そういうパターンもあるんだ」
あまりにもストイックな動機に感嘆の声が漏れる。花梨には思いつきもしない理由だ。
自分や小百合のように現世のマイナスをプラスに変えるためではなく、プラスを更に大きなプラスへとどこまでも鍛え上げていくための異世界転移。切華がずば抜けた実力者であることは素人である花梨にもわかるし、自殺してしまうのは勿体ない気もしないではない。
とはいえ悩みは人それぞれだ。花梨だって、傍から見たらこんなにも姉に執着しているのは異様に見えるかもしれない。不幸を越えて立ち直るのではなく、異世界に賭けて自殺する気持ちを理解しない人の方が多いかもしれない。
しかし、今ここにいる者たちは皆揃って自分の願いを自殺で叶えることを選んだ。願いの重さは文字通り身体に染みてわかっている、互いに深く理解し合える同志たちと言ってもいい。ほとんど初対面にも関わらず打ち解けられるのには、そういう人生のスタンスへの親近感があるのかもしれない。
「君だって君のチート能力を持っているのだろう? 自分の願いを叶えるためのチート能力を。もし良ければ、君の能力も是非聞かせてもらいたい」
「私のチート能力は『蘇生』、お姉ちゃんを蘇生するための能力。昏睡してるお姉ちゃんを復活させて一緒に暮らすんだ」
「家族か。さぞいい姉妹だったのだろうな。拙も家族のことは大事に思っているし、その気持ちはよくわかる」
言いながら、切華は隣に立つ小さな少女をちらと見下ろした。
視線を受け取った少女は花梨を見上げてニコッと笑う。目がぱっちりしていて小動物のように愛らしく、白く眩しい大輪の花を幻視する。
しかしよく見るとただ可愛いだけではない。長い睫毛からは気品ある麗人のような印象も受けるし、赤く引かれた薄い唇からは妖艶な印象も受ける。少し混乱して軽く目を引けば、顔や手足の各部が驚くほど整っていることに気付く。
見るたびに印象が変わっていく。不自然なまでに完璧な美しさが寄せ集められた、妖精のように神秘的な少女。
「櫻撫子です。ついでによろしくね」
「よろしく。同じ名字ってことは妹さん?」
「まあ、そのようなものね」
撫子は花梨の右手を小さな両手で握ってニコニコと笑う。その手は柔らかくて暖かく、包み込むような体温に思わず顔が緩んできてしまう。
「私のチート能力は『模倣』、見た能力を真似できるだけの地味な能力ね」
「けっこう凄い能力のような気もするけど、うーん、でも転移先の異世界にいる人の能力次第だから使い方は難しそう?」
「たぶん誰かの真似というか、なりきりみたいなことを上手くやる必要があるわよね。そういうのは月夜ちゃんに聞いた方がいいかもしれないわね」
撫子が悪戯っぽい顔で両指を立てる。そしてツッと揃えて指した先には、やけに豪奢なゴスロリ衣装を着た後ろ姿。
その背中がぴくりと跳ねたのに合わせて、撫子がわざとらしく声を張った。
「きっと私よりあの子の方が詳しいから」




